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第90話

Author: るるね
last update Petsa ng paglalathala: 2026-10-13 23:25:46

 優和には、目の前の男を相手にこれ以上時間を浪費するつもりはなかった。

 腕の中には、慣れ親しんだ千温の体温がある。その身体の輪郭も、抱き寄せたときの感触も、とうの昔に覚え尽くしていた。

 優和は祐理とそれ以上言葉を交わすことなく、千温を強く抱き込んだまま、別荘の中へ連れていった。

 玄関の扉が閉まる直前、外から祐理が自分の名前を呼ぶ声を、千温は確かに聞いた。

 反射的に振り返ろうとする。

 その瞬間、身体を背後から勢いよく突き飛ばされた。

「痛っ……」

 千温は受け身を取ることもできず、そのまま床へ倒れ込んだ。

 身体を強く打ちつけた痛みに、涙まで滲みそうになる。

 恐る恐る顔を上げると、優和と、口元に笑みを浮かべた幸次が、揃って千温を見下ろしていた。

 二人から注がれる視線に、千温の背筋がひやりと冷える。

「優和……」

「千温、説明しろ。どうしてあの男に送られて帰ってきた」

「私……」

 事の発端を説明しようとすれば、どうしても幸次のことを話さなければならない。

 千温は無意識のうちに、優和のそばに立つ幸次へ視線を向けた。

 その顔には、いつもどおりの笑みが浮かんでいる。

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