Masuk「この調子なら、連休中にでも抜糸できそうだ」
連休、と小声で呟いた鷹津が、傷口の消毒を始めた和彦に問いかけてくる。「このクリニックも、連休があるのか?」「一週間ほど休むことになっている。ぼくはカレンダー通り開けていてもいいんだが、組長に言われると、何も言えない」「ヤクザは優雅なものだな。そのオンナも」 鷹津が左手を伸ばし、頬に触れてこようとしたので、咄嗟に払い除ける。触れられることが嫌だというより、賢吾から言われた言葉が蘇ったのだ。 鷹津に情を移すなと、賢吾は言った。それがどういうことなのか和彦にはよくわからない。鷹津は相変わらず嫌な男だし、好意的な感情を抱いていないつもりだ。だが、それだけで鷹津との関係は割り切れない。そう、単純なものではないのだ。「……治療中だ。邪魔するな」 あえて鷹津の顔を見ないで注意すると、和彦は黙々と手を動かす。治療とは言っても、傷の様子を診たかっただけで、あとは消毒をして、ガーゼと包帯を取り替えるだけだ。 手早く包帯を「ぼくに、長嶺の男たちの側にいてほしいと言いながら、どうして、南郷さんと……」「あんたが、その長嶺の男たちにとって、大事で可愛いかけがえのないオンナだからだ」 会話が堂々巡りに陥りそうになっているのを察し、和彦は強い苛立ちを表に出す。守光は肝心なことを誤魔化そうとしているのではないかとすら考え始めていた。「――賢吾の大事なものが欲しかったそうだ」 和彦は数秒息を詰めたあと、ゆっくりと目を見開く。ぽんっと投げて寄越された守光の言葉を、すぐには受け止めきれなかった。「自分とは何もかもが違う特別な男と、同じものを手にしてみたいと……、そう、南郷は言っていた。わしが、何か欲しいものはないかと聞いたときに」「それが、ぼくだと……?」「ああ。あんたをわしのオンナにした時点で、南郷の希望を叶えることはできたが、それではあまりに情緒がない。だから少し無茶もしたが、あんたを南郷という男に慣らしていった。あんたの持つ性質なら、情を抱いて南郷を受け入れてくれるかもしれないと期待をしていたが、南郷のほうがよくわかっていたよ。あんたはそうはならないだろうと。ただ、だからこそ、互いに溺れることはないだろうと言われて、なるほどと納得した」 穏やかな口調で、この人は一体何を言っているのだろうかと、和彦は瞬きも忘れて守光を凝視する。自覚はなかったが、足が小刻みに震えていた。もちろん、寒さからではない。 自分の隣に座っているのは人の皮を被った怪物だと実感していた。「できることならもっと時間をかけて様子を見たかったが、あんたが佐伯家に里帰りすることになって、予定が変わった。あんたには、何があっても年明けにはこちらに戻ってきてもらわねばならん」 和彦は自分の膝をぐっと押さえつけてから、頭に浮かんだ疑問を口にした。「あんなことをされて……、ぼくが戻ってくると考えているんですか?」「仮にあんたが戻らないとして、どんな事態が起こり得るか、想像を働かせてみるといい。佐伯俊哉という男が、わざわざわしと連絡を取り合っていたのは、相応の理由がある。わ
大蛇が棲む肌の下に満ち満ちていたのは敵意だと、和彦は感じ取っていた。 それは、根拠のない噂によるものかと、浅薄に判断していた自分がいまさらながら口惜しい。賢吾はずっと、南郷を危険な存在として警戒していたのだ。それは和彦も同じだったが、まったく足りなかった。 もっとも、和彦のような存在がいくら警戒したところで、結果は見えていたが。「――眠れんのかね」 前触れもなく声をかけられ、危うく悲鳴を上げそうになる。振り返ると、丹前姿の守光が立っていた。口ごもる和彦にかまわず、守光がソファに歩み寄ってくる。仕方なく毛布を端によけた。「何か酒でも準備させようか」 隣に腰掛けた守光の言葉に、和彦は首を横に振る。「けっこうです……」「少しぐらい酔ったほうが、口も軽くなる。その勢いでわしを罵ってくれてもかまわんのだが」 この瞬間、和彦はカッとした。「あなたはそんなっ――」 腰を浮かせかけたところで、さんざん押し広げられた部分がズキリと痛んだ。狼狽した和彦はすぐに勢いをなくし、ソファに座り直す。そんな和彦を、守光は静かな目で見つめていた。「休む前に、鎮痛剤を持ってこさせよう。そうなると、酒はやめておいたほうがいいな」 守光は話をしたがっているらしく、和彦がどれだけ黙り込んでも立ち上がろうとはしなかった。 一方の和彦も、聞きたいことはいくらでもあるが、まだ頭は混乱しており、動揺もしている。しかし、今を逃せば、何も聞き出せない気がした。 傷ついた〈オンナ〉に、守光が多少なりと憐憫の情を抱いているなら、利用しない手はない。そう打算的に考える自分に、自己嫌悪に陥りそうになりながら、ようやく和彦は口を開いた。「……どうして、ぼくなんですか」 吐息を洩らすようにして守光は笑った。「夕方、あんたは、わかったような気がすると言っていたんじゃないかね」「それは……、あなたが、ぼくに興味を持った理由です。でも南郷さんは……」「同じだよ。賢吾が、あんたに興味
さきほど口にした、『尽くす』という言葉を実行しているかのように。 ふっと、疑問が口を突いて出ていた。「……あなたは、賢吾さんに成り代わりたいと思っているんですか?」 視線を伏せたまま南郷は笑った。「先生はどう思う?」「ぼくは……、権力争いや内部抗争とか、よくわかりません。ただ、長嶺組は、長嶺の血を引く男だけが跡を継げるんですよね」「毒されてるな、あんたも。さっきも言ったが、俺には長嶺の血は一滴も流れてない。俺ごときが、長嶺組をどうこうしたいとも思っていないしな。心配しなくていい。それについては」「心配なんて……」「総和会の中にいて、くだらん噂を耳にしたんだろう。例えば――第一の御堂あたりか」 和彦はムキになって否定したが、聞いているのかいないのか、南郷はいきなり内奥に指を挿入し、掻き出すような動きをする。ますます屈辱に身を強張らせ、和彦はきつく唇を噛んだ。「あの男は、見た目はほっそりとした優男で、いかにも荒事に向かない姿をしてるが、代わりに、毒を使う。流言飛語に真実を混ぜて、他人を翻弄する。そうやってどこかの組織を瓦解させた。と、俺は聞いたことがある。あまり御堂を信用するな、先生。あんたもうっかり利用されて、どう身を滅ぼされるか、わかったもんじゃないぞ」「……今、あなたがそれを言うんですか」 違いない、と至極まじめな顔で南郷は頷く。 下肢の汚れを簡単に始末されたところで、ようやく和彦は解放された。起き上がった途端に頭がふらつき、額に手を当てる。すると、肩から新しい浴衣をかけられた。「このまま浴場に行くといい。自分で体を洗いたいだろ。――別に、俺が手伝ってもいいが」 和彦が頷くはずがないとわかっていながらの、南郷の提案だった。萎えかけた気力を振り絞って浴衣に袖を通し、雑に帯を締める。 半ば逃げるように部屋を出た和彦は、次の瞬間ぎょっとする。廊下に吾川が立っており、和彦の姿を見ても表情一つ変えることなく、軽く頭を下げた。「浴場に向かわれるのでしたら、あ
自分の体はこんなにも見境なく多淫なのかと、また目に涙が滲む。しかし体は、快感を貪り始める。「あぁっ、はぅっ、うっ……、んうっ」「その調子だ、先生。――もうすぐだ」 反り返って揺れる欲望を扱かれて、性急に追い上げられる。南郷にも余裕がないのだと、息遣いから感じ取る。うかがうように見上げた先で、南郷はうっすらと笑みを浮かべていた。それは、達成感とも満足感とも言える、南郷が初めて見せた表情だった。 堪える術もなく、和彦は南郷の手に促されるまま絶頂に達する。自らの精で下腹部を濡らし、内奥を激しく収縮させる。すると南郷が唸り声を洩らし、和彦の中に精を放った。 内奥で、南郷の欲望がドクドクと脈打っている。和彦は激しい虚脱感に襲われ、両腕を投げ出したまま動けなかった。頭の中は真っ白で、何も考えることができない。いっそのことこのまま気を失ってしまえば、目を覚ましたとき、すべてなかったことになっているのではないかと、現実逃避をしかけていた。 だがまだ、これで終わりではなかった。 大きく息を吐き出した南郷が、和彦の下腹部に散った精を指で掬い取る。「――俺はオヤジさんと、ずいぶん昔に親子盃を交わした。ドラマや映画で見たことがないか? 盃に酒を注いでもらって、飲み干すんだ。ただ、正式な世話人や立会人を立ててのものじゃない。俺は表向きは、オヤジさんとはなんの縁も持たない人間だ。長嶺組の人間じゃないし、長嶺組と#結縁__けちえん__#のある組織にいたわけでもないからな」 俺は拾われただけの野良犬だと、傲然とすらした口調で南郷は言い放つ。「今からあんたと、特別な盃を交わす」 内奥から、まだ興奮の形を保ったままの欲望を引き抜いた南郷は、今度は和彦の精を掬った指を挿入してきた。意識しないまま内奥が蠢き、太い指を柔らかく締め付ける。「今この瞬間、あんたの中で、オヤジさんと俺と、あんたの精が交じり合った」「……何を、言って……」「あんたは一度、経験があるはずだ。三世代の長嶺の男たちと、こうやって――」 あっ、と和彦は小さく声を洩らす。確
「あんたの体はそう言ってない。さっきから締まりっぱなしで、俺のをしっかり咥え込んでいる。俺としても、ようやくあんたと結ばれたんだ。しっかりあんたの肉を味わっておかないとな」 下卑た台詞にカッとした和彦は、硬い脇腹に爪を立てる。殴られることを覚悟しての暴挙だが、南郷は声を荒らげることすらせず、内奥深くに欲望を突き込んできた。 両足を抱え直されて大きく左右に開かれる。羞恥に満ちた姿勢を取らされたうえで単調な律動を繰り返されると、和彦はもうまともに言葉を発することができなかった。押し寄せてくる衝撃にひたすら蹂躙される。 室内に、卑猥な湿った音と、乱れた息遣いが響く。南郷に唇と舌を貪られ、口腔に唾液が流し込まれる。密着した肌は流れ落ちる汗で濡れていく。 南郷に侵食されているのだと、いやが上にも実感する。 その合間に、もう必要のなくなった目隠しを取られた。間近から顔を覗き込まれ、和彦は息を詰める。瞬きもせず見つめ返していると、南郷は真剣な表情のまま、目元に唇を押し当ててきた。ちろりと舌先を這わされてゾクリとする。滲んだ涙を舐め取られていた。「……これが、〈俺〉のオンナの感触と味、か」 そう言って南郷が唇を歪めるだけの笑みを浮かべる。違う、と和彦は否定したが、声にはならなかった。それでも、南郷は唇の動きで読み取り、首を横に振る。 このとき、いつの間にか守光がいなくなっていることに気づいた。「違わない。あんたは、俺のオンナになる――いや、なったんだ」 上体を起こした南郷に乱暴に腰を突き上げられる。悲鳴を上げた和彦は仰け反り、太い腕に爪を立てるが、荒々しい動きが止まることはない。 内奥から逞しいものが出し入れされ、襞と粘膜を強く擦り上げられる。狙い澄ましたようにひたすら奥深くを突かれ、掻き回されているうちに、体が慣れてきたのか痛みが薄れてくる。同時に、呼吸がいくぶん楽になってきた。 南郷がじっと見下ろしてくる。暗い情念が潜む両目から視線を逸らした拍子に、南郷の脇腹に棲む百足が視界に飛び込んでくる。不気味さに怯みながらも和彦は、なぜか目が離せなかった。 南郷が動くたびに、妖しく百足が蠢く。流れる汗
胸元に息遣いを感じ、ザワッと肌が粟立つ。濡れた感触が執拗に胸の突起をまさぐり、転がすように刺激してくる。次の瞬間には硬いものが触れた。見えなくても、歯を立てられたのだとわかった。和彦が息を詰めると、反応をおもしろがるように、舌先でくすぐられ、きつく吸われる。そしてまた、歯を立てられる。 和彦が短くくぐもった声を上げると、思い出したように内奥を突かれ、熱い塊がぐうっと押し入ってきた。狭い場所を容赦なく押し広げられ、本来であれば激痛に悲鳴を上げても不思議ではないが、体は意外な順応性を見せる。守光との行為のあとだからだろうかと、ふと頭の片隅で考えた和彦だが、すぐにゾッとする感覚を味わう。 今晩、和彦の体を最初に開いたのは、わざわざ守光がこしらえ直させたという、特別な〈おもちゃ〉だ。その形に、和彦の体は慣らされている。 知らないはずなのに、知っている形。受け入れつつある男の欲望を、そう表現せざるを得なかった。「うあっ」 和彦の反応が鈍くなったと感じたのか、腰を揺すられ攻められる。すぐに嗚咽をこぼして、相手の肩を押し退けようとしていた。だが、忌々しいほど大きく頑丈な体は、びくともしない。「嫌、だ……。もう、やめ――……」 咄嗟に洩れた哀願が、相手を刺激したようだった。下肢に手が這わされ、力をなくしている欲望を掴まれる。大きくて硬い手の感触に、和彦は心の底から震え上がる。このまま握り潰されそうな無慈悲さを感じたからだ。見えないからこそ、恐怖は倍増する。 息を詰まらせて体を捩ろうとするが、すでに体の中には太い肉の杭を打ち込まれている。傍らには守光がいる。和彦に逃げ場などないのだが、それでもじっとはしていられない。「――なかなか往生際が悪い」 わずかな苦さを含んだ声で言ったのは守光だった。この瞬間、和彦の中で首をもたげたのは、猛烈な怒りだった。それが伝わったのか、欲望を掴む指にわずかに力が込められる。爪の先で先端を弄られて、弱々しい声が洩れていた。「あんたは受け入れるしかない。この男――南郷を」 はっきりと名を出されても、当然驚きはなかった。ただ、今自分にのしかかっている重みが