(シャドークロー)
一度スキルを解除し、再びシャドークローを発動。最大で4か所まで出せるので、今度は両手と両耳に発現させた。
(ステータス)
黒川 夜
レベル:11 属性:闇HP:620
MP:590 攻撃力:330 防御力:310 敏捷性:365 魔力:480「1箇所につき25上昇か、MPは5消費ね。多分だけど俺、凄く強いんじゃないか?」
唯一ステータスを知るエミルさんと比較をしても、レベル22で攻撃力180であった事を考えれば、この異様さに誰であっても気付くだろう。
冒険者の中でも、オーク討伐の依頼を受けれるのはシルバーでも上のほうからみたいだし。 俺の強さは、ステータスだけで見たらゴールドでもおかしくない。「しかし、床を傷つけたり服が破ける心配があったから耳を指定したみたけれど、ギリギリ視覚に映るこのシルエットを見るに、L字の巨大なモミアゲがついてるようだぞ……」
耳を闇が覆い、そこから鉤爪のように伸びるそれは、巨大なモミアゲにしか見えなかった。
瞳を動かして自分のモミアゲが見えるって、どれだけ極太なんだ。「なるほど、レベル2も3分くらいで持続消費になるみたいだな。そうだ! どうせなら色んなところからシャドークローを生やしてみよう。第二回、黒川研究室へようこそ!」
(まずは頭っと……。シャドークロー)
頭部にシャドークローを発動させると、俺の髪型が尖ったリーゼントみたいになる。
「あー、なんかそんな気はしたよ。このモミアゲにこの頭、こんな感じの歌手がいた気がするな。次は肘いくか。服を脱いで裸になって……と」
(シャドークロー)
お次は両肘だ。手をぶらんとさせると、肘のあたりから垂直に刃が生えている。
肘を曲げてコンパクトに振り回せば、近接戦で敵を切り刻めそうだ。その分リーチに不安があるから使いどころが難しそうだけど。<「ふぁ~、背中が痛い……」 俺は、ゆっくりと身体を起こしながら、バキバキと鳴る背中をさすった。 冷たい床の感触がまだ肌に残っている。どうやら昨晩、訳も分からず裸のまま眠ってしまったらしい。「裸のまま床で寝ちゃったんだし、そりゃそっか!」 周囲を見回しながら、寝起きのぼんやりとした頭を振る。冷たい空気が肌を刺すようで、思わず腕を抱いた。あまりの寝相の悪さに、どこかで打ったのか膝にも軽い痛みがある。「さて、朝になったわけだが……。見ないわけにはいかないよなぁ」 彼はゆっくりと息を吐くと、自身のステータスを確認する。昨晩、突然の異常な成長を目にし、思考が追いつかずに寝落ちしてしまったのだ。(ステータス)黒川 夜レベル:11属性:闇HP:440MP:440攻撃力:150防御力:180敏捷性
「ちょっと待てよ……。俺の服売れるんじゃね?」 村の人、通りですれ違った人、大体みんな同じような服装だった。冒険者は金属や布製の防具を身につけていたが、依頼が終わるとやはり同じような服に着替えていた。富裕層の服装は分からないが、珍しい衣服は興味をそそるに違いない。 道端では子どもたちが泥遊びに興じ、荷馬車がのんびりと通り過ぎる。石畳の道に木漏れ日が揺れ、心地よい風が吹いていた。そんな平和な風景の中、俺はふとひらめいた。(作戦タイムだ。今日のプランを練り直そう) 寝具、衣服、桶、サボンを購入予定であったが、何店舗か古着屋と衣装屋に寄り、その後、桶とサボン等の日用品を購入することにした。寝具は冒険者用の野営用の物があるかもしれないと考え、明日以降にする。「うーん、どうやって売り込もうか。競い合わせで価格を吊り上げるのがいいかなー?」 テレビドラマで見た営業の人は、「別の店舗ではいくらだったので、それ以上で売りたい」という話術を用いて交渉していた。俺もそれを真似してみるか……。 胡坐をかいて腕を組み、脳漿を絞るように試行錯誤する。微かな木材の香りと、外から流れてくるパン屋の焼きたての匂いが混ざり合い、妙に心を落ち着かせた。「よし、行き当たりばったり作戦に決定しよう! 時間が勿体ない!」 今までの時間は何だったのか。結局、パワー系の思考に辿り着いてしまったが、導入部はばっちり考えていた。 一度に肌着とパンツと靴下の3つを売り込むのではなく、今日は肌着一点に絞る。 店に入ったらまずは店主に同じ物を探している旨を伝える。店主の目の色が変わる。入手経緯や素材の詳細、作り方など聞かれる事になるだろう。そこから臨機応変に対応し、買い取り価格を導き出す作戦だ。肌着を小さく折り畳み、ポケットにしまって準備完了だ。 ――カラーン、カラーン 鐘の音が響き渡る。昨日は気づかなかったが、正午に一度お昼を知らせる時報が鳴るよう
「すみません、店員さんはいらっしゃいますか?」「はーい、本日は何をお探しでしょうか?」 店内に心地よいベルの音が響く。整然と並べられた服たちが、まるで新しい持ち主を待ち望んでいるかのように柔らかく揺れていた。「あ、あ、あの、そ、ぐふふ、こで、これと同じような服はありまてんか?」 気合を入れて喋ろうとしたところ、声は裏返り、噛み噛みで変な笑いまで出てしまう。 顔が燃えるように熱い。おそらく真っ赤に染まっていることだろう。 スマートな交渉で、なるべく高く売ってやろうとしていたのに。これではただの不審者じゃないか。(終わったー……) 店内の静けさが一層際立ち、まるで周囲の客たちの視線が突き刺さるように感じた。羞恥心で震える手が、無意識のうちに服を強く握りしめる。「な、何でもありませんの!」 取り返そうと冷静に話しだそうとしたら、今度はお嬢様になってしまった。 何やってんだ俺は。落ち着け、落ち着くんだ。呼吸を整えるんだ! コヒュー、コヒュー おかしい、呼吸すらおかしいぞ。 どうしよう……。 一回外に出て、何食わぬ顔で入り直して再挑戦するか? いや、そんなことをしたらなおさら怪しまれてしまう。 様子がおかしい俺を見た店員は、眉をひそめ、一歩後ずさる。「あの、お客様、大丈夫ですか?」「えぇ、大丈夫ですよ。どうかされましたか?」 一瞬の沈黙が店内に流れた。さっきまで取り乱していた男が、一転して冷静な表情を作り上げる。店員は明らかに困惑し、目の前の俺を慎重に観察している。(よっしゃ、取り戻した!) 何も取り戻していないが、こうでも思わないと先に進めない。完全に手遅れだが、やっと落ち着きを取り戻す。 クールで冷静
ギルドに到着すると、依頼を終えた冒険者が徐々に増えてくる時間帯であった。その活気ある雰囲気は、さながら祭りのようで、周囲には賑やかな笑い声やおしゃべりが響いている。多くの冒険者たちが、仲間たちと共に成功を祝ったり、次の冒険に向けて意気込んでいた。「結構いい時間になってしまったな」 自分に言い聞かせながら、さっそく受付に並ぶ。列はあっという間に進み、5分ほどで自分の順番が来た。そこには、昨日お世話になったアンネさんとはまったく異なる雰囲気の受付がいた。「おーっす新人ちゃ~ん! 依頼か~い?」 明るく無邪気で、まるで長年の友人のような親しみを感じる。さらりと軽い金髪に、薄い緑色の瞳。整った顔立ちも相まってホストみたいな雰囲気だ。ギルドといえば可愛い受付嬢のイメージだったけど、若いお兄さんのパターンもあるんだね。「いえ、本日初心者講座を予約してましたヨールといいます」「おっ、なーるほどねー。おーい、大先生! 生徒さんがいらしたぞー?」 異世界版パーティーピーポーだなぁ、なんて思っていると、明るい笑顔で振り返った女性が目に入った。「じゃ、ちゃちゃっとやっちゃいますかヨール君!」 名前を呼ばれて振り返ると、ミシェルさんが手を振っていた。「よろしくお願いします、ミシェルさん! 昨日の今日で奇遇ですね。」 ミシェルさんは、上品に染め上げた絹糸のように艶やかな濃紺の髪を後ろでまとめ上げ、肩から首にかけすっきりとした印象を与えている。彼女が身にまとっている鉄の胸当てに、軽やかな皮のスカートがよく似合っていた。依頼の後なのだろう、微かに埃にまみれた右頬が彼女に一層の勇ましさを与えている。まるで戦場に立つワルキューレが目の前にいるかのようだった。「とりあえず、冒険者の店に行くよー」 彼女の軽やかな声に導かれるように、店へと足を運ぶ。 冒険者の店とは、ギルドが運営している冒険者の必需品を網羅したアイテムショップだ。初心者から上級者下位までの装備も取り扱っており、1階に必需品、2階に武器や防具を置いている。 ギルドに併設された2階建ての店は、冒険者たち
ギルドに戻ると、依頼を終えた冒険者で溢れ返っていた。打ち合わせスペースが使用できるのかと不安で見回すと、ミシェルさんはちゃっかりと席についていて、こちらに手を振っていた。 人ごみを掻き分けなんとか辿り着くと、講義の始まりだ。「まずは依頼だけどねー。」 依頼には通常依頼と指名以来の2種類がある。通常依頼は、掲示板に貼られている依頼表を取ったり、受付で案内してもらうことで受注できる。掲示板の依頼は個人が依頼した物で、所謂美味しい依頼が多く、冒険者は依頼が貼り出される時間になると、掲示板の周りに集まる。指名以来は、信頼の出来る冒険者に任せたい依頼者が受付嬢を通し、冒険者に依頼する。 依頼表は手に取ると消え、情報がプレートに記録される。依頼完了時は、プレートを受付嬢に渡すと依頼情報を読み取る魔道具を使用し、依頼内容が表示される。表示されるといっても番号が出るだけで、リストから番号を参照し、確認するという仕組みだ。 依頼を失敗すると違約金を取られるので、自分に合った依頼を選べないと破産してしまう。 ブロンズ級の受付で受注する依頼の例として、薬草採取が1本あたり大銅貨1枚、ミドルハウンド退治が1体あたり大銀貨1枚等々だ。スライムは退治しても砂粒状の魔石に変わるため、見つけるのが面倒だし、砂粒を持ち込まれても魔道具で覗かないと判断できないので、適当にボランティアで踏み潰しておいて程度の扱いらしい。モンスターを何体倒したかのカウントはモンスターから切り取った鼻の数でとる。鼻の無い魔物は討伐部位が指定されているので、モンスターの知識は深めておきたい。 ダンジョンはシルバー級から利用できる。ギルドの受付で入ダン料を払い、木札を受け取って、ダンジョンの入り口にいるダンジョン管理員に渡すと中に通される。シルバー級は小ダンジョンまで、ゴールド級で中まで、ミスリル級以上で制限が無くなる。 ブロンズ級のヨールもギルド規定上は小ダンジョンまでなら利用できるのだが、パーティーを組んでいないと断られる可能性が高い。「なるほど、勉強になりました。ミシェルさんは何級なんですか?」「わたしー? えっとねー……」
初心者講座を受けたので、完了報告のためにギルドのカウンターへと向かう。 そこで、掴みどころのない飄々とした顔で笑うパリピことティーダさんを発見した。「ティーダさん、初心者講座終了しました」「やったじゃーん! ヨールっぴもこれで冒険者の仲間入りだねー。プレート貸してちょ」 チェーンの先にぶら下げた輝く金属製のプレートを外し、ティーダさんに手渡す。「へー、ヨールっぴすっげえじゃーん。シルバーの1階級からスタートできるっぽいよー!」 その言葉を聞いた瞬間、俺の心に疑念が生まれた。 どういうことだろうか。俺はいま初心者講座を終えたばかり。ギルド長が何か計らってくれたとも思えない。そんなことをすれば、人を見て判断していると冒険者たちからの評判が駄々下がりだ。「いやいや、どういうことですか? 何かの間違いでは?」「んっとねー。オーク5体倒したっしょ? あれシルバーの1階級へのランクアップ基準満たしてるっぽいんだよねー。いっちゃうっしょ、シルバー!」 なるほど、討伐したモンスターによって昇格の基準があるのか。 しかし、冒険者として一からスタートしようと決めた俺としては、見習いとしてコツコツ慎重にやっていくべきかな……とは思う。「ちょ、ちょっと待って下さい! 俺はブロンズから……」「ヨール君、シルバーになれるならなっといた方がいいわよ? 別にシルバーでもブロンズの依頼は受けれるし、メリットしかないわ。例えばパーティーを組みやすくなったり、報酬の高い依頼を受けれたり、夜間に街に入れたり。何よりブロンズのプレートよりお洒落よ?」 ティーダさんの申し出を断ろうとしたところに、ミシェルさんから魅力的な話が。 たしかに、夜間に出歩けるのはでかい。依頼もとくに変わらなさそうだし、ランクを上げることにマイナスはなさそうだ。何となく心の中にあった不安が、ほんの少しずつ薄れていく。「じゃあシルバーでお願いします!」「ちょっと待っててね~ん」 ティーダさんが手のひらを陽気
雑貨屋に到着した俺は、体を洗ったり、洗濯に使える洗浄オイルを購入した。オイルと塩と柑橘系の皮を細かくしたものが入っており、先日湖で使用したものとほぼ同じだ。コルクで蓋をするタイプの瓶に300ml入って大銀貨20枚もしたが、これはほぼ瓶の値段で、次回からは中身だけを購入できる。サボンが大銀貨1枚で、桶が大銀貨4枚。桶は嵩張るので後回しにした。 残りは大銀貨8枚と少し。心許なくなってきていた。(まずい、お金がないぞ……) 古着屋で見た衣服は安いものでも上下で大銀貨5枚、2着は余分に買っておきたいし、食事や他の日用品も考えるとお金が足りない。「依頼を受けて、1日どれくらいの稼ぎになるか試してみよう。今後の見通しを立てないとな」 買ったものを全てカバンに詰め込んで、ぶつぶつと呟きながらギルドへと歩きだす。 たしかミドルハウンド10頭で1万円だった。毎日やれば月収30万円か。税金の話も無かったし、そう考えたら高給取りなのかもしれない。取らぬ狸の皮算用ではあるが、ポジティブに考えていこう。 最低限の生活を送るだけなら、半日も働かなくてよさそうだ。頑張りに応じて報酬が変わるのは、なんだか個人事業主として飲食物を運ぶ仕事に似ている。 ギルドに到着すると、受付にアンネさんとティーダさんを見つけた。 どうせなら美人と話して気持ちよく仕事を始めたい。迷う事なくアンネさんの列に並ぶ。「おはようございます、アンネさん。依頼を受けたいのですが、湖の近くで出来る依頼はありますか?」「おはようございますヨールさん。シルバー級でしたら、北のレイクウッド湖周辺に出るジャイアントルーパーの討伐はいかがですか? 討伐証明は尾先で、オークよりも討伐難度が低いモンスターです。1匹大銀貨3枚です」 アンネさんがモンスターの絵を見せてくれた。深緑色の山椒魚に似たモンスターで、つぶらな瞳が可愛らしい。動きも遅そうだし、ミドルハウンドよりも弱そうな感じだ。 こんなの、近づいてしゃがんでナイフで刺せば終わりでしょ。これで1匹あたり大銀貨3枚も貰えるなんてお得だよね。「それでお
「ふんふんふ~ん。初めての依頼かー、ワクワクするなー」 鼻歌まじりに森の中を歩く。 木々の隙間を通り抜けた風は気持ちよく、木漏れ日がピクニックにでも来たような心地にしてくれる。 広く開けた道になっており、視界は良好だった。湖を見ながらパンを食べようと考えていた俺は、はやる気持ちがそうさせるのか、歩く速度もつられてあがる。 しかし1時間ほど歩いた頃、右前方の森の中から唸り声が聞こえた。 グルルルル…… 太い木の後ろから、覗き見るように1頭のミドルハウンドがこちらを威嚇している。(シャドークロー) 両手と両耳にスキルを纏わせることで、2本の黒い爪を生やした巨大なモミアゲの男が完成した。 バフがあれば問題なくやれる筈だ。目を逸らすことなくゆっくりと後退する。 念のためにステータスを確認しておこう。(ステータス) 黒川 夜 レベル:11 属性:闇 HP:13 MP:13 攻撃力:10 防御力:10 敏捷性:10 魔力:10「ちょ、待っ……!?」 期待を裏切られたステータスに思わず声を出してしまう。 黒川研究室での実験によれば、レベルが上がったことによるバフで、全ての項目が100ずつ上昇しているはずだった。しかし、結果はこれ。元の状態とほぼ変わっていない。昼間だと俺のスキルは大した効果を発揮してくれないらしい。 俺の叫びをゴングと勘違いしたのか、ミドルハウンドがこちらに向かって駆け出す。赤い目は殺意に染まり、剥き出しになった鋭い牙の隙間からヨダレが溢れだしている。(ま、まずい!) 慌ててスキルを解除し、服を脱ぐ。靴を脱ぎ、ズボンを脱ぎ、上着を脱いだ時には、巨体の犬はこちらに飛びかかってきていた。首を庇うように咄嗟に右腕を前に出すと、獣の牙が皮膚を突き破る痛みに脳が悲鳴を上げた。「ぐああああぁ!」 獣に噛まれた時は、無理に腕を振
最初にこちらを威圧するような態度だったので高圧的な嫌なやつかと思ったが、中々話のできる良い奴そうだ。「俺も冒険者になりゃあ強くなれんのか?」「ははは、試してみるといい。良いパーティーが見つかるといいな」「1人じゃ駄目なのか?」「ふむ、パーティーを組めばより強いモンスターと戦える。ソロでダンジョンに挑む馬鹿はおらんしな。早く強くなりたいのであれば、仲間を探すべきであろうな」「そういうもんか、じゃあ俺も冒険者ってのになってみっかな! 強くなったら俺のパーティーにおっさんも誘ってやるよ!」「それは熊ったなー。ぶぁーっはっはっはっは!」「おいおっさん、つまんねえぞ!」「ぶぁーーっはっはっはっは!」 冒険者か、今は何より強くならなきゃいけねえしいいかもしれねえ。しかしパーティーか、よええのと組まねえように気をつけねえとな。街の中心に冒険者ギルドってのがあるらしいから、そこで登録すりゃあ誰でもすぐに冒険者になれるみてえだ。 頭の中でおっさんの話をまとめていたら閂の外れる音の後にゆっくりと門が開いた。クリスと……なんだありゃ、首の長え奴がいやがる。キリンの獣人か、あんなのになってたら生活に不便すること間違いなしだったぜ。「お待たせしましたー! 衛兵長のジラフォイですー!」 声高すぎだろ、しかもジラフォイってなんだよ。こいつ笑わせにきてやがんな!「あ、あぁ。こっちは待ってる間にそこのおっさんにいい話が聞けて良かったぜ。街には入れるのか?」「まずはテストをするフォイ! 合格したら入れてやるフォイ!」「ぶふぉ……くっ、くく……。そ、そうか」 このキリン野朗畳み掛けてきやがった。笑いを堪えてたとこにこの不意打ちは卑怯だろ。獣人てのはこんなのばっかりなのか?「ジラフォイ隊長、いい加減笑う奴はいい奴っていうテストはやめた方がよいのではないか? 意味がない気がするのだが」「今日はもう遅い、この狼獣人の子供も早めに宿をとっ
「やべえな、日が暮れてきやがった」 気づけば空には赤く染まった夕焼け雲が浮かんでいた。 どれほど走っただろうか、こちらに気付いては襲ってくるコボルトから逃げるように駆け回っていればそのうち諦めるだろうと思っていたが、奴らはなかなかにしつこかった。 体が疲れてきやがったんで立ち止まったら、木々の合間から出てきた15体のコボルトが向かってきやがった。木の槍で片っ端から心臓を突き刺してやると、いつの間にかレベルが12に上がってやがる。(ステータス) 武藤 零ニ(むとう れいじ) レベル:12 属性:無 HP:1350 MP:390 攻撃力:650 防御力:325 敏捷性:650 魔力:150 スキル ・アイテムボックス レベル2 ・鑑定 レベル1 ・身体強化 レベル1「スキルのレベルが上がってやがる。お、新しいスキルもあるな!」(アイテムボックス レベル2:容量100万リットル。保存物の時間経過有り。生命は収納不可)「歩く倉庫じゃねえか! んでこっちは」(身体強化 レベル1:対象1体の攻撃力と防御力と敏捷を2倍にする)「へへ、こいつはいいぞ。ブラフに使えるぜ!」 対人戦で重要なのは、いかに自分の実力を相手に悟らせないかだ。弱いフリして相手を調子に乗せたらこっちのもの、あえて無防備に殴られるなんて事をよくやったもんだ。相手の数が多い時にやったらそのままボコられちまうけどな。 しっかし、このゴールデンレトリーバーを人型にしたようなコボルトとかいうモンスターは次から次に向かって来やがるが、街に持って行きゃ金になるのか? アイテムボックスの容量も増えたし、ぶっ殺した毛玉どもを片っ端から収納してやってもいいんだがよ。とりあえず入れちまうか。「ん? なんだか香ばしい匂いがすんな。人か!? よし、早速試してみるか」(身体強化) 匂いのする方へ四足歩行で風を切り裂くように走る。レベ
「しっかし、オネイローサもすげえ遊びを考えついたよな。自分で作った世界に別の世界の人間を入れて争うように仕向けるなんてさ」「ふぉふぉふぉ、この遊びが始まる前の、平和な世界に凶悪なモンスターを解き放って滅亡するかしないかを賭けるゲームもわしは好きじゃったがの」「オネイローサは天才だと思うのっ! 文明の発展してない世界をブラックドラゴンがめちゃくちゃにするのも楽しかったけどぉ、自分の駒で遊べるこのゲームの方が断然楽しいねっ!」「ふふふ。何者にも影響されず、全ての理を捻じ曲げることのできる私たち無欠の存在が、何が起こるか分からない運という要素を最も楽しめる方法を考えたのがこのゲーム『グリードフィル』です」 オネイローサは氷のように冷たい笑みを浮かべた。「ふぉふぉふぉ、ワシらの愉しむという欲望、駒どもの生き残りたい、願いを叶えたいという欲望、さらにそれを阻む七欲にまみれた安定を欲する住人達。欲に満ちた世界グリードフィルとはよく言ったもんじゃて」 イドモンが口の端を上げ目を細めると、顔に刻まれたシワがさらに深いものとなり、その笑みはどこか邪悪なものを感じさせた。「アイギナちゃんはねぇ、計画が失敗した時の、仲間を失った時の、そして自らが死ぬ間際の希望を失った顔が堪らなく好きなのっ! それは途中までうまくいっていればいっているほど深い絶望を感じさせてくれてぇ、腹の底から笑えるのっ!」 無邪気に笑う幼女だが、そのキラキラと輝く瞳の奥には奈落の底を感じさせる闇が見えた。「俺はどん底から這い上がって、生に縋りもがき苦しむ様が好きだぜ。仲間に裏切られたり、片腕を失ったり、それでも必死に世界をどうにかしようと足掻く命の灯火はなかなか熱いものを感じるな。最後はどうせみんな死んじまうけどな。ヒャハハハハハ」 シドは金縁の丸メガネを右手の中指でクイッと上に持ち上げると、天を仰ぐようにして笑った。「あらあら、皆さん楽しそうですね。ですが、毎回同じではつまらないでしょう? 今回は、誰かが統一するかしないか賭けをしましょう。チップは皆さんが管理する世界です」 「おいおい、統一なんて駒を争わせる為の口
「あらあら、皆さんお揃いのようですね。それでは始めましょうか」 光に包まれた世界で3人の男女の前で話し始めたのは、煌めく金髪に心の中まで見通すような爛々と輝く銀色の瞳に、彫刻のような端正な顔立ちの一目見たら誰しもが心を奪われてしまうような美女。そう、黒川 夜を人族の国ヒューマニアへと送った女神である。「早いのうオネイローサ。今回で5回目じゃが楽しみで仕方がないわい」 肩まであるウェーブがかった長い白髪に感情の読み取れない白い瞳、所々にシワの刻まれた顔には整った長い口髭と顎髭を蓄えている老人の姿をした神が続いて口を開いた。その口元はニヤリと口角がいやらしく上がっている。武藤 零ニを獣人族の国ビーストリアに送ったジジイと呼ばれていた神だ。「イドモンじいちゃんは毎回悪い顔をしますねぇ。アイギナちゃんの駒はとんでもなく強いのですっ! 今回こそは負けませんからねっ!」 自らをアイギナと名乗るこのほっぺたを朱色に染めた緑色のおかっぱ頭の幼女は、健崎 加無子を巨人族の国アトラストリアへと送った女神である。手をパタパタと動かし、目尻を下げてニコニコと話している。「おいチビ助、まさかまたズルしてねえよな? 前回は属性なしに2つも属性つけて負けてんだぞ?」 高圧的な態度で話すブルーのダブルスーツを着こなす、黒髪をオールバックに纏め上げた英国のモデルのような見た目の男性は、八王子 麻里恵を魔人族の国デモネシアに送ったシドという名の神だ。「ぐっ……。う、うるさいですよっ! シドは相変わらず裏表が激しいですねぇ」「ふぉふぉふぉ、その様子じゃとまた何かやったみたいじゃのぉ。それで負けたら罰ゲーム2倍じゃぞー?」「あらあら、前回お咎め無しにしてあげたのですから、今回は3倍ではないのですか?」「ははは、そりゃいいぜ! 覚悟しとけよクソガキ!」 地球からグリードフィルという異世界へと4人の高校生を強制的に送り出した神たちは、何やら集まって楽しそうに会話をしているようだ。 神達がそれぞれ空中に手をかざすと、テレビのモニターの様に、それぞれが異世界に送った者たちが停
岩と岩を打ち合わせたようなガチンという大きな音がなり、冷や汗が流れる。尻尾をいれると7メートル以上はありそうだが、口よりも盾の方が大きいので、噛みつきは盾で防げるだろう。 位置の有利を取られているのはまずいと判断し、盾を構えてトカゲを中心に大きく時計回りにカニ歩きで移動すると、再び危機感知の感覚に襲われた。 岩を纏ったトカゲは反時計回りにトグロを巻くように体を丸め、渦を巻いた体を元に戻す力を使って鞭のようにしなりを効かせた尻尾を横薙ぎにふるってきた。 咄嗟に踏ん張るように足をガニ股に開き、盾の持ち手に腕を通し、内側に肩と肘を固定するように前のめりに構えて尻尾の一撃を受けると、梵鐘を打ち鳴らしたような音と共に強烈な衝撃を受け、後方に吹き飛ばされてしまう。ステータスを確認するが、ダメージは受けていなかった。「尻尾はだめ。狙うなら頭」 自分に言い聞かせるように呟くと、上下の有利不利が無くなったので、盾を前に構えながらゆっくりとトカゲに近づく。 トカゲは頭をこちらに向け、尻尾をビタンビタンと地面に叩きつけて威嚇している。こちらの戦斧の射程まで近づいたその時、トカゲは大きく口を開けて前進した。「今!」 噛みつきを盾で防ぎ、口を閉じたばかりの頭に振り上げた戦斧を垂直に叩きつけると、金属を岩に叩きつけたような高音が響き渡り、戦斧を持つ手はビリビリと痺れている。 トカゲの様子を伺うと、額からは赤い鮮血が流れ落ち、衝撃を受けている様子からはかなりのダメージを与えられた事が伝わった。 再び接近しようとすると危機感知が発動する。バックステップをして距離をとると、トカゲは時計回りにトグロを巻き、こちらの様子を伺っているようだ。「チャンス」 斜面を駆け上がり、振るわれても尻尾の届かない位置まで行くと、今度は斜面を駆け下り助走をつけ、右足で力強く大地を踏み込み、トカゲ目指して斜面と平行に鋭く飛び上がった。 尻尾の先端側から攻められ、遠心力をのせたムチのような攻撃が意味をなさないことを悟ったトカゲは、トグロを解いて迎え撃つように前進してきたがもう遅い。 トカゲが口を開
「無理、できない。」 異世界を統一しろと無理な要求をされたので断ると、僕の目の前では小学4年生くらいの見た目の幼い女の子がプリプリと怒っている。 緑色のおかっぱ頭に潤んだクリクリとした大きな目、吸い込まれるような緑の瞳をした、ほっぺたを真っ赤に膨らませて僕を叱りつけているこの幼女は自分の事を神様だと言っている。 肩甲骨まである真っ直ぐな暗めの栗毛と、クールな見た目で170センチある高身長の自分が一緒にいると、親子と間違われてもおかしくない。「だからぁ、これは絶対なんですぅ……。無理矢理送っちゃいますからねっ!」 夏休み初日の英語の補習で、オリバー先生に手を引かれてやってきたこの幼女、僕を光に包まれた空間に無理矢理連れてきた。「嫌……。僕行きたくない」「もーっ! 勝手に説明しちゃいますからねっ!」「聞きたくない」「健崎 加無子(けんざき かなこ)さんには巨人族になってもらいますからっ!」 目の前を眩しい光が覆い隠す。視界が戻ると、さっきまで腰くらいの位置にあった神様の頭が僕の膝より下にあった。どうやら身長が元の2倍くらいになっているみたいだ。 目の粗い麻の服は、肌が透けて見えるようで恥ずかしいし、胸が大きいので首周りがゆるいのは気に入らない。「ねぇ、1つだけ聞いていいかな? 僕は統一なんて興味無いから何もせず死んでもいいんだけど、それじゃ困るんでしょ?」「はいっ! 非常に困りますっ!」「じゃあ僕の着ていた下着を10セット、服は制服でいいからそれを10セットと靴を5足、サイズを合わせて。後はそれを入れる丈夫なリュックと頑丈な武器と盾を頂戴。そしたら頑張れる。それくらいできるよね?」「ぐっ……。ちょっとステータスって念じて貰えますぅ?」(ステータス) 健崎 加無子 レベル:1 属性:なし HP:2000 MP:0 攻撃力:1000 防御力:1
「ちょっとぉ……。まだ色々聞きたいことがあったのにぃ!」 もっとこの世界について色々聞きたいことがあったのに、強制的に転移させられてしまった。とりあえずスキルを調べてみる。(テイム レベル1:自分より弱いモンスターを従えることができる。弱らせることで格上のモンスターにも発動する。テイムしたモンスターは討伐扱いとなり経験値を取得できる。上限100体)「へぇ、わたしはこの魔法で仲間をどんどん増やしていけばいいわけね」 周囲を見渡すと、遠くに城壁のようなものが見える。おそらく街だろう。ひとまずテイムを試すために、街の方に向かいながらモンスターを探すことにした。 広葉樹や針葉樹など多様な木が生えているが、毒々しい見た目をしているので気味が悪い。おどろおどろしい木々の紫色の葉が風で揺れてガサガサと音をたてるたびにビクンと心臓が跳ね上がる。 怯えるように両手を胸に当て、周囲を警戒しながら森の中を進んでいく。「きゃっ!」 樹上から目の前に何かが落下してきた。「あー! ゲームで見たことある、スライムだー!」(テイム) 早速スキルを使ってみると、スライムのいる地面に魔法陣のようなものが出現し、そこから伸びる円筒状に薄い緑色の光がスライムを包み込んだ。「仲間になったってことかな?」 光が消えると、今までに感じたことのない親近感に似た感覚がスライムから伝わってくる。「おいでおいでー!」 手招きすると、スライムが一生懸命な様子でズリズリと体を前後に伸び縮みさせながら近づいてきた。「よく見たら可愛いね。わたしの言うこと聞いてくれるの?」 質問してみると、スライムはぴょこんと飛び跳ね肯定してくれているようだ。可愛らしい姿に思わず頬が緩む。「いい子ねぇ。他のモンスターからわたしを守ってくれる?」 お願いしてみると、スライムは再び小さくその場でぴょんと飛び、体で肯定の意思を表した。 愛らしい様子に楽しくなって、しばらくスライムに話しかけてみた。こちら
わたしは今光の中にいる。足が地についた感覚はないけれど、どういう原理か立っている。歩こうと思えば歩けるし、座れもする。 今日は夏休み初日で、古文の補習があった。教室で先生を待っていたら、菊ジイこと菊田先生と、スーツ姿のイケメンが入ってきた。 そのイケメンは、ぱっと見ただけで分かるほど高そうなブルーのダブルスーツを着ていて、艶やかな黒髪のオールバックに、金縁の丸メガネをかけ、燃えるような赤い瞳をしていた。彫りの深い欧米人のような顔立ちで、顔のパーツの一つ一つが大きく、作り物のように整った顔立ちはどこか浮世離れしていた。おそらく外国の方だと思う。 菊ジイは虚な目でずっと下を向いたまま何も喋らず、ただ教壇の後ろに立ち尽くしていた。「こんにちは、お嬢さん。お名前を教えて頂いても?」 まさか外国人だと思ってたイケメンから流暢な日本語が発せられると思わなくて、びっくりして噛んでしまった。「は、八王子 麻里恵(はちおうじ まりえ)でひゅ……す」「麻里恵さん、よろしくお願いしますね」 イケメンが優しく微笑みかけてくる。なんて尊さ。(教育実習生なのかな? だとしたら全力で推していきたいところね! 後で一緒に写真を撮ってもらってカナコちゃんに教えてあげよっと!) 色々と妄想をしていると、ドサッという音がした。菊ジイが倒れたようだ。定年近いと聞いていたし、夏の暑さにやられてしまったのかもしれない。「菊ジイ、大丈夫!?」 慌てて駆け寄り肩を叩くが反応はない。かろうじて呼吸はしているようだ。 イケメンが菊ジイを抱き上げ、日陰に移動して横にさせる。「大丈夫ですよ、安心して下さい。麻里恵さん一緒に来ていただけますか?」 なんだろう、保健室だろうか。「はい、大丈夫です!」 わたしは光に包まれた。 で、今ってわけなんだけと……。「麻里恵さん、気づいたみたいだね」 振り返ると爽やかな笑顔のイケメンがいた。歯がキランと光るエフ
(人か……?) 道を挟んで反対側の森から、身長1メール程の二足歩行の犬といった見た目で、右手に木の棍棒を持った生き物がキョロキョロと辺りを見回しながら出てきた。子供の犬獣人かもしれない。「おいガキ! ここはどこだ?」 茂みから出て眼光鋭く睨みを効かし、近づいていく。「ワン!」 威嚇するように吠えると、二足歩行の小型の犬は棍棒を振り上げこちらに走ってきた。「おい止まれ!」 注意を促すが、止まる様子はない。こちらの左脇腹を狙い棍棒を横薙ぎに振るってきた。子供なのになかなかの身体能力なのは獣人だからであろうか。 2回バックステップをして距離を取る。「おいガキ! 次はねえぞ、止まれ!」 再度注意を促すが、再び棍棒を振り上げ襲いかかってきた。 乱暴に振り下ろされた棍棒を左にサイドステップでかわし、棍棒を持つ手の手首を右足で蹴り上げ、棍棒が手から離れたのを確認してから、右のストレートで顔面を殴りつけた。「キャイン!」 二足歩行の犬は、金切声のような悲鳴をあげて地面に倒れると、脳が揺れているのか立とうとするが膝が笑っており力が入らずなかなか立てないようだ。 右手で棍棒を拾い上げ、トントンと右の肩を叩く。「アホが、痛い目見て分かったか? ここがどこか教えろ!」 話しかけるが返事はない。 ようやく軽い脳震盪から回復したのか、ゆっくりと立ち上がり噛みつこうと大口を空けてこちらに向かってきた。 右手の棍棒て下顎を打つと、顎が外れて大きく頭を傾け、走っていた勢いのまま地面に受け身をとれずに頭から倒れた。「お、おい! 大丈夫か?」 慌ててかけよると、白目を剥いて舌を出し、泡を吹いてガクガクと体を震わせていた。体を揺するが反応は無い。まだ息はあるので死んではいないようだ。目を覚ますまでしばらく待つとするか。 時々肩を叩いて呼びかけるが反応はない。15分くらい経っただろうか、近くの茂みがガサガサと音をたてると、中から透明な水風船を地