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第11話(10)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-01-01 17:00:23

 そのとき、一際華やかな歓声が耳に届き、反射的に振り返る。どうやら、他の広間でも結婚披露宴が行われるらしく、こちら同様、招待客が集まっているのだ。

 男性客の服装は、和彦も含めてどうしても限られているが、それに比べて女性客の服装は、ドレスや着物にスーツと、目で楽しませてくれる。感じる華やかさの大部分は、彼女たちのおかげだなと、和彦はつい表情を和らげる。しばらくこんな場とは無縁だったため、いい気分転換にもなっていた。

 ここで、受付の開始を告げるアナウンスがあり、招待客が静かに移動を始める。和彦も立ち上がると、ジャケットの裾を軽く引っ張りながら、服装が乱れていないか確認する。

 オーダーメードで仕立てる時間はないからと、賢吾とともにショップに出かけて買い与えられたブラックスーツだが、物自体は非常によく、高価なものだ。これを着て、長嶺組組長の名代として出かける機会が多くなるぞと、賢吾に囁かれたりもしたが、どこまで本気なのか、あの男に関しては本当にわからない。

 ジャケットの胸ポケットから、袱紗ふくさに包んだ祝儀袋を取り出し、受付に渡して記
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  • 血と束縛と   第33話(13)

    「浴衣が擦れても気になるんだ。だから、おとなしく横になっていたというのに、父子揃って――」「海で泳いで日焼けか……。優雅でけっこうなことだ。俺たちはこの暑い中、ダークスーツで汗だくになっていたというのに」 バリトンで紡がれる皮肉は、なかなか痛烈だ。おかげで眠気がいくらかマシになり、しっかりと目を開けることができる。「……そんな皮肉を言われるぐらいなら、ぼくはマンションで一人、のんびりと過ごしたかった。だいたい、誰のせいで、せっかくの連休に振り回されることになったと思うんだ」 賢吾と千尋は、それぞれ互いの名を出した。 和彦は大きく息を吐き出すと、体に回された千尋の腕を押し退け、緩慢な動作で体を起こす。賢吾がすかさず手を差し出してきたが、あえて無視したうえで、たっぷり恨みがこもった視線を向ける。「ぼくだけ別の部屋を取ってくれてもよかったのに。知っているんだからな。あんたの名前で、別の部屋を取っていることを」 賢吾がちらりと苦笑を浮かべる。「何かあったときのためだ。まさか、長嶺組の組長と跡目が同じ部屋にいるなんて、うちの者以外に知られるわけにはいかねーからな」「だったら……、ぼくは今から、その部屋に移動する。ここだと落ち着いて寝られない」「――素直に行かせると思う?」 無邪気な口調で、悪魔のようなことを言ったのは、千尋だ。和彦が露骨に顔をしかめると、賢吾がおかしそうに声を洩らして笑う。叩き起こされて不機嫌な和彦とは対照的に、長嶺父子は機嫌がよさそうだ。 賢吾が寝乱れた髪を掻き上げてきて、千尋は背後から首筋に顔を寄せてくる。大きな獣にじゃれつかれているような気分を味わいながら、和彦は仕方なくこの状況を受け入れる。法要を終え、賢吾も千尋もようやく気を緩められているのだろうと思うと、本気で抵抗するのも気が引けた。「本当に肌が赤くなってるな。痛そうだ」 和彦の腕を取り、賢吾が浴衣の袖を捲り上げる。「痛そう、じゃない。痛いんだ」 てのひらでそっと腕を撫でられて、その手つきの優しさに思わず口元を緩める。つら

  • 血と束縛と   第33話(12)

     そう答えたのは三田村だ。さきほど見せた笑顔はすでになく、和彦を護衛するための緊張感で引き締まっていた。中嶋はどうするのかと、ちらりと視線を向ける。「君は?」「先生の遊び相手を務めたので、今日のところはお役御免ではありますが、長嶺組長にご挨拶をしておきたいので、店までご一緒させてもらいます」 こういうのをアピール上手というのだなと、和彦は素直に感心した。 店まで近いということなので、歩いて行くことにする。暑いうえに疲れているのだから車で、と三田村には言われたが、初めて訪れた場所を、少しでもいいから自分の足で歩いてみたいという好奇心には勝てない。「まあ、疲れついでだ」 話がまとまり、さっそく三人で宿を出る。このとき三田村は鋭い視線を周囲に向け、中嶋ですら同じ行動を取る。 自分のわがままのせいで申し訳ないなと思っていると、三田村と目が合う。次の瞬間、ふっと眼差しが和らいだ。三田村の言いたいことは、それだけで伝わってきた。 土産物屋が並ぶ短い通りを抜け、道路沿いに十分ほど歩いたところで、三田村が前方を指さす。ハンカチで額の汗を拭いながら和彦が見たのは、店らしき建物と、見覚えのあるいかつい車の一団が駐車場に停まっている光景だった。 店の前には組員が立っており、和彦たちに気づいて一礼する。三田村が声をかけ、少し前に賢吾たちが到着したということなので、時間としてはちょうどよかったようだ。 貸切となっている店の奥の座敷へと通されると、上座についた賢吾が唇だけの薄い笑みを向けてきた。さすがに寛いだ様子でジャケットを脱いでおり、ネクタイも緩めている。どうやら法要は問題なく終了したようだ。「さあ先生、どうぞ」 そう言って組員に、上座に近い席を案内されそうになる。 正直和彦は、席次がはっきりわかる場は苦手だ。よほど形式張った行事であれば指示に従うところだが、身内だけの食事会であれば多少の意見を通せる。賢吾や千尋の側に座るのは遠慮して、一番下座についた。 中嶋はさっそく賢吾の側に行き、何事か言って頭を下げている。堂に入った所作は、いかにも外見は普通の青年のように見えても、筋者のそれだ。賢吾は鷹揚な態度で応じ、二言、三言

  • 血と束縛と   第33話(11)

     同じように、鷹津にも要求するのだろうかと想像しかけたが、エレベーターの扉が開いたのをきっかけに、半ば強引に頭を切り替える。 三田村が傍らにいて、中嶋が待っていて、海がすぐ近くにあり、とりあえず今のこの時間を楽しもうと思った。和彦がそうすることを、男たちは望んでいるのだから。 中嶋と合流して、さっそく海に繰り出す。 長嶺の男たちが法要に出席している中、のんびりと自分だけ楽しんでいいのだろうかと、ささやかな罪悪感の疼きに苛まれていたのは、海に浸かってわずかな間だった。 ごくごく普通の家族やカップル、学生らしいグループたちと同じように泳ぎ、ときにはただ波に身を任せて浮かんでいると、頭の中は空っぽになる。水の心地いい冷たさと、頭上に降り注ぐ強い陽射しに、夏の一時を楽しめと諭されているようだ。 ただ、こんなに気楽なのは和彦だけのようで、砂浜で交替で荷物の番をしている中嶋は、海に入っている和彦を目で追いつつ、携帯電話で誰かとたびたび連絡を取っていた。三田村も、涼しい店に入るどころか、目立たないよう身を潜め、こちらの様子をうかがっているだろう。そういう男なのだ。「――秦さんに羨ましがられましたよ」 休憩のためレジャーシートに座ってお茶を飲んでいると、前触れもなく中嶋が切り出す。「羨ましがられるって……、何を?」「今、先生と海にいて、泳いでいると言ったんです。あの人、ここのところ休み返上で仕事をしているんで、海の画像でも送りつけようかと思って」 さきほどまじめな顔で、そんなことを秦と話していたのかと、和彦は微苦笑を洩らす。「あの男の場合、なんの仕事で忙しいのか、さっぱり見当がつかない」「相変わらずいろいろやっているみたいですね。――長嶺組と組んで」「気にはなるが、知りたいとは思わない。せいぜい、雑貨屋の経営が順調なのかどうかぐらいか、聞けるのは」 軽く頭を振ると、髪の先からしずくが落ちる。すかさず中嶋がタオルで拭いてくれた。「あっ、そうだ。先生の水着姿を撮って送ろうかな」「……男の水着姿なんて見ても、誰もおもしろくないだろう」

  • 血と束縛と   第33話(10)

     賢吾の態度といい、一体なんなのかと、和彦が口を開きかけたそのとき、襖が開く。現れた人物を見て、和彦は驚きの声を上げた。「三田村っ」「――すみません。俺もいます」 三田村の後ろから、中嶋がひょっこりと顔を出す。もう一度驚いた和彦だが、同時に、この感覚には覚えがあった。何かと思えば、五月の連休中の出来事だ。あのときは、総和会が管理する別荘に連れて行かれ、そこに三田村がいて、あとから中嶋も登場したのだ。 用意周到だとか、最初から教えてくれればいいのにだとか、賢吾に対して言いたいことはあったが、とりあえず和彦は、機嫌は直ったとアピールするため、笑みをこぼした。** 長嶺組の男たちが出かけるのを、物陰からこっそりと見送って、和彦はやっと肩から力を抜く。そして改めて、自分の傍らに立つ二人を見遣った。「この三人で顔を合わせるのは、五月の連休以来だな」 和彦の言葉に、中嶋がにこやかな表情で頷く。「先生の遊び相手といったら俺、とすっかり認知されたようで、嬉しいですよ」「総和会で上を目指す君には、さほど名誉じゃないだろう」「いえいえ。むしろ羨ましがられるぐらいで」 本気で言っているのだろうかと疑いかけた和彦だが、自分に注がれる優しい眼差しに気づき、照れ隠しもあり、こんなことを言っていた。「大変だな、あんたも。ぼくに何かあるたびに、引っ張り出されて」「組長のお心遣いだ。理由があったほうが、堂々と先生に会えるだろうと」 三田村が、賢吾たちが乗った車が走り去ったほうに視線を向けたので、つられて和彦も同じ方角を見る。 賢吾なら言いそうなことだと思いはしたが、だからといってあの男が優しいかというと、そうではない。傲慢なほどの余裕の上に成り立つ配慮は、優しさとは別物なのだ。「――それでは先生、時間も惜しいですから、泳ぎに行きますか」 中嶋の提案に、和彦は目を丸くする。「えっ」「あれっ、泳ぐんじゃないんですか? せっかく海に来たのに。俺なんて、張り切ってあれこれ準備してきましたよ。水着の予備もあるので、安心してください」

  • 血と束縛と   第33話(9)

     いつものように距離を縮めてくる千尋をさりげなく牽制しながら、建物に入る。目立つ千尋の隣にいて、さらに目立つマネはしたくない。千尋は不満げに眉をひそめはしたが、さすがに大声で抗議するようなことはしなかった。 にぎわうロビーを横目にチェックインを済ませ、千尋と並んで歩きながら和彦は、こっそりと洩らす。「お前たちと泊まりで出かけると、犯さなくていい犯罪を犯すことになって、複雑な気分になる」 フロントで宿泊者カードを記入するとき、千尋は平然と本名を書くのだが、和彦だけは偽名を使い、住所も、住んだこともない地名を書いている。 千尋は肩を竦めて笑った。「ごめんね。俺たちの場合、どんなことで警察に引っ張られるかわからないから。だけど先生の場合、素性を知られることのほうが怖い。ヤクザじゃないんだから」「……わかってる。言ってみただけだ」 今夜宿泊する部屋は、いかに護衛しやすく、何かあったときに避難しやすいかに重きが置かれたらしく、非常階段の近くだった。部屋自体は広くて手入れの行き届いた和室だが、和彦が少しがっかりしたのは、海がまったく見えないことだった。 窓を開け、車が出入りしている駐車場を見下ろし、軽くため息をつく。「――見えないけど、海はすぐそこだよ」 笑いを含んだ声で千尋に言われ、和彦は慌てて窓を閉める。一拍置いてから、澄まし顔を取り繕って振り返った。「知ってる」「今日はこの部屋で我慢してよ。うちの組だけじゃなく、他の組や、総和会の人間たちもけっこう泊まっているから、とにかく安全第一で部屋を取ったから」 千尋の口ぶりはまるで、子供の機嫌をうかがっている大人のようだった。普段、千尋を諭すような物言いになってしまう和彦としては、妙な気持ちだ。さまざまな人間に囲まれ、経験を積んでいくうちに、必然的に千尋も成長していくのだと、当たり前のことを思い知らされる。「別に不満なわけじゃない。海が見えるものだと、ぼくが勝手に思い込んでいただけだから」 もごもごと和彦が応じていると、荷物を運び込んだ組員たちと入れ違うように、賢吾が部屋にやってくる。和彦たちよりどれほど先に到着していた

  • 血と束縛と   第33話(8)

    **** 海だ、と和彦は心の中で呟く。 ウィンドーに顔を寄せ、ようやく視界に現れた景色にじっと見入る。スモークが貼られているため、くっきりと色彩鮮やかというわけにもいかず、それを不満に感じた和彦は誰にともなく問いかけた。「……窓、開けていいか?」 数秒の沈黙のあと、助手席に座る組員が答えた。「少しだけでしたら」 いかつい車が連なって走行しているのに、物騒なことを考える人間はそうそういないだろうと思いながら、和彦はありがたくウィンドーを少しだけ開ける。 冷房がよく効いた車内に、ムッとするような熱気が吹き込んでくるが、それでも和彦にとっては心地いい。「潮の匂いだ……」 そう呟いたのは、和彦の隣に座っている千尋だ。車での長時間の移動は、気心が知れた相手と同乗したいという密かな和彦の希望は、和彦と同乗したいという千尋のわがままによって叶えられた。前列に座るのは長嶺組の組員だ。「海に来たって感じだよなー。あー、みんな楽しそう」 砂浜には海水浴を楽しむ人たちの姿があり、千尋の言葉通り、確かに楽しそうだ。「先生、ジムのプールではよく泳いでいたみたいだけど、海に泳ぎに行ったりしなかったの?」「海ではあまり泳いだことがないな。医者になってからやっと、海外に遊びに行ったときに――」 無防備に思い出話をしようとした和彦だが、ここでハッとする。これは千尋にしてはいけない類の話だと気づいたからだ。 和彦は一時期、外傷外科医として救命救急の現場にいたことがある。和彦が一番、肉体的にも精神的にも疲れ果てていた時期でもあり、この仕事に向いていないと、嫌というほど痛感もしていた。 そのため転科を考え始めた頃、ある男とつき合っていたのだ。同年齢ではあったが、仕事で苦悩し、忙殺されかかっていた和彦とは違い、親の残した資産で優雅に遊び暮らしている男だった。 生まれ育ちがいいという点では、和彦と共通したものを持っていたが、話を聞く限り、家庭環境は雲泥の差があった。それでも不思議と気は合い、遊び相

  • 血と束縛と   第16話(18)

     すでに熱くなって身を起こしかけたものを、賢吾に愛撫してもらう。濡れた先端を指の腹で擦られ、ビクビクと腰が震える。「いつもより、涎の量が多いな」 からかうように賢吾に指摘され、和彦はムキになって下肢から手を払いのけようとしたが、低く笑い声を洩らした賢吾に反対に手を掴まれてしまった。促されるまま、和彦は自分の欲望に触れ、ぎこちなく慰める。 再び腰を突き出す姿勢を取らされ、背後から賢吾に貫かれた。 立った姿勢のまま繋がるのは、苦手だった。いつも以上の苦痛に襲われるからだ。その苦痛を紛らわせるために和彦は、自分のものを愛撫するしかない。賢吾は最初

    last updateLast Updated : 2026-04-01
  • 血と束縛と   第16話(3)

     楽しげに言い切った賢吾にあごを持ち上げられ、唇を吸われる。 和彦の体には、その長嶺父子に求められ、貪り合った行為の余韻が、疲労感として残っている。なんといっても、昨夜の出来事だ。しかも千尋が眠ったあとは、夜更けまで賢吾と睦み合っていたのだ。今朝は体がだるくてたまらず、入浴するのも一苦労だった。 体に残る感触すべてが、長嶺父子の情の強さを物語っている。自分の存在が、今はその父子に所有されているのだとも。 体の奥がズキリと疼き、和彦は小さく身震いする。口腔に賢吾の舌が入り込み、感じやすい粘膜を舐められる心地よさに目を閉じようとしたとき、車内に携帯電話の着

    last updateLast Updated : 2026-04-01
  • 血と束縛と   第15話(9)

     察するものがあり、和彦は反射的に立ち上がろうとしたが、遅かった。中嶋に腕を掴まれて引っ張られる。「おいっ……」「先生は、俺を慰めるのが得意でしょう」「いつ、そうなった」「先日、先生に慰めてもらったときに」 悪びれた様子もない中嶋を睨みつけた和彦だが、本気で怒るつもりはない。こういう甘さを、中嶋に――ヤクザに見透かされてしまっているのだから、勝ち目があるはずもなかった。 空になったペットボトルを傍らに置くと、待っていたように中嶋に抱き寄せられる。和彦はおとなしく中嶋の両腕の中に閉じ込められ

    last updateLast Updated : 2026-03-31
  • 血と束縛と   第15話(10)

    「先生?」 ふいに唇を離した中嶋に呼ばれた和彦は、自分の中の疼きを自覚して、うろたえる。思わず視線を伏せると、そんな和彦に何かを刺激されたように、中嶋がまた唇を寄せてくる。和彦は顔を背けようとしたが、簡単に唇を塞がれていた。 熱心に唇を吸われているうちに、和彦の脳裏に秦の言葉が蘇る。伏せていた視線を上げると、中嶋と目が合い、そのまま視線が逸らせなくなった。 和彦は、中嶋の首の後ろに手をかけると、秦にされたキスを忠実に再現する。今度は中嶋がうろたえた素振りを見せたが、それも一瞬だ。次の瞬間には、和彦のキスに応え始めていた。「んっ&hellip

    last updateLast Updated : 2026-03-31
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