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第22話(26)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-03-30 14:00:08

「あのときは、本当に迷惑をおかけしました。それに、お世話になりました。俺自身、どうなることかとビクビクしていたんですが、結果として、何もかもいい方向に転んだ。先生のおかげですよ」

「……ヤクザにそこまで感謝されると、かえって怖いんだが……」

「大丈夫ですよ。怖いことも、痛いこともしません」

 ふいに沈黙が訪れる。和彦は目を見開いて、ハンサムな青年の横顔を凝視していた。今言われた言葉を頭の中で反芻してようやく、中嶋がどういう意図から自分を誘ったのか理解する。

 和彦は小さく声を上げると、口元に手をやった。中嶋は短く笑い声を洩らす。

「そう、深刻な顔をしないでください。少なくとも俺と先生の関係は、重たい事情も理屈も絡んでいない。俺の問題を先生は解決してくれて、あとに残るのは、気楽な友人関係と、享楽的な体の関係だけです」

「そう言われると、なんだかずいぶんな関係だな。君とぼくは」

「だけどこの世界じゃ、俺と先生の関係は、唯一無二のものですよ」

 信号待
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  • 血と束縛と   第50話(42)

    ** 明日は朝早くにここを出なければならないと、緊張と居たたまれなさを誤魔化すために、和彦はそんなことを考えていた。実際、重要なことなのだ。なんといっても明日はまだ平日で、クリニックも通常通り診療を行っている。本部を出て着替えのためにマンションに立ち寄っても、ゆっくり座る暇もないのを覚悟しなければならない。 他人の都合で振り回されることに腹が立たないのは、気づかないうちに自分も他人を振り回しているはずだと自覚があるからだ。 夕食後、勧められるままシャワーを浴びて出ると、当然のように浴衣が準備されていた。袖を通してから、何げなく脱衣所の壁にかかった鏡に目を向ける。いくらか気疲れした様子の自分自身と目が合い、居たたまれなさから視線を逸らす。 脱衣所を出て、人気のないキッチンで冷たい水を飲んでから、守光の部屋に向かう。すでに床が延べられており、シャワーを浴びたばかりで火照った肌が、さらに熱を帯びる。 いまだに、守光と体を重ねることに慣れない。行為自体は慣れ親しんでいるともいえるのだが、相手が守光ということに気後れするのだ。 守光は布団の傍らに珍しく胡坐をかいて座り、手元に視線を落としていた。肩越しにちらりと視線を向けられ、誘われるように和彦も隣に腰を下ろす。守光の手元には、アルバムがあった。覗き込むまでもなく、守光は開いたアルバムを見せてくれる。「これは――」「稜人の写真だ。母元にいる間は、写真を送ってほしいと直接頼むわけにもいかんかったからな。賢吾が手に入れたものを、珍しくわしに分けてくれた」 写真には、今よりもずっと幼い頃の稜人が写っていた。野外で小さな体を丸めて遊んでいたり、スーパーらしき場所でベンチに腰掛けている姿、一人で歩道を歩いているものもあるが、稜人がカメラに気づいている様子はない。ほぼ隠し撮りのような画角ということもあって、賢吾がどんな手を使ったかなんとなく予想がついた。 次々と写真を見ているうちに、明確な変化が現れる。稜人がカメラを認識したうえで写真を撮られるようになっていたのだ。おっかなびっくりで大きな目をまん丸にしているが、少なくとも嫌がってはいないようだ。「うちの親類に稜人を預けてからは、とき

  • 血と束縛と   第50話(41)

    「そのあたりの経緯は、軽くですが青道会の綾瀬さんから聞いたことがあります」「その二人が御堂を〈オンナ〉にした経緯も含めてかね」 単刀直入な問いかけに、和彦はやや間を置いて頷く。「御堂が若かったということもあるが、ずいぶん過保護に扱っていたようだ。オンナに骨抜きになると、自然とそうなるものなのかもな」 ここで守光が御堂の名を出すのは、単にかつて龍造のオンナだったという理由だけではないはずだ。御堂と第一遊撃隊の動向を、南郷の指示を受けて第二遊撃隊は警戒している。その南郷の行動はすべて守光のためだ。桐栄区に〈前線基地〉を置いて、中嶋を動かしているぐらいだ。警戒は本格的なものだ。「伊勢崎は、今も御堂と繋がっている。なのに、あえてあんたを通してわしに接触しようとしている。そのあたり、気にならんかね?」 柔らかな口調の問いかけに、ゾクリとした。和彦もまったく同じ疑問を抱いていたからだ。 守光は再び手紙に視線を落としている。当人同士は直接連絡を取り合わず、配下の者たちを介して会談の詳細を詰めたい――とは龍造からの要望だ。電話に履歴を残したくないのだろう。そこまでして、組織の大物二人は、顔を合わせての会談を必要としている。「――回りくどいと思うだろう? だが、仰々しい肩書きを持つ者が動くと、どうしても大事になる。そうなると、知られたくない者にも動きを知られる。結局のところ、伊勢崎が書いてあるような方法を取るほうが手間がかからんし、秘密を知る者も最小限に抑えられる」「その最小限の中に、ぼくも……」「巻き込まれて災難だな、先生。もちろん、最後までつき合ってもらおう」 天を仰ぎたくなったが、さすがに自重した。しかし微妙な表情の動きは隠せていなかったらしく、守光は楽しげに喉を鳴らす。「今回は、賢吾と千尋にも外れてもらう」 和彦と守光の間で秘密を抱える。気は進まないが、長期に渡るものではない。おそらく一か月もかからないだろうとは守光の言葉だ。「事が済んでから、賢吾にはわしから話す。ただ、我が息子ながら、あれは勘がいい。特にあんたに関することでは。そのうえあんた自身、隠し事が上手くない。賢吾と千

  • 血と束縛と   第50話(40)

     そんなに夢中で食べていたかと、和彦は苦笑いで返す。守光は目を細めると、吾川にこう指示した。「明日の朝食は、残った炊き込みを握り飯にしてくれ」「ヤマメは残っていますから、朝、また炊きましょうか」「それがいいな。先生に持って帰ってもらう分と、うちの者たちに――」 朝食、という言葉を聞いた和彦は、自分の予定が当然のようにすでに決定していることを知る。口を挟む余地はない。 野菜たっぷりの鶏団子汁とひじき入りのサラダなども堪能し、すっかり腹が満たされる。ここで、今晩自分は何のために守光の元にやってきたのかを思い出す。味わい深い夕食と、守光と吾川の穏やかな会話にすっかり寛いでいた。 急にそわそわし始めた和彦の様子に察するものがあったのか、守光に軽く目配せをした吾川が茶を淹れ直して二人の前に置くと、テーブル上の食器をトレーに乗せる。目の前のキッチンは使わず、吾川は速やかにトレーを持ってダイニングから消えた。「――さて、相談事とやらを聞こうか」 口元には穏やかな笑みを浮かべつつ、守光の冴え冴えとした目がひたと見据えてくる。息を呑んだあと、和彦は断りを入れて一旦席を立つ。客間に戻り、あらかじめ準備しておいた白封筒を手に戻る。これにまず目を通してほしいと守光に手渡した。 老眼鏡をかけた守光は丹念に封筒の表裏を確認して、便箋を取り出す。手紙を読み始めてすぐに上目遣いに視線を向けられ緊張したが、守光は何も言わず今度はじっくりと手紙を読んでいく。二度、三度とさほど長くない文章を読み返したようだが、手紙を置き、老眼鏡を外すと、軽く息を吐き出した。「――……すみません」 反射的に謝罪の言葉が口を突いて出る。和彦としては、厄介事を持ち込んだという自覚は嫌ほどがあった。自分一人で立ち回れる度量も人脈もなく、結局頼れる人間に丸投げするしかない。 守光は、手紙と和彦を交互に見て、ふっと表情を和らげた。「あんたはよくよく、難事に事欠かんな。まあ、あんたにとって最大の難事である長嶺の男が言えることではないが」「いえ、そんな……」「しかし、わしに会いたいとは、な」

  • 血と束縛と   第50話(39)

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  • 血と束縛と   第50話(38)

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  • 血と束縛と   第50話(37)

    **** 和彦が医者であると告げたことで、稜人からは『和彦せんせ』呼びが確定した。少し舌足らずな感じで、語尾が跳ねるように呼ぶのが、たまらなく可愛いのだ。千尋がおもしろがって、何か吹き込んでいたのはわかっていたが、夕食時に照れた様子で稜人からこう呼ばれて、危うくご飯が喉に詰まりそうになったぐらいだ。 ちなみにその日の本宅での夕食には、和彦が持ち込んだアジが、フライ以外に、ミンチにしたものと豆腐を混ぜて作ったハンバーグとなってテーブルに並んだ。千尋が選んだ食器で食事をする稜人を、長嶺の男二人が優しい目で見つめていたのが印象的だった。 日帰りということで夕方までしか一緒にいられなかったが、別れ際、稜人が少し泣きそうな表情をしていたのを見て、胸がぎゅっと締め付けられた。無条件で大事にされ、愛されるべき存在なのだと、身をもって教えられた気がする。 他人である和彦ですらこんな感情を抱くのだ。血縁者である賢吾や千尋にとっては言葉にできないものがあるだろう。 施術を終えた患者が帰り、次の予約までまだ間があるため、クリニック内の空気がふっと緩む。診察室でお茶を啜りつつ、手持ち無沙汰となった和彦はさっそくスマートフォンを取り出す。実は土曜日に、稜人の写真を撮っておいたのだ。しっかりと保護者二人も一緒に写っているが。 画像をタップしてじっくりと眺める。並んでいるとやはり稜人は千尋によく似ており、雰囲気としては父子というより兄弟だ。まだまだ若者然とした千尋も、稜人が側にいることで次第に落ち着きや貫禄が出てくるのだろうかと考える。稜人を気遣う姿は様になっていたが、正直、見ていて少しだけくすぐったくなった。傍らに立つ賢吾は、そんな二人を守ろうとするかのように、どっしりとして圧倒されそうな凄みがあった。「ああ、あれが父性か……」 和彦は無意識に声に出して呟く。ひどく納得すると同時に、誰に対してなのか、羨ましくもあった。 次々に画像を表示して、ご機嫌な稜人の姿を眺めているうちに、和彦は口元を綻ばせていた。撫でた髪の柔らかさ、握った手の高い体温、笑うたびに覗く小さな歯、廊下を走る軽い足音。稜人に関わる何もか

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