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*30

Aвтор: 伊藤あまね
last update Последнее обновление: 2025-07-07 17:00:54

 帝王切開での出産を迎える俺の予定日は十月二十四日。偶然にもその日は俺と朋拓が初めてメタバースのSUGAR内で出会った日だった。

 きちんと俺が憶えていたわけではなく、朋拓に予定日を告げたらそう教えてくれたのだ。

「え、そうだったっけ?」

「そうだよー。まあ、唯人はそういうのこだわらないのは知ってるけどさ。俺はすっげぇテンション上がったんだよ、運命だー! って」

「でもそう言われると確かに運命的な気がしてくるね」

 俺が大きく丸くなったお腹をさすりながら言うと、その手に朋拓も重ねてくる。お腹の中の子はこの八カ月ちょっとの間、大きなトラブルに見舞われることなく順調に育ってきているらしく、とても元気がいい。現にいまも俺らに存在を誇示するように胎動している。

「っはは、元気だなぁ。自分が話題の中心だからかな」

「主張が激しい子みたいだね」

「いいじゃん、自己主張は大事だよ、唯人」

 苦笑する俺に朋拓が嬉しそうに笑い、俺もそうだねとうなずく。

 手術にあたっては、数日前から準備のために俺は入院して、朋拓は前日の今日から付き添いで明日の手術まで泊まり込んでくれることになっている。

 大きな手術はコウノトリプロジェクトを含めて全くの初めてで、手術は万一に備えて全身麻酔で行われることになっているんだけれど、不安が全くないと言えば嘘になる。

 いまこうして朋拓と笑い合っているけれど、あと一ヶ月ほどあともそうしていられるかわからなくて、ふとした時に考え込んで口をつぐんでしまう。

「唯人?」

「あ、ごめ……なんだっけ?」

「疲れた? もう休もうか」

 朋拓が心配そうに優しく顔を覗き込んでくる。それに微笑んで返そうとしたけれど、なんだかうまく笑えない。震えそうになる指先を、朋拓がそっと握りしめてくれる。

「唯人、怖い?」

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