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過去にさよなら
過去にさよなら
Author: ミルクタブレット

第1話

Author: ミルクタブレット
彼氏・東山沢人(ひがしやま たくと)と8年間付き合ってきたが、ついに私は我慢できずに別れを切り出した。

「俺が車で学校まで迎えに来て、お前の名前を呼んだから、それが理由か?」

「そう」

彼は嘲るように口の端を上げた。「言ってみろよ。今度は何が欲しいんだ?」

私は首を振った。「何もいらない。ただ、もう会いに来ないで」

沢人は私の言葉を無視し、私の後ろにいたルームメイトの浅野琴美(あさの ことみ)に目をやった。そして、彼女の肩に手を置き、気だるそうに言った。

「時音(ときね)、お前ほんと性格が悪くなったな。お前の名前を呼んだくらいで何なんだ?

前にプレゼント買ってやってたときは、別れるなんて言わなかったくせに」

彼は少し間を置いてから、私の方をちらりと見て、それからまた琴美に視線を戻した。

「ほら。時音よりお前のほうがよっぽど気が利くじゃないか。どうだ、俺の彼女になるか?」

私の心臓がドクンと鳴った。

琴美は彼の手を払いのけることもせず、むしろ少し身体を寄せて、笑いながら場を和ませた。

「時音はただ拗ねてるだけだよ。沢人さん、そんなに怒らないで」

沢人は一緒に笑い、わざと声を張り上げた。

「怒る?何を怒るんだ?大事にされないなら、他に大事にしてくれる人がいるだけの話だろ?」

彼は琴美の方へ向き直り、指先で彼女の肩を軽く揉みながら言った。

「俺の彼女になったら、来週新作のバッグ買ってやるよ。どうだ?」

琴美の目がぱっと輝き、口を開こうとしたその瞬間、沢人は私にあごをしゃくって見せた。

「どうする?今ここで素直に謝ったら、今回のことはなかったことにしてやるよ。じゃなきゃ……」

彼はわざと間を置いてから、手を滑らせ、琴美の手首を握った。

私は鼻をすんとすすりながら、何度も私の手を握ってくれたその手を見つめ、不思議ともう涙が出なくなった。

そして、思ったよりも穏やかな声で言った。

「もういいよ。別れたんだから、終わりでいい。

お幸せに」

そう言って、私は背を向けた。

沢人の笑顔が一瞬こわばり、すぐに鼻で笑った。

「強がりやがって。3日も経てば、どうせお前のほうから戻ってくるくせに。

まあ、今日は新しい恋人を可愛がるとするか」

沢人はわざと声を伸ばした。その視線はずっと私に向けられていた。

彼は私が振り返るのを待っていた。

背後から、琴美の笑い声と彼の話し声が混じり合い、だんだん遠ざかっていった。

寮に戻ると、私は椅子に座った途端、涙が止められなくなった。

ちょうど週末で、ルームメイトたちは誰もいなかった。

ずっと泣き続けて、ようやく気持ちが落ち着いたころ、私は彼にもらったネックレスやぬいぐるみなどを段ボールに詰め、玄関の前に置いた。

数日後に返そうと思った。

片付け終わるころにはもう夜になっていた。

スマホを開くと、彼のインスタに写真が上がっていた。

琴美が彼の車の助手席で、ミルクティーを持って笑っている。

キャプションはこう書いてあった。

【新しい始まり】

運転席の前には、以前彼が私を機嫌取るためにぶら下げていたアクリルプレートが映っている。

そこには「時音の専用席」と書かれている。

写真を2秒ほど見つめていると、私の胸の奥がぎゅっと締めつけられた。

そして、親友の柳井瑠々(やない るる)に電話をかけたあと、スマホを切って外に出た。

瑠々は鍋屋で待っていて、私の腫れた目を見ると、何も言わずに、静かに料理を私の器によそってくれた。

食事の途中、私の気持ちが少し落ち着いたのを見て、彼女はようやく静かに聞いた。

「で、結局なんで別れたの?本当に彼が学校に来たから?」

私はうつむいて、スープをかき混ぜながら、そっと首を振った。

「違うの」
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