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6.新生活

last update publish date: 2025-12-29 19:03:59

遥side

玄関を開けると眩しい朝の光が差し込んできた。その光を感じながら、私は最後にもう一度だけ家の中を見渡す。私も住んでいたはずの場所なのに、自分には関係ないどこか遠い世界のもののように感じられ不思議な気分だった。

キャリーケースの車輪の転がる音が、私と過去を切り離す合図のように響いている。バッグの奥から、ずっと大事にしていた銀色のペンダントを取り出すと、陽光を受けて細い鎖が小さく輝いた。首にかけた瞬間、スマートフォンが岡田からの着信を告げ、激しく震えた。

「住吉家から今月のお金がまだ振り込まれてないぞ!何をしてるんだ!」

耳が痛くなるほどの怒鳴り声に、私は深く息を吸い込んで答えた。

「……もうお金は渡せません。奏多さんとは離婚して、もう住吉家とは何の関わりもなくなりました。」

「はあ?何だって。お前、捨てられたのか?なんてことしてくれるんだ」

岡田の声が一段と甲高くなる。

「離婚だろうが何だろうが関係ねえ!金は毎月きっちり振り込んでもらうからな!」

全身に染みついた長年の恐怖が一瞬で蘇る。私は胸元のペンダントを強く握りしめた。

(――もうこの人に縛られる人生は嫌だ。)

「もう十分払いました。もし今後も連絡をしてくるようなら、西村家に今までのことを全て話します。」

「この恩知らずが! 誰が育ててやったと思ってる!」

「……ええ、育ててもらいました。その代わり、私の給料も全部あなたの懐に入れていましたよね?結婚してからも二年間で三千万円振り込んでいる。十分に恩は返しているはずです」

岡田が叫ぶ声が聞こえてきたが、通話を切り番号を即座にブロックした。

震える指先とは裏腹に、心の中は不思議なほど静かで穏やかだった。見知らぬ街の通りを歩きながら空を見上げると、新しい生活を祝福するかのようにまぶしい太陽の光が顔に降り注いでいる。

結婚後に岡田に渡していたお金とは別に、自分の口座に貯めていたお金でマンションを買い、住吉家とは全く縁のない街で新しい生活をスタートすることにした。

まだ荷物のないこの部屋は、殺風景で真っ白だ。この余白をこれから自分で作り上げていくかと思うと少しだけ胸が弾む。奏多と住んでいた家のような広さや豪華さはないが、誰の顔色を伺うこともしなくていい生活に私の心は満たされていた。

日用品を買いに行こうと外に出ると、真昼の日差しが容赦なく私に突き刺さってくる。くらくらする暑さの中、目の前の信号が青になり一歩踏み出した瞬間――腹部に激痛が走った。

「っ……あ、ああ……!」

崩れるように膝をつき、その場に倒れこんだ。呼吸が乱れ、冷たい汗が背中を伝い落ちる。

意識が遠のく中で、腹の奥で小さな命が動いた気がした。

(――大丈夫。ママ、がんばるからね……)

そう心の中で呟いた瞬間、周囲の悲鳴が聞こえてきた。顔を上げた私の目の前に飛び込んできたのは、信号無視をして猛スピードで暴走する車。逃げなきゃと頭では分かっているのに、お腹の痛みと恐怖で足がすくんで動かない。

絶望の中、私は本能的にお腹を庇い、目をぎゅっと閉じた。

(ごめんね、赤ちゃん……)

キキキキィ―――――――ガシャン 

次の瞬間、地鳴りのようなブレーキ音と何かがぶつかったような激しい音が鳴り響いた。不思議と身体の痛みはなく、焦げたゴムの匂いがしている。恐る恐る目を開けると、一台の黒いマセラティが私の目の前に停まっていた。その車が、私を守るように暴走車にぶつかり、ボディが大きく凹んでいる。

ギィ……とドアが開く音と共に逆光の中から、長身で整った顔の黒いスーツを着た男が歩み寄ってきた。男の冷たい瞳には、焦りと安堵が入り混じっているようだった。

「……大丈夫か?」

低く響くその声は、不思議なほど心に残る音色だった。助けてくれたお礼を言おうとすると視界がぐらりと揺れる。視界の奥に奏多の乗っている車と同じものが映った気がしたが、私はそのまま意識を失ってしまった。

――――次に目を覚ましたとき、私は天蓋付きのベッドの上にいた。

雲のように柔らかな感触と天井からは光を散らすクリスタルのシャンデリアにホワイトムスクの香りが部屋中に漂い、手の甲に点滴がされている。

「目が覚めた?」

静かな声が隣から響く。顔を向けると、さっきの男性がソファから立ち上がりこちらへ歩いてきた。

「ここは……どこ? それに……私の子どもは?」

私は反射的にお腹を押さえると、彼はすぐに首を横に振り、穏やかな声で言った。

「ここは僕のプライベート病院だ。心配しなくていい。子どもも無事だ。」

「……あなたは誰?」

私が尋ねると、男は愛おしそうに優しい眼差しを私にむけて、ゆっくりと口を開いた。

「僕は東宮グループの社長の東宮俊。そして、君の兄だ」

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Comments (1)
goodnovel comment avatar
無料分しか読んでませんが、奏多が仕組まれたと思っている結婚のきっかけとなった一夜が実際にはどうして起こったのかが早く知りたいです。
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