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第6話

Author: ジョジョ
呆気に取られている間に、湊は理央に手を引かれ、ダンスフロアの中央へと連れ出されていた。

ワルツの旋律が流れ出す。湊は理央の腰に手を回しステップを踏みながらも、視線はどうしても会場の隅へと向かってしまう。

そこには、小夜子がいた。

彼女はビュッフェ台の前に立ち、小さく切ったケーキを口に運んでいた。その横顔はあまりにも静かで、瞳には何の感情も浮かんでいない。まるで、まったく赤の他人のパーティーに紛れ込んでしまった客のようだ。

心ここにあらずな湊の様子に、敏感な理央が気づかないはずがない。

「……そんなに小夜子さんのことが気になるなら、あっちに行けばいいじゃない」

不機嫌そうに唇を尖らせる。

「私は他の人と踊るから」

言い捨てるなり、理央はパッと湊から身を離した。

彼女の視線の先には、純白のスーツを着込んだ男が立っていた。大学時代の同級生で、以前から理央に熱を上げていた男だ。

チャンスとばかりに彼が恭しく手を差し伸べると、理央はその手に自身の指を重ね、滑るようにダンスフロアの奥へと消えていった。

湊はその場に立ち尽くし、楽しげに語らう理央と男の姿を凝視していた。その表情が、一刻ごとに険しく沈んでいく。

理央はわざと当てつけるように、男との距離をいっそう縮めてみせた。しまいには男の耳元に唇を寄せて何かを囁き、それに応えるように男が満足げな笑みを浮かべ、彼女の頬に唇を落とした。

パリン、と硬質な音が響く。

湊の手の中で、ワイングラスが砕け散った。

破片が指に食い込み、鮮血がアルコールと混じり合って滴り落ちる。だが、彼にはその痛みすら感じていないようだった。

湊はダンスフロアへ突き進むと、理央の手首を強引に掴み、人だかりの中から引きずり出した。

「湊!何するのよ、放して!」

理央が身をよじって抵抗するが、湊は一言も発しない。凍りついたような顔のまま、半ば引きずるようにして彼女を宴会場から連れ出し、人気のないバルコニーへと連行した。

冷たい手すりに理央を押しつけ、湊は抑えきれない怒りをぶつけるように声を荒らげた。

「理央、恥を知れ! あんな男と……」

「恥を知れですって?」

一瞬たじろいだ理央だったが、すぐに表情を険しくして湊の手を振り払った。

「私が誰と何をしようと勝手じゃない!私も彼も独身なの。お互い納得の上で楽しんでるのに、何が問題なわけ?そもそも湊さん、あなたに何の関係があるのよ。どの立場で私に文句を言ってるの?元カレとして?それとも、よそ様の旦那様として?」

「貴様――っ!」

その言葉が棘のように突き刺さり、湊の瞳が血走った。理智の糸が、音を立てて千切れる。

長年愛し続けてきたその顔を前に、強烈な独占欲と執着、そして自分でも正体の掴めない複雑な感情が濁流となって押し寄せ、彼の防波堤をことごとく決壊させた。

湊は衝動に任せて顔を伏せ、理央の唇を力任せに塞いだ。

それは慈しむような接吻ではない。罰を与えるような、あるいは獲物を奪い去るような、荒々しく暴力的な口づけだった。

理央は一瞬身体を強張らせたが、すぐにその瞳に勝利の光を宿した。彼女は拒むどころか、湊の首に腕を絡め、熱烈に応え始めた。

バルコニーのガラスは曇り加工が施されており、外の喧騒からは中の様子は判然としない。だが、会場の隅に立っていた小夜子は、ガラスの僅かな隙間から、その光景をすべて目にしていた。

湊が理央を貪るように求めている。理央がその首に縋りつき、二人が離れがたく絡み合っている。

胸に痛みはなかった。ただ、麻痺したような、ひどく滑稽な心地がするだけだった。

二人の接吻は、互いの呼吸が荒く乱れるまで長く続いた。

だが、湊は唐突に理央を突き放した。まるで深い迷夢から叩き起こされたかのような顔で、潤んだ理央の赤い唇と、虚ろな熱を帯びた瞳を見つめる。心臓が大きく跳ねた直後、言いようのない混乱と自己嫌悪が濁流となって彼を襲った。

「すまない……」

湊は顔を背け、ひどく掠れた声で絞り出した。それは無様なほど必死な逃避だった。

「……飲みすぎたようだ。君を、小夜子と見間違えた」

そんな言い訳を理央が信じるはずもなかった。彼女は一歩踏み込むと、湊の腰にしがみつき、泣き出しそうな顔で彼を見上げた。

「湊さんの心の中に、小夜子さんなんて一度もいたことないじゃない!私を彼女と間違えるなんて、あり得ないわ。ねえ、自分に嘘をつくのはもうやめて。あなたは今でも私を愛してる。私のことを、どうしても断ち切れないんでしょう?」

理央の声は、次第に哀願へと変わっていく。

「もうお互いを傷つけ合うのは終わりにしましょう?小夜子さんと別れて、私とやり直して。もう二度と昔みたいに我儘は言わない。誓うわ。あなたの妻として、今度こそちゃんとあなたを愛してみせるから。ねえ、いいでしょう?」

別れる?やり直す?

その言葉は、湊の耳元で激しい落雷のように轟いた。

彼は何かに弾かれたように理央を突き飛ばすと、荒い声を上げた。

「ふざけたことを言うな!俺は、小夜子と別れるつもりなんてない!」

「どうして!?あの女が五年間、惨めったらしくあなたの後ろを付いて回ったから?」

理央の声が鋭く響く。

「いつまで自分の気持ちから逃げ続けるつもり?私のことがもうどうでもいいって言うなら、生きていたって意味がないわ。いっそ死んでやる!」

そう叫ぶなり、理央はバルコニーの手すりへと向かって走り出した。本当にそのまま身を投げてしまいそうな、狂気を孕んだ勢いだった。

「理央!正気か!」

湊の顔色が変わった。慌てて彼女を制しようと手を伸ばす。

その時だった。天井に吊るされた装飾用の巨大なクリスタル・シャンデリアが、耐えきれないような不気味な軋み声を上げた。次の瞬間、轟音と共に真下へと落下したのだ。その直撃コースには、理央がいた。

「危ない!」

湊の瞳孔が収縮する。彼は考えるより先に身体を投げ出し、理央を抱きかかえるようにして横へと転がった。

凄まじい衝撃音と共に、重厚なクリスタルが床で粉々に砕け散る。

湊の背中には大きな破片が突き刺さり、鮮血が溢れ出して、仕立てのいい高級なスーツをどす黒く染め上げた。

「湊さん!大丈夫!?血が出てるわ、どうしよう!」

理央が顔をひきつらせ、泣き叫ぶ。

異変に気づいた人々が次々とバルコニーへ駆けつけ、現場は一気にパニックに陥った。

救急車を呼ぶ声、助けに入ろうとする者たちの怒号。

人だかりのさらに外側で、小夜子はただ静かに立っていた。胸にはさざ波一つ立たず、目の前で繰り広げられる騒動が、ただひどく滑稽で、目に痛い茶番劇のように思えた。

彼女は駆け寄ることも、声をかけることもしなかった。一秒たりとも、そこに留まる理由を見いだせなかったのだ。

遠くから救急車のサイレンが近づいてくる中、小夜子は独り、静かにその場を後にした。

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