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第一話 異界防衛軍

last update 公開日: 2026-06-15 19:50:57

「は~、だりぃな……」

 不知火《しらぬい》カガリは、ため息をついた。

 母親である知世中将の墓参りのあと、異界防衛軍本部に呼び出されたのだ。

 亡くなった母の話題は、カガリには重い。

 期待と好奇心を背負い続けて、十八になった。

 不知火カガリ、階級は兵長。下から四番目の階級だが、今年防衛高を主席で卒業した身では、かなりの大抜擢だ。

 異界防衛軍お茶の水支部、オフィリア05部隊にこの春配属されたばかり。

 生島中佐は、お茶の水支部の基地司令でもある。

『ドウシタですか、カガリ。ソラとあうのヒサシブリです、うれしくないカ?』

 地球外生命体《ヴォイドフォーク》の中で、唯一地球人に好意的な存在が、カガリに話しかけた。

 空中を、ふわふわと浮く白いわたがしのような姿で、目鼻立ちが分からない。

 敵意がないことが証明されてから、ずっと異界防衛軍の本部にいる。

「あ~ソラか。おまえ、相変わらず、体いじくられてんのか?」

『さいきん、ソウでもない。カガリはつかれテルか?』

 ヴォイドフォークの中で、唯一どの星からきているのかが知られているソラは、政府によって正式名称をM1,022型異星人と名付けられている。

 命名元は、ソラの主星である「月」の平均軌道速度からきていた。

 Mは、moonの略称である。政府にネーミングセンスを求めても仕方あるまい。

「疲れてるっつーか、なんつーか」

『コマッテる、つーカ?』

「あ、なしなし! 今の覚えんな」

 ソラはカガリが子供のときはもっと流暢にしゃべっていた。

 当人の希望たってで、実験体を望んだソラは一部のパーツが欠けてカタコトになってしまった。

 M1,022型異星人は、進化を諦めた種族らしい。月の環境では、遠目で文化の衰退する地球を興味深く見守ってきた。

 月に着陸されたときは、話しかけようとして、会話の周波数に手間取ってタイミングを逃したらしい。

 その後も、月にくる様々な地球人を観察するうちに、地球の言語を複数習得した。

 それでも、M1,022型異星人たちは積極的にコンタクトを取らなかった。内部で紛争が勃発したのだ。

 食べて、増えて、やることは特にない。

 そんな生体のせいで、人口が飽和したのだ。

 そうした内紛に飽きた集団が、ソラをメインにして地球に降り立った。

 自身の体を兵器に運用させたり、地球外生命体《ヴォイドフォーク》が必ずもっている骨髄のようなものを分け与えたのだ。

 骨髄――異髄は、人類に様々な力を与えた。

 魔法のようなスキル、ヴォイドフォークへの耐性――その力は、他のヴォイドフォークを倒すのに、まぎれもないものとなった。

 ソラたちは、そうしてヴォイドフォーク呼称からM1,022型異星人として完全に受け入れられたのだった。

「おまえも、因果な生き物だよな。俺はさんざん分析させられるのは飽きたよ」

「キョウも、ぶんせきカ?」

「入隊したからって名目でな。ついこないだ健康診断と称して似たようなことしたくせに」

 カガリが子供のころから異界防衛軍の本部に縁があるのは、そのせいだ。

 六歳の頃、学者の父と隠れ家を移動中にヴォイドフォークに襲われた。

 その頃にはデジタル機器以外にも、敵はなにがしらの専門家の脳を狙うようになり、護送官は准将の母だった。

 異髄力の優れた母は、父を食ったヴォイドフォークを殺した。

 その際に敵の異髄と血を、同行していたカガリが直に浴びてしまい、異血覚醒という特殊な体質になってしまったのだ。

 目の前で両親を殺害されたカガリは、六歳児ながら異髄力を発揮して大量の敵を殲滅する。

 地球外生命体《ヴォイドフォーク》の血液には大体毒性があり、生身で浴びて生き残ったのは例がなかった。

「やっだ~カガリじゃんよー! なにしてんのぁ?」

 底抜けに明るい声がして、カガリの背中がバンと叩かれる。

 それは、本来異界防衛軍の本部で聞くはずのない声だった。

「……なーんでアゲハがここにいンだよ。ってか背中いってぇし」

「こっちは、健康診断! なんだよ、もう三年くらいうちに顔出してないじゃん」

 声をかけたのは、久遠《くおん》揚羽《あげは》兵長である。

 異界防衛軍の制服に、結った髪が元気に揺れていた。

 カガリは十五歳になって入寮するまで、母親の部下である久遠大尉の元で育っている。

 揚羽とは幼馴染とも言えるが、揚羽からするとカガリは弟のようなものだ。

「別に用事ねーし、アゲハには関係ねーだろ」

「昔みたいに揚羽ねーちゃんって言ってみ? まー可愛げなくも同じ階級で入隊しおって」

 二人の年は二歳差だ。

 年頃になった揚羽の、あられもない部屋着に耐えかねて入寮したとは死んでも言えない。

 異性として反応してしまうカガリの一方で、揚羽はカガリをまったく気にしていないのは、悔しいところだ。

「カガリはなんで、祭礼用の軍服着てんの?」

「生島中佐と墓参りいった、おふくろの」

 揚羽の秀麗な顔が、そっと陰りを落とす。

 普段では、そんな表情はとてもお目にかかれない。

「そっか……ごめん。不躾な言い方した」

「別にいいよ……。生島中佐は、少し気持ちの整理が出来たみたいだし」

 あれは中佐の心の区切りだ。

 カガリとしては、割り切りとはまた別の感情がある。

「じゃあ、また寮でね! 今度ケーキ奢っちゃる」

「……ケーキなんて食わねぇよ」

「なんか言った?」

「すんませんでした!」

 久遠家に引き取られた当初は、よく食べていたからだろう。

 だが、それも引き取られた手前、新しい扶養家族の顔色を窺っていたのだ。

 可愛くない子供だった自覚はある。

 本部から帰れば、カガリの所属するオフィリア部隊と揚羽の所属するローゼン部隊はお茶の水支部だ。

 お互い独身寮、休憩時間が被れば食事に出ることもある。

 不意に、カガリのフィーチャーフォン――通称ガラケーが鳴った。

「はい、不知火です」

「検査室が空いたので、こちらに来ていただけますか?」

「はい、了解しました」

 電話を切って、カガリはため息をつく。

 政府は、ヴォイドフォークへのデータ漏洩をきらいスマートフォンを禁止している。

 今では、携帯電話を持つものは皆、ガラケーだ。

「じゃな、ソラ。またな」

 遠ざかっていく揚羽を視線で追うのをやめて、カガリは検査室に向かう。

 検査はたくさんの人間が立ち会う。

 見世物の気分は、今でもなくならないのだった。

 歩く姿はもう模範的軍人である。ソラは、カガリが見えなくなるまで同じ場所で浮遊していた。

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