LOGINパーティーが行われるホテルの前に、一台の黒い車が滑り込んだ。
助手席から、ミッドナイトブルーのスーツを着た長身の男が降りてきた。
周囲を素早く確認してから、後部座席のドアを開ける。
「どうぞ。ドクター・リン」
朝倉倫子は、差し出された手を借りて車を降りた。
白を基調としたシンプルなドレスで、サイドには縦にターコイズブルーの太いラインが走っている。
スタイルの良さを強調するデザインだ。
その姿を見かけた桐生智也は、思わず足を止めた。
「……倫子?」
六年前に離婚した元妻。
顔立ちは似ている。背格好も。
しかし、倫子は田舎から出て来た苦学生で、洗練された立ち居振る舞いとは無縁だった。
本人なら、右手の甲に傷があるはずだ。
女性の手元に目をやると、手袋をしている。
隣にいる桐生美琴も、倫子の顔を凝視している。
倫子は立ち尽くす二人の前を通り過ぎようとした。
「ちょっと待ちなさいよ」
美琴は倫子に手を伸ばそうとする。すかさずイーサンがその手をたたき落とした。
「この方に何か?」
「いえ、知人に似ていたものですから」
美琴はイーサンの精悍な顔に一瞬怯んだが、負けずに答えた。
「我々は急いでいますので、失礼」
イーサンは倫子を庇うように、美琴たちに背を向けた。
まるで相手にされていない屈辱に、智也と美琴は苛立ちを隠せなかった。
智也たちがエレベーターで会場へ向かうと、受付の前にいるイーサンたちが見えた。
「あなたたち、こんなところで何をしているのかしら?」
美琴が声を上げた。
倫子が振り返る。
「……何のご用でしょう」
ようやく向けられた視線は、驚くほど冷たかった。
「ここ、誰でも入れる場所じゃないんだけど?」
周囲にいた招待客がこちらを見る。
「医学界の重鎮ばかりが集まるパーティーよ。医学部を卒業していない人間がいていい場所じゃないわ。あなた倫子でしょ?」
倫子は返事をしなかった。
美琴はイーサンが取り出した招待状に目を向けた。
「その招待状、本物かどうか、きちんと確認した方がいいですよ」
周囲の視線が、倫子へ集中する。
「この人、昔からそういうことをするのよ」
美琴は声を大きくした。
「智也に取り入って、私から妻の座を奪った女なんですから」
「美琴……」
智也が止めようとした。
だが、美琴は止まらない。
「あなたたち、騙されないで。大した経歴もないのに、さも自分が特別な人間みたいな顔をして――」
そのときだった。
「桐生美琴先生。大きな声を出されて、どうされたのですか?」
パーティーの主催側のスタッフらしき男性が足早に近づいてきた。
その彼は、倫子の姿を見た瞬間――態度を一変させた。
「朝倉先生でしょうか」
倫子が肯定すると、深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました」
美琴の笑顔が凍りついた。
「……先生?」
「主催者の皆様も、朝倉先生のご到着を楽しみにしておられます。どうぞ、こちらへ」
「ありがとう」
倫子はそう答え、美琴を見ることもなく歩き出す。
「何なの。どういうことよ!」
美琴が叫んだ。
スタッフはイーサンが倫子をエスコートするのを確認してから、美琴の方へ振り返った。
「桐生様。これ以上、朝倉先生について根拠のない発言をなさるのは、お控えください」
「あなた、ずいぶん偉そうね?」
「朝倉先生は、本日の特別招待客です」
「特別……?」
美琴の顔色が変わった。
「ご案内まで、少々お待ちください」
「は?」
「招待ランクの順にご案内していますので」
美琴は言葉を失った。
自分は医療法人白徳会の理事長の娘だ。
医学界では、それなりの扱いを受けてきた。
それなのに、医学部を中退したはずの女が――自分より上の扱いを受けている。
直前になって叔父から招待状を譲り受けたから、ランクが低いのは仕方ないとはいえ……。
美琴は唇を噛んだ。
ようやく会場へ入ることを許されると、智也は美琴を置き去りにして、倫子の姿を探した。
そして、会場の奥で見つける。
「……何だ、あれ」
倫子は一般の招待客とは離れた席にいた。
そのテーブルには、医学界の重鎮たちが集まっている。
倫子は穏やかに笑っていた。
「……六年前には、何の肩書きもなかったくせに」
智也の胸に奇妙な焦りが生まれた。
智也は、人の波をかき分けて倫子へ近づいた。
「倫子」
名前を呼ぶ。
倫子が振り返る。
「……なんですか、桐生さん」
その呼び方に、智也は一瞬言葉を失った。
「少し、二人で話せないか」
「お断りします」
「子どもも……直也もずっと母親を待っている」
倫子の表情が、わずかに曇った。
「その子の母親は、美琴さんでしょう」
「違う。お前だって、あの子の母親だ」
「都合のいい時だけ、そう呼ばないで」
倫子の声は静かだった。
「十一年前、私はあなたたちに利用されたわ」
「何の話だ?」
「美琴さんが妊娠していたこと。あなたと美琴さんの関係を隠すために、私が利用されたことよ」
智也の顔が強張る。
「あなたの家族も、知っていたのでしょう」
「待て。俺は詳しいことまでは知らなかった。
美琴が何か言ったとしても、俺は……君が納得しているものだと思っていた」
智也は慌てて否定した。
「全部、美琴が勝手にやったことだ!」
その言葉に、倫子の目から完全に温度が消えた。
「だから何?」
「いろいろと誤解があって、君に冷たい態度を取った。それを償わせてほしい」
智也は身を乗り出す。
「俺には人脈がある。医学界にだって。お前が医者になりたいなら、今からでも手伝ってやる」
倫子は、くすりと笑った。
「もう医師免許は持っているわ。ここにいる方々以上のご縁って、あるのかしら」
智也は、そのテーブルにいた人々からの冷たい視線にたじろいだ。
「とにかく、話を聞いてくれ。こっちに来い」
「せっかくの交流の時間を邪魔しないで」
倫子はもう智也の顔を見ようとしなかった。
智也は焦って、倫子の腕へ手を伸ばした。
「調子に乗るなよ、倫子――」
智也の手首を、別の手が掴んだ。
「その方に触れないでください」
低い声。
そこには、空港で倫子の隣にいた男が立っていた。胸元には、ターコイズブルーのポケットチーフ。
智也の表情が歪む。
「……お前」
「皆さまがお困りですよ」
空港からパーティーまで、倫子のそばにはいつもこの男がいる。
智也の胸に、結婚している間には一度も感じたことのない感情が湧き上がった。
「お前は、倫子の愛人なのか?」
桐生美琴は、病院の院長室に呼びつけられた。そこには父親の白木総一郎もいる。「朝倉医師と連絡は取れたのか? まだ日本にいるんだろうな」 院長を押しのけて、理事長の総一郎がその場を仕切る。「倫子はSNSをやっていないから、同行を追いづらいのよ」 美琴は院長をちらりと見ただけで、遠慮なくソファに座った。「国際医療グループに問い合わせても、手術の依頼を受け付けても医師の指名はできないと突っぱねられてしまう。そうなんだろ?」 総一郎にジロリと睨みつけられ、院長の声は妙に甲高くなった。「は、はい。そうなんです」 総一郎は不機嫌なまま、今度は美琴を責めた。「どうして西園寺の手術が成功する前に、つなぎを取っておかなかったのだ」「それよりも、パク・ミンジェと繋がった方が良くない?」 美琴は別の提案をした。「同じように活躍していても、頻繁に日本に来る医師でなければ意味がないだろう。出張依頼になる分、値も張ってしまう。 それに、昔からの知り合いということで、便宜を図ってもらうこともできないではないか」 総一郎は、娘の浅知恵を鼻で笑った。「お父様。私と倫子は、前妻と現妻なのよ。普通に考えて、仲良くできるわけないじゃない」 親子の会話を聞いていた院長が、珈琲を吹き出しそうになった。「できないのなら、最初から言え! そうしたら、別の者を動かしたのに。本当に駄目な奴だな。仕方ない、智也君に連絡を取らせるか」「お父様! 『再生の魔術師』が誰かわからなかったんだから、後手に回るのも仕方ないでしょう」 「わかった時点で相談せず、情報を抱え込みおって。他にいい手があるのか?」 総一郎は、あるなら言ってみろと言わんばかりに、顎をしゃくって見せた。「……彼女から離婚を言い出したのよ。きっと智也のことを恨んでいるわ」「男女の仲は複雑なんだ。別れた時点できっぱり縁を切る者もいるが、情に溺れてずるずると関係を持ってしまう者もいる」「……」 それこそが、美琴が認めたくない可能性だった。 化粧をしてまあまあ見られるようになった倫子を、智也が気に入ってしまったらどうする? 倫子が、奪われた男を奪い返しにくるかもしれない。 薄々感じていたが、直也も以前のように美琴を慕ってこない。どこか、倫子と比べられている気がするのだ。
空港でスーツケースを受け取り、タクシー乗り場へ向かった。 日本で着ていたコートは腕にかけ、ただの荷物になっている。 朝倉倫子はコンドミニアムのドアを開けた。その途端、むわっとした熱気が押し寄せてきた。「……暑い」 日本は冬の終わりかけでまだ寒かったというのに、こちらはもう夏のようだ。「掃除を頼んでおかなかったのですか?」 埃っぽく少しカビ臭い空気に、一緒にいたイーサン・タンが眉をひそめた。「自分がいない部屋に人を入れるのに、抵抗があって……」「そうですか?」 こういうところに、育った文化の違いを感じる。 一か月閉め切っていたせいか、空気だけが少し重い。 エアコンを入れる。 冷たい風が吹き出したところで、ふっと肩の力が抜けた。「明日は普通に出勤すればいいのよね?」「はい。今日はゆっくり休んでください」 イーサンが去ると、エアコンの音が耳についた。 ここ一か月ほど、人といる時間が長かった。 一人の気楽さと共に、少しだけ寂しく思う。 倫子にとって家庭とは、温かく、自分の味方になってくれる場所だ。父と母のような家庭を、いつか作りたいと思っていた。 だが結婚して桐生家に入ると、家の役に立てという空気でピリピリしていた。 流産したときは倫子以外誰も驚かなかった。結婚する前は、「ぜひ産んでくれ、そのためには入籍しないと」と言っていたのに。 その後、智也がどこからか連れてきた直也を実子として届けさせられた。 今思い返すと、あの家はおかしい。 一人の寂しさはあるが、あの家から脱出できたことがとても幸せなことだと、改めて思った。 *** 朝の七時半には、倫子は形成外科のスタッフオフィスにいた。「お土産をパントリーに置いておいたから、食べてね」「センベイだ」 個包装の袋を開け、さっそくパリッと食べる音がする。「日本で手術してきたんでしょ。ドクター・ナカイの自家培養表皮はどうだった?」 もう一人の医師が質問してきた。「すごいクオリティだったわ。生着が早いみたい。自家培養表皮のせいか、患者の体質のせいか、気になるところね」 倫子は少し興奮気味に話した。「マレーシアのパク・ミンジェと一緒に執刀したんだって? 彼はどうだった?」 同じ国際医療グループだが、勤務地が異なるのだ。パクも注目株の一人だった。
朝倉倫子は故郷から東京へ戻った。 まずは大学病院で、西園寺澄子の予後を確認する。彼女は食事もしっかり取れるようになっていた。「いい感じね」 倫子がそう言うと、山本准教授が嬉しそうにうなずいた。「医者の指示をよく聞いてくれる、いい患者さんです」「早く、良くなりたいですから」 澄子はゆっくり、口をあまり動かさないようにしゃべった。 病室を出ると、山本准教授は改まって言った。「とても見事なオペだったと、蒲田から聞きました。今回私は主治医として全体を見ていましたが、次はぜひ、ご一緒したいと思っています。 中井教授も、また新たな可能性が見えてきたとおっしゃっていましたよ」「光栄です」 倫子はにこやかに応じた。 そんな挨拶を交わしていると、イーサンがスマートフォンを操作しながら口を挟んだ。「マスコミの取材希望が、こんなに来ています。主治医は山本准教授だと返していいですか?」「大半が『再生の魔術師』か『美人女医』を取材したいんじゃないですかね。本当に医学の話を聞きたい人は、引き受けますよ」 山本准教授がそう請け負ってくれたところで、倫子たちはホテルに帰ることにした。 ホテルの上層階にあるティールームで一休みする。「一度、記者発表をしたから、必要がなければ私は前面に出なくていいわよね」「そうですね。軽々しく露出を増やして、桐生美琴と『美人女医』の称号を争い、安っぽくなったら困ります」「それは絶対に嫌だわ。今まで以上に難癖を付けられるわよ」 倫子は即答した。 少し前までは美人と言われるのに抵抗があったが、プロにメイクしてもらうとそれなりに見られると認識を新たにした。「美琴はバイタリティがすごいと思うわ。私は、あんなにエネルギッシュに活動できないもの」 倫子はこってりしたベイクドチーズケーキをフォークで口に運んだ。「ドクター・リンは、仕事に全精力を傾けていますからね」 イーサンは珈琲を飲みながら、笑っている。「……医学以外のことにも力を注いでいるのに『天才』と呼ばれるんだから、美琴はすごいわね」 どうしても、美琴に負けたという記憶が倫子を弱気にさせる。 おしゃれをして、デートをして、それをSNSに投稿して、取材を受けて……。倫子にはとても真似できない。「SNSで見
「倫子、病院に来てたんだってな。リハビリルームまで会いに来てくれればよかったのに」 三枝哲郎が、仕事帰りに朝倉家に来て、そう言った。「……哲郎はどうせ家に来ると思ったから」 朝倉倫子は、少し素っ気なく答える。「来るけどさ。冷たいなぁ」 哲郎は笑いながら、温かい室内で曇った眼鏡を拭いた。 病院長から哲郎がいろいろと手を回してくれていたと聞いて、倫子はどんな顔をすればいいのかわからなくなったのだ。「皆揃ったなら、ご飯にするわよ」 母の声がして、みんなで居間に移動した。懐かしい家庭料理が並んでいる。「お母さん。明日、お父さんのお墓参りに行ってくるわ」「もう、急に言うんだから。明日はシフトが入っているから休めないわよ」「一人で行けるわよ。お墓の場所を忘れたりしなし、大丈夫よ」「そういうことじゃないでしょ。一匹狼な体質は相変わらずね」 母との言い合いに倫子は顔をしかめながらも、心の中は弾んでいた。「明日だったら、俺が付き合うよ」「哲郎だって、患者さんとの予定があるでしょう」「いや、元々休む予定だったんだ」「何か用があるからでしょ?」 倫子は煮浸しを箸で摘まんだ。「……倫子が来てるから。お土産を買うとか、手伝ってやろうと思ってさ」「まあまあ。哲郎君ありがとうね。ほら、倫子お礼は?」「お母さん、ご厚意に甘えすぎ。図々しいよ」「遠慮して断る方が失礼なこともあるでしょ。ねぇ?」 そんな光景をイーサン・タンは微笑ましく眺めていた。 翌日、本当に哲郎がやって来た。「ふむ。まあまあ、かな」 倫子の顔を見ながら、哲郎はそう言った。「何が?」「寝不足チェック」 哲郎が自分の目の下を指でトンと叩く。「隈ができてるかってこと?」「哲郎さん、ファンデーションの威力ですよ」 イーサンが横から告げ口をする。 そんな二人のやり取りを眺めながら、家の中が賑やかなのはいいなと改めて思った。 哲郎に車を出してもらい、お寺へ向かう。 代々の墓石を掃除した。母がまめに来ているのか、土埃を拭うくらいですぐ終わる。花立てに花を挿し、線香に火をつけて静かに手を合わせた。 心の中で、海外に渡ってからのことを父とご先祖様に報告した。 線香の煙が空に昇っていく。そんな中で、イーサンが言った。「ドク
朝倉倫子は、研修医時代に最初の一年間を過ごした病院に挨拶に来た。「病院長、その節はお世話になりました」「朝倉君の活躍は聞いている。医師を続けていることが、なにより嬉しいよ」 初老の病院長は、にこやかに席を勧める。「こちら、オーレリア・メディカル・グループのイーサン・タンです」「秘書業務をしておりますので、手術依頼などは私の方へご連絡ください」 イーサンが名刺を差し出した。「朝倉君は人が好いから、こういう窓口になってくれる人がいるなら安心だ」 病院長は、まるで孫の心配をするような口調で言った。「作業療法士の三枝君とは結婚しないのかね?」「そのような関係ではないですよ」 倫子は軽く受け流した。こういう質問には、もう慣れた。「だが、今も仲がいいのだろう?」「三枝君は面倒見がいいですから……」 倫子の言葉を、病院長は遮った。「いや、彼は患者にはフレンドリーだが、基本的に人付き合いは悪い方だろ。仕事が終わったらすぐに帰って、ゲームをやっているそうじゃないか」「高校時代もそうでした。……そういえば女子生徒とは距離があったかもしれません」 華やかで中心になるグループでなければ、そんなものだろうと思うが。「お節介を一つ焼こうか」 病院長が、意味ありげに倫子を見る。「もう七年ほど前になるか。朝倉君が専業主婦をやっている頃に、手の再手術をやっただろう?」「はい。突然の話でしたが……あれから人生が好転したんだと思っています」 倫子は右手の手術痕をそっと撫でた。「執刀した五味常子先生は、そちらの国際医療グループの医師だ。そうだな?」「はい。ドクター・ツネコの強い希望で、日本の病院へ派遣しました」 イーサンが肯定した。「最初に手術をしてくれた医師から連絡があって、最新の術式を受けてみないかと……。まだ成功率が低い手術で、症例を集めたいと――」 倫子は話の流れが読めず、戸惑っていた。「ああ、ずいぶん脅されたんだね。数少ない成功例が、ドクター・ツネコのオペだった。 五味家は、三枝の本家筋だ。三枝君が、親戚の五味医師に頼み込んで手を回した。彼は自分からは言わないだろうが、知っておいてほしい」 病院長が、さらりと言った。「……どうして?」 それが倫子の正直な気持ちだった。 三枝哲郎は高校時代の同
桐生智也と白木美琴は、大学のゴルフサークルで出会った。いくつかの大学が合同で行った合宿だ。 二人とも目立つ容姿をしていて、当然のように異性に囲まれた。 夜は飲み会で親睦を深める。 智也は飲み会を抜けて、合宿をしているホテルの中庭へ出た。整えられた生け垣がライトアップされている。「あら桐生さん。休憩ですか?」「人に囲まれるのも疲れるよ。白木さんも避難してきたんだ?」「ええ。楽しいけれど……あまり飲まされると危ないでしょ」 女の子を酔い潰して不埒なことをする男が、いるかもしれない。「へえ。意外としっかりしてるんだ」「意外とって、失礼ね」 クスクスと二人は笑った。「私、ゴルフが好きなわけじゃないの。接待に必要だから覚えておけと父に言われただけ」「俺も似たようなものだよ。男の場合は遊び慣れているというのも、ステータスになるってさ。父が初代社長だから、二代目のプレッシャーがのしかかる」 智也はおどけて、首をすくめた。「私は代々医者の家系なの。他の選択肢は許されない……」 美琴は儚げに微笑んだ。「お互い、大変だよな」 そんな弱音を吐いたのが、きっかけだった。 当時、智也は大学の三年生だった。 卒業後すぐに父親の会社に入るか、その前に他の会社で経験を積むべきかで悩んでいた。 そんな話を美琴は、真剣に聞いてくれた。心の優しい子なんだと感動した。 それから二人は付き合い始めた。 卒業後、智也は父の会社に入ることにした。 三年が経ち、仕事に余裕が出てきた頃だった。「どうしよう。首席で卒業しないといけないのに」 涙ぐむ美琴を助けたいと思った。 彼女は医学部五年生で二十三歳。智也は二十五歳。「首席じゃなくても、医師免許を取るだけで立派なことじゃないか。俺は美琴を誇らしいと思うよ」 智也はそう慰めた。「それだけじゃ駄目なのよ」 泣いていた美琴の目が、怪しく光った。「その子が、いなくなるだけでいいの。一生のお願いよ。協力して」 美琴を脅かしているのは、朝倉倫子という奨学生だという。 その女と一夜を共にしてくれ、と頼まれた。恋人にそんなことを頼まれ、ショックだった。「今どき、男と寝たってだけで退学にはならないだろう」「大丈夫よ。周りが騒げばいいの。気が弱いから、きっ







