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第2話

Auteur: 一時
蓮司が渚を両腕で抱き上げ、病院の奥へと消えていくのを見届けて、ようやく菖蒲は我に返った。

そして、踵を返そうとした瞬間、足に力が入らなくなり、倒れそうになった。

秘書が素早く支えながら、「奥様……」と声をかけた。

「大丈夫」

菖蒲は俯き、こぼれ落ちる涙を誰にも見られたくなかった。

大丈夫なわけがない。

5年前、周囲の反対を押し切り、植物状態の蓮司と結婚した。

佐藤家が藤原家に取り入るために、娘を差し出したのだと、誰もが噂した。

しかし、本当のところは、蓮司をずっと愛していたからだ。

少女の頃から、この想いを胸に秘めていた。

彼女は毎日、蓮司のベッドサイドに寄り添い、献身的に看病を続けた。いつか、彼が目を覚ましてくれると信じていた。

そして、彼は本当に目を覚ました。

目覚めた蓮司は、菖蒲を見つめ、その瞳には、言葉にならないほどの深い愛情が溢れていた。

幾度となく、夜更けに、彼は菖蒲を抱きしめ、嗄れた声で囁いた。

「菖蒲、ありがとう。これからの人生は、お前と一緒に生きていく」

それから5年間、二人は愛し合った。蓮司は菖蒲の強がりを見抜き、疲れた時は優しく抱きしめてくれた。

しかし、あの頃の優しさは、今、渚に向けられた抑えきれない愛情とは、どこか違っていた。

一つは穏やかな愛情、もう一つは忘れられない執着。

もう負けたのだ。

「奥様、大奥様に連絡しましょうか?」秘書は心配そうに尋ねた。

「大奥様」とは、菖蒲の義母の百合のことだ。

百合は頭の切れる、強い女性で、当初、いわば政略結婚のような形で嫁いできた菖蒲を快く思っていなかった。

しかし、菖蒲のひたむきな努力と真心によって、百合の心は次第に開かれていった。

その後、百合は菖蒲を実の娘のように可愛がり、いつも菖蒲の味方してくれた。

その優しさは、菖蒲の心に深く刻まれていた。

「ううん」

菖蒲は首を振り、嗄れた声で言った。「自分で何とかする」

彼女は背筋を伸ばし、佐藤家の令嬢としての風格を取り戻すと、恐ろしいほど冷静な声で言った。

「すぐに渚の過去5年間の動向と、なぜあのオークションに現れたのかを調べなさい」

こんなことが偶然であるはずがない。

まさか、蓮司がそんなに簡単に渚に心を奪われるとは思ってもみなかった。

蓮司は恋に盲目になっている。しかし、菖蒲は違う。

裏切った人間は絶対に許さない。

菖蒲は平らな腹部を撫でた。そこには小さな命が宿っている。

この子には、最高のものを与えたい。

だから、自分が受けるべきものは全て手に入れる。

そして、腐ったものは全て捨て去る。

不誠実な父親も含めて。

帰宅すると、家の中は静まり返っていた。

菖蒲が椅子に座るとすぐに、秘書から電話がかかってきた。深刻な様子で、「奥様、ご依頼いただいた資料をお送りしました。メールをご確認ください」と言った。

パソコンを開き、資料を読むうちに、菖蒲の眉間には深い皺が刻まれていく。

「藤原社長にもお送りしましょうか?」秘書が尋ねた。

菖蒲が返事に迷っていると、知らない人から友達申請が届いた。

少し考えた後、承認ボタンを押した。

すると、すぐに一枚の写真が送られてきた。

写真には、ホテルのベッドで上半身裸の蓮司が写っていた。体にはいくつものキスマークが残っている。

渚は、得意げな顔で蓮司に寄り添っていた。

【実は、1ヶ月前に、私たちは再会していたのよ】というメッセージも添えられていた。

菖蒲は言葉を失った。

1ヶ月前といえば、蓮司の誕生日だ。

あの日、彼は出張中だったため、ビデオ通話で誕生日を祝った。

テーブルの上に、見慣れない口紅があるのを見つけ、菖蒲は冗談交じりに尋ねた。

蓮司はとぼけて、「実は、お前にあげるプレゼントをうっかり出しちゃったんだ」と笑って言った。

彼の誕生日なのに、自分のことを考えてくれているなんて……と、勝手に感動していた自分が馬鹿みたいだ。

あの口紅は、渚のものだったのだ。

あの夜、彼は出張などではなく、初恋の相手と過ごしていたのだ。

菖蒲の胸が、締め付けられるように痛んだ。

彼女は深呼吸をして、証拠となる写真を保存した。

すぐにまだ渚から、挑発的なメッセージが届いた。

【今日の病院でのこと、見たでしょ?】

菖蒲は冷たく【何のつもり?】と返信した。

【あなたは恋愛にはさっぱりしているって聞いてるけど、私と勝負してみる?もし私が蓮司の子を妊娠したら、彼は友達の前で私との交際を公表するわ】

【もしそうなったら、あなたは身を引いて、藤原家の奥様の座を私に譲ること】

菖蒲の指は激しく震えた。

渚に追い詰められているのは分かっていた。

しかし、もうどうでもよかった。

【いいわ】

そして、菖蒲は秘書に電話をかけ、氷のような声で言った。「調べた資料は、蓮司には送らないで」

この男が、どこまで愚かなのか、この目で確かめてやる。

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