Masuk男たちの顔を思い浮かべたあと、和彦はつい苦笑する。賢吾の思惑通りなのか、自分は男たちへの情で雁字搦めになっていると、改めて痛感していた。そのうち自分は、男たちへの情で溺れ死んでしまうのではないかと、ありえない想像までする。
ここで和彦は、眉をひそめる。何かの拍子に脈打つように強い頭痛がして、吐き気まで伴い始める。そのため、ドアがノックされても、返事をする気にもなれなかった。何より、相手が容易に推測できた。 案の定、遠慮なくドアが開き、新しいポロシャツに着替えた南郷が姿を見せる。手には、ミネラルウォーターのボトルと、小さな箱を持っていた。「食堂に置いてある救急箱に、鎮痛剤があった。飲むだろ、先生」 あんなことをしておきながら、何事もなかったように声をかけてくる南郷に対して、やはり不気味さを感じる。それと、戸惑いも。猛烈な怒りを抱くには、肉体的にも精神的にも疲れていた。当然、意地を張る気力もない。 和彦は頷くと、慎重に体を起こす。傍らに立った南郷から受け取ろうとしたが、当の南郷は、ボトルと鎮痛剤の箱を、枕元に放り出した。か連休が明け、抱えた厄介事が解決するどころか、さらに増えていることに、和彦は一人悄然としていた。 それでも、鬱屈したものがいくらか軽くなっているように感じるのは、単なる錯覚か、現実逃避の結果か。もしくは、自分がさらにしたたかに、ふてぶてしくなったのか――。 後部座席のシートにぐったりと身を預け、和彦はぼんやりとそんなことを考えながら、外の様子に目を向ける。どんどん日が落ちるのが早くなってきていることに、夕方のひんやりとした風とともに季節の移り変わりを実感する一時だ。 仕事終わりの疲労感に浸りながら、このまままっすぐ自宅マンションに向かいたいところだが、そうもいかない。これから守光と、外で食事をとることになっているのだ。 総和会本部に呼ばれなかっただけ、まだずいぶん配慮してもらっているのだろうが、朝、守光本人から連絡が入ったときは、和彦は胃を締め上げられるような痛みに襲われた。 守光には、鷹津のことで確かめておきたいことがある一方で、俊哉との接触や、連休中の玲との行動について、絶対に隠し通さなければならない。上手く立ち回れる自信はまったくなく、恐ろしい狐に翻弄される自分の姿が、容易に想像がつく。 車が向かったのは、和彦も何度か訪れている料亭だった。 案内された座敷にはすでに、寛いだ様子の守光がおり、和彦の顔を見るなり穏やかに笑いかけてくる。その笑顔の裏にあるものを読み取りたい衝動に駆られたが、ぐっと抑える。 席につく前に和彦は、まず畳の上で正座をしてから守光に頭を下げた。「一か月近く、電話のみの応対となりまして、不義理をいたしました。それにもかかわらず、暖かく見守っていただき、ありがとうございます。……長嶺会長だけではなく、賢吾さんも……」「頭を下げられるようなことは、わしは何もしていない。繊細なあんたをさらに追い詰めるのが怖くて、何も手助けをしてやれなかった。上手くやったのは、賢吾だ。何かとあんたを構いたがるわしを、あれが止めてくれたんだ。今は〈和彦〉をそっとしておいてほしいと言ってな」 驚いて頭を上げると、ゆっくりと頷いた守光が、向かいの座椅子を手で示す。和彦は素直に席につ
「ぼくも、大事にはされています。でも、いつかはそんなときも終わりが来ると――、来てほしいと思うときもあって。でも、現実にそうなったとき、ほっとするよりも、自分が傷つくのが目に見えるんです……」「いつか、を恐れ続けるぐらいなら、自分で早々に終わらせてしまおう。そう考えることは? 前に君、自分が飽きられるときが来ることを、覚悟しているような話しぶりだったよね」 御堂の指摘にドキリとした。咄嗟に和彦の脳裏に浮かんだのは、父親である俊哉の顔だ。俊哉であれば、今のような生活を終わらせる手段を、きっと講じることができる。 和彦はわずかに間を置いてから、首を横に振った。「自分で終わらせるというのは、考えるのも怖いです。……ぼくも、情はあるんです。自分から切り捨てられない程度には」「君は優しいね。順風満帆だった人生を奪われたというのに」「優しくないですよ。ただ、ずるいだけです」「それならわたしは、君よりもっとずるいよ。いや、狡猾というべきかな」 どういう意味かと、和彦は首を傾げる。御堂は鋭い笑みを浮かべると、内緒話をするように声を潜めた。「わたしは、君と玲くんがこの家にいる間に見聞きしたこと、感じたことは、誰にも報告しない。ただ、楽しそうに過ごしていたと報告するだけだ。どうするかは、賢吾への対応は君次第だ。何を報告して、何を報告しないか、自分で決めるといい」「どうして……」「賢吾は友人だが、あの長嶺守光の息子でもある。狡猾と言ったのは、そんな賢吾を利用してやろうという気持ちが、わたしの中にはあるからだ。もちろん、賢吾のオンナである君も。もっとも賢吾は、それを承知のうえで、君を送り出した。君が襲撃を受けた件で、少しばかり清道会に向けられる目が厳しくなっていたんだが、当人が祝いの席に出てくれたというのは、君自身が思っているより、感謝している人間は多い。わたしも、ね」 男たちに大事に守られているだけの和彦とは違い、総和会の中で隊を動かす立場にある御堂は、さまざまなものを背負っている。守るべきものがあり、果たすべき義理があり、貫きたい意地があり――。
「君が、ただの大学生として、ぼくの目の前に現れるなら、進学祝いぐらいはしたいけど――……」 和彦は、玲の両目を覗き込む。印象的な黒々とした瞳は、奥に潜む存在を一切うかがわせない。ごく普通の高校生である証明か、この年齢にして、巧みに本性を隠しているのか。「……ぼくの信条があるんだ。今のような生活を送るようになってから、体に否応なく叩き込まれたものだけど」「なんですか?」「ヤクザの言うことは信用するな」 玲は目を丸くしたあと、清々しい笑顔を浮かべた。その笑顔の意味を、体を離したあとも和彦は尋ねることはできなかった。** 玄関に荷物を運んだ和彦は、その足でダイニングに向かう。御堂がコーヒーを淹れてくれていたのだ。「一人いなくなっただけで、ずいぶん寂しくなったね」 イスに腰掛けた和彦の前にカップを置き、御堂がそんなことを言う。一足先に出発した玲のことを指しているのだ。 わずかに心臓の鼓動が速くなるのを自覚しながら、和彦は頷く。「そうですね。ずいぶん存在感のあった子ですから、余計、そう感じます」「彼は君に懐いていたけど、連絡は取り合うのかい?」「……いえ。彼はともかく、ぼくのほうはいろいろと複雑なので、もし迷惑をかけたら申し訳なくて。だから――」 不思議と和彦と玲の間では、携帯電話の番号やメールアドレスを交換しようという話題すら出なかった。『春まで』と玲は言った。二人の関係が今日で途切れてしまったのかどうか、わかるのは約半年後だ。「君まで帰ってしまったら、わたしは寂しくて堪らない。昔は、人の出入りが多すぎて、よくも悪くも落ち着かない家だったからね。まあ、今回で、最後の思い出は作れたと思うよ」 ここでなんとなく二人は顔を見合わせ、示し合せたように複雑な表情となっていた。和彦の脳裏に浮かんだのは、高校生である玲との大胆でふしだらな一連の行為だが、御堂は――。「伊勢崎さんが、玲くんを連れて押しかけてきたときに、予感めいたものはあったから、いまさら驚きも怒りも
「俺、春まで佐伯さんと会えません。いくら、目に焼き付けておいても、記憶は絶対に薄れます。だから、映像として残しておきたいんです。いつでも眺められるように」 玲は本気で言っていた。だからこそ、困るのだ。和彦はこれまでに浅ましい姿を撮られた経験はあるが、はっきり言って、トラウマになるほど嫌な記憶となっている。玲本人に悪意はなくても、それ以外の人間が悪意を持って利用する可能性はいくらでもある。「ダメだ。……恥ずかしい、から……」 本当の理由は、玲には言えない。しかし、今すぐではなくても、玲なら察するはずだった。「こんなに、きれいなのに――」 機嫌を損ねた様子もなく、名残惜しげにそんなことを言った玲が、覆い被さってくる。和彦は、両腕でしっかりと抱きとめた。「……昨日から思っていたけど、君は末恐ろしいな」 和彦の言葉に、玲がちらりと笑む。「俺、ヤクザになりそうに見えますか?」「そういうことじゃなくて……、すごいタラシに、なりそうだ」 瞬く間に笑みを消した玲が唇を塞いできながら、もどかしげに腰を動かし、内奥の入り口に熱く硬い感触を押し当ててきた。先端を擦りつけられたかと思うと、一気に挿入された。 それでなくても敏感になっている襞と粘膜を強く擦り上げられ、電流にも似た快感が繋がった部分から這い上がっていく。和彦は玲にしがみつきながら、ビクビクと腰を震わせていた。 内奥の感触を堪能するように、玲はすぐには動かなかった。おかげで和彦も、内奥で息づく逞しい感触をじっくりと感じることができる。二人は荒い呼吸を繰り返しながら、さらに繋がりたいとばかりに、唇を吸い合い、舌先を擦りつけ合う。「――好きです、あなたのこと」 ようやく緩やかな律動を刻み始めたところで、唐突に玲が告白してきた。畳の上ですっかり蕩けていた和彦は、汗が浮かんだ凛々しい顔を撫でる。「ありがとう……」「……本気にしてないですね。それとも、高校生がセックスを覚えたばか
玲は、昨夜の自分の愛撫を辿るように、和彦の肌に唇を押し当て、強く吸い上げる。すると、より鮮やかな鬱血が残る。さりげなく玲の指先が、胸のある部分を掠めた。「あっ」 和彦が声を上げると、玲が見上げてくる。和彦の反応を確かめるように、もう一度、硬く凝った胸の突起を指先でくすぐる。今度はピクリと胸を震わせると、玲は満を持したように突起を口腔に含んだ。「あっ、あぁっ――……」 熱く濡れた感触に包まれ、いきなり痛いほど強く吸われる。だが、和彦の胸に広がったのは、小さな快感の波だった。もう片方の突起は指の腹で押し潰すように弄られ、摘み上げられる。 ようやく顔を上げた玲が、真っ赤に色づき、先端を尖らせている突起を満足げに見下ろす。「……ここも、気持ちいいんですね。すみません。昨夜は気づかなくて」 高校生にまじめな口調でこんなことを言われると、どんな卑猥な言葉を囁かれるよりも恥ずかしい。うろたえて返事もできない和彦に対して、玲はふっと目元を和らげた。「今の顔、可愛いです」「なっ……に、言ってるんだっ……。この状況で、人をからかうな」「からかってないです。本当に――」 誘惑に抗えないように、玲が再び突起に吸いつき、今度はそっと歯を立ててくる。甘噛みされて、ジンと胸が疼いた。 夢中で愛撫しているようで、玲はしっかりと和彦の反応をうかがっている。優しく舌先でくすぐりながら、ときおり乱暴に吸い上げ、さらに歯列を軽く擦りつけてきて、和彦がどのタイミングで切ない声を上げるか知ると、執拗に同じ愛撫を繰り返すのだ。「――昨夜より、余裕がある」 玲の少し硬い髪を撫でながら和彦は呟く。顔を上げた玲が、すかさず唇に吸いついてきた。「俺、ですか?」「君以外、誰がいる」「全然、余裕なんてないです。もう、こんなになってますから……」 唇を触れ合せながら玲が身じろぎ、何をしているのかと思ったとき、和彦の両足の間にぐっと押しつけられたのは、高ぶった欲望だった
やはり、組長の息子というものは食えないと、和彦は苦々しく思う。脅されているのかもしれないが、玲の口調は切実で、悪意とは無縁に思える。それどころか――。 和彦は軽くため息をつくと、伸ばした片手で玲の頬を撫でる。それだけで玲は、心地よさそうに目を細めた。「もう、気は済んだだろう。君は夢の中で〈オンナ〉に触れて、好奇心は満たされたはずだ。現実的に考えたら、ぼくは、君より一回り以上も年上の男だ。しかも、面倒な事情をたっぷり抱えている。脅すわけじゃないが、ぼくの背後にいるのは、怖い男と組織ばかりだ」「俺のこと、心配してくれているんですね」「都合よく受け止めるなっ。ぼくがっ……、これ以上の面倒は嫌なんだ」「父さんが言ってました。特別なオンナには、面倒くさい環境や事情がつきものだって。だけどそれが、オンナを守る檻になるとも」 玲の発言を聞いた和彦は、前に御堂が、本物の檻に閉じ込められた経験があると仄めかしていたのを思い出す。誰がそんなことをしたのか、なんとなく察しがついた。「俺はまだガキなんで、大人や組織の難しいことはわからないですし、考えたくないです。受験生だし」「……便利な言い訳だな」「便利だから、今のうちに使っておかないと、もったいないなって……」 悪びれない玲の物言いに、つい和彦は、ふふっ、と声を洩らして笑ってしまう。慌てて表情を取り繕おうとしたが、もう遅い。和彦が本気で怒っているわけではないと瞬時に理解したらしく、玲が再び覆い被さってきた。「おい、こらっ、退くんだ」 和彦は窘めるが、すでに玲の目の色は変わっている。「玲、くん……」「オンナじゃなく、あなたを抱きたい。佐伯和彦という、一回り以上年上の男の人を」 玲の囁きが体の内に入り込む。繊細で感じやすい部分をくすぐられたようで、和彦は甘い眩暈に襲われていた。 昨夜、さんざん身をもって実感していたはずなのに、改めて思い知らされる。高校生とはいっても、自分に覆い被さっているのは紛れもなく、若くしなやかな体と心を持った青
また指で呼ばれ、和彦は賢吾のあとについていく。工事後は待合室となるホールでは、施工業者の人間が集まって持ち込む機材について話し合っている。その様子を一瞥した賢吾は、奥の部屋へと向かう。 「……護衛の人間は?」 ホールを見て、賢吾が一人でこのフロアにやってきたのは確認した。 「物騒なツラした人間を、一般の業者がいる場所に連れてくるわけにはいかないだろ。設計士は前からの馴染みだが、業者のほうはそうじゃないんだ。クリニックを始める前に、妙な噂は立てたくない」 「自分は物騒なツラじゃない、と言いたいんだな」 皮肉でもなんでもなく、思ったまま
「総和会から連絡したいことがあると、中嶋さんが来るの。奥さんがいる家より、こっちのほうが、難波さんが捕まりやすいんだと思う」 和彦の疑問を察したように教えてくれたが、その口調からは、愛人である自分の立場に対する引け目のようなものは一切感じ取れない。案外、仕事のようなものだと割り切っているのかもしれない。 「ねえ、佐伯先生、クリニックの話、本当?」 「あっ、まあ、クリニックを開くのは本当ですよ。今はまだ、準備中ですけど」 「だったら、開業したら、わたしのことも診てくれる?」 まだ二重瞼の手術を諦めていないのだろうかと思いながら、和彦は微
「……それは、ぼくの実家のことを指しているのですか?」「わしは、難しい話に興味はないよ」 機嫌よさそうに話す守光の表情から、狡猾さは感じられない。しかし、本当に狡猾で、頭が切れる人間は、完璧に自分の本性を隠せるものだ。和彦の父親が、まさにそうだ。 急に警戒心を露にした和彦に向けて、守光はさらに言葉を続ける。「あるのは、長嶺の〈悪ガキ〉二人を骨抜きにしている先生への興味だ」「悪ガキ……」「わしにしてみれば、でかくなったつもりの賢吾はまだ悪ガキのままで、千尋はさらに
****「――俺との約束を忘れたのかと思ったぞ」 春巻を一口食べて、味に納得したように頷いてから、唐突に澤村が切り出す。和彦は苦笑を洩らしながら、酢豚を堪能する。値段が手頃なランチメニューなのだが、値段以上の価値がある味だ。 先日、中嶋に連れてきてもらってディナーを食べた中華料理店に、ぜひもう一度訪れたいと思っていたところだったので、澤村とランチを一緒に、という約束を果たすには、うってつけの店だろう。 店はホテル内にあるため、常にさまざまな人が行き交っている。そのため、護衛をホテルの駐車場