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第4話

Author: カレン・W
明日は出発の日だった。

残りの時間は、穏やかに過ぎていくと思っていた。

けれど、思いがけずノアから電話がかかってきて、その予想は崩れた。

「今夜、家で一緒に食事しないか?」

彼はそう言った。

予想外の誘いに、絶句した。

「たぶん無理。荷造りで忙しくて」

少しの沈黙。

受話器の向こうから、かすかな呼吸音が聞こえる。

「今日は俺の誕生日なんだ」

――そうだった。今まで一度も忘れたことなんてなかったのに。

「ごめん」

私は小さくつぶやいた。胸の奥が重く締めつけられる。

ノアはもう一度口を開いた。今度は少し柔らかい声で。

「だから来ないか?パスタ作ったんだ。お前の好きなやつ」

断りかけた。食卓に座っても、どうせ私はよそ者みたいに浮くだけだから。

3人がシルヴィを中心に回る光景を、ただ見せつけられるだけだから。

「シルヴィならいないよ」

まるで、私の考えを見透かしたみたいに、ノアが付け足す。

「わかった。行くよ」

......

レナー家の屋敷に着くと、庭でアッシャーが植物に水をやっていた。

顔を上げて微笑む。

「入れよ。ノアが、お前の好きなものを作ってる」

一瞬だけ、昔に戻ったような気がした。

テーブルに着くと、アッシャーがワインをグラスに注ぎ、ジェイスがケーキを運び、ノアが湯気の立つパスタを皿に盛ってくれる。

気まずくなる覚悟をしていた空気は、意外にも軽かった。

ジェイスでさえ、本当に興味があるみたいに、ラボのことを聞いてきた。

やがてノアが咳払いをする。

「フランスの旅行、一緒に来ないか?」

冬のフランス――そんな幻想が一瞬頭をよぎる。

「でも私、キューバにまだ仕事が」

私はフォークをくるくると回しながら答えた。

「そうか......」

ノアは皿に視線を落とす。

「延期できないのか?」

ジェイスが言う。

「数日でいいから」

「でも、もう予定は入れてあるから」

サラダの皿を差し出しながら、アッシャーが自然に話に入る。

「カイアは昔から真面目だからな。仕事があるなら仕方ない」

彼は視線を私に向けたまま、何か言いたげにしていたが、やがて咳払いをする。

「......ノアから聞いた。こないだのボディーガードなんだが。あの男、ジェームズ、だったな?」

「そうだよ」

「その......」

アッシャーは慎重に言葉を選ぶ。

「レナー家に近づく人間には、良からぬ企みを持って近づく奴はいくらでもいる。本当にお前のことを思っているのか、それとも利を求めているだけなのか、見極める必要がある」

私はフォークを置いた。食欲が一気に失せる。

ジェームズは、私を「使い捨て」みたいに扱わなかった、数少ない人間だった。

それを今、アッシャーは疑っている。

「ジェームズはいい人だよ」

私は淡々と言った。

「ちゃんと知ろうともしないで、そんなこと言わないで」

「俺はただ――」

「知ってるよ」

私は遮った。

「私のことなんてもうどうでもいい。あなたはただ、私が家の秘密を親しい誰かに漏らすんじゃないかって怖いだけでしょ」

アッシャーの目が冷たくなる。

「お前――」

張り詰めていた空気が、一気に崩れた。

ジェイスが椅子を蹴るように立ち上がる。

「だから言っただろ、アッシャー。こいつはもう俺たちの家族じゃない。わがままで、何も見えてない。外の人間に肩入れしてるって」

私も立ち上がる。

「少なくとも、私は嘘をつかないわ」

「座れ、ジェイス」

アッシャーが低く言い放つ。そして私を見据えた。

「そのジェームズって男、調べた。あいつはうちの敵対組織・オーマン・グループと繋がってる。誰を信用するかは、ちゃんと見極めろ」

彼は続ける。

「あいつらを製品には近づけるなんて、軽率どころか危険だ。もし――」

「もういいわ。心配してくれてありがとう。でも自分の身くらい、自分で守れる。

もう私の前で、友人を侮辱するようなことは言わないで」

――これが、夕食に呼ばれた理由だった。

ノアの誕生日を祝うためじゃない。警告だ。大人しくしていろ、と。

皮肉な話だ。私こそが、これからオーマン・グループに入るというのに。

その後の食事は、あっという間に崩壊した。

ジェイスは皿を床に投げつけ、アッシャーは私を裏切り者みたいに睨みつける。

そしてノアは何も言わなかった。

私は一言も発さず、その場を後にした。

......

出発の日は、思ったよりも早く訪れた。

ジェームズが朝早くに来て、控えめにドアをノックする。

「準備はいいですか?」

低い声で問う。

それは、これから先のすべてを含んだ問いだった。

私はうなずいた。

......

メキシコでフェリーを降りたその日から、オーマン・グループでの生活は始まった。

港ではコーディネーターが出迎え、休息のために一日を与えられた後、屋敷へと案内された。

そこは大きな屋敷だった。

白い石造りの建物、手入れの行き届いた庭、そして敷地内には屋敷が点在している。まるで、これから始まるゲームの盤上に置かれた駒みたいに。

本邸のホールで、オーマンさんが私を迎えた。

三十代前半。金髪にブラウンの瞳。洗練されていて、物腰も柔らかい。

ワインを飲みながら粛清命令を出すと噂される人物には、とても見えなかった。

「君の家も、我々と似たようなものだと聞いている。それでも離れた理由を、教えてくれるかな?」

「両親が亡くなったから、少し環境を変えようと思って」

彼はうなずき、私を観察するように見つめる。

「惜しいことをしたな。君のような娘を持てて、ご両親もさぞ誇らしかっただろうに」

そして少し身を乗り出し、声を落とした。

「もし連絡を取りたい相手がいるなら、今日のうちにしておくといい。今夜を過ぎれば、君は完全に表から消える」

そう言い残し、彼は去っていった。

私はその場に一人残される。

スマホを取り出す。

アッシャー、ジェイス、ノア――指先が、それぞれの名前の上で止まる。

選んだのは、アッシャーだった。

呼び出し音が一度、二度鳴る。そして――

「カイア?」

出たのはシルヴィだった。

心臓が沈む。

「アッシャーは?」

「ジェイスと一緒にいるよ。電話は私が出るように言われてるの。伝えたいことがあるなら、私に言って」

背後から笑い声が聞こえた。

アッシャー、ジェイス、そしてノアの声まで。

「シルヴィ、こっち来いよ!」

無邪気な調子で呼んでいる。

喉の奥に引っかかるものを飲み込む。

「......いや、いい。ただ、様子を聞こうと思っただけだから」

通話を切る。

SIMカードを取り出し、地面に落とす。

そして、そのままかかとで踏み潰した。

明日から、カイア・レナーは消える。

新しい名前と共に、生まれ変わる。

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