INICIAR SESIÓN先日の様子ではとてもそうは見えなかった。もし、望まないのであれば何らかの手助けをするべきなのか、成り行きに任せるしかないのか。凛華はいろいろと思い悩みはしたが、わざわざ自分から楓華に関わろうとは思えなかった。3月もいよいよ終わりに近付いた頃の週末、華織から連絡が入った。「凛ちゃん、今日こっちに帰ってくる?」「少し遅くなるかもしれないけど、帰ろうとは思っています。」「そう!良かったわ。時間の目処がたったら連絡して。車を迎えに行かせるわ。」「わざわざ来なくても、自分で帰りますよ。」「そう言わないで。いろいろ心配なのよ。」「わかりました、時間がわかったら連絡しますね。」その日は、作業が予想以上にスムーズに進み、8時には若桜家に帰り着く事が出来た。「凛ちゃん、おかえりなさい。夕食の用意が出来ているわよ。」華織はいつも以上に上機嫌で迎えてくれた。何かいいことでもあったのかなと、特に気にもせずに食事を終えてリビングに行くと、華織と清麗が上機嫌で待っていた。「何か良いことでもあったのですか。」「まぁね。ねぇ凛ちゃん、明日何か予定あるの?」「特にはないですよ。」「良かったわ!じゃ、明日の午後は予定を入れないでね。一緒にお客様を迎えに行って欲しいの。」「どなたが来られるのですか。」「それは内緒よ。」「?……私も知っている人ですか。」「明日のお楽しみよ。」「?……わかりました。」翌日の午後、凛華は清麗と共に空港に向かった。相変わらず詳しい事は知らされ無いまま、清麗と雑談しながら出迎えの人混みの中で待っていた。暫くして、国際線の到着ゲートから見知った人物を見つけると、思わず声が出てしまった。「えっ?なぜ?」唖然とする凛華と、ニコニコと嬉しそうな笑顔の清麗を見つけた彼も事情を察して笑顔で声をかけた。「久しぶり、凛華。元気だった?」「ビョルン!どうしてあなたが?」「歓迎してくれないの?」「会えたのは嬉しいわ。でも、あなた学校は?」「留学する事にしたんだ。2年間の予定で。」「どうして教えてくれなかったの?」「急に決めたんだ。間に合うか分からなかったから心配させたくなかった。でも、どうしても来たくて凛華のパパに頼んだんだ。」「……。」驚き過ぎて言葉を無くしてしまった凛華に清麗が声をかけた。「ビョルン、サプライズ成功ね。ここ
「これを調べて見て。」「これは?」「今日凛ちゃんが誰かから贈られたプレゼントよ。」「誰かから?心当たりないの?」「はい。翔月さんと話している時にテーブルに置いて、そのまま忘れていました。」「きっと宗像さんが、翔月さんから凛ちゃんへのプレゼントだと勘違いして嫉妬して持っていったのよ。」彩愛の言わんとする所を察した勇真は、すぐに秘書を呼んで調べさせた。その頃にはパーティーもほぼ終わりだったので、その日はそのまま解散する事にした。月曜日、凛華は憂鬱な気持ちで出勤をした。土曜日の午後に勇真から連絡が入り、やはりあのイヤリングの箱には発信機が付いていたと言うことだった。ロックスマンの名前が入っていたので、送り主は恐らく研究所の関係者だろう。誰かを疑いたくはないが、警戒は必要になってしまった。取り敢えずその日、 陽子にだけは金曜日の事について話を聞いてもらうためにマンションに誘った。「想像通り、シンプルな部屋ねぇ。」陽子の第一声がそれだった。「この部屋は殆ど寝るためだけに帰っているようなものですから。」「まだ十代の女の子でしょう?趣味とかないの?」「ありますよ。そう言うのは母の実家に置いて貰っているんです。週末はそちらに帰る事が多いですね。」陽子を部屋に招き入れた後、三十分程で夕食を作り食事を済ませた。そろそろ話を始めようとすると陽子が、「リンカって知れば知るほど驚かされるわね。」「何がですか?」「何がって、シンプルな部屋で無趣味かと思えば料理はプロ級だし、部屋着はすごく可愛いし。」「あ〜、それはよく言われますね。自分では普通のつもりなんですけど…。」「ふふっ、そういう反応はイメージ通りね。さて、じゃあ話を聞かせてくれる?」凛華は金曜日の出来事を話した。陽子は真剣な表情で聞きながら、イヤリングやメッセージや手紙などを手に取って見ていた。そして、話が終わってまずひと言尋ねた。「リンカって〈凛華〉って書くのね。日本名があるの初めて知ったわ。」「!?……、そう、ですよね。だとしたら…?」「ええ、相手は研究所関係者だけとは限らない。こちらでの知り合いの誰か、若しくは完全なストーカーの可能性もあると思うわ。例の噂話もあるし、お母様のご実家に相談してきちんと調査してもらうべきなんじゃない。研究所内の事については、取り敢えずジョニーに
「嫌な予感がするわ。何かあったらどうしよう。そうだ!翔月さんにもすぐに来てもらおう。」彩愛はすぐに翔月に608号室に来るように連絡をして自分たちもその部屋へ向かった。二人が部屋の前に着いた時、なぜか翔月は既に部屋の前にいた。「翔月さん、どうしてこんなに早く?」「楓華ちゃんが電話で、酔ってしまったから休憩したいって言って来たんだ。だからフロントに頼んで612号室を借りて楓華ちゃんを待ってた。そしたら彩愛さんからも連絡が来たから廊下に出てたんだ。一体何があったの?」彩愛が事情を説明する間に、勇真は既に608号室のチャイムを鳴らしていた。少しして、ドアがゆっくりと開いた。中から、上半身裸で赤ら顔の向井がにやにやしながら顔を覗かせた。「遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ。」向井は彩愛を見るなり手首を掴んで部屋の中に引き入れようとした。しかし勇真がすかさず彩愛を抱き寄せて、彩愛の顔を胸元に抱き込んで視界を塞いだ。翔月はドアを勢いよく押し開けて中へと入って行った。「凛ちゃん?何処にいるんだ!大丈夫か!」彩愛と勇真もその後に付いて入って行った。「おい!君たちは誰なんだ!なんで勝手に入って来るんだよ!」「うるさい!変態野郎!凛ちゃんは何処だ!」「凛ちゃんて誰だよ!俺が待ってるのは楓華ちゃんだよ!」「……楓華?……待ってた?そんな格好で?お前、楓華に何するつもりだったんだ!」「何って……、いや、違うよ。これは、お酒を零してしまって……。そうなんだよ!それで、今フロントに着替えを頼んでいるところなんだ。」向井はようやく自分の姿を思い出して慌ててバスローブを羽織り、説明をした。結局、室内に凛華の姿はなかった。三人で困惑している中、彩愛はふとテーブルの上の紙袋に目が行った。「あれって……。」何かに気づいたように袋の中を覗いて見ると、思った通りのカードが入っていた。「あの、これがどうしてここにあるのですか?」「それ?それは楓華ちゃんが置き忘れて言ったんだ。誰かからのプレゼントらしいよ。」「宗像さんが貰ったものだと言っていたのですか?」「そうだったと思うよ。」「……。何かの間違いのようですよ。 ロックスマンさんは私の友人です。これは私の友人が貰ったものです。」彩愛はそう言うとカードを取り出して見せた。「………。きっと何処かで取り違え
「お願いします。友人は今、ちょっと取り込み中で……。すぐ上の階なので、そんなにお時間も取らせません。私……もう、辛くて……。」凛華に支えられながらソファーにもたれ掛かり、益々辛そうに言う楓華を放置出来ない。かと言って同行するのも不安だ。どうしたものかと躊躇っていると、偶然通りかかったホテルのスタッフが声を掛けてくれた。「お客様、何かお困りですか。」「ちょうど良かったです。この方が気分が悪くなられたようで、お部屋まで送って欲しいと仰っているんです。でも、私も友人を待たせているのでどうしようかと困っていたんです。」「失礼ですが、お二人はお知り合いではないのですか。」「はい、知人です。」「いえ、お名前もちゃんとは存じません。」スタッフの女性は楓華と凛華の異なる反応に困惑したが、すぐに無線で応援を呼んだ。そして楓華に向かって言った。「お客様、よろしければ私達がお手伝いいたします。間もなく応援の者も参ります。いかがでしょうか。」そう言うと、腕を伸ばして凛華に代わって楓華の身体を支えた。楓華はそれ以上凛華にこだわる事もできずに、スタッフに向かって、「……お願いします。」と言わざるを得なかった。その後、間もなくやって来た女性スタッフ達に支えられながらエレベーターへと移動して行った。楓華は去り際に、凛華に向かって厳しい視線を向けた。しかしそれは一瞬の事で、すぐに弱々しい表情に戻りその心中は誰にも気付かれることはなかった。一方で、凛華は化粧室に行ってからすぐに会場に戻った。彩愛達と合流しようと二人の姿を探してみたが見当たらない。二人だけでなく、翔月もいない。 まさか自分を残して帰ってしまったのか。不安が募り始めた頃、バッグの中から微かな振動が感じられた。急いで携帯を取り出し確認すると、彩愛からの着信だった。「もしもし……、」「凛ちゃん!良かった!何処にいるの?無事なのね?」「えっ?何かあったんですか?私は会場にいますけど。」「会場?ずっといたの?」「いえ、少し前に戻ったところです…。」「無事なら良かったわ。今から会場に戻るから動かないで待っててね。」「はい。」首を傾げながら着歴を見てみると、彩愛や勇真や翔月からの10回以上の着信があったようだ。僅か30分程の間に何があったのだろう。首を傾げていると、慌てた様子の三人が戻って来た。
しかし、それを察した楓華は素早く一歩横にずれて避けた。そして、「あっ、向井さん、もうお友達とのお話は終わったのですか?では皆様、友人が戻りましたので私はこれで失礼しますね。」と言うと二人でその場を去って行った。相手の男性は去りながら、「人前だからって気にせずに俊哉で良いのに。急にいなくなったから驚いたよ。気に入った品は決まった?すぐに予約しに行こう。約束通りプレゼントするよ。」と楽しそうに話しかけていた。彩愛と凛華は呆れたような顔で楓華たちを見送った。翔月はと言うと、僅かに微笑みながら、「漸くあの娘(こ)にも彼氏が出来たのかな。これでひと安心だ。」と安堵の表情を浮かべた。彩愛は堪らずに翔月に問いかけた。「翔月さん、宗像さんとどういうお知り合いなの?ネックレスまでプレゼントするのに他の男性と行ってしまっていいの?」「彼女は妹みたいなものだよ。彼女が高校生の時に偶然に再会してね。僕のアドバイスの影響でわざわざ九州から同じ学園に進学してきたんだ。知り合いもいなくて心細いって言うから相談に乗ったりしているんだ。」「それだけなの?」「それ以外に何があるの?」全く訳が分からないと言う様子の翔月に、彩愛がさらに問いかけた。「私達が見た感じては、少なくとも彼女はそれだけではない様子だったわ。気づかなかった?」それまで何も言わず状況を見ていた凛華も、「そうですね。彼女、プレゼントの事とっても嬉しそうでしたよ。」「それは気に入ったアクセサリーが手に入るからじゃないの?」当然のように言う翔月に、彩愛は呆れたように返した。「翔月さんて意外と女心に疎いのね。女の子はね、何を貰うかより誰から貰うかの方が大事なのよ。」「そうなんだね。だったら彩愛は僕からのプレゼントなら喜んでくれる?」直ぐ近くまで来ていた勇真が彩愛に声をかけた。「勇真さん。もちろんよ。皆さんとのお話は終わったの?」「ああ。せっかくのショーの間に側にいられなくてごめんね。それより、翔月君と何の話をしていたの?」「大したことじゃないわ。」「そうですよ。僕はまだ挨拶できていない方々がいらっしゃるのでこれで失礼します。凛ちゃんのこと、よろしくお願いします。」「分かったよ。行ってらっしゃい。凛ちゃんのことは任せて。」「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですよ。」翔月が去った後
凛華も彩愛達とそちらに注目していた。 すると、凛華のすぐ斜め後ろからスタッフらしき人に小声で声を掛けられた。 「失礼いたします。リンカ・ロックスマン様でいらっしゃいますか。」 凛華はステージに気を取られていたので、軽く振り返っただけで特に確認することなく返事をした。 「はい、そうです。」 「あちらのお客様からこれをお渡しするように言付かりました。」 その人物はそう言って凛華に小さな紙袋を手渡すと、一礼してすぐに去って行った。 「えっ?」 凛華は反射的に受け取ってしまったものの、訳が分からず一瞬ポカンとしてしまった。その為、我に返って慌てて辺りを見回しても時既に遅しで、贈ったのがどの人物か分からない。 凛華の様子の異変に気付いた彩愛が声をかけた。 「凛ちゃん、どうしたの?何かあった?」 「はい。いきなり誰かにこれを渡されました。」 「何?それ。」 「さぁ?後で一緒に見てもらえますか?」 「いいわよ。でも、取り敢えずこっちを見てからにしましょう。」 二人はその紙袋がこのブランドの物であると気づいたので、それほど危機感もなかった。 アクセサリーのショーが終わり、二人は一頻り感想を言い合って余韻を愉しんだ。その後漸くあの紙袋を見てみることにした。 袋の中には一枚のカードと可愛くラッピングされた小さな箱が入っていた。カードには、 『リンカ様 いつも見守っています Kより』 と書かれていた。そして箱の中にはシンプルなデザインのイヤリングが入っていた。彩愛は何気なく、 「可愛いわね、このイヤリング。凛ちゃん何か心当たりある?」 と言って凛華を見た。凛華は始めは首を傾げながら見ていたが、突然何かに気付いて思わずイヤリングを凝視した。 「これって……。」 強張った顔で箱を見る凛華に、彩愛も険しい表情になり 「大丈夫?何か思い出したの?」 と尋ねた。落ち着きを取り戻した凛華は改めてもう一度イヤリングを確認しながら、 「いえ、少し気になったことはありますが、関係あるかはわかりません。これ、どうしたらいいでしょう。」 「凛ちゃん宛なのは確かだから取り敢えず保管しておく?そのうちに送り主が誰か分かるかもしれないわ。」 「そう……ですね。でも、誰からか分からないものを受け取るのもどう
冷たい水が口の中をすっきりさせて、喉の奥にスーッと流れ込んできた。するとさっきまでの不快感が消え去っていった。「ありがと。」凛華がお礼を言うと、その女性は安心したように微笑んで、「どういたしまして。今日の凛ちゃんはとってもお利口さんね。」と言ってまた優しく頭を撫でてくれた。凛華はこの女性を知っている。だが、自分の記憶にあるこの女性はもっと窶(やつ)れて暗い顔をしていた。声も小さく弱々しかった。今の白くてシミ一つない美しい肌も、大きくて澄んだ瞳もふっくらとした花びらのような唇も遠い昔のものだったはず。こんなふうに若々しく美しかったのは、まだ自分がほんの物心ついた頃のことのはず。
「辞令を見ても何も言わなかったじゃないか。」「言ったら撤回してくれたのですか?」「もう決まった事だ。しつこいとクビにして無一文で若桜家に送り返すぞ。それが嫌なら大人しく言うことを聞け。颯生さんにも余計なことは言うな。」「何で……何でいつも勝手に決めてしまうんですか!家でも会社でも命令ばかり!私にも心はあるんです。少しは尊重してくれてもいいんじゃないですか!」「そんなに契約違反をしたいのか。何なら明日にでも離婚して家に返そうか?ご両親の反応が楽しみだな。たっぷり躾けられた後何処かの爺さんの後妻にでも売られるんだろうよ。そう言えばお前まだ処女だったな。さぞかし高く売れるだろうよ。これが最
凛華は元は東雲グループのイベント企画会社に就職していた。しかし、就職間もなく楓香の事情に巻き込まれて翔月と契約結婚する事になった。その時、どうしても働き続けたいと言う凛華の意向を受けて、翔月は監視を兼ねて彼が社長を務める商社の秘書室に出向させた。結婚の話が出た時、東雲家からは会社は辞めて家で家事に専念するように言われた。が、そんな事をしたら離婚後また若桜家に戻って家政婦のように働かされ、その内誰かと政略結婚をさせられるに違いない。凛華としてはそれは絶対に避けたかった。そのためにはちゃんとした仕事を確保しておく必要があった。離婚後こそは自立してようやく自分らしく生きていくのだ。3日後、待ち
「わかっています。あと2週間、外面的には完璧で従順な妻でいます。夫以外の異性と親しくしません。もし破ったら若桜家からの独立はあきらめます。財産分与は一切なしで東雲家を出ていく事に同意します。あなたも忘れないでください。私が約束を守ったら、契約通り2週間後には正式に離婚してください。慰謝料として、自立に必要な家と現金三千万をいただきます。」「もちろんわかっている。お互いに望む所だからな。」二人でそんな話をしている間、他の者たちは楓香を中心にパーティーを楽しんでいた。この異常な婚姻関係を結ばざるを得なかった原因はこの楓香なのに、と思うと無性に腹が立つが仕方ない。六歳のあの時、自分のひと言







