LOGIN淡々とした口調で三田村が応じると、いきなり鷹津がこちらを見て、和彦の手首を掴んできた。
「違うな。俺は、こいつの番犬だ。あんな蛇みたいな男は関係ない」 「……そのあたりの事情は、俺には関係ない」 ほお、と声を洩らした鷹津が、掴んだ和彦の手を引き寄せ、指に唇を押し当てた。驚いた和彦は、咄嗟に手を抜き取る。 「何するんだっ」 「そんなに顔色を変えなくてもいいだろ。いまさら、これぐらいのことで」 これは、自分ではなく、三田村に対する鷹津の嫌がらせだと理解したとき、思いがけず和彦の口から冷ややかな声で出ていた。 「誰が、ぼくに勝手に触っていいと言った」 鷹津がスッと目を細め、剣呑とした空気を和彦にまで向けてくる。しかし和彦は怯まなかった。 鷹津を番犬として躾けるために必要なのは、鞭だ。力では敵わないからこそ、言葉という鞭を効果的にふるう必要がある。 「ぼくに触れたいなら、しっかり働け。――ぼくはあんたが嫌いなんだ。だから、安売りはしない」 できる限り傲慢に言い放ったつ「あの家が、ぼくを必要としていると知ったところで、少しも嬉しくないんだ。きっともう、ぼくとあの家が歩み寄ることはできない。それが確認できただけでも、会ってよかったと思う。間に入った里見さんには、申し訳ないけど」 座卓に置いた文庫本の表紙を、手慰みに撫でる。そうしながら和彦の脳裏に蘇るのは、英俊と会ったときの光景だ。 思い返すたびに息苦しい感覚に襲われていたが、自分を駆り立てるように仕事をこなし、すっかり慣れ親しんだ男たちと顔を合わせていくうちに、その感覚も薄れつつある。だから、里見に連絡を取ることにしたのだ。今回は、悲壮な覚悟は必要としなかった。「兄さんに、言いたいことは言えたと思う。そのことを、あの人たちは納得しないだろうけど、ぼくはこれ以上話をするつもりはない。また里見さんに何か頼んできたときは、そう伝えてもらえるかな。一生連絡を取らない――という決心まではしていないけど、当分、話をするつもりはない」 電話の向こうから聞こえてきたのは、深いため息だった。一瞬、里見を失望させただろうかと身構えた和彦だが、次に耳に届いたのは、鼓膜をくすぐるような笑い声だった。「……里見さん?」『ごめん。最初の頃は、君は誰かに脅されていると思っていたんだ。だけど直接君に会って、英俊くんからも話を聞いて、今の君の言葉を聞いて、ようやく受け入れるしかないと思った。――君は、今いる場所で必要とされて、それ以上に大事にされているんだって』 里見が想像しているのは、穏やかで優しくて、美しい環境なのだろうと思うと、現実とのギャップに和彦もつい声を洩らして笑ってしまう。だが、男たちの情や、複雑な事情に雁字搦めになりながらも、和彦にとってこの世界が心地いいのは間違いない。「そう……、単純なものじゃないけどね」 ほろ苦い気持ちを噛み締めながら和彦が呟いたとき、廊下を歩く足音が聞こえてくる。「それじゃあ、もう切るね」『和彦くんっ』 携帯電話を耳元から離そうとしたとき、突然里見が大きな声を発する。「何?」『この電話を切ったあと、携帯の番号を変えたりしないでくれ。英俊くんに番号を知
ファミリーレストランで、三田村と向かい合って朝食をとるというのも、なんだか妙な感じだった。 パンを一口かじった和彦は、何げなく視線を上げてドキリとする。三田村が、フォークを持ったまま、じっとこちらを見つめていたからだ。 優しい眼差しだった。柔らかな感情のすべてを傾けて、和彦を包み込もうとしているような、そんな眼差しだ。 慌しい空気に満ちている店内にあって、自分たちがついているテーブルだけ、異質な空気が漂っているのではないかと、少し和彦は心配になってくる。 いつもなら、周囲の様子に気を配るのは三田村の役目のような気がするが、今朝ばかりは様子が違う。「……そんなに眺めるほど、ぼくは変わってないだろ。寝不足で、目の下に隈ができているぐらいだ」 さすがに気恥ずかしくなってきて、ぼそぼそと和彦が洩らすと、三田村はわずかに目を丸くしたあと、口元に苦笑を湛えた。「正直、先生が落ち込んでいるかもしれないと、ずっと心配していたんだ。しかも、クリニックも休まないと聞かされて、驚いた。先生のことだから、周囲の人間に迷惑をかけまいと、無理をしているんじゃないか」「無理か……」 パンを置いた和彦は、ふっと息を吐き出す。 今朝は、早い時間に賢吾と一緒に総和会本部を出て、自宅マンションに寄ってもらった。ゆっくりする間もなく出勤の準備をする傍ら、三田村に連絡を取ったのだ。本当は、声を聞くだけで満足するつもりだったのだが、三田村のほうから、朝食を一緒にとらないかと誘ってくれ、今のこの状況だ。「無理ならしている。肉体的にも精神的にも疲れているから、本当なら今日一日ぐらい、部屋でゆっくり過ごしてもよかったのかもしれない。だけど、そう思う以上に――ぼくの日常を取り戻したかったんだ。自分は、実家の事情に引きずられたりしないと強がりたい……、と言ってもいいのかな」「先生は、タフだ」 そう呟いた三田村の口調は、苦々しさに満ちていた。和彦の無理を窘めたい気持ちがある一方で、和彦の気持ちも汲み取っている、三田村の誠実さが滲み出ているようだ。「…&
「うああっ――」 内奥の入り口をこじ開けられ、太い部分を一息に呑み込まされる。繋がった部分を指先でなぞられると、それだけで上擦った声が出る。背後から緩く突き上げられて、腰から痺れが這い上がり、吐息を洩らす。さらにもう一度突き上げられて、悦びの声を上げていた。 賢吾と深く繋がっていきながら、引き絞るように内奥を締める。欲しかった、と言葉ではなく、体で訴える。和彦の訴えを、賢吾は受け止めてくれた。「……しっかりと、俺を欲しがっているな。本当に、可愛いオンナだ……」 腰を掴まれて、ぐうっと奥深くまで欲望を捩じ込まれる。和彦は声も出せずに、ビクッ、ビクッと腰を震わせていた。賢吾が笑いを含んだ声で言った。「尻で、イったな」 巧みに官能を刺激されて、頭の芯まで快感に浸される。賢吾の欲望に内奥深くを突かれるたびに、堪えきれず嬌声を上げていたが、おそらくその声は、部屋の外にも響いているだろう。和彦の理性ではもう声を抑えることができず、賢吾にしても、あえて〈誰か〉に聞かせるように、和彦の快感を煽ってくる。「あっ、い、ぃ――……。賢吾、奥、いい……」「どこもかしこも、いいところだらけだな。――和彦」 内奥深くを重々しく突き上げられ、一瞬息が詰まる。全身に快美さが響き渡り、小刻みに体が震える。賢吾は、和彦のそんな反応をいとおしむように、背後からきつく抱き締めてくれた。「一度抜いていいか?」 快感に恍惚としている和彦の耳に、賢吾の言葉が届く。和彦は子供のように必死に首を横に振っていた。「嫌だっ。まだ……、このままがいい」「俺もそうしたいが、それ以上に、お前のいい顔を見ながら、尻を可愛がってやりてーんだ」 ズルリと内奥から熱い欲望が引き抜かれ、和彦は短い悲鳴を上げる。このとき、自分の体に何が起こったのかを、和彦の体を仰向けにした賢吾に指摘された。「お前が、突っ込まれる瞬間に弱いのは知ってたが、抜かれる瞬間もよくなってきたか?」 賢吾に、精を放ったばかりの欲望を
和彦は無意識のうちに強い刺激から逃れようとするが、賢吾の逞しい腕にしっかりと腰を抱え込まれ、もっと奔放に乱れてみせろと追い立てるように、荒々しい愛撫を与えられる。「ひっ……、待、て……。賢吾さん、そこ、乱暴には……」「違うだろ。そういう呼び方じゃなかったはずだ」 賢吾の声が楽しげな響きを帯びる。弱みを指先で弄られて、和彦は半ば脅されるように声を上げていた。「賢吾っ」 この瞬間、気も遠くなるような法悦が和彦の中で生まれる。残酷なほど優しく丁寧な手つきで柔らかな膨らみを揉み込まれ、腰から下に力が入らなくなる。意識しないまま自ら足を大きく開き、賢吾の淫らな愛撫をねだっていた。「あっ、あっ、んあっ、あっ――……」「これ以上仕込んだら厄介だとわかっちゃいるんだが、気持ちよさそうに声を上げるお前の反応を見ると、可愛がってやらずには、いられねーんだ」 痛みとは紙一重の、絶妙の力加減で柔らかな膨らみをまさぐられ、和彦は甲高い声を上げて身悶える。欲望の先端から透明なしずくが滴り落ち、和彦が味わっている愉悦を雄弁に賢吾に知らせる。「ここ、いいか?」 わずかに声を掠れさせて、賢吾が問いかけてくる。余裕たっぷりのバリトンとはまた違った色気に、和彦はヒクリと背をしならせる。声に、感じてしまったのだ。賢吾は当然、和彦の反応に気づいていた。「……感じやすいオンナだ」 さきほどの愛撫の礼だと言わんばかりに、今度は賢吾が、和彦の背に唇と舌を這わせてくる。尻の肉を鷲掴まれ、腰を突き出した姿勢を取らされていた。賢吾が何をしようとしているか、次の言葉で知ることになる。「まだ触ってもないのに、もう赤く色づいて、ひくついてるな。南郷にたっぷり弄ってもらったんだろう。感じさせてくれるなら、誰でも甘やかすからな。お前のここは――」 嫌でも意識させられた内奥の入り口に、柔らかく湿った感触がまとわりつく。それが賢吾の舌だとわかったとき、和彦は呻き声を洩らして、シーツに精を飛び散らしていた。しかし、賢吾は許し
見事な大蛇の刺青をまず目に焼きつけてから、広い背に丹念にてのひらを這わせ、衝動のまま唇を押し当てる。巨体の輪郭をなぞるように舌先を動かしていると、賢吾の背の筋肉がぐっと強張った。 もし、英俊に無理やり連れ去られるような事態になっていたら、この大蛇に触れることは二度とできなかったのだ。そう思うと、情欲とはまた違う、強い感情に胸を揺さぶられる。多分これは、愛しいという感情だ。そしてこの感情は、この大蛇を背負う男に対して向けられている。「――俺とオヤジは、嫌になるほど似ている」 ふいに賢吾が話し始める。和彦は、背に唇を押し当てたまま耳を傾ける。「優しくて愛情深くて、淫奔でしたたかな先生の性質を、俺は、この世界に繋ぎとめるために利用している。俺が許した男たちと関係を持たせて、先生を雁字搦めにしているんだ。こんなことをするのは、俺ぐらいのものだと思っていたが……、さすがは、俺のオヤジといったところだな」 賢吾の胸元に手を回すと、いきなりその手を掴まれ、下腹部へと導かれる。触れた賢吾の欲望は、いつの間にか熱く高ぶっていた。吐息をこぼした和彦は、しっかりと握り込むと、緩やかに扱く。「オヤジは、先生と南郷を繋ごうとしている。なんとなく、目的が見え始めてはいるが、まだはっきりとしたことは言えない。今問い詰めたところで、とぼけられるのがオチだろうな」 賢吾が引き戸のほうに顔を向けたので、和彦もつい反応してしまう。同じ家の中に守光もいるのだと思うと、自分が今、とてつもなく恥知らずな行為に及んでいるのだと認識させられる。怖気づいたとも言えるかもしれない。 和彦は慌てて体を離そうとしたが、賢吾がそれを許さなかった。腕を引っ張られて布団の上に転がされてうつ伏せになると、さらに浴衣を剥ぎ取られ、下着も強引に脱がされる。「おいっ――」「総和会という枠の中じゃ、俺がオヤジに対して取れる抵抗は高が知れてる。父子であることは強みだが、同時に弱みでもあるんだ。俺は組を守る責任があり、組員たちの生活も守ってやらなきゃいけない。だが、このオンナを手放すこともできない」 背に、賢吾の熱い体がのしかかってきて、押し潰されそうな圧迫感に息が詰まる。和
守光に対する賢吾の言動を見ている限り、南郷が言ったようなことはありえないと思うのだが、賢吾ほどの男なら和彦を欺くのは容易だと、これまでの経験で骨身に染みてもいる。 急に、賢吾と部屋で二人きりになることが怖くなり、和彦は慌てて布団に潜り込む。そのまま身を固くしていると、しばらく経ってから、引き戸がゆっくりと開く音がした。「――先生、寝たのか?」 低く囁くような声がかけられたが、体を横にして背を向けた格好となっている和彦は、顔が見えない位置なのをいいことに、返事をしなかった。賢吾はそれ以上声をかけてこず、隣で寝る準備をしている気配がする。 それを背で感じていた和彦だが、このまま眠ることはできそうにないため、一度深呼吸をしてから口を開いた。「……今回のことで、ぼくの存在を面倒だと思わなかったか?」 背後で動く気配が止まり、和彦は反射的に身を竦める。数秒の間を置いて聞こえてきたのは、低く抑えた笑い声だった。「先生は、優しすぎるな。もっと傲慢になったらどうだ。人生をめちゃくちゃにしたヤクザ共は、自分のために少しぐらい苦労したほうがいいと。そう思ったところで――いや、それでもまだまだ優しいし、甘いな」 和彦は寝返りを打つと、隣の布団の上で胡坐をかいている浴衣姿の賢吾を見上げる。「別れ際に兄さんから、父さんの伝言を聞かされた。顔を見せに帰ってこい、と……。この言葉を聞いたとき、ものすごく嫌な感覚がした。ぼくの父親は、何があっても、自分の思う通りに息子を従わせるつもりだと」「まさか、父親とも会う必要があるなんて、言うんじゃねーだろうな」 賢吾が大仰に片方の眉を動かして言った言葉に、和彦は目を丸くしたあと、苦笑を洩らす。「少なくとも……、今は必要ない。兄さんと会って、よくわかった。ぼくの要望は、受け入れられない。あの人たちの野心のために自分の身を差し出せるほど、ぼくは優しくも甘くもない」「先生の話を聞いていると、つくづく思う。世の中、いろんな家族の形があるもんだってな」 賢吾が布団を軽く叩いたので、意味を察した和彦は起き上がる。
「不愉快どころか、やけに楽しそうでしたよ、秦さん。いい店を先生に紹介しないと、と張り切ってもいましたし」「ならいいんだ。あの人、職業柄なのか知らないけど、よく気をつかってくれるから。ぼくみたいな人間につき合って、迷惑をかけても悪いしな」 和彦が、長嶺父子のオンナであることは、すでに知られている事実だ。いまさら千尋と甘い会話とキスを交わしていたからといって、他人に喜んで報告するような悪趣味なまねを、秦がする必要もない。 和彦が心配していたのは、そんなことではなく、純粋に今言った通りのことだった。 大きく息を吐き出しながら、中島がマシンをゆっく
**** ブランケットに包まってうとうとしていた和彦は、窓を叩く雨の存在に気づいていた。朝から雨というと、普通なら憂鬱になりそうだが、ここのところの晴天続きに辟易していたところなので、雨音が妙に耳に心地いい。 ただし、湿気を含んだ暑さを堪能する気はないので、今日は部屋に閉じこもって、書類仕事を片付けてのんびりしよう――。 和彦は取り留めもなくそんなことを考えながら、雨音を聞いていた。しかし、そんな穏やかな目覚めをぶち壊すように、無遠慮に電話が鳴った。この時間、電話をかけてくる人物はわかっている。
頷いて一階に降りると、案内されてリビングに向かう。賢吾はすでに寛いだ服へと着替え、ソファに腰掛けていた。 和彦の姿を見るなり、なぜかニヤリと笑いかけられる。 「ずいぶん、派手なTシャツを着てるな」 「……千尋のを借りたんだ。ここに寄ったのが予定外だったから……」 「ああ、騒動があったらしいな。その話は後回しだ。先に、先生に話しておくことがある」 手で示され、和彦はやや緊張しながら賢吾の隣に腰掛ける。すでにリビングは二人きりとなり、息が詰まりそうな沈黙が流れる。だからこそ別の部屋の、組員たちの声や、気配がよく伝わってきた。
嫌という生易しい感覚ではなかったが、さんざん快感を与えられ続けた体は、蜜を含んだように重く、思考もまた、同じような状態だった。 「―― 俺の〈オンナ〉の中を、指できれいにしてやってくれ。お前も、まったく知らない場所じゃないだろ。うちの組で、俺と千尋以外に先生の尻を開いてやったのは、お前だけだ」 ビクリと腰を震わせて、一瞬だけ和彦は抵抗しようとしたが、三田村の指が内奥に挿入されたとき、賢吾の腕の中で悶え、溶けていた。**** 長嶺の本宅で、布団に横になっていた和彦は、三田村の手を取って胸元に