Home / BL / 血と束縛と / 第15話(6)

Share

第15話(6)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-02-01 08:00:22

 無事に内覧会を終えた安堵感に、和彦はソファに腰掛けたまま、ぐったりとする。ようやく一人となり、緊張は完全に解けてしまった。

 最後の招待客を見送ったあと、スタッフたちに手伝ってもらってクリニックを片付け、来客用に用意したテーブルやイスも、業者によって運び出された。

 ただ、内覧会のために移動させた家具をまだ元の位置に戻していないので、待合室はどこか雑然としている。

 そろそろ帰ろうと思うのだが、疲れきった体はなかなか動かない。

 もう少しこうしていようかと思っていたところに、待合室に入ってくる足音がした。顔を上げると、コンビニの袋を手にした中嶋が立っていた。さすがに驚いた和彦は、姿勢を戻す。

「……帰ったんじゃないのか」

 しっかりとクリニックを見学し、どんな施術ができるのかといった質問までぶつけてきた中嶋は、内覧会の招待客としては申し分がなかった。和彦は、ぜひ患者を紹介してくれと冗談交じりに言って、土産を渡して中嶋を見送ったのだが――。

 中嶋
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 血と束縛と   第29話(25)

    「面倒や迷惑っていうなら、それはこっちの台詞だ、先生。俺たちはとっくに、先生に面倒も迷惑もかけ通しだ。いや、そんな言葉じゃ足りない。先生の順風満帆な人生を奪ったんだからな。寝首を掻かれても、文句は言えない」「……そんなこと、ぼくにできるはずがないと、思ってるんだろ」 和彦がきつい視線を向けると、予想に反して賢吾は表情を引き締め、自分の首筋に片手をかけた。「やりたいなら、やっていいぞ。組の跡目はもういるからな。こっちの古狐が睨みを効かせている間は、うちの組にちょっかいを出す輩もいないだろうし、千尋でもなんとかなるだろう」 賢吾が本気で言っているわけではないとわかってはいるが、冗談にしても毒気が強すぎる。さきほどから黙っている守光が、さすがに苦笑を浮かべていた。「自分の父親の前で、よくそんなことが言えるな」「――さすがのあんたも困るか? 俺がいなくなると」 こう言ったときの賢吾の声には冷たい刃が潜んでいるようで、聞いていた和彦が驚いてしまう。一体何事かと思い、父子を凝視する。守光は、穏やかな口調で応じた。「困る、困らないという話ではないだろう。息子を失うということは。それにお前は、長嶺組の大黒柱だ。折れることはもちろん、亀裂一本、入ることは許されん。その点では、千尋は柱どころか、ただの若木だ。すんなり伸びて美しいし、しなやかではあるが、弱い。あれはこれからもっと、わしとお前とで鍛えてやる必要がある」「長嶺組に大事があれば、それは、総和会に細い亀裂が一本入りかねない、ということか」「亀裂一本とは、控えめな表現だな。巨体が傾ぎかねんと、わしは考える」「巨体とは、何を指しているんだ。総和会か、それとも――」 賢吾が意味ありげな視線を、守光に向ける。守光は堂々とその視線を受け、笑った。守光のこの余裕は一体どこからくるものなのだろうかと、和彦は考えていた。賢吾を育ててきた父親としてのものなのか、巨大な組織の頂点に立つ者としてのものか。 無意識のうちに息を詰め、二人のやり取りを見つめていた和彦に気づいたのだろう。ふいに賢吾がこちらを見て、わずかに表情を和らげた。「びっくりさせたな、先

  • 血と束縛と   第29話(24)

    「あんたを、長嶺の本宅に直接送り届けなかったのには、それなりの理由がある。わしに――総和会会長に対して、報告の義務を果たしてほしかったからだ。あんたと佐伯家の人間を接触させることに、多少なりと危険を冒したつもりだ。わしも、賢吾も」 長嶺の男は、甘くはない。 和彦は、賢吾の表情をちらりとうかがう。守光の言葉に異を唱えなかったということは、賢吾も同じ意見なのだろう。ここが総和会の本部である以上、会長である守光を立てなければならないということもあるだろうが、賢吾もまた、長嶺組組長として組織を背負っている責任がある。 和彦が頷くと、賢吾に促されてイスに腰掛ける。正面に、賢吾と守光が並んで座ったが、荒々しさを感じさせない顔立ちと物腰の二人から、圧倒されるほどの凄みを放たれ、和彦は息を呑みつつも、改めて実感していた。 背負い、身の内に飼っている生き物は違えど、この二人は血が繋がった父子で、同じ世界に生きる極道なのだと。 和彦の緊張を感じ取ったのだろう。賢吾がわずかに唇を緩めた。「そう、硬くなるな、先生。いつも俺に世間話をしているように、自分の兄貴と何を話したか、教えてくれればいい。何を聞かされても、少なくとも今は、佐伯家にちょっかいを出す気はねーからな」「……今は?」「長嶺の男から、先生を取り上げようとするなら、こっちにも考えがあるということだ」 本当に話していいのだろうかと、急に不安に駆られたが、男たちが何を考え、もしくは企んでいるのか、和彦に読みきることは不可能だ。口を噤んでいることも。 英俊の怜悧な眼差しを思い浮かべ、覚悟を決めた。放っておいてほしいというこちらの気持ちを無視しようとするのなら、ささやかに牙を剥く権利を与えられても許されるだろうと、誰に対してかそう言い訳をしながら、和彦は口を開く。 英俊から聞かされた内容そのものには、特に驚かされるものがあるわけではない。鷹津が得てきた情報が確かなものであったと裏づけが取れたようなものだ。重要なのは、佐伯家が和彦を必要としていると、英俊の口から告げられたことだ。「ぼくの後ろに誰かがいると、感づいているようだった。だけど――…&hell

  • 血と束縛と   第29話(23)

    **** 日曜日の夕方まで、山の中にある隠れ家で過ごした和彦は、説明もないまま車に乗せられて移動する。総和会との関わりで、必要な情報を与えられないまま連れ回される情況に、さすがに慣れた――というより、諦めてしまった。 だからといって、何も感じないわけではないのだ。 車がどこに向かっているのか、さすがに察してしまうと、これだけは慣れない緊張感に襲われる。車が停まったのは、総和会本部だった。 まだ、総和会の人間に囲まれる状況が続くのだろうかと、表現しようのない不安に心が揺れる。促されるまま車を降り、いつものようにエントランスホールを通って、一人でエレベーターに乗り込むと、四階に上がる。 和彦が知る限り、守光の住居空間を守るための配慮なのか、四階には人気がないことが多いのだが、今日は違った。エレベーターの扉が開くと、正面のラウンジに数人の男たちがおり、真剣な――というより、緊迫した面持ちで話していた。一瞬、自分は上がってきてよかったのだろうかと困惑した和彦だが、男の一人がすぐにこちらに歩み寄ってきた。守光の身の回りの世話をしている男だ。「お疲れ様です、佐伯先生。会長がお待ちです」「は、い。……あの、何かあったんですか?」 男は曖昧な笑みを浮かべ、守光の住居のほうを手で示す。「行かれたら、おわかりになると思います。先生でしたら大丈夫でしょう」 気になる物言いだが、男たちの様子は、あれこれと質問できる雰囲気ではない。ますます緊張を募らせて、廊下の突き当たりにあるドアの前に立つ。インターホンを鳴らすと、誰何されることなくドアが開き、着物姿の守光が姿を見せる。「大変だったな、先生。さあ、入りなさい」 温和な表情で守光に出迎えられ、和彦は戸惑う。さきほどの男たちの緊迫した様子と、すぐに結びつかなかったからだ。ぎこちなく玄関に足を踏み入れると、そこに、革靴が並んでいた。和彦は、意識しないまま小さく声を洩らす。「さっきから、あんたの到着が遅いと言って、機嫌が悪い。早く顔を見せてやるといい」 守光に促されてダイニングに向かうと、スーツ姿の

  • 血と束縛と   第29話(22)

    「素直になったな、先生」 唇を吸い合う合間に、そんなことを南郷が言う。和彦は弾んだ息を誤魔化すため、抑えた声で応じた。「ぼくが暴れたところで、あなたは簡単に押さえ込めるでしょう。……ぼくは、痛い思いはしたくないんです。痛い目に遭うぐらいなら、多少の不快さは我慢できます」「不快、か。あんたは、弱いんだか、強いんだか、わかんねーな。まあ、今はっきり言えるのは、俺はあんたとのキスを、かなり気に入ってるってことだ」 次の瞬間、南郷が覆い被さってきて、和彦はベッドに仰向けで倒れ込む。また、体に触れられるのかと身構えた和彦に対して、南郷が甘く恫喝してきた。「セックスみたいなキスをしようぜ、先生。俺を満足させてくれ」 唇を吸われて呻き声を洩らした和彦だが、それ以上の抗議も抵抗もできなかった。南郷が大きな手で髪を撫でながら、下唇と上唇を交互に甘噛みしてくる。合間に歯列を舌先でくすぐられ、肉欲の疼きが体の内から湧き起こる。 昨夜からずっと、南郷によって官能を刺激され、鎮まりかけても巧みに煽られ続けていた。南郷は不気味な男だが、〈オンナ〉である和彦の扱いをよく心得ている。恐怖と屈辱と羞恥だけではなく、しっかりと快感を味わわせてくるのだ。「――今、発情した顔になったな」 唇を離した南郷に指摘され、カッとした和彦は肩を押し退けようとする。おどけた仕種で南郷は体を揺らし、和彦のささやかな反抗を簡単に受け流した。ますます和彦がムキになろうとしたそのとき、部屋のドアがノックされた。「南郷さん、そろそろ出発の時間です」 ドアの向こうからそう声がかけられ、おう、と短く応じた南郷があっさりと体を起こした。唇を拭う和彦を見て、気を悪くした様子もなく南郷が言った。「先生ともっと遊びたかったが、俺の時間切れだ。これでも隊を率いていて、何かと忙しい身でな」「……失点がどうとか言ってましたが、本当は、あなたがここに来るほど、切迫した理由はなかったんでしょう」「切迫した理由はなかったが、来る必要はあった。怖い長嶺組長の目が届かない状況なんて、そうはないからな。先生とは、もっと打ち解けてお

  • 血と束縛と   第29話(21)

     男たちの顔を思い浮かべたあと、和彦はつい苦笑する。賢吾の思惑通りなのか、自分は男たちへの情で雁字搦めになっていると、改めて痛感していた。そのうち自分は、男たちへの情で溺れ死んでしまうのではないかと、ありえない想像までする。 ここで和彦は、眉をひそめる。何かの拍子に脈打つように強い頭痛がして、吐き気まで伴い始める。そのため、ドアがノックされても、返事をする気にもなれなかった。何より、相手が容易に推測できた。 案の定、遠慮なくドアが開き、新しいポロシャツに着替えた南郷が姿を見せる。手には、ミネラルウォーターのボトルと、小さな箱を持っていた。「食堂に置いてある救急箱に、鎮痛剤があった。飲むだろ、先生」 あんなことをしておきながら、何事もなかったように声をかけてくる南郷に対して、やはり不気味さを感じる。それと、戸惑いも。猛烈な怒りを抱くには、肉体的にも精神的にも疲れていた。当然、意地を張る気力もない。 和彦は頷くと、慎重に体を起こす。傍らに立った南郷から受け取ろうとしたが、当の南郷は、ボトルと鎮痛剤の箱を、枕元に放り出した。からかわれたと思った和彦は、南郷を軽く睨みつけてから、ボトルに手を伸ばそうとする。すると、ベッドに腰掛けた南郷にその手を掴まれた。「頭が痛いと言っていたが、熱もあるんじゃないか。顔が赤い」「……陽射しにあたって、火照っているだけです」「陽射しだけか?」 揶揄するように言った南郷につい鋭い視線を向ける。和彦の反応をおもしろがるように唇を緩めた南郷は、鎮痛剤の箱を開け、シートを取り出した。大きなてのひらに錠剤を二つのせて、こちらに差し出してきたので、和彦は錠剤を受け取って口に入れる。さらに南郷はボトルを手に取り、和彦の見ている前で自分が口をつけた。 意味ありげな眼差しを寄越された和彦は、伸ばされた南郷の手を一度は押し退けたが、あっさりと肩を抱かれて引き寄せられる。「んっ……」 南郷の唇が重なり、冷たい水をゆっくりと口移しで与えられる。少しだけ唇の端からこぼれ落ちたが、和彦は微かに喉を鳴らし、鎮痛剤と一緒に呑んだ。 和彦が抵抗しなかったことで気

  • 血と束縛と   第29話(20)

     南郷の指に内奥の入り口をまさぐられ、さすがに和彦が身じろごうとしたとき、尻の肉を鷲掴まれた。痛みを予期して体を強張らせると、容赦なく尻の肉を左右に割られた。南郷の視線がどこに向けられているか、振り返って確認するまでもない。 背後から南郷が、笑いを含んだ声で言った。「昨夜、俺がたっぷり可愛がったせいか、まだ赤みが強いな。それに、柔らかい。こうすると――」 唾液で濡らされた指が内奥に挿入されてくる。「ひっ……」 内奥で蠢く指が、まだ残っている昨夜の官能の余韻を掻き出し、再燃させる。悔しいが、下肢から蕩けていきそうだった。和彦は間欠的に声を上げ、南郷の愛撫に反応する。南郷も、興奮していた。「本当に、忌々しいぐらい、いいオンナだ。あんたは……。このまま、後ろから犯してやりたくなる」 感じやすい粘膜と襞を指で擦り上げられ、歓喜する内奥全体がきつく収縮する。和彦はその場に崩れ込みたくて仕方なかったが、それを許さない南郷に片腕で腰を支えられる。「ほら、先生、しっかりしろ。尻以外も可愛がってやれねーだろ」 腰を撫でられ、背を舐め上げられる。和彦が喉を鳴らすと、媚態を示した褒美だといわんばかりに、反り返って震える欲望を握り締められた。「あっ、あうっ、くうっ……ん」「出すか?」 南郷に短く問われ、何も考えられないまま和彦は頷く。南郷の手の動きが速くなり、あっという間に絶頂へと昇りつめる。和彦は熱い吐息をこぼして、精を迸らせていた。すると、余韻なく体の向きを変えられ、だらしない顔を南郷に間近から見つめられる。 現状を認識し、視線を逸らす間もなかった。「俺に掴まってろ」 短く告げた南郷に唇を塞がれ、和彦はその口づけを拒めない。まだ息が整わないうちに口腔に舌を押し込まれると、受け入れるしかないのだ。互いに荒い呼吸を繰り返しながら、浅ましく舌を絡め、濡れた音を立てて唾液を交わす。 塀にもたれていても自分の力で立っていられない和彦は、南郷が言った通り肩に掴まる。 南郷は、燃えそうに熱くなったてのひらで和彦

  • 血と束縛と   第17話(24)

    「……それは、ぼくの実家のことを指しているのですか?」「わしは、難しい話に興味はないよ」 機嫌よさそうに話す守光の表情から、狡猾さは感じられない。しかし、本当に狡猾で、頭が切れる人間は、完璧に自分の本性を隠せるものだ。和彦の父親が、まさにそうだ。 急に警戒心を露にした和彦に向けて、守光はさらに言葉を続ける。「あるのは、長嶺の〈悪ガキ〉二人を骨抜きにしている先生への興味だ」「悪ガキ……」「わしにしてみれば、でかくなったつもりの賢吾はまだ悪ガキのままで、千尋はさらに

    last updateLast Updated : 2026-04-03
  • 血と束縛と   第16話(31)

    ** ここに来るのは初めてではないという千尋の道案内で、息を弾ませながら和彦は、雪道を歩く。 一応除雪はされているが、あくまでそれは車のためで、道の端には雪がたっぷり積もったままだ。歩きながら和彦は、ときおり雪に足を取られて転びそうになり、そのたびに、前を歩く千尋の肩に掴まる。「先生、腕組んで歩く?」 とうとう千尋が苦笑して、腕を差し出してくる。和彦は断固として拒否した。「そんなみっともない歩き方、できるか」「転ぶよりいいじゃん」 和彦は周囲を見回す。人の姿は見えないが、ときおり車は通

    last updateLast Updated : 2026-04-02
  • 血と束縛と   第16話(44)

     長嶺組という看板に守られている和彦は、エレベーターの中で南郷に話しかけられたとき、ひどく不安だった。その理由が、今ならわかる。  長嶺組を恐れない男の前では、自分があまりに無防備で、危険を避けようとする本能が働いたのだ。  力があるのは長嶺組の男たちで、和彦自身ではない。頭ではわかっていても、あまりに周囲の男たちから大事にされ、少し浮かれていたのかもしれない。 「――……やっぱり、ヤクザは怖いな……」  声に出して呟いて、苦々しく唇を歪める。  カーテンを開けたままの窓から夕日が差し込む。眠るには明るすぎる気もするが、もう起き上がるのも

    last updateLast Updated : 2026-04-02
  • 血と束縛と   第16話(43)

     ハッとして顔を上げると、大きく分厚い手が眼前に迫っていた。何が起こっているのか理解できず、ただ本能的に危険を感じて体が硬直する。それをいいことに、南郷が和彦の髪を撫でてきた。 和彦の運転手を兼ねている総和会の組員は、扉の前に立ってこちらに背を向けているため、何が起こっているか気づいていないようだ。仮に何か感じていても、南郷のような男が背後に立っていては気をつかい、振り返るのをためらうだろう。 たった一声上げればいいはずなのに、和彦は唇を動かすことすらできなかった。南郷の手つきが無造作で、次の瞬間には髪を鷲掴まれ、引き抜かれそうで怖かったのだ。このときになって和彦

    last updateLast Updated : 2026-04-02
More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status