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第18話(7)

Author: 北川とも
last update Last Updated: 2026-03-04 11:00:56

 仕事のあと、外で食事を終えてから、待ち合わせをしていた〈友人〉に連れられて趣味のいい店に足を運び、美味しいウィスキーを味わう。

 ソファに深く腰掛けて足を組み、目の高さまで掲げたグラスを軽く揺らす。鈍く響いた氷の音に、和彦は静かな充足感を味わっていた。

「……理想的な夜遊びの時間だ」

 和彦が洩らした言葉に、隣に腰掛けた中嶋が反応する。二人掛けのソファを区切る肘掛けにもたれかかるようにして、身を乗り出してきた。

「気に入ってもらえましたか?」

 中嶋の問いかけに、和彦は頷く。

「君と秦の店選びに、失敗はない。……君が選ぶ店は、客層が少し若いかな。だから、気楽に楽しめる」

「長嶺組長の信頼厚い俺と一緒なら、護衛もつきませんしね」

 信頼しているかどうかは知らないが、和彦と中嶋の関係に、大蛇の化身のような男がひどく関心を示しているのは確かだ。

 こうしてなんでもないふ
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  • 血と束縛と   第18話(7)

    **** 仕事のあと、外で食事を終えてから、待ち合わせをしていた〈友人〉に連れられて趣味のいい店に足を運び、美味しいウィスキーを味わう。 ソファに深く腰掛けて足を組み、目の高さまで掲げたグラスを軽く揺らす。鈍く響いた氷の音に、和彦は静かな充足感を味わっていた。「……理想的な夜遊びの時間だ」 和彦が洩らした言葉に、隣に腰掛けた中嶋が反応する。二人掛けのソファを区切る肘掛けにもたれかかるようにして、身を乗り出してきた。「気に入ってもらえましたか?」 中嶋の問いかけに、和彦は頷く。「君と秦の店選びに、失敗はない。……君が選ぶ店は、客層が少し若いかな。だから、気楽に楽しめる」「長嶺組長の信頼厚い俺と一緒なら、護衛もつきませんしね」 信頼しているかどうかは知らないが、和彦と中嶋の関係に、大蛇の化身のような男がひどく関心を示しているのは確かだ。 こうしてなんでもないふりをして飲んでいるが、つい先日、賢吾と繋がって感じている姿を中嶋にしっかり見られており、何かの拍子に、そのときの光景が脳裏に蘇る。 一応、和彦なりに、中嶋と顔を合わせることにためらいはあったのだが、だからといって避け続けるわけにもいかない。なんといっても中嶋は、総和会と長嶺の本宅を繋ぐ連絡係となったのだ。顔を合わせる機会は嫌でも訪れる。 和彦は視線を正面に向ける。大きなはめ込みガラスに面してテーブルが配された席は、意識せずとも夜景が視界に入る。外は小雨が降っているため、輝くような夜景というわけにはいかないが、霧をまとったように霞んでいる街もまた、趣がある。 薄ぼんやりとした夜景に重なるように、ガラスに反射した和彦と中嶋の姿が映っている。一見して、友人同士と思しき男二人が寛いでいるように見えるだろう。和彦も、そのつもりで中嶋とこの時間を楽しんでいる。「――見惚れています?」 さらに身を乗り出してきた中嶋が、顔を寄せて囁いてくる。ただし視線は、ガラスに映る和彦に向けられている。和彦は小さく苦笑を洩らした。「そんなに自惚

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     小さく声を洩らした和彦を、南郷は酷薄そうな笑みを浮かべて見つめていた。その表情を見ていると、先日、南郷にマンションまで送ってもらったときの出来事を思い出す。あのとき鷹津が現れなければ、自分はどうやって南郷から逃げ出していたのか、想像するだけで不安な気持ちに駆られる。 南郷が見た目同様、物騒で野蛮な男であることは、疑いようがなかった。できることなら、もう二人きりになりたくないと願っていたのだが、総和会と関わる限り、その願いは叶えられないのだろう。 和彦は静かにため息をつくと、ハンドルを握る人間に視線を向ける。この状況で運転手は、いないものとして考えられる。長嶺組の組員であれば、当然、和彦の求めがあれば助けてくれるだろうが、この車内は総和会のテリトリーであり、南郷は総和会で肩書きを持つ人間だ。 いかに自分が長嶺組の看板に守られているか、強く実感した瞬間だった。その一方で、心細さと不安も強く感じる。 和彦はシートに座り直すふりをして、さりげなくドア側に体を寄せようとしたが、南郷に腕を掴まれて簡単に阻止される。思わず睨みつけると、南郷がスッと耳元に顔を寄せた。「――楽しんでいるところを邪魔されて、機嫌が悪いのか?」「何言って……」 動揺する和彦に向けて、南郷が下卑た笑みとともに言った。「あんたが車に乗ってきた途端、汗と精液の匂いがしたぜ」 下卑た表情に相応しい明け透けな言葉に、全身の血が凍りつきそうになったが、次の瞬間には一気に全身が熱くなる。もちろん、羞恥のためだ。 自覚があるからこその反応だった。実際和彦は、寸前まで三田村と体を重ね、激しく求め合っていたのだ。それに、体も洗っていない。 必死に動揺を押し隠す和彦に、南郷は追い討ちをかけてくる。 耳に生ぬるい息遣いが触れ、言葉を注ぎ込まれた。「あとは――発情した〈オンナ〉の匂いだ。……腰にくる、いい匂いだ」 腕を掴む南郷の手を鋭く振り払う。咄嗟に怒鳴りつけそうになったが、南郷が向けてくる冴えた眼差しに、一瞬にして冷静さを取り戻す。凄んでいるわけでもないのに、和彦の怒気など簡単に呑み込んでしまいそ

  • 血と束縛と   第18話(5)

     急かされた和彦は、反射的に小走りとなる。後部座席のドアが開けられ、無防備に車に乗り込んだが、次の瞬間、物騒な気配を感じて総毛立った。 ぎこちなく隣に視線を向けると、なぜか南郷がいた。和彦が目を見開くと、南郷は凄みを帯びた笑みを向けてくる。 驚きのあまり一声も発せないうちに、車は静かに発進した。「――怪我をしたのは、俺の隊の人間だ」 唐突に南郷が切り出す。「総和会はでかい組織だが、だからこそ、内部での小さないざこざはよくある。そりゃまあ、十一の組から、それぞれの組の意向を受けて出向いている人間がいるんだ。対立する組同士、表向きは総和会の看板を背負っていても、自分たちの組のために少しでも利益を得ようとする。あんたと仲のいい中嶋のように、自分がかつていた組のことなんて、すっぱり切り捨てられる人間のほうが珍しい。だからこそ、あいつは遊撃隊が似合っている」「どうしてです?」 思わず問いかけると、南郷はニヤリと笑った。「オヤジさんは第二遊撃隊を、総和会内の跳ね返りたちの抑えとしても使っている。総和会の和を乱す人間は、身内であろうが容赦しない。そういう懲罰的意味合いで、俺たちは駆り出される。でかい組織をまとめ上げるには、どうしたって荒っぽい力が必要だ。俺は、その力を振るうにはちょうどいい。所属していた組はもうないから、しがらみがないんだ」 南郷の説明通りなら、確かに中嶋には、第二遊撃隊はお似合いだ。いままでのつき合いから和彦は、中嶋が自分が属していた組に対して、忠誠心も執着心もないことは感じていた。あくまで、ヤクザとして出世するための過程の一つなのだろう。「そういう集団だから、厄介事を片付けたときには、怪我人も出る場合がある。今回がそうだ」 今話題に出た中嶋のことが心配になったが、すかさず南郷が付け加えた。「中嶋は、今回は待機組だ」 露骨に安堵して見せるわけにもいかず、そうですか、と淡々と応じた和彦だが、もう一つ気になったことがある。警戒しつつ、慎重に南郷をうかがう。「――……そちらの事情はわかりましたが、どうして、あなたが車に?」「大事な部下を診てくれる先生を、俺が

  • 血と束縛と   第18話(4)

     内奥深くを抉るように突き上げられ、上体を捩りながら身悶える。「あっ、あっ、い、ぃ――。三田村、三田村っ」 ふいに内奥から、逞しい欲望が引き抜かれた。和彦の胸元から腹部にかけて、生暖かな液体が散る。三田村の精だ。 快感の心地よい余韻に浸りながら和彦は、自分の胸元に指先を這わせて、三田村の欲望の残滓をいとおしむ。そんな和彦の様子を、三田村は食い入るように見下ろしていた。 いつの間にか、携帯電話の着信音は止んでいた。「早く、かけ直さないと……」 呼吸が落ち着くのを待ってから、和彦は声をかける。すぐにベッドを下りるかと思った三田村だが、ティッシュペーパーを何枚か取ると、和彦の体の汚れを拭おうとする。「自分でやるっ」 和彦は慌てて三田村の手を止め、ティッシュペーパーを奪い取った。「ぼくはいいから、電話してくれ。若頭補佐の仕事を邪魔したなんて噂になったら、ぼくが困る。……確かに、邪魔したのはぼくだが……」 ぼそぼそと呟くと、しっかり耳に届いたらしく、三田村が短く噴き出す。 スウェットパンツを穿いただけの姿で三田村がテーブルに歩み寄り、和彦は向けられた後ろ姿を目で追いつつ、手早く後始末をする。本当はバスルームに駆け込むのが一番だが、下肢に力が入らない。それにできることなら、電話のあと、また三田村とベッドの上で睦み合いたかった。 だが和彦の願いは、三田村の電話の応対を聞く限り、無理なようだ。 体を起こした和彦が髪を掻き上げたとき、ちょうど電話を終えて振り返った三田村と目が合う。「……先生、すまない、今の電話は――」「ぼくに、仕事が入ったんだろ」「総和会からだ」 ベッドを下りようとした和彦は動きを止める。眉をひそめつつ、三田村に問いかけていた。「最近、総和会からの仕事が多くないか?」「総和会が面倒を見ている医者は、何人かいる。俺が思うに、その医者に回していた仕事が、先生に回ってきているんじゃないか。……総和会なりの

  • 血と束縛と   第18話(3)

     この部屋に泊まったとき、習慣のように体を重ねているが、与えられる感覚に慣れる気配はまったくない。いつでも和彦は、三田村の感触を新鮮に感じ、適度に緊張もしていた。まるで、つき合い始めたばかりの恋人同士のように。 三田村が一度繋がりを解き、促されるまま和彦は仰向けとなる。ようやく三田村と向き合い、抱き合えると思ったが、和彦が両腕を伸ばす前に三田村に足を抱え上げられ、性急に再び繋がる。「ああっ」 和彦が喉を反らして声を上げたときには、大きく腰を突き上げられ、とっくに蕩けた襞と粘膜を強く刺激される。身を捩りたくなるような快感に、下肢どころか、瞬く間に全身を支配されていた。「――……先生」 顔を覗き込んできた三田村に唇を吸われ、無意識に甘えるような声を洩らす。深く唇が重なると、夢中で口づけを貪る。和彦は両腕を三田村の背に回そうとしたが、それは許されなかった。 三田村に両手を握られて、ベッドに押さえつけられる。そのまましっかりとてのひらを重ね、指を絡め合っていた。「あっ、あっ、あっ……うぅ。んっ、んうっ」 三田村の激しい律動に腰が弾み、声が洩れる。いつもならしっかりと三田村にしがみつくところを、両手をベッドに押さえつけられているせいで、もどかしさが奇妙な高揚感へと変わる。その高揚感は、和彦の感度を確実に高めていた。「三田村っ……、早く、撫で、たい――」 口づけの合間に和彦が訴えると、三田村が微かな笑みを唇に刻む。次の瞬間、握り合っていた手が離れ、すぐに和彦は三田村の背に両腕を回してしがみつく。すると、それを待っていたように、三田村にきつく抱き締められて体を起こされた。「うあっ」 三田村の腰を跨いだ姿勢で、繋がったまま向き合う。三田村に腰を掴まれた和彦は緩やかに揺さぶられ、自らも腰を前後に動かしていた。舌を絡め合いながら、自分の狂おしい欲望を果たすように、三田村の背を ――虎の刺青を撫で回す。和彦の手の動きに興奮を煽られているのか、三田村の体は燃えそうに熱い。もちろん、和彦の内奥深くに収まったものも。「先生…&

  • 血と束縛と   第18話(2)

    「雑炊用のご飯も用意してあるから、たくさん食べてくれ」「それは夜食で食べたい」「――先生の望み通りに」 久しぶりに聞いた三田村のその言葉に、胸が詰まった。長嶺組と関わり、裏の世界に引きずり込まれた頃から、三田村はずっと和彦の側にいて、和彦の望みを叶えてくれた。そして今は、さらに身近にいてくれる。 鍋を囲んで他愛ない話をしていると、会話の自然な流れで、次はいつ、こうしてゆっくりできるだろうかという話題になる。「二月半ばぐらいに、二日続けて休みが取れるとありがたいが……」 和彦の椀に、お手製のポン酢を注ぎ足しながら、ぽつりと三田村が洩らす。「二月の半ばって、何かあるのか?」 和彦の問いかけに、軽く目を見開いたあと、三田村は照れたような笑みをこぼした。「……先生は、見かけによらず世俗的なイベントには淡白だな。そんなイベントを意識しているヤクザというのも、恥ずかしい話なんだが」 三田村の口ぶりでやっと、二月の半ばにどんなイベントがあるのか思い出す。自分が淡白であることは認めるが、だからといって和彦は、世間の空気が読めないわけではないのだ。ただ二月は、和彦にとって大事――というわけではないが、意識するたびに微妙な気持ちになる日がある。 豆腐を箸で掬い上げながら、つい苦々しく唇を歪める。和彦の様子に気づいたのか、三田村が表情を曇らせた。「先生……?」 我に返った和彦は、わざと意地の悪い表情で三田村に話しかける。「まじめな若頭補佐が、どうしてバレンタインを意識するようになったのか、実に興味がある」「俺は別にまじめじゃ――。組の若い奴らが話していたのを、たまたま聞いたんだ。そうじゃないなら、俺も思い出さなかった。……いや、違うな。先生と知り合う前なら、聞いたところで、気にも留めなかったし、俺には無縁だったはずだ」「ふーん。まあ、そういうことにしておこう」 和彦の返事に、三田村は楽しげに顔を綻ばせる。今このタイミングが最適だと思ったわけではないが、知らない顔もできない

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