Share

61.桐生家の理想の家族

Author: 紡里
last update publish date: 2026-10-14 22:54:11

「……なんなの、あの女!」

 桐生美琴きりゅうみことは、スマートフォンをソファに投げ出した。

 朝倉倫子あさくらりんこの平然とした声が、耳の奥に残っている。

 まるで、自分には何の関係もないと言わんばかりだった。

「智也が倫子を追いかけているとでも言いたいの? 何を夢見ちゃっているわけ?」

 そんなこと、あるわけがない。もし、そうだとしたら許せない。

 智也がほかの女にジュエリーを贈ろうとした。それだけで、腹立たしい。浮気なんて、絶対に許さない。

 美琴は乱暴にソファに腰掛けた。

「あー、もう嫌!」

 むしゃくしゃする気持ちをぶつける先がない。

 だからといって、すぐに智也を問い詰めるのは得策ではないだろう。

 男性は責められることをものすごく嫌がるものだ。

 疑いを突きつければ、事実がどうあれ反発する。

 下手をすれば、夫婦の間に余計な溝を作ることになる。長い目で見たら、いいことはないのだ。

 美琴は唇を噛んだ。

 恋人時代は非日常の高揚感があるが、結婚するととたんに日常のあれこれに追い立てられるようになる。

 最近、智也との関係はすっかり日常のものになり、お互いを気に
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   62.倫子の受難

    「ちょっと待って。ドクター・リンの名前がないわ」 スイスの研究者から送られてきた論文の薄い冊子を読んでいたアイシャ・ラーマンが、声をあげた。 オーレリア・メディカル・グループには、再生医療に関わる専門家を集めたリジェネシスチームがある。朝倉倫子もアイシャも、その一員だった。「え、まさか。神経をつなぐ技術について、原稿を寄稿したわよ」 倫子は翌日の手術のための資料を机に置き、立ち上がった。アイシャの隣に立ち、論文をのぞき込む。 スイスには、主任執刀医の倫子と、マイクロサージャリー専門医のリム・ウェイジンが出張した。 現地の研究所では、培養組織の作製には成功していたものの、神経機能の回復に課題を抱えていた。そこで、倫子たちが得意とする神経を精密につなぐ技術を提供したのだ。 その成果をまとめた論文は、倫子が中心となって執筆し、リムが専門的な意見を出して修正したものだった。二人の連名で発表する予定になっていた。 ところが、掲載された名前が違うという。 リムの名前の下には、ワン・ウェイという名前がある。そして、リムの上にあるべき倫子の名前がなかった。「ドクター・ワンって、熱傷や創傷治療のチームよ。ドクター・リンと同じ形成外科医といっても、守備範囲が違うじゃない」 アイシャが顔をしかめた。 倫子は、もう一度名前を確認した。 見間違いではない。 自分の名前が消され、代わりに別人の名前が記載されている。 どうして、こんなことになっているのだろう。「……なんでドクター・ワンが?」 倫子は、胸に浮かんだ疑問をそのまま口にした。 すると、ちょうど近くを通りかかったワンが足を止めた。「ああ、それはさぁ。ドクター・リンが日本に遊びに行っているからだよ」 まったく悪びれる様子もなく、ワンが答えた。「君がいない間に問い合わせが来て、私が対応してあげたんだ」「それ、報告を受けていないわ」 倫子は戸惑いながらも、言い返した。 確かに、日本に帰国していた。手術も一件執刀しただけだったし、久しぶりに里帰りもして、のんびりと羽を伸ばしたのは事実だ。 けれど、連絡が取れなかったわけではない。 スマートフォンも、インターネットもある。必要なら、いつでも相談できたはずだ。部外者が勝手に答える方が、問題である。「あー

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   61.桐生家の理想の家族

    「……なんなの、あの女!」 桐生美琴は、スマートフォンをソファに投げ出した。 朝倉倫子の平然とした声が、耳の奥に残っている。 まるで、自分には何の関係もないと言わんばかりだった。「智也が倫子を追いかけているとでも言いたいの? 何を夢見ちゃっているわけ?」 そんなこと、あるわけがない。もし、そうだとしたら許せない。 智也がほかの女にジュエリーを贈ろうとした。それだけで、腹立たしい。浮気なんて、絶対に許さない。 美琴は乱暴にソファに腰掛けた。「あー、もう嫌!」 むしゃくしゃする気持ちをぶつける先がない。 だからといって、すぐに智也を問い詰めるのは得策ではないだろう。 男性は責められることをものすごく嫌がるものだ。 疑いを突きつければ、事実がどうあれ反発する。 下手をすれば、夫婦の間に余計な溝を作ることになる。長い目で見たら、いいことはないのだ。 美琴は唇を噛んだ。 恋人時代は非日常の高揚感があるが、結婚するととたんに日常のあれこれに追い立てられるようになる。 最近、智也との関係はすっかり日常のものになり、お互いを気にかけることはなくなっていた。 会話も生活の連絡事項が中心になっている。 これは、反省すべきだったかもしれない。 夫婦としての生活に大きな不満があるわけではない。 小さな不満があるのは、仕方ないだろう。どんな夫婦での多かれ少なかれ、生活習慣が違うものだから。 けれど、ときめきが足りない。 もしかしたら、智也も同じように感じているのかもしれない。 だから、昔の女を思い出したのだろうか。それでちょっかいを出すなんて……。だが、若い秘書に手を出されるよりはマシだろうか。 パリで元嫁に拒絶されたことを、他人に目撃されるなんてみっともない。 そう思う一方で、夫を軽くあしらった倫子に対して怒りが湧く。「あのボディーガードみたいな男と、うちの旦那を比べているんじゃないでしょうね?」 倫子が一時帰国したとき、背の高い男と一緒にいた。牧野によると医療コーディネーターらしい。 倫子がプレゼントを受け取っても腹が立つし、受け取らないことも気に入らなくて「何様だ」と感じる。 美琴は矛盾した考えを、どうしていいかわからなくなった。 ゆっくりと息を吸い、鏡に映る自分の顔を見つめた。 ま

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   60.疑惑のジュエリーケース

     飛行機の中で、イーサンが時計を見ながら朝倉倫子に尋ねた。「六時間ほど時差がありますが、大丈夫ですか?」「一日が長くなる感じよね。寝る時間で調節するわ。ともかく、無事に会議が終わってよかったわ」 倫子は、ほっと息を吐いた。 パリでの国際学会は、予想以上に実りの多いものになった。中井教授の発表は注目を集め、倫子自身も海外の研究者たちから声をかけられた。今後の共同研究につながる話もあり、忙しくなりそうだ。 倫子たちには、大きな仕事を終えたという安堵感があった。   *** 一方、日本に帰国した智也のスーツケースには、厄介なものが残されていた。 突き返されたジュエリー。 智也は乱暴にベッドの上に投げた。 会社の秘書にでもやるか。 いや、駄目だ。渡した相手がそれを身につけているのを見たら、あのときの屈辱を思い出してしまう。 それなら、母親のご機嫌取りにでも使うか。 少し前に乳がんと診断されて、パニックになっていた。そろそろ落ち着いて、自分の入院準備を始めている頃だろう。見舞い代わりに贈ったら、喜ぶかもしれない。 そんなことを考えながら、智也はスーツケースから洗濯物などを取り出していく。 倫子がいた頃はスーツケースごと任せることができたのに、と舌打ちしたくなった。仕分けして、家の中で元の場所に戻すもの、職場に持っていくものと整理してくれた。 当時は、当たり前だと思って、感謝することもなかった。 こんなことは、美琴には頼めない。 秘書を愛人にしてしまえば……そんなことが頭に浮かんでしまう。智也は首を振って、その考えを頭から追い出した。 疲れていた智也はあまり深く考えずに、ジュエリーケースを寝室のサイドテーブルの引き出しに入れた。 そのあと美琴と直也にお土産を渡して一仕事終えた智也は、突き返されたジュエリーのことをすっかり忘れてしまった。   *** 数日後。 美琴は寝室のサイドテーブルを開けて、箱を見つけた。 先日のパリ土産と同じブランドだ。一瞬、自分がこんなところにしまったのだろうかと、記憶を辿る。 記憶にはないと、美琴は首をかしげた。 手に取ると、箱のサイズが小さい。自分がもらったブレスレットではないようだ。 そっと開けると、水色の石がついたイヤリングが出てきた。 青系統は倫子を思い出させる。それに、ピアスではなくイヤ

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   59.遅すぎた贈り物

    「これ、どうすればいい? 私、受け取りたくないわ」 倫子はプレゼントをまるで汚い物のようにテーブルに置いた。 かつて結婚していたときでさえ、アクセサリーなどもらったことがない。今さら贈ってくるなんて、どういう神経をしているのだろう。「ジュエリーショップに連絡します。購入されたのはミスター・キリュウですから、店から本人に返してもらいましょう」 イーサンはジュエリーケースを見て、そう言った。「受け取り拒否ということでホテルから店に返してもらうか、購入した店舗に引き取りに来てもらうか……。最終的には、店からミスター・キリュウに連絡してもらうことになるでしょう。明日、対応しますので、もう、これのことは忘れてください」 イーサンの提案に、倫子はほっと息を吐いた。「そうしてくれる? こんなもの、持っていたくないわ」 倫子はジュエリーケースから目をそらした。「承知しました」 イーサンはそう答えると、鞄の中にジュエリーケースを入れた。「あ、お化粧を落として、シャワーを浴びなきゃ」 倫子はすぐに戻ると言って、イーサンの部屋を出て行った。「そのまま自分の部屋で寝たらいいのに……」 イーサンは両手で顔を覆った。   *** 翌日。 桐生智也は、顔を真っ赤にしていた。 店から連絡を受けたのだ。倫子が受け取らなかったので、ジュエリーを引き取りに来て欲しいと。 こんな屈辱はない。 気の利いたサプライズのつもりだった。思いがけない贈り物に、倫子は涙を流して感激するだろうと思っていた。 それなのに、突き返してくるだと? 気に入らなくても、受け取るのが礼儀ではないのか。――そう考えて、智也は屈辱に震えた。 そもそも、結婚していた頃から倫子のことは気に食わなかった。 美琴に頼まれて、いたずらに参加しただけなのに、結婚させられた。 おどおどと自信なさげで、人を苛つかせるだけの存在だった。 そういえば、あいつに何か贈り物をしたことはあっただろうか。 あいつと結婚している間、美琴は愛人という立場だった。気の毒に思ったから、様々なものをプレゼントしてやった。 そのとき、倫子には? 何も思い出せない。 いや、何も買っていないはずがない。美琴のついでに、ランクを下げたものを贈ったのだろう。今は思い出せないだけだ。 妻に何一つ贈っていないなんて、甲斐

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   58.パリでの過ごし方

    「買ってやろうか。どれがいいんだ?」 朝倉倫子は桐生智也の挑発には乗らず、店員の方へ向き直った。「結構です。関係のない人に買ってもらう必要はありません」「可愛くないな」 智也が顔をしかめる。「そろそろ、絡むのはやめていただけますか」 イーサン・タンが二人の間に入った。 店員たちや周囲の客も、智也の振る舞いに眉をひそめている。「ムシュー・キリュウ。どうか節度ある振る舞いをお願いいたします」 店員が静かな声で告げた。「ふん。面白みのない女だな。メールの返信くらいしろよ」 智也の言葉に、倫子は尋ねるようにイーサンを見上げた。 智也からのメールはイーサンに転送するようにしていて、倫子は読んでいないのだ。 イーサンは小声で答える。「返事を必要とする内容ではありませんでした」「そう。よかったわ」 倫子はそれ以上、智也を気にしないことにした。 三人の様子を見ていた店員が、倫子たちを別室へ案内した。最終的に決めるためには、落ち着いた場所がいいだろうということらしい。 智也は、美琴へのジュエリーを選び終えたら、もう一度話しかけるつもりだった。「おい、待てよ」 慌てて手を伸ばしたが、店員がすかさず立ちはだかった。「お客様」 制止された智也は、舌打ちをした。   *** ホテルで着替えて、倫子は買ったばかりのネックレスとイヤリングを着ける。「確かに、服もアクセサリーも引き立て合っているわね」 自分の部屋を出て、隣のイーサンの部屋をノックした。「ドクター・リン。素敵ですよ」「も、もう。イーサンったら。……ありがとう」 ストレートな褒め言葉に照れながら、会場へ向かった。 パーティーは立食形式で行われた。 学会の出席者たちは食事を摘まみながら、自由に会話を楽しんだ。「ドクター・アサクラ。先ほどのお話は興味深かったです。神経の再建後、表情が戻るまでにはかなり時間がかかりますよね」「ええ。神経をつなげば終わり、というわけではありませんから。筋肉がどこまで反応できるか、リハビリをどう進めるかも重要です。そこは山本准教授が担当されていますけど」 倫子は功績を独り占めすることなく、他者の働きを認める。それが誠実に映り、一緒に仕事をしたいと思わせた。「培養した皮膚組織と神経再建を組み合わせる研究

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   57.パリで再会

     中井教授が、パリで開催される再生医療の国際学会に参加することになった。 手術を担当した医師として、朝倉倫子にも同行してほしいという。「勉強になりそうだし、行きたいわ」 倫子は、医療コーディネーターのイーサン・タンに相談した。「そう言うと思っていました。スケジュールを調整します」 イーサンは微笑んだ。   *** 国際学会には、世界各国から再生医療の研究者や臨床医が集まっていた。 会場では最新の研究成果が発表され、活発な質疑応答が続いている。 中井教授が壇上で研究内容を説明し、山本准教授と倫子は、専門的な質問への回答を担当した。「どきどきしましたね」 中井教授から次の発表者に代わり、倫子はほっとして手で胸を押さえた。「みんな真剣だからな。まあ、立場が逆なら根掘り葉掘り訊きたくなるよ」 山本准教授は軽く笑った。 全ての発表が終わると、各国の研究者たちが互いに意見を交わす時間となる。 発表者を中心に、いくつもの輪ができている。 倫子は中井教授の輪の中にいた。 倫子は執刀医として手術手技について質問を受け、山本准教授が術後の経過について補足する。 どんな質問にも落ち着いて答える倫子に、聴衆の関心が集まった。 話し合いの中で、自国の患者について倫子に相談したいという研究者もいた。 そばに控えていたイーサンがすっと近づき、国際医療グループを通じて相談や依頼を進める方法を説明していく。 医師になることを諦めなかったから、倫子はこの場にいるのだ。 手の神経を繋いでくれた五味医師とリハビリに付き合ってくれた三枝哲郎に、改めて感謝の気持ちが湧いてきた。 倫子は幸せを噛みしめた。   ***「さて。少し時間がありますから、ジュエリーショップに行きましょう」 学会の会場を出ると、イーサンが倫子を誘った。「どうして?」 倫子は首をかしげた。「デザイナーのジュンコから、できればもう少し映えるネックレスを合わせてほしいと言われています」「今のネックレスじゃ駄目なの?」 倫子は透き通った水色のアクアマリンのネックレスに手を当てた。癒やしの効果があり、旅のお守りになると言われている石だ。「駄目というわけではありません。ただ、せっかくの機会ですから、心惹かれるものが見つかるかもしれませんよ」 倫子は小さくため息をついた。「

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status