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第29話

Author: 柚子ひとつ
でも、こうしてここに立っていると、あの火事や、この数年間の出来事が頭をよぎり、胸の奥がどうしようもなく痛くなる。

もう、この目の前の男の言葉を一言も信じるつもりはなかった。

「もう解放して。ねえ、晴人、私は本当に――本当にもう、あなたのことなんて少しも愛してないの」

紗夜はゆっくりとしゃがみ込み、膝を抱えて泣き崩れる。

涙が足元の花々を濡らしていく。

「紗夜!でも俺は、お前のことが今でも大好きなんだ。本当に愛してるんだよ。お前がいなくなったら、俺の人生なんてどうなってしまうんだ?お願いだ、もう一度だけ、もう一度だけチャンスをくれないか?」

晴人が必死で何か言いかけたとき、不意に後頭部に鋭い衝撃を感じ、そのまま意識が飛びそうになる。

烈が駆けつけたのだった。

烈は紗夜を心配そうにしっかりと抱き寄せ、そして陰のある冷たい目で晴人をにらみつけた。

「やっぱり俺は前回、手加減しすぎたみたいだな。お前ごときに、またうちの嫁にちょっかい出させるとは。葛城晴人――お前、本当に俺のやり方を知らないらしいな」

背後の警備員たちが晴人を押さえつけようとしたが、紗夜がすっと烈の手首を押さえた。

「どうした?」

烈はやさしく声をかける。

紗夜は微笑み、烈の首に手を回して、ひとことひとこと丁寧に告げる。

「私、赤ちゃんができたの。だから――もう、血は見たくないの」

「えっ?」

烈は一瞬ぽかんとし、それから急に笑顔になって、「本当?俺、パパになるのか!最高だな」

そう言って、烈は紗夜の額に深く優しいキスをした。

一方の晴人は頭を押さえて地面にうずくまり、激しい頭痛に襲われていた。

彼が心の底から愛した女性は、もう他の男の妻であり、しかもお腹に新しい命まで宿している。

彼はどうすれば、この結末を変えられるのだろう。

本来なら、紗夜が一番好きなのは彼のはずだったのに。

烈は紗夜を優しく抱き上げ、最後に晴人を見下しながら、冷ややかに言い放つ。

「今日は見逃してやる。うちの子に何かあったら困るからな」

そうして紗夜を抱え、部下たちを引き連れてその場を後にした。

晴人はただひとり、その場に膝をつき、ぼう然と空を見上げていた。

その後、紗夜は今まで経験したことのない幸せな日々を送った。

烈は紗夜を本
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