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第20話

Auteur: 桜夏
ただソーシャルアプリを開いただけなのに、上から二番目のトーク履歴に表示された時刻を見た瞬間、翘げていた美月の口元がすっと平らに戻った。

彼女の顔はみるみる冷たくなっていく。

――午後五時五十七分。

それは、蓮司がレストランに向かう途中の時間だった。

トーク画面を開いてみると、以前のやり取りはすべて消されており、残っているのは蓮司が送ったたった二通のメッセージ。

【電話してきたのは、俺に何をさせたかった?】

【いらない】

次に美月は通話履歴を開いた。最初に表示されたのは透子からのもので、やはり蓮司が発信していた。通話時間は二分間。

――その二分間、いったい何を話していたのか。

考える暇もなく、扉の方から足音が聞こえてきて、美月はハッと我に返った。すぐに画面を閉じ、スリープボタンを押し、元の位置にスマホを戻した。

個室の扉が開き、蓮司が戻ってきた。

「スマホ、忘れてた」

そう言う蓮司に、美月はにこっと微笑んで、自らスマホを手渡した。

だが蓮司が再び外へ出た瞬間、彼女の顔からは笑みがすっと消え、目には憎しみと妬みが浮かんでいた。

「トイレ行くだけで、わざわざ戻ってスマホ取りに来る?……そんなに私に見られるのが怖かったわけ?」

女の勘は鋭い。

蓮司は――やっぱり透子に心を奪われてる。

そういえば、数日前に離婚を拒否された時も、理由は「彼女を苦しめたい」なんて言ってたけど……本音は離れたくないだけ。

思い出すだけで唇を強く噛みしめ、手のひらをギュッと握った。爪が食い込んで、じわりと痛みが走る。

廊下を歩きながら、蓮司はスマホを手に、透子とのトーク画面をじっと見つめていた。

たった四文字の返信――それだけなのに、何度見てもムカついて仕方がない。

数十秒悩んで打ち込んだ文字も、結局すべて削除。

そして気を変えて、アシスタントにメッセージを送る。

返信はすぐに返ってきた。

それを見て、蓮司は無言で唇を引き結んだ。

――なんだ、金が足りないんじゃなくて、保険証忘れただけか。

……でも、それも結局「金が足りない」ってことだろ?保険なしで払えなかったんだから。

そう思いながら、指が送金画面をタップする。

金額を10万にして、次に20万に変え、さらに60万に変更して……最終的に、
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