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第2話

مؤلف: 緋色の追憶
電話が切れると、ツー、ツーという機械的な音が、静かな病室にやけに空しく響いた。

梓はスマホを握ったまま動けずにいた。指先が氷のように冷たい。

もう本当に、勇太と離婚するんだ。

その思いは、錆びついた鍵のようで、記憶の奥にしまい込んでいた扉を、乱暴にこじ開けてしまった。

8年前の火事のあと、梓はもっとひどい状態でベッドにいた。全身に激痛が走り、意識も朦朧としていた。

勇太はベッドのそばにひざまずいていた。目は真っ赤で、彼女の手を握りしめながら、何度も何度も「ごめん」とか「元気になったら、結婚しよう」とか、そう言った。

梓は断った。こんな体じゃ足手まといになるだけだ。治療だって、いつ終わるか分からないし。

でも勇太は、どうしてもって譲らなかった。彼女がやっと歩けるようになった日には、消毒液の匂いがする廊下で片膝をついたんだ。指輪を差し出して、医師や看護師たちの前で、真剣にプロポーズしてくれた。

あの時の勇太は、心から梓を心配してくれていた。その目には迷いのない強い決意があったんだ。「梓、一生お前の面倒を見させてくれ。俺はお前に償わないといけない。それに、俺がそうしたいんだ」って。

その後、勇太は約束通り、梓の面倒をみてくれた。

必要のない付き合いはほとんど断って、色々な病院に付き添ってくれた。一番いい治療法を探して、あちこち回ってくれたんだ。

何度も手術をした。お金だってすごくかかったのに、彼は嫌な顔ひとつしなかった。

一度、勇太が電話で頭を下げてお金を借りているのを、聞いてしまったことがある。でも、病室に戻ってきた彼は、いつもみたいに穏やかだった。梓にスープを飲ませながら、「お金のことは心配しなくていいから」って、優しく笑うんだ。

あの時、梓は勇太に背を向けたまま、枕を濡らした。心の中は、ずっしり重い感謝の気持ちと、申し訳なさでいっぱいだった。

自分のせいで、彼に苦労をかけてるって思ったんだ。

結婚して最初の2年間、周りの人から見れば、勇太は完璧な夫だった。

定期健診の日も、薬を飲む時間も、全部覚えてくれていた。雨が降って古傷が痛む日は、一晩中寝ないで温かいタオルを当ててくれたりもした。

記念日も全部覚えてくれたし、高くはないけど、心のこもったプレゼントを用意してくれた。

梓が落ち込んでいる時は、優しく話を聞いて、抱きしめてくれた。「俺がいるから」って。

家事もほとんど勇太がやってくれて、水仕事は一切させてくれなかった。

一番の親友でさえ、羨ましそうに言っていた。「梓、勇太さんみたいな人、まるで罪滅ぼしみたいにあなたのことを愛してるわね」って。

自分たちは特別で、死にそうな目にあったからこそ、愛は誰よりも固いんだって。

この時までは、信じていた。

思い出が、冷たい波みたいに何度も打ち寄せてくる。そして、波が引いた後には、ごつごつとした岩みたいな事実だけが残った。

かつて疑いもしなかった勇太の優しさが、あの投稿の冷たい文字の前では、どんどん歪んで見えてくる。

梓は深く息を吸い込むと、もう一度スマホの画面をつけた。

例の投稿はまだ残っていて、返信はもう千件以上もついていた。

指先は冷え切っているのに、手つきは不思議なくらい落ち着いていた。スクリーンショットを撮り、画像を保存する。画面録画機能まで使って、投稿のページと目に痛いコメントを、一ページずつ、全部記録していった。

さっきよりも、ずっと念入りに見ていく。

全身が凍りつくような言葉の一つ一つが、今度は鋭いメスみたいだった。彼女の結婚生活を、隅々まで切り刻んでいく。

コメ主は自慢げに書いていた。【あの男、私が他の男とちょっと話しただけで、何日も不機嫌になるの。ヤキモチ妬いてる姿が、すごく可愛い】って。

梓は固まった。そういえば勇太は、いつから自分に何の感情も向けなくなったんだろう?

怒らない。言い争いもしない。イライラした様子すら見せない。いつも穏やかで、何でも受け入れてくれて、でも、どこか他人行儀な優しさ。

それが大人になるってことなんだ、思いやりなんだ、そう思ってた。

でも今ならわかる。ただ、どうでもよかっただけなんだ。

彼の感情も、本当の気持ちも、全部、他の女に向いてたんだ。

その女の前ではイライラしたり、怒ったりして、甘えてたんだ。でも自分に対しては、ただ責任を果たすための、穏やかな仮面をつけていただけ。

愛してないから、感情を出すのさえ面倒だったんだ。勇太の本当の顔は、彼が心から安らげる人のためにあった。

さらに読み進めると、ある一枚の写真に目が釘付けになった。

それは、象牙でできたピアスのアップ写真だった。繊細な作りで、凝ったデザインをしていた。

文がそえてあった。【あの男が手作りしてくれたの。今は象牙って売買禁止だけど、これは彼が子供のころから持ってた特別なものなんだって。私がつけると、綺麗だねって言ってくれた】

記憶のダムが、音を立てて決壊した。

梓ははっとした。確か4年前だ。勇太が急に彫刻にハマって、小さな書斎をアトリエに改造して、何時間もこもっていた時期があった。

ある時、自分がフルーツを部屋に持っていくと、確かに机の上に象牙と工具が散らばっていた。彼はその時、何か小さくて丸いものを磨いていた。

そばに寄って覗き込んで、冗談っぽく言った。「すごく綺麗。もしかしてピアス?残念だな、私、穴を開けてないの」って。

あの時、勇太はなんて答えたっけ?

彼は梓の髪をくしゃっと撫でて、笑って言った。「まさか。ただの趣味だよ。うまくできるかも分からないし」って。

その顔は、ごく自然で、嘘をついてるようには見えなかった。

そうか、あの時からもう、勇太の心の中には、心を込めてプレゼントを贈りたい相手がいたんだ。

あの時感じた、ほんの少しの違和感。勇太の優しい笑顔ひとつで、簡単にかき消されてしまった。

一瞬でも彼を疑った自分を、恥ずかしいとさえ思ったんだ。

なんて、バカみたい。

スクロールしていくと、コメ主が二人でディズニーランドに行った話が出てきた。メリーゴーランドに乗って、お揃いのぬいぐるみを買ったという。

梓は思い出した。去年、自分もディズニーランドに行ってみたいって言ったことがある。勇太は少し黙った後、「あそこは人が多いから、お前の体にはきついよ。体調が良くなったら、また考えよう」って言ってた。

完璧なまでに、自分を気遣う言葉だった。

彼の心配が嬉しくて、行きたい気持ちをぐっとこらえた。

そうか、人混みが嫌だったんじゃない。自分が疲れるのを心配してたわけでもない。ただ、楽しい時間を自分と過ごしたくなかっただけなんだ。

勇太が心からリラックスして楽しめるのは、別の女の子といる時だけだったんだ。

その自慢話の一つ一つが、鋭いメスみたいだった。優しい思い出だと思っていた記憶のヴェールを剥がしていく。その下には、とっくに腐りきった事実が隠れていた。

これは、突然の裏切りじゃない。何年もかけて、ゆっくりと、でも確かに、勇太の心は自分から離れていった。

自分の前では、完璧で、責任感の強い夫を演じていた。でも別の場所では、本当の気持ちをさらけ出して、恋のときめきを楽しんでいたんだ。

そして自分は、「責任」という名の神棚にまつりあげられ、お金と、形だけの優しさで飾られて、彼の本当の人生からは、とっくに追い出されていたんだ。

背中の傷跡が、まだじんわりと痛む。でもそれとは比べ物にならないくらい、鋭い痛みが胸の奥から広がっていく。手足の先まで凍りついていくみたいだった。

泣くと思っていたのに、涙が出なかった。目が乾いて、ひりひり痛むだけだった。

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