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第5話

Auteur: 無情
「……どういうこと?」

冬真は腰を下ろし、眉をひそめながら、理解できないという顔で私を見つめている。

「駄々をこねるのは少しで十分だ。長く続けばただの悪趣味だよ。君はもう何をしても可愛いと思われる年頃の子じゃない」

もちろん、私はそうではない。

もし今、彼の中にわずかでも罪悪感が残っていなければ、こんな耐性すら私に向けてくれるはずがない。

彼が待ってあげられる相手なんて、雪緒だけなのだから。

「安心して。あなたといざこざを起こすほど、私も暇じゃない」

私は離婚協議書を再び彼の前に押し出した。

彼は半信半疑のままページをめくり、その表情は徐々に重くなっていった。

私は少し不思議に思った。

私の提示した条件は、彼にとっては利益こそあれ、害は一つもないはずだ。

何をためらう理由があるのだろう。

そして突然、彼は怒りに任せ、協議書を私の前に叩きつけた。

「何度も言っただろ。私情を仕事に持ち込むなって!」

私は顔を上げ、淡々と言った。

「今は仕事の時間じゃないし。私事を話すくらい、いいでしょ?」

冬真は言葉を詰まらせ、続けようとした文句は喉で止まり、そのまま出てこ
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