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第二十二話

last update Huling Na-update: 2025-07-14 09:17:24

※※※

なんとか冷静を装えたか?

俺は弥生の家の玄関を閉じると、大きく息を吐いた。

一緒に住んでいたときも、もちろんずっと弥生に対して触れたいと思ったことはあったが、まったく弥生が俺のことを男として見ていなかったからか、そんな空気になることはなかった。

いつも屈託なく笑い、友達の域を超えることがなかったから、俺も普通でいられた。

でも……。

なんだよ、アレ。反則だろ。

真っ赤に頬を染め、照れたように視線を彷徨わせる弥生に、俺は暴走するのを止めるのがやっとだった。

ただでさえ、酒の勢いから結婚して一緒に住み、離婚したと思ったら、好きだとか言われて。

弥生の中はパニックだろう。

それでも俺との付き合いを了承してくれた。

それだけで今は十分だ。

宗次郎のことは好きじゃない。そう言ってくれた弥生。

それだけで、この一緒に住んだ一年は無駄じゃなかったのかもしれない。

そんなことを考えながら、俺はタクシーを拾える大通りまで、冷静さを取り戻す努力をしつつ歩き始めた。

タクシーに乗り、ぼんやりと夜景に視線を向けていたつもりだが、窓ガラスに映った自分がにやけている。

慌てて表情を戻すと、誰も見ていないのにコホンと咳払いをして表情を引き締めた。

弥生を好きだと自覚したのはいつだろう?

なんとなく宗次郎、佐和子と四人で遊ぶようになり、弥生が宗次郎を見ていることが多いなと思ったのがきっかけかもしれない。

佐和子はそのころ、完全に宗次郎への気持ちがまるわかりだったが、弥生は控えめだがなんとなく感じるものがあった。

それに、教育係だったこともあり、宗次郎と弥生は本当に仲が良かった。

俺といるより、宗次郎とたくさん話す印象があった。

それが面白くなくて、「俺をもっと見ろ」。

そんな独占欲を初めて持ったとき、初恋を知った。

申し訳ないが、昔から向こうから告白され、なんとなく付き合う――それを繰り返してきた俺は、自分から好きになったことがなかった。

『今、俺じゃなくてよかったって思っただろ』

思えば初対面で弥生に言った言葉。

自分でも気づいていなかったが、あのとき好意を持っていたのかもしれない。

気づいてからもアプローチの仕方などわからないし、好きな子をいじめてしまう。

そんな低次元な自分に嫌気がさした。

そんな俺を好きになるわけがない。

そう思い、宗次郎に好意のある女の子に声すらかけたことがあっ
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