تسجيل الدخول遠距離恋愛三年目。神谷怜司とのやり取りは、いつしか三人だけのLINEグループに変わっていた。 上場準備で、スマホを確認する余裕がない。それが、代表取締役である彼の言い分だった。 代わりに彼の予定から体調まで知らせてくるのは、怜司が「ただの親友」と言い張る橘沙耶だった。 怜司に直接送ったメッセージは、未読のままだ。 誕生日に、三人のLINEへメッセージを送った。 「十分だけでいいから、ビデオ通話できない?」 返事をしたのは沙耶だった。 「上場直前の大事な時期なの。今は怜司の負担を増やさないであげて」 その直後、怜司が沙耶のInstagramの投稿に「いいね」していることに気づいた。 やがて、彼の会社は無事に上場した。 上場記念パーティーの夜、私は仙台から東京へ向かった。 会場に着くと、壇上の怜司は沙耶を「一番近くで支えてくれた人」と紹介した。 私を見つけると、眉をひそめた。 「来るなら、連絡用のLINEに入れてくれ」 差し出した贈り物は、沙耶が受け取った。 「用件なら、私から伝えておくわ」 全身から、ふっと力が抜けた。 差し出していた手を引き、グループを退会した。 想いまで彼女を通さなければ届かないのなら、もう私の日常を知らせる必要はない。
عرض المزيد一年後、私は京都へ転勤することになった。母は一足先に新居へ行き、荷ほどきを手伝ってくれていた。私は一人でキャリーケースを引き、金沢駅へ向かった。発車まで、あと二十分。背後から、名前を呼ばれた。人混みの中に、怜司が立っていた。少し痩せて、以前よりも穏やかな目をしていた。手には、小さな紙袋を提げていた。「これを返したくて」中には、紺色のマフラーだけが入っていた。沙耶の香水の匂いは、もうしなかった。きれいに洗われ、丁寧に畳まれていた。去年の冬、私が怜司のために編んだものだった。暗すぎると言って、一度も巻いてくれなかったマフラー。怜司が紙袋を差し出した。私は受け取った。「ありがとう」まもなく列車が発車するというアナウンスが流れた。怜司は、改札口まで一緒に歩いた。怜司は半歩だけ後ろを歩き、私との距離を詰めようとはしなかった。「京都エリアの六店舗を統括するんだって?」「うん」「おめでとう」「会社はどう?」「まあまあかな。無理な出店を控えるようになって、みんな前より余裕ができた」私たちは、長く会っていなかった友人同士のように、互いの近況を穏やかに話した。改札口を前にして、怜司が足を止めた。「紬。あの三人のグループ、僕も抜けた。沙耶にも退会してもらって、もう誰も残っていない」「そもそも、あんな連絡の仕方がおかしかった」私は少し笑った。「今になって、やっと分かったの?」「今さらだけど、ようやく分かった」怜司は私を見つめた。声が少しかすれていた。「会社が上場さえすれば、紬と過ごす時間を作れると思っていた」「この資金調達が終わったら、次のプロジェクトが片づいたら、すべてが落ち着いたらって……ずっと先延ばしにしてた」「紬との時間を、いつも『その先』に追いやってたんだ」「大事なのは、いつかじゃなくて、今日を一緒に過ごすことだったのに」アナウンスが、もう一度乗車を促した。私は軽く手を上げ、怜司に別れを告げた。怜司は、私を引き止めなかった。ただ、私が背を向ける直前に、一つだけ尋ねた。「紬。もう一度やり直してもいいと思ったことは、一度でもあった?」私は、遠くへ沈んでいく夕日を見つめた。「あったよ」怜司が息をのむ気配がした。「病院であなたを見たとき」「私を突き飛ばして、倒れてきた案内板からかばってくれたとき」
それから半年、怜司から連絡はなかった。金沢店で始めた地域イベントが評判を呼び、私は北陸エリアの統括候補に選ばれた。母も仙台の家を整理し、金沢へ移ってきた。母は時折、怜司のことを尋ねた。「本当に、もう戻るつもりはないの?」私は笑って首を横に振った。「お母さん。未練があることと、一緒にいて幸せになれるかどうかは別だよ」二月の終わり、怜司の母が店を訪ねてきた。以前よりひと回り小さく見えた彼女は、私に深く頭を下げた。「あなたに支える役目を押しつけて、自分の息子が誰かを支えられる人間か、考えもしなかった。本当にごめんなさい」私は彼女を許すとも、許さないとも言わなかった。ただ、遠くから来た客として温かいお茶を出した。帰り際、彼女は怜司が入院したことを告げた。過労と胃潰瘍だった。「あなたには連絡しないでくれと、あの子に言われていたの。でも、このまま黙っていたら、私が後悔すると思って」迷った末、私は東京へ向かった。病室の怜司はひどく痩せていた。私を見ると驚き、それから困ったように笑った。「どうして来たの?」「お見舞い」「来なくてよかったのに」私は果物の詰め合わせをテーブルに置いた。怜司は弱音を吐くこともなく、ただ尋ねた。「お母さんは元気?」「元気だよ」「店は?」「順調」そこで、会話は終わったように思えた。私は立ち上がり、帰ろうとした。怜司は布団をめくり、見送ろうとした。「寝ていて」「エレベーターまででいい」廊下は長かった。怜司は私の隣をゆっくり歩いた。怜司の手が何度か私の手に触れそうになり、そのたびにそっと離れていった。エレベーターの扉が開く直前、怜司が尋ねた。「紬。もし、あのとき沙耶がいなかったら、僕たちは結婚していたと思う?」私は少し考えた。「していないと思う」怜司の表情がこわばった。「どうして?」「沙耶さんが、私たちが別れた原因じゃないから」「沙耶さんは、もともとあった問題を早く表に出しただけ」私は怜司を見た。「沙耶さんがいなくても、仕事や友人、家族がいた」「私が絶対に離れないと思っている限り、怜司はいつも私を後回しにした」エレベーターが到着した。扉の外に立つ怜司の目が、赤くなっていた。「これから先は?」「私を待たないで」「それでも、僕が待ちたいと言ったら?」「待つかどうかは怜司
新店の開業日は、朝から激しい雨だった。大雨の影響で在来線の一部が止まり、予定していた配送車も到着しない。エントランスに設置した看板の固定具まで風で外れかけ、スタッフの半分は足止めされていた。午前六時、搬入口に東京ナンバーのトラックが着いた。降りてきた運転手が、伝票を手に私の名前を確認した。「神谷様から個人名義で依頼を受け、御社の本部にも承認をいただいています。足止めされた便の代わりに、富山の中継倉庫から書籍を運んできました」怜司本人の姿はなかった。私は礼だけを伝え、棚へ本を運んだ。開店一時間前、風がさらに強くなった。私は入口で作業していた。突然、誰かに強く突き飛ばされた。その瞬間、固定具の外れた案内板がこちらへ倒れ込んできた。金属のぶつかる音と、短いうめき声。振り返ると、怜司が床に膝をついていた。右肩を押さえ、顔を歪めている。「どうしてここに……」「手配した便が間に合ったか、見るだけのつもりだった」病院で、右肩を骨折していると診断された。処置を待つ間も、怜司の顔は青ざめたままだった。「紬」「治療費はこっちで負担する。手伝っていてけがをしたんだから」「その話じゃない」怜司は、私が手にしていた会計票に目を落とした。「さっき、僕のことを心配してくれた?」「目の前で誰かがけがをしたら、誰だって心配するよ」怜司は目を伏せ、かすかに笑った。「そうだよな」私は運転手が到着するまで付き添い、席を立とうとした。そのとき、怜司は左手で薄いノートを差し出した。見開きには、日付と短い文章が並んでいた。四月十二日。紬から母親の検査結果について連絡。返信せず。五月三日。紬の父親の命日。電話せず。六月二十一日。東京異動の面接について連絡。未読のまま。私が待っていた日を、彼は一つずつ書き写していた。「忘れないため?」「忘れていたことを、忘れないため」怜司は苦く笑った。「書けば書くほど、謝るだけでは足りないと分かった」「昔は、君を取り戻すには、何か一つ大きなことをすればいいと思っていた」怜司の声は、とても静かだった。「でも、ようやく分かった。君が離れたのは、何か一つ大きな出来事があったからじゃない」「何気ない選択のたびに、僕が君を後回しにしてきたからだ」目の奥が熱くなった。それに気づいた怜司は、とっさに身を乗り出しか
騒ぎは、一本の記事から始まった。『上場企業の創業者、元恋人のために女性共同創業者を追放』匿名の投稿には、私が怜司との恋愛関係を利用し、LUMINOの女性共同創業者を追い出したと書かれていた。名前は伏せられていたが、仙台、金沢、新店責任者という情報が揃えば、特定は難しくない。開店前の書店には無言電話が続き、口コミ欄には星一つの評価が並んだ。店頭で動画を回す人まで現れた。本部から開業延期の可能性を告げられた。これは、私が金沢で初めて任された新店だった。二か月かけて準備し、スタッフ全員が開業の日を待っていた。沙耶はよく分かっていた。私を傷つける一番早い方法は、怜司を奪うことではない。私がようやく築き始めた新しい生活を、壊すことだ。怜司から電話がかかってきた。「一時間だけ時間をくれ」「あなたたちの問題で、店に迷惑をかけないで」「分かってる」一時間後、LUMINOがオンラインで記者会見を開いた。店の事務室で配信を開くと、会見場の壇上に怜司が立っていた。用意された原稿には目を落とさなかった。「記事で言及されている女性は、当社の人事にも元広報責任者の処遇にも一切関与していません」「橘沙耶を職務停止にしたのは、事実と異なる情報を無断で外部へ流し、会社の設備や情報を私的な目的で繰り返し利用したためです」記者が質問を重ねた。「橘氏は創業時からあなたを支えてきた方です。会社が成長した途端に切り捨てたという見方については?」怜司は会社の記録を画面に映した。「この三年間、給与も賞与も、職責に応じて支払っています」「上場は、誰か一人の功績ではありません。チーム全体の成果を、一個人の献身であるかのように見せてしまったのは、私の管理上の過失です」怜司は一度、言葉を切った。「最大の過ちは、相沢紬が私に向けてくれていた気遣いを、誰にでもできる些細なことのように扱ったことです」「彼女は、誰にも復讐していません」「ただ、私を見限っただけです」記者会見が終わると、世論の流れはすぐに変わった。店に押しかけていた人たちは、投稿した動画を削除した。中止寸前だった開業イベントも、予定どおり行われることになった。本部からは、私を引き続き金沢店の責任者とする正式な通知も届いた。麻衣たちからも、謝罪のメッセージが届いた。『沙耶の話ばかり信じてた』『紬にも事