Share

第29話:晴れ舞台の処刑台

Author: YOR
last update publish date: 2026-06-22 08:21:43
「璃子さん。驚きですよ!」

「どうしたの?」

「会場の最前列に、別部署へ異動になった芹沢直樹さんと、自宅待機中のはずの麗香専務が座っているんですよ」

桐島ホールディングスの一大イベントである新規プロジェクト発表会。

本社の大ホールは、役員や主要株主、そしてメディア関係者までが詰めかけ、異様な熱気に包まれている中、確かに最前列に二人の姿があった。

「社長は知っているんですかね? 知らなかったら、完全にあのお二人さんは社長の顔を潰したことになりますけどね。そう思いませんか、璃子さん」

「社長は知らないと思うよ。今回も同様でしょう」

璃子は明衣ちゃんにそう言って、マイクテストをしている佐藤翔太へ視線を投げた。

「本日の進行を務めます、佐藤翔太です。お忙しいところお越しいただきありがとうございます」

高級なスーツに身を包み、これ以上ないほど得意げな顔でフロアを見下ろしている。

「わたくし、白金葵と申します。進行役の佐藤とご一緒に進行させていただきます」

ステージの上で、白金ジュエリーの豪華なダイヤのネックレスをこれみよがしに触りながら、白金葵がくすくすと上品ぶった微笑を浮
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 返却請求代行―婚約破棄の代償、払わせます―謎の男に愛され始める   第70話:温かな光の中で(最終話)

    車から降りてマンションを見上げると、リビングの窓からあたたかな灯りが漏れていた。 静かに玄関の鍵を開けると、足音に気づいた仁さんが、弾かれたように廊下へ走ってきた。 「璃子! おかえり、無事だったか!?」 「仁さん……」 心配でたまらなかったという顔をした仁さんは、璃子のもとへ駆け寄ると、力強く璃子のお腹を圧迫しないように優しく抱きしめてくれた。その温もりに包まれた瞬間、今日一日張っていた緊張の糸が、ふっと解けていくのが分かった。 「……うん、ただいま。全部、終わりました」 リビングで温かいお茶を飲みながら、麗香専務と直樹に告げた最後の言葉、そして二人との完全な決別について報告した。 仁さんは静かに耳を傾け、最後に璃子の手をぎゅっと握りしめてくれた。 「よく頑張った、璃子。君が過去のすべてにちゃんと向き合ってケジメをつけたこと、本当に誇りに思う……これからはもう、過去に怯える必要なんて何もない。俺たちの未来だけを見つめていこう」 「はい……っ」 仁さんの温かい言葉に、瞳から静かに涙が溢れ落ちた。 けれど、それは悲しい涙ではなく、心が満たされていく温かい涙だった。 ◇ 数日後。体調がすっかり安定した休日、私たちは仁さんのご実家を訪れていた。 「お義父さん、お義母さん。今日はおふたりにお伝えしたい大切な報告があって来ました」 お茶を淹れてくれた義母と、少し緊張した面持ちで座る義父に向かって、仁さんが真っ直ぐな瞳で告げた。 「璃子の体に、新しい命が宿りました。妊娠二ヶ月です」 「まあ……っ!」 両手を合わせて瞳をまん丸に輝かせた義母。 「本当か……!?」 目を見開きそう言って義父は口が開いたままだった。 一瞬の静寂の後、義母は両手で口元を覆って目を出涙で濡らし、義父は破顔して深く頷いた。 「おめでとう、璃子ちゃん……! 体は大丈夫なの? つわりは? 無理しちゃダメよ!」 義母は璃子のお腹に手を触れながらそう言った。 「ありがとうございます、お義母さん。聖子さんや頼人さん、みんなが過保護なほど守ってくれているので大丈夫です」 「そうか、そうか……。ゴタゴタもあって、君には苦労ばかりかけてしまったな。これからは真壁家総出で、君と赤ちゃんを守るからね」 義父のあたたかい言葉に、

  • 返却請求代行―婚約破棄の代償、払わせます―謎の男に愛され始める   第69話:それぞれの終着点

    麗香専務が警備員に連れられてスタジオを去った、その日の夕方のことだった。 頼人さんと黒岩さんに「今日はもう早く帰りなさい」と促され、聖子さんに車で送ってもらうためにスタジオの裏口を出たとき、建物の陰から、ボロボロのコートを着た一人の男がふらりと姿を現した。 「……璃子」 掠れた声に振り返ると、そこにいたのは直樹だった。 かつては身だしなみに人一倍気を使っていたはずの直樹は、髪も肌も荒れ果て、高級そうだったブランド物のスーツはヨレヨレに汚れている。 麗香専務が言っていた通り、別のパトロンに乗り換えたものの、すぐに使い捨てられて放り出されたのだろう。その目は酷く充血し、怯えたように泳いでいた。 「直樹さん……」 「璃子、頼む、僕を助けてくれ……! 僕は麗香に騙されていたんだ! あいつが桐島の権力で僕を脅すから、僕は従うしかなかったんだよ……っ。僕が本当に愛していたのは、今でも君だけだ!」 ――意外だった。 これまで、直樹は自分のことをずっと『俺』と言っていた。 付き合っていた頃、「社会人になったら『僕』と言った方が印象がいいよ」と璃子がどれだけ提案しても、プライドが邪魔をするのか、直樹は頑なに受け入れずずっと『俺』を通していたのだ。 それが、今は『僕』と言っている。 この人に一体何があったら、プライドの塊だった男が、こうも変われるものなのだろうか。 必死に璃子に媚びるように言い訳を並べ立てる直樹を見つめながら、璃子の胸に湧き上がってきたのは、怒りでも憎しみでもなかった。ただ、言いようのない『哀れみ』だけ。 (直樹さんは、そんな人じゃなかったのに……) お金と権力という魔力に魅せられ、自分を見失い、泥沼に落ちてしまった目の前の男。その引き金が麗香専務との出会いだったとしても、最終的にその道を選び、プライドすら売り払って変わってしまったのは、直樹自身。 直樹は璃子の手へ縋り付こうと手を伸ばしてきたけれど、隣にいた聖子さんが鋭い目つきでその手をピシャリと叩き落とした。 「近寄らないでくださるかしら。芹沢直樹さん」 聖子さんの言葉はとても強く、これまでにないほどの低い声だった。 「璃子! お願いだ、あの返却請求代行の会社で、僕を雇ってくれ! 僕なら君の右腕として、いくらでも役に立てる! 昔みたいに、二

  • 返却請求代行―婚約破棄の代償、払わせます―謎の男に愛され始める   第68話:どうして、麗香専務が……

    あの一件から、璃子は聖子さんに半ば強制的に休暇を言い渡され、自宅で安静に過ごしていた。 『璃子ちゃん、今はとにかく身体が第一よ。初期の無理は絶対に禁物。一週間は自宅で大人しくしていなさい』 聖子さんはそう言って怒っていたけれど、会社の様子が気になって、どうしてもじっとしていられなかった。体調が落ち着いているのを見計らい、三日振りにオフィスに出社した璃子は、会議室の前に漂う異様な空気に足を止めた。 (まだ……いらっしゃるの?) ドアを少しだけ開けると、そこには三日前と変わらない、張り詰めた空気が満ちていた。 そして、璃子の姿が視界に入った瞬間。 パイプ椅子に座っていた麗香専務の目が、カッと見開かれた。 「璃子……! 璃子さん……っ!!」 立ち上がった麗香専務は、遮ろうとした頼人さんや黒岩さんの手をすり抜け、狂ったような勢いで璃子に向かって駆け寄ってきた。 「きゃっ、」 璃子が身をすくめるよりも早く、麗香専務はその場に崩れ落ちるように床に膝をついた。そして、璃子のスカートの裾、剥き出しの膝を、痛いほどの力で掴んできたのだ。 「麗香専務が……!?」 「お願い、お願いよ。如月さん! 私をここで雇ってちょうだい……!」 見上げんばかりに璃子にすがりつく麗香専務の目からは、大粒の涙がボロボロと溢れていた。完璧だったメイクは完全に崩れ、かつて桐島ホールディングスの頂点に君臨していた面影なんて、どこにもない。 「私にはもう、本当に何もないの……! 桐島家からも追放されて、仕事も、お金も、住む場所すら失ったわ! 知識も努力もしてこなかった私を、外の会社は誰も見向きもしてくれない! でも、あなたなら優しいでしょう。私を見捨てたりしないでしょ!? お願い、ここで働かせて! 何でもするから……っ!!」 涙と鼻水に塗れながら、プライドの破片すらなく璃子に泣きつく元・専務。その無様な姿に、背後で明衣ちゃんが息を呑み、黒岩さんがいつでも引き離せるように身構えるのが分かった。 聖子さんが「離れなさい!」と激昂しかけた、その時。 璃子は自分の膝を掴む麗香専務の、小刻みに震える冷たい手を見つめながら、静かに息を吸い込んだ。 「皆さん、ありがとうございます。……でも、大丈夫です」 璃子は周囲の皆を見回し、それから、足元で泣き崩れる麗香専務をまっすぐに見据えて言った

  • 返却請求代行―婚約破棄の代償、払わせます―謎の男に愛され始める   第67話:堕ちた女の無様な懇求

    私、横田明衣。 頼人さんと聖子さんが「この案件を預かる」と言ってくれた翌日のことだった。 黒岩さんが指定したBlue Code Studioの緊迫した会議室。 ついにあの女が姿を現した。 「……お久しぶりです、皆さん。それから、横田さんも」 コンコン、という力ないノックの後に部屋に入ってきた人物を見て、私は自分の目を疑った。 そこにいたのは、かつて私が桐島ホールディングスで嫌というほど見上げてきた、あの完璧で冷酷な麗香専務の面影を無くした一人の女性だった。 ハイブランドのスーツはどこか型崩れしていて、いつも完璧にセットされていた髪は少しパサついている。何より、出会う人間すべてを見下していたあの傲慢な瞳が、今は怯えたように泳いでいた。 「本当に、一人で来たのね。……座ったら、麗香さん」 聖子さんが冷ややかな声をかける。麗香専務はビクッと肩を揺らし、促されるままに椅子へ腰掛けた。その手は、自分の膝の上で小さく震えている。 「単刀直入に聞こう。仁と璃子ちゃんが席を外しているこのタイミングで、うちのサイトに『白紙の依頼』なんて不気味な真似をしてまでここへ来た目的は何だい? 聖子は『直樹の返却か謝罪か』なんて言っていたけれど」 頼人さんがデスクに肘をつき、綺麗な指を組んで麗香専務を見据える。その目は、憐れみすら含まない、ただの観測者のそれだった。 麗香専専務は乾いた唇を戦慄かせ、何度も喉を鳴らした。そして、目の前にいる宇佐美と山城のトップ、そして黒岩さんと私を見回し、ついに消え入りそうな声で本音を吐き出した。 「……私を、ここで雇ってほしいの」 「「え……?」」 私と黒岩さんの声が綺麗にハモった。 あまりにも予想とかけ離れた斜め上の言葉に、頭の回転が追いつかない。 「雇ってほしい……? あなたが、このBlue Code Studioで、働きたいと言っているの?」 私が呆然としながら問い返すと、麗香専務はプライドを粉々にへし折られた顔で、惨めに視線を落とした。 「……桐島家から、縁を切られたわ。仕事も、役職も、住む場所も、すべて剥ぎ取られた。今の私は、ただの『元・桐島』。私には、何も残っていないのよ……!」 感情を爆発させるようにそう言うと、麗香専務はデスクに両手をついて、私たちに向かって深く頭を下げた。あの、世界の中心にいるかのように

  • 返却請求代行―婚約破棄の代償、払わせます―謎の男に愛され始める   第66話:最強の盾と、暴かれる影

    「皆さん、聞いてください! 璃子代表、病気じゃありませんでした! 体調ももう落ち着いているそうです!」 私、横田明衣がオフィスの中心でそう声を張り上げると、張り詰めていたスタジオの空気が一瞬で歓声へと変わった。 「本当ですか!?」「よかった……!」と涙ぐむスタッフもいる。詳しい理由はまだ秘密だけど、黒岩さんの言った通り、まずはみんなの不安を吹き飛ばすことができてホッとした。 「それから、もうすぐ頼人さんと聖子さんが、大事な用件でこちらに見えるそうです。会議室を使うので、お二人が来られたらすぐにお通ししてください」 そう付け加えると、みんな「お、差し入れかな?」「また面白い井戸端会議が始まるぞ」と、黒岩さんの狙い通りにすっかりリラックスした様子で頷いてくれた。 みんなの笑顔に背を向け、私はそっと会議室へと入る。 そこには、すでにプロジェクターの準備を終え、険しい顔で腕を組んでいる黒岩さんが待っていた。 それから十分も経たないうちだった。 トントン、と会議室のドアが小気味よく叩かれ、事前の連絡通りに二人の人物が姿を現した。 「明衣ちゃん、黒岩くん。おめでたい話の最中に、ずいぶんと物騒なヘルプ要請ね」 華やかなハイブランドのスーツを着こなし、凛とした微笑みを浮かべて入ってきたのは聖子さん。そのすぐ後ろから、「相変わらずここは落ち着くね」と、仕立てのいいジャケットのポケットに片手を入れながら、大人の余裕を漂わせた頼人さんが続く。 宇佐美ファイナンシャルグループ代表と、山城グループの事実上のトップ代行。 部屋に入ってきただけで、そこが小さなスタジオの会議室であることを忘れさせるような、圧倒的なオーラが満ちていく。 「お忙しいところ、急な呼び出しに応じていただき感謝します、頼人さん、聖子さん」 黒岩さんが深く頭を下げると、頼人さんはひらひらと手を振ってそれを制した。 「水臭いな、黒岩くん。僕たちは一度手を引いたとはいえ、ここは僕と聖子が立ち上げに関わった大切な場所だ。それで? 仁と璃子ちゃんが病院にいる隙を狙って、うちのシステムに飛び込んできたっていう不気味なコンタクトはどこからだい?」 頼人さんの目が、一瞬で冷徹なビジネスパーンのそれへと切り替わる。 黒岩さんが無言で頷き、リモコンを操作してプロジェクターの

  • 返却請求代行―婚約破棄の代償、払わせます―謎の男に愛され始める   第65話:依頼内容、空白

    スマートフォンの画面を閉じ、私・横田明衣はオフィスのデスクで、深く、深く安堵の息を吐き出した。 さっきまで心配で張り裂けそうだった胸の奥が、黒岩さんの「これ以上ない吉報」という言葉で一気に温かくなる。詳しい理由は戻ってからと言っていたけれど、あの黒岩さんがそこまで言うのだ。きっと、璃子さんと仁さんにとって、これ以上ないくらい幸せな理由に違いない。スタジオの皆にも早く伝えて安心させてあげたい。そう思った。 思ったのだけれど――。 私の視線は、再び目の前のPCモニターへと引き戻される。そこに映し出されている「返却請求代行サイト」の管理画面を見た瞬間、せっかく温まりかけた指先が、嘘のように冷たくなっていくのを感じた。 「これ……どういうことなの?」 ぽつりと漏らした私の声は、静かなオフィスに力なく消えた。 私たちが運営する『返却請求代行サイト』は、本来、悪質な取引先から回収できない機密データや、不当に持ち逃げされた契約書、あるいは不当な関係を断ち切るための書類などを、システムとロジックの力でスマートに「返却請求」するための窓口だ。 けれど、数分前に飛び込んできたこの問い合わせは、これまでのどんな案件とも、その異質さが違いすぎていた。 画面に並ぶ、奇妙な文字をもう一度なぞる。 【ご依頼内容】空欄(白紙) 【備考・詳細】 『どうしても、Blue Code Studioのトップである代表に直接、会いしたい。お会いできるまで、何度でもアプローチします』 それだけだった。 依頼内容も、請求対象も、希望工期も、すべてが白紙。 問い合わせフォームの最後に添えられたその一文には、名前こそ匿名になっているものの、画面越しに喉元へ刃を突きつけられているかのような、異常なまでの執着と傲慢さが満ちていた。 それに、璃子さんの名前を出さずに、わざわざ『代表に会いたい』と書かれている。失礼にも程がある。サイト内にはしっかり璃子さんの顔写真も、自己紹介から会社案内まで載せているのだから。 何より不気味なのは、発信元のIPアドレスのログだった。 セキュリティを幾重にもすり抜けて残されたその暗号化データの片隅に、かつて私が身を置いていた古巣『桐島ホールディングス』の役員専用回線を示す、特殊なコードが混ざっていたのだ。 (麗香専務……?) 私の脳裏に、あの冷酷無比なト

  • 返却請求代行―婚約破棄の代償、払わせます―謎の男に愛され始める   第5話:脱ぎ捨てた偽りの愛

    璃子は、直樹さんを見つめながら、アイスブルーのジャケットに手をかけた。 「誕生日の贈り物よね? 直樹さんは『俺にふさわしい色』と言ったこと覚えていますか?」 そう言って、ボタンを外す。 真冬に着るには、驚くほど体温を奪う色。結局のところ、璃子のためではなく、直樹さんの隣に置くための色だった。 「一度も私に、馴染まなかったジャケット」 価値が失われたわけではない、役目が終った。 上質な生地の重みを確かめるように、一度持ち上げて床へ落とした。 次に、ブラウスのリボンに手をかける。リボンを解き、ボタンを一個一個外した。 「俺の成績を上げるためには、清潔感のある白を着ていてほしいと渡さ

  • 返却請求代行―婚約破棄の代償、払わせます―謎の男に愛され始める   第4話:偽りの愛の終わり

    直樹さんの長い指に絡みつく、真っ赤なマニキュアの塗られた指。その手首には、璃子の給料の何ヶ月分かもわからない、ダイヤを散りばめた高級時計が光輝いていた。 「……直樹、さん? 麗香、専務……? どうして、二人が一緒に……」 震える声で絞り出す。頭の中が真っ白になって、立っているのさえやっとだった。 「あら、まだいらっしゃったの? あなた、直樹さんの家政婦さんでしょう」 「えっ? 家政婦?……直樹さん、これ、どういうこと?」 「璃子、昇進できたのは、麗香専務のお陰だ」 (コネということなの? それとも……男女の仲を?) 「直樹さん? 私が作ったデータや書類にミスでもあったの? 何か弱

  • 返却請求代行―婚約破棄の代償、払わせます―謎の男に愛され始める   第3話:境界線

    それからの二週間、直樹さんは目に見えて変わっていった。 以前なら「資料のここ、どう思う?」と聞いてきた夜の時間は消え、直樹さんは連日のように麗香専務との会食で帰りが遅くなった。たまに帰ってきても、身につけている時計やネクタイが、とても手が届かないような高級品に変わっていく。不安で仕方なかった。だけど、声をかける時間すらもなかった。時々、直樹さんが一言二言話すだけで、璃子の話は聞こうともしない。 「俺、もうすぐ大きな仕事……いや、人生の勝負に勝つから。璃子も楽しみにしてろよ」 そう言って抱き寄せた。けれど、直樹さんの香水の匂いは、璃子が選んだムスクではなく、どこか気高く、刺すような柑橘の香

  • 返却請求代行―婚約破棄の代償、払わせます―謎の男に愛され始める   第2話:不穏な足音

    広告代理店の企画職・ブランド戦略のフロアに着き、横を見るとこの会社の専務であり社長令嬢の桐島麗香が訪れていた。 「そこのあなた」 「麗香専務。おはようございます」 麗香専務の機嫌を損ねることは、この会社ではクビを意味している。だから、璃子は深々と丁寧なお辞儀をして、挨拶をした。 「芹沢さんを呼んでくださる」 直樹さんに渡した資料にミスが出たのではないかと、不安が押し寄せた。 「かしこまりました」 何度も確認しているそう思いながら、急いで直樹さんのデスクへ向かった。デスクのモニターを見ている直樹さんの肩を軽く叩く。 「璃子! そ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status