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第11話

Auteur: 玉井べに
夕星はかすかな笑みを浮かべた。「皆さんの前途が輝かしいものでありますように」

「ディレクター」名残惜しそうな声が飛ぶ。「本当におやめになるのですか?」

夕星は軽く頷いた。「ええ」

「でもディレクターの香水シリーズはまだ完成していないじゃありませんか」

あんなに素晴らしいシリーズなのに、人が替わったら続けられるかどうかもわからない。

夕星は荷物をまとめ終えると、ふと顔を上げた。

そこには雲和と凌が並んで立っており、白いドレスとスーツの組み合わせが絵になっていた。

けれど、眺める心の余裕などなかった。

夕星は段ボール箱の蓋を閉めた。

「お姉ちゃん」雲和が近づき、目を赤くしていた。「私、お姉ちゃんのポジションを奪うつもりはなかった」

夕星は箱を抱え、淡々とした目で言った。「奪おうが奪うまいが、もうあなたのものよ」

凌と同じだ。奪おうが奪うまいが、彼の心の中には彼女の居場所がある。

「凌ちゃん、お姉ちゃんに残ってくれるよう説得して」雲和は凌の方へ振り返り、柔らかく頼んだ。「私が原因なら、他の場所で働いても構わない」

そして唇を噛んで続けた。「それに、お姉ちゃんの方が経験が豊富よ」

凌は涼しい顔をしていた。もともと夕星の気性を抑えようとしていたのだから、引き留めるはずもない。

「雲和、お前はキャサリンさんに三年間香水調合を学んだ。開発ディレクターの役職に十分ふさわしい」

その視線を夕星に移す。「夕星は系統立てて学んだこともないのに、このポジションの責任を負えるだろうか」

軽くも重くもない嘲りが、大勢の前で夕星のメンツをつぶした。

夕星の顔から血の気が引き、心臓をナイフで裂かれたように、骨の髄まで痛んだ。

凌の心の中で自分が雲和に及ばないことはわかっていた。だが、ここまで低く見られていたとは知らなかった。

公衆の前で踏みにじっても構わないほどに。

「凌ちゃん、そんな言い方をしないで。お姉ちゃんはとても優秀だよ」雲和は少し怒り、繊細な眉をひそめた。

凌は冷笑した。「お前が心配しても、彼女は気にしないだろう」

夕星は再び笑顔を作った。「話が終わったなら、私は失礼するね」

彼女は段ボール箱を抱えたまま去って行った。

エレベーター前に差しかかると、背後から凌の低い声が響いた。「夕星、もし頭を下げて従うなら、サブディレクターのポジションをやってもいい」

恩寵のように。

夕星は振り返り、短い廊下の向こうで凌を見つめ、冷ややかに言った。「結構よ」

そしてエレベーターに乗り込んだ。

エレベーターのドアが閉まり、下へと動き出した。

凌はがらんとした廊下を見つめ、胸の奥で何か大切なものを失ったような感覚に襲われた。

どうにも落ち着かない気分だった。

夕星は別荘に戻ると、自分の荷物をまとめ、できるだけ早くここを出ていくつもりでいた。

彼女と凌の離婚は時間の問題。

追い出されるより、自分の意思で体面を保って出ていった方がましだと考えた。

夕食の頃、凌が帰宅した。

部屋を見回しても夕星の姿がなく、使用人に尋ねる。

「奥様は書斎におります」使用人が慌てて答えた。

凌は二階の書斎へ向かう。

ドアを開けると、窓際の籐椅子に寄りかかる夕星の姿が目に入った。

彼女は本を手に、長い髪を肩にかけていた。窓から射す夕日がその身を照らし、橙色の光と影を落としている。

その光景は、見ているだけで胸の奥に幾重もの温もりを呼び起こした。

夕星は調香に関する本を読んでいたが、不意に影が差し、男の吐息が唇に触れた。

一瞬だけ驚いたものの、彼女は静かに顔をそらし、そのキスをかわした。

凌は怒らなかった。妻の膝の裏に手を回し、彼女を抱き上げて横へずらすと、自分もその籐椅子へと割り込む。

籐椅子は一人なら余裕があるが、二人ではぎゅうぎゅうに狭い。

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