帝王切開での出産を迎える俺の予定日は十月二十四日。偶然にもその日は俺と朋拓が初めてメタバースのSUGAR内で出会った日だった。
きちんと俺が憶えていたわけではなく、朋拓に予定日を告げたらそう教えてくれたのだ。
「え、そうだったっけ?」
「そうだよー。まあ、唯人はそういうのこだわらないのは知ってるけどさ。俺はすっげぇテンション上がったんだよ、運命だー! って」
「でもそう言われると確かに運命的な気がしてくるね」
俺が大きく丸くなったお腹をさすりながら言うと、その手に朋拓も重ねてくる。お腹の中の子はこの八カ月ちょっとの間、大きなトラブルに見舞われることなく順調に育ってきているらしく、とても元気がいい。現にいまも俺らに存在を誇示するように胎動している。
「っはは、元気だなぁ。自分が話題の中心だからかな」
「主張が激しい子みたいだね」
「いいじゃん、自己主張は大事だよ、唯人」
苦笑する俺に朋拓が嬉しそうに笑い、俺もそうだねとうなずく。
手術にあたっては、数日前から準備のために俺は入院して、朋拓は前日の今日から付き添いで明日の手術まで泊まり込んでくれることになっている。
大きな手術はコウノトリプロジェクトを含めて全くの初めてで、手術は万一に備えて全身麻酔で行われることになっているんだけれど、不安が全くないと言えば嘘になる。
いまこうして朋拓と笑い合っているけれど、あと一ヶ月ほどあともそうしていられるかわからなくて、ふとした時に考え込んで口をつぐんでしまう。
「唯人?」
「あ、ごめ……なんだっけ?」
「疲れた? もう休もうか」
朋拓が心配そうに優しく顔を覗き込んでくる。それに微笑んで返そうとしたけれど、なんだかうまく笑えない。震えそうになる指先を、朋拓がそっと握りしめてくれる。
「唯人、怖い?」
帝王切開での出産を迎える俺の予定日は十月二十四日。偶然にもその日は俺と朋拓が初めてメタバースのSUGAR内で出会った日だった。 きちんと俺が憶えていたわけではなく、朋拓に予定日を告げたらそう教えてくれたのだ。「え、そうだったっけ?」「そうだよー。まあ、唯人はそういうのこだわらないのは知ってるけどさ。俺はすっげぇテンション上がったんだよ、運命だー! って」「でもそう言われると確かに運命的な気がしてくるね」 俺が大きく丸くなったお腹をさすりながら言うと、その手に朋拓も重ねてくる。お腹の中の子はこの八カ月ちょっとの間、大きなトラブルに見舞われることなく順調に育ってきているらしく、とても元気がいい。現にいまも俺らに存在を誇示するように胎動している。「っはは、元気だなぁ。自分が話題の中心だからかな」「主張が激しい子みたいだね」「いいじゃん、自己主張は大事だよ、唯人」 苦笑する俺に朋拓が嬉しそうに笑い、俺もそうだねとうなずく。 手術にあたっては、数日前から準備のために俺は入院して、朋拓は前日の今日から付き添いで明日の手術まで泊まり込んでくれることになっている。 大きな手術はコウノトリプロジェクトを含めて全くの初めてで、手術は万一に備えて全身麻酔で行われることになっているんだけれど、不安が全くないと言えば嘘になる。 いまこうして朋拓と笑い合っているけれど、あと一ヶ月ほどあともそうしていられるかわからなくて、ふとした時に考え込んで口をつぐんでしまう。「唯人?」「あ、ごめ……なんだっけ?」「疲れた? もう休もうか」 朋拓が心配そうに優しく顔を覗き込んでくる。それに微笑んで返そうとしたけれど、なんだかうまく笑えない。震えそうになる指先を、朋拓がそっと握りしめてくれる。「唯人、怖い?」
ボーナストラックのレコーディングの三日後に俺は病院からの連絡を受け、無事受精で来た卵子を腹腔に入れてもらった。 通常体外受精をしたあとは特に行動に規制なく日常生活を送れるというのだけれど、俺の場合は無事着床が確認できるまでは絶対安静を言い渡されているので、そのまま入院して様子見となる。 今回は絶対安静なので部屋の中であっても動き回ることは制限されていて、基本ベッドに寝ているしかない。勿論歌うなんてとんでもないので絶対禁止だ。「大声で笑うのも禁止だって言うからさぁ、お笑い番組も見るのためらっちゃうよ」『そっかぁ、それは退屈すぎるね』 ホログラム表示のおかげで寝ころんだままでも難なく対面しているように通話はできるけれど、着床が確認できるまでは家族であっても面会ができない。それくらいの安静なのだ。『起き上がるのってご飯の時くらい?』「うん、そう。あとはずーっと寝てる」『本とか読む?』「飽きちゃったよ。面白くても笑っていいかわかんないし」『少しくらいならいいんじゃない?』「そうかなぁ……なんかさ、物心ついてからずーっと唄ってたから、こうやって唄えない毎日ってすごく変な感じ。まるで自分の一部が使えなくなってるみたい」 唄うことは俺にとって生きていく|術《すべ》でありながら表現であり、意思表示でもあったから、それを制限されるとどうしていいのかわからなくなる。物足りないというよりも何かが欠けている気がしてしまう。 そして同時に、こんな日々が永遠に続いたらどうしようという不安も漠然とある。「俺、またディーヴァになれるのかな。唄い方とか忘れないかな」 自嘲するようにそう呟くと、朋拓が『忘れないよ、絶対』と強い口調で返してきた。 問うように見つめると、朋拓は真剣な顔をしてこう続ける。「唯人は
妊娠前最後になるだろうという事からかなりいつもより激しめにセックスをしたことで俺は意識を飛ばしてしまい、病院からの連絡に気付くのが遅れてしまった。 病院からの連絡とは昼間採取して提出した精子の状態の報告であり、更に先日先に作成していた俺の卵子と受精するかどうかという話だ。「病院、何だって?」 伝言メモの音声を聞き終えた俺に朋拓がそわそわした様子で訊ねてくる。コウノトリプロジェクトで妊娠を希望していても、相手の精子が弱かったりなかったりして、不妊であることが発覚するケースが少なくはないと病院で聞いているので、朋拓がそわそわして病院からの話を気にするのも当然だろう。「精子、良好だって。だからすぐにでも受精させるって」 俺がそう言って朋拓の方を見ると、朋拓は心底ほっとしたように息を吐いてくたっとしなだれかかるように俺の隣に寝ころんだ。「良かった~……ちゃんとした精子なんだ~」「精子の健康状態なんてこういう機会でもないと知ることもないだろうしねぇ。卵子も良好みたいだから、たぶん大丈夫だよ」「うん、そうだね……唯人、今度いつ病院行くの?」「んー、病院から連絡きてからなんだけど、たぶん一週間以内に来てくれって言われると思う」「そっか……そしたらいよいよ、なんだね」 卵子に精を受精させるのはその日のうちに行われるらしいけれど、胎内(俺の場合は腹腔だけど)に戻すまでには数日程を要するらしく、着床させるのは更にその後になるという。 着床して、さらに胎児の心音が確認できれば無事妊娠したと認められるのだけれど、そこまでの道のりは険しいし、そのあとも妊娠を維持させる努力をしなくてはいけない。「んまあ、そうだけど、それまでにあれをやっちゃわないと」 受精卵を入れ
見慣れた天井に、肌に馴染んだベッドのシーツの感触、そして、朋拓の肌のにおい。 何もまとわないで向かい合い、無言のまま口付ける。唾液も欲情も食むように互いの口中を淫らに探る。 朋拓の指先がキスだけで小さく存在を示すように立ち上がっている胸元の飾りに触れ、摘まんだりこねたりしながら俺の反応を楽しんでいる。それだけで自然と腰を彼に押し付けてしまうのに気付かれているのだろう。「唯人、エッチな動きしてる……そんなに欲しかった?」「ん、ンぅ……ッは、あぁ……わかってる、こと……言うな、よ……ッあ!」「ちゃんと言ってくれなきゃ、欲しいものあげられないよ、唯人」 唇から耳たぶに舌先が移り、外耳をなぞりながら穴へと舌が挿し込まれる。耳に触れられるのが弱い俺は、思わず体を震わせて朋拓にしがみついてしまう。 裸の肌と肌が密着し、既に熱を吹き返した互いの屹立の気配に気づく。さっき一度吐き出したよりも、熱い気がする。 肩に回していた手をするりと背に、腰に下ろし、やがて俺は圧しつけられている熱く硬いそれに触れてみた。「朋拓、もうこんなになってる」「唯人も、だよ」「ん、ッあ!」「エッチな汁もいっぱい……もっと触っていい?」 低く甘い声でそう囁かれ、俺はうなずくことしかできない。声が聴覚を刺激して俺を淫らにしていくからだ。 朋拓の大きな手のひらであやされるように俺の屹立が扱かれて、先走りを絡めているからすぐに濡れた肌の音が聞こえだす。それが一層、俺の欲情を煽り立てていく。 屹立に快感を与えられながら、俺もまた彼に手淫を施す。さっき病院へ提出するために勃起させた時よりもはるかに硬度があり、においも濃い。先端にあふれ始め先走りを指先にとりつつ扱き始めると、体温とにおいの濃さがさらに上
家での精子採取を決めてから五日後、病院から精子を入れるケースとかそれを更に梱包する箱なんかが送られてきた。 一緒についてきた簡易ホログラムによるとすでに俺と朋拓の情報はケースに登録されているので、採取が終わり次第ホログラムの受付ボタンを押せば五分以内に待機しているアンドロイドが受け取りに来るという。そして何事もなければドローンでアンドロイドごと病院に二十分以内に運ばれるんだそうだ。「え、じゃあ出してから三十分くらいで病院で診られるってこと?」 そうだよ、と俺が当たり前だろうというようにうなずくと、いまさらに朋拓は赤くなって恥ずかしそうにする。 何を今更……と呆れていると、こんなあけすけだとは思わなかったなんて言うのだ。「そんなの子どもを作るって段階であけすけも何もないじゃん。もともとは男女がセックスしてできるもんなんだから」「そう、だけどさ……」「……朋拓って結構夢見る乙女タイプ?」 そういうわけじゃない! と朋拓は真っ赤なまま言い返したけれど説得力がない。 とは言え、病院の指定によれば採取のキットが届いてから二日以内に採取して提出する約束なので、早い方がいいだろう。遅くなるほどにこういうことは恥ずかしいのだから。 そう俺が言うと、朋拓は何とも言えない顔をしつつも、数十秒逡巡するように目をつぶり、やがて大きく深呼吸してうなずいた。「そうだね、早く提出しちゃおうか」 やっと腹が決まったかと俺が苦笑していると、朋拓はそっと俺の手を取って自分の股間の辺りに宛がってこう囁く。「ねえ、折角だから……唯人の手で、シてよ」「……いいよ、約束だったもんね」 至近距離に迫って来た頬に
朋拓の両親と顔を合わせて色々と話をした日から三日後、俺はコウノトリプロジェクトの治療を始めてから密かに考えていた企画を実行に移すべく都内某所のレコーディングスタジオに入っていた。 密かにとは言いつつも、ちゃんと企画書も書いてリモート会議で平川さんはじめ社長もディーヴァのレコーディングスタッフたちを前にプレゼンをしてちゃんと協力を仰いでの話だ。 企画は俺が朋拓とコウノトリプロジェクトの話合いをしている頃に並行して始まった、ディーヴァ初のベストアルバムの作成だった。しかも今回は関係者が選ぶというのではなくてファン投票で選ばれた真のベスト盤だ。 世界的アーティストでありながら管理問題はじめ様々な懸念事項からファンクラブらしいものも公式にはなく、これまでライブ以外にほとんどファンと接点らしいものを持ってこなかったディーヴァの突然の企画に世間は騒然とした。 投票資格は専用サイトに登録をしたファンだけが一ヶ月の投票期間内に三曲選んで投票することができるようにしていて、一気に三曲選んでもいいし、期間内であれば三回に分けてもいい。とにかくファンも納得のいく選曲になって欲しいと俺たっての希望でそういうちょっとややこしいシステムになってしまった。「ええー、三曲かぁ……同じのに三票ってダメなんでしょ?」「それはエラーになって弾かれるかもね」 スマホのホログラム表示されたディーヴァのベスト盤投票サイトを見ながら朋拓が唸っている。本当にこいつは俺……というかディーヴァが好きなんだな、と改めて思い、そのガチぶりに感心すらしてしまう。 頭を抱えたり唸ったりしながら小一時間と投票する曲を迷って悩んでいる朋拓の傍らに座り、肩に頭をもたげて甘えるようにしながら俺は昨日病院で聞いてきた話を報告しようと思った。 そんなあまりしない事をしたからか、朋拓もなにか察したらしくホログラム画面から視線を外して俺の方を見てくる。「どうしたの?」「んー……今日、病院だったん