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60.疑惑のジュエリーケース

Author: 紡里
last update publish date: 2026-10-13 22:04:27

 飛行機の中で、イーサンが時計を見ながら朝倉倫子に尋ねた。

「六時間ほど時差がありますが、大丈夫ですか?」

「一日が長くなる感じよね。寝る時間で調節するわ。ともかく、無事に会議が終わってよかったわ」

 倫子は、ほっと息を吐いた。

 パリでの国際学会は、予想以上に実りの多いものになった。中井教授の発表は注目を集め、倫子自身も海外の研究者たちから声をかけられた。今後の共同研究につながる話もあり、忙しくなりそうだ。

 倫子たちには、大きな仕事を終えたという安堵感があった。

   ***

 一方、日本に帰国した智也のスーツケースには、厄介なものが残されていた。

 突き返されたジュエリー。

 智也は乱暴にベッドの上に投げた。

 会社の秘書にでもやるか。

 いや、駄目だ。渡した相手がそれを身につけているのを見たら、あのときの屈辱を思い出してしまう。

 それなら、母親のご機嫌取りにでも使うか。

 少し前に乳がんと診断されて、パニックになっていた。そろそろ落ち着いて、自分の入院準備を始めている頃だろう。見舞い代わりに贈ったら、喜ぶかもしれない。

 そんなことを考えながら、智也はスーツケースから洗濯物
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  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   60.疑惑のジュエリーケース

     飛行機の中で、イーサンが時計を見ながら朝倉倫子に尋ねた。「六時間ほど時差がありますが、大丈夫ですか?」「一日が長くなる感じよね。寝る時間で調節するわ。ともかく、無事に会議が終わってよかったわ」 倫子は、ほっと息を吐いた。 パリでの国際学会は、予想以上に実りの多いものになった。中井教授の発表は注目を集め、倫子自身も海外の研究者たちから声をかけられた。今後の共同研究につながる話もあり、忙しくなりそうだ。 倫子たちには、大きな仕事を終えたという安堵感があった。   *** 一方、日本に帰国した智也のスーツケースには、厄介なものが残されていた。 突き返されたジュエリー。 智也は乱暴にベッドの上に投げた。 会社の秘書にでもやるか。 いや、駄目だ。渡した相手がそれを身につけているのを見たら、あのときの屈辱を思い出してしまう。 それなら、母親のご機嫌取りにでも使うか。 少し前に乳がんと診断されて、パニックになっていた。そろそろ落ち着いて、自分の入院準備を始めている頃だろう。見舞い代わりに贈ったら、喜ぶかもしれない。 そんなことを考えながら、智也はスーツケースから洗濯物などを取り出していく。 倫子がいた頃はスーツケースごと任せることができたのに、と舌打ちしたくなった。仕分けして、家の中で元の場所に戻すもの、職場に持っていくものと整理してくれた。 当時は、当たり前だと思って、感謝することもなかった。 こんなことは、美琴には頼めない。 秘書を愛人にしてしまえば……そんなことが頭に浮かんでしまう。智也は首を振って、その考えを頭から追い出した。 疲れていた智也はあまり深く考えずに、ジュエリーケースを寝室のサイドテーブルの引き出しに入れた。 そのあと美琴と直也にお土産を渡して一仕事終えた智也は、突き返されたジュエリーのことをすっかり忘れてしまった。   *** 数日後。 美琴は寝室のサイドテーブルを開けて、箱を見つけた。 先日のパリ土産と同じブランドだ。一瞬、自分がこんなところにしまったのだろうかと、記憶を辿る。 記憶にはないと、美琴は首をかしげた。 手に取ると、箱のサイズが小さい。自分がもらったブレスレットではないようだ。 そっと開けると、水色の石がついたイヤリングが出てきた。 青系統は倫子を思い出させる。それに、ピアスではなくイヤ

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   59.遅すぎた贈り物

    「これ、どうすればいい? 私、受け取りたくないわ」 倫子はプレゼントをまるで汚い物のようにテーブルに置いた。 かつて結婚していたときでさえ、アクセサリーなどもらったことがない。今さら贈ってくるなんて、どういう神経をしているのだろう。「ジュエリーショップに連絡します。購入されたのはミスター・キリュウですから、店から本人に返してもらいましょう」 イーサンはジュエリーケースを見て、そう言った。「受け取り拒否ということでホテルから店に返してもらうか、購入した店舗に引き取りに来てもらうか……。最終的には、店からミスター・キリュウに連絡してもらうことになるでしょう。明日、対応しますので、もう、これのことは忘れてください」 イーサンの提案に、倫子はほっと息を吐いた。「そうしてくれる? こんなもの、持っていたくないわ」 倫子はジュエリーケースから目をそらした。「承知しました」 イーサンはそう答えると、鞄の中にジュエリーケースを入れた。「あ、お化粧を落として、シャワーを浴びなきゃ」 倫子はすぐに戻ると言って、イーサンの部屋を出て行った。「そのまま自分の部屋で寝たらいいのに……」 イーサンは両手で顔を覆った。   *** 翌日。 桐生智也は、顔を真っ赤にしていた。 店から連絡を受けたのだ。倫子が受け取らなかったので、ジュエリーを引き取りに来て欲しいと。 こんな屈辱はない。 気の利いたサプライズのつもりだった。思いがけない贈り物に、倫子は涙を流して感激するだろうと思っていた。 それなのに、突き返してくるだと? 気に入らなくても、受け取るのが礼儀ではないのか。――そう考えて、智也は屈辱に震えた。 そもそも、結婚していた頃から倫子のことは気に食わなかった。 美琴に頼まれて、いたずらに参加しただけなのに、結婚させられた。 おどおどと自信なさげで、人を苛つかせるだけの存在だった。 そういえば、あいつに何か贈り物をしたことはあっただろうか。 あいつと結婚している間、美琴は愛人という立場だった。気の毒に思ったから、様々なものをプレゼントしてやった。 そのとき、倫子には? 何も思い出せない。 いや、何も買っていないはずがない。美琴のついでに、ランクを下げたものを贈ったのだろう。今は思い出せないだけだ。 妻に何一つ贈っていないなんて、甲斐

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   58.パリでの過ごし方

    「買ってやろうか。どれがいいんだ?」 朝倉倫子は桐生智也の挑発には乗らず、店員の方へ向き直った。「結構です。関係のない人に買ってもらう必要はありません」「可愛くないな」 智也が顔をしかめる。「そろそろ、絡むのはやめていただけますか」 イーサン・タンが二人の間に入った。 店員たちや周囲の客も、智也の振る舞いに眉をひそめている。「ムシュー・キリュウ。どうか節度ある振る舞いをお願いいたします」 店員が静かな声で告げた。「ふん。面白みのない女だな。メールの返信くらいしろよ」 智也の言葉に、倫子は尋ねるようにイーサンを見上げた。 智也からのメールはイーサンに転送するようにしていて、倫子は読んでいないのだ。 イーサンは小声で答える。「返事を必要とする内容ではありませんでした」「そう。よかったわ」 倫子はそれ以上、智也を気にしないことにした。 三人の様子を見ていた店員が、倫子たちを別室へ案内した。最終的に決めるためには、落ち着いた場所がいいだろうということらしい。 智也は、美琴へのジュエリーを選び終えたら、もう一度話しかけるつもりだった。「おい、待てよ」 慌てて手を伸ばしたが、店員がすかさず立ちはだかった。「お客様」 制止された智也は、舌打ちをした。   *** ホテルで着替えて、倫子は買ったばかりのネックレスとイヤリングを着ける。「確かに、服もアクセサリーも引き立て合っているわね」 自分の部屋を出て、隣のイーサンの部屋をノックした。「ドクター・リン。素敵ですよ」「も、もう。イーサンったら。……ありがとう」 ストレートな褒め言葉に照れながら、会場へ向かった。 パーティーは立食形式で行われた。 学会の出席者たちは食事を摘まみながら、自由に会話を楽しんだ。「ドクター・アサクラ。先ほどのお話は興味深かったです。神経の再建後、表情が戻るまでにはかなり時間がかかりますよね」「ええ。神経をつなげば終わり、というわけではありませんから。筋肉がどこまで反応できるか、リハビリをどう進めるかも重要です。そこは山本准教授が担当されていますけど」 倫子は功績を独り占めすることなく、他者の働きを認める。それが誠実に映り、一緒に仕事をしたいと思わせた。「培養した皮膚組織と神経再建を組み合わせる研究

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   57.パリで再会

     中井教授が、パリで開催される再生医療の国際学会に参加することになった。 手術を担当した医師として、朝倉倫子にも同行してほしいという。「勉強になりそうだし、行きたいわ」 倫子は、医療コーディネーターのイーサン・タンに相談した。「そう言うと思っていました。スケジュールを調整します」 イーサンは微笑んだ。   *** 国際学会には、世界各国から再生医療の研究者や臨床医が集まっていた。 会場では最新の研究成果が発表され、活発な質疑応答が続いている。 中井教授が壇上で研究内容を説明し、山本准教授と倫子は、専門的な質問への回答を担当した。「どきどきしましたね」 中井教授から次の発表者に代わり、倫子はほっとして手で胸を押さえた。「みんな真剣だからな。まあ、立場が逆なら根掘り葉掘り訊きたくなるよ」 山本准教授は軽く笑った。 全ての発表が終わると、各国の研究者たちが互いに意見を交わす時間となる。 発表者を中心に、いくつもの輪ができている。 倫子は中井教授の輪の中にいた。 倫子は執刀医として手術手技について質問を受け、山本准教授が術後の経過について補足する。 どんな質問にも落ち着いて答える倫子に、聴衆の関心が集まった。 話し合いの中で、自国の患者について倫子に相談したいという研究者もいた。 そばに控えていたイーサンがすっと近づき、国際医療グループを通じて相談や依頼を進める方法を説明していく。 医師になることを諦めなかったから、倫子はこの場にいるのだ。 手の神経を繋いでくれた五味医師とリハビリに付き合ってくれた三枝哲郎に、改めて感謝の気持ちが湧いてきた。 倫子は幸せを噛みしめた。   ***「さて。少し時間がありますから、ジュエリーショップに行きましょう」 学会の会場を出ると、イーサンが倫子を誘った。「どうして?」 倫子は首をかしげた。「デザイナーのジュンコから、できればもう少し映えるネックレスを合わせてほしいと言われています」「今のネックレスじゃ駄目なの?」 倫子は透き通った水色のアクアマリンのネックレスに手を当てた。癒やしの効果があり、旅のお守りになると言われている石だ。「駄目というわけではありません。ただ、せっかくの機会ですから、心惹かれるものが見つかるかもしれませんよ」 倫子は小さくため息をついた。「

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   56.桐生家の波乱

     桐生智也は実家に呼び出された。「ああ、どうしましょう。私が乳がんだなんて……」 母親が嘆いている。「母さん、落ち着いて。手術できるんだろう?」「あなたの知り合いで一番腕のいい医師を手配してよ」 母は軽くパニック状態になっていて、キンキンと甲高い声で喚いた。 がんと告知されたらショックだろうが、手術して治療できるのだから、すればいいのだろう。 智也はそう軽く考えて、寄り添おうとは思わなかった。それよりも、問題は――「医療関係の人たちとは、最近ちょっと……」 朝倉倫子が帰国したときのパーティーで、今までと同じように話しかけた。それなのに変な対応をされたから、厳しく言い返してやった。 現在の妻の美琴がいたから、元妻に舐められたらいけないという思いもあった。 どうも、その時の言い方がまずかったらしい。医療関係者から、少し距離を置かれている気がする。 あれは、医療関係者の親睦を深めるこのパーティーだった。 主催側の責任者は、藤堂という男だ。彼は医療、製薬など幅広い分野で国内に大きな影響力を持つグループの理事をしている。 その彼に、倫子の邪魔をするなと睨まれた。 頼りにしていた医学会の副会長は、自分も彼に睨まれたら堪らないと言い出した。「次の会長になれなかったら困る」と、逃げ腰になった。 医学会の副会長ということで、大きな口を叩いていた。だが、よく聞いたら、医学会はいくつもの専門に分かれているので、その中の一つの副会長には、それほど権力はないらしい。 医学界ではなく、医学会ということに気がつかなかった。 副会長が「自分に言えば、何でも解決してやる」と豪語するから、心強いと思っていたのに。 忌々しい記憶を脇に置いて、智也は意識を母親に向けた。「母さんが不安なのはわかるよ。まずは、今の主治医に相談して、納得いかなかったら転院を考えよう。それでいいね?」「ああ、智也。頼りになるのはあなただけよ」 母は智也の腕を掴んで、泣き出した。「そんなことないよ。父さんだっているだろ」「あんな人! 入院する前に家事代行の手配はしておけよ、ですって」 父がIT分野で起業し、事業を拡大するために資産家の娘と結婚した。 それが智也の母だ。お嬢様気質で、家政を取り仕切ることができなかった。 父

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   55.特別扱い

     朝倉倫子は自分が特別扱いされていることに気がついた。 日本では、患者とのトラブルを医師が自分で解決しなければならない。それで疲弊してしまう医師も多い。 この病院でも、多くの医師たちはそうだ。 その場で、あるいは当日中に上司や警備担当者を呼んで状況を鎮静化するようになっている。けれど、それでも、最初に患者と向き合うのは医師だった。 それを、倫子の場合は、医療コーディネーターのイーサン・タンが代わりに引き受けてくれるのだ。 イーサンは一度スタッフルームに戻ってきたが、また呼び出しを受けて出ていった。警備員が女性から聞いたことの事実確認をしたいらしい。 それからしばらく、イーサンは戻ってこなかった。 倫子はなんとか意識を論文に向けたが、予定より読み進められないうちに勤務時間が終わった。 だが倫子は、イーサンが戻ってくるのを待っている。 昼間に病院に怒鳴り込みに来た女性の動向がわからないからだ。もしかしたら、話し合いの末に解放されているかもしれない。 説教されて大人しくなったならいいが、逆恨みを募らせ、倫子が襲われたら困る。「何もしないで待っているなら、メイクのチェックをしましょうか」 看護師のクララ・リムが、そう言って付き合ってくれた。「普段なら、待っている間に仕事を片付けるんだけど。気になって、それどころじゃなくて」 倫子は、そんな言い訳をした。「眉山はもう少し、外側の方がいいですね。眉尻ももう少し伸ばした方が大人っぽいです」 片方の眉毛だけを描き直される。鏡で見ると、左右でずいぶんと顔の印象が違う。「まだまだね」 倫子はため息を吐いた。「いえ、上達していますよ。まずは、続けて習慣にするのが大事ですからね」「私はこんなにのんびりしていていいのかしら。イーサンに面倒なことをやらせてしまって……」 倫子は、ちらりと扉の方に視線を向けた。「罪悪感ですか? でも、彼はそれが仕事

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