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第24話

Auteur: 桑子
その言葉に、すみれの目には嫌悪の色が走った。

彼女は静かに瞼を閉じる。「もう、あの人の顔なんて見たくない」

蓮は看護師に軽く頷き、淡々と告げた。「分かった。任せてくれ」

そして布団の端を丁寧に直しながら、彼女の耳元で囁いた。「大丈夫だ。すべて僕に任せろ。君は安心して療養していればいい」

すみれは小さく頷いたが、目尻からは一筋の涙がこぼれ落ちた。

この茶番は、もう終わらせたい。

日が経つにつれて、すみれの身体は徐々に回復していった。

やがて退院の日。蓮と美智子が揃って迎えに来た。

美智子の姿を見た瞬間、すみれは思わず気まずそうに目を伏せる。

あの結婚式で、あんな大騒ぎになったのだから。

ところが次の瞬間、美智子は涙を浮かべて飛びつくように彼女の手を握った。「すみれちゃん!無事でよかったわ!」

彼女はすみれの全身を見回し、哀れみをたたえた瞳で告げた。「こんなに痩せて……」

そして容赦なく蓮を睨みつけ、声を尖らせた。「あなたが事故に遭ったっていうのに、あの子は一言も私に教えないなんて!毎日気が気じゃなくて、何度も問い詰めたんだからね!」

美智子のおかげで場の空気は一気に和らぎ、すみれは思わず笑ってしまった。

「おばさん、蓮を責めないでください。心配させたくなかっただけです」

「そうだよ。伝えてたら、きっと食事も喉を通らなくなるだろうからな」蓮も相槌を打つ。

「それにしても……まだ『おばさん』呼ぶの?」美智子がわざとらしく唇を尖らせた。

すみれは一瞬戸惑ったが、次の瞬間、恥じらうように小さく呼んだ。「……お義母さん」

その言葉に、美智子の顔は一気に綻んだ。「いい子ね!」

蓮の口元にも、自然と笑みが浮かんだ。

――その時だった。「すみれ……」杖にすがりながら、蒼白な顔をした遼介が隣の部屋から歩み出てきた。

彼はすみれの前に立った瞬間、力尽きるように膝を折り、床に崩れ落ちた。

「すみれ……ごめん……」

瞼を閉じれば、必ずあの日の悪夢が甦る。自分の運転で、彼女を殺しかけた光景が。

だがすみれの心には、もはや一片の揺らぎもなかった。「必要ない。あなたを許さない」

冷然と告げると、すみれは蓮と美智子に支えられ、そのまま病院を後にした。

床にひとり取り残された遼介は、哀れに膝を折ったまま動けずにいた。

その行為は、ついに蓮の怒りを決
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