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第618話
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離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた 第618話
先頭に立つ男が言った。「社長、旦那様からのご命令です。勝手な行動はお控えください」その言葉を聞き、蓮司は顔を向けた。大輔は気まずそうに視線を逸らし、おずおずと言った。「……これも社長のためを思ってのことです。今、頭に血が上っておられますから、過激な行動に出かねません。橘社長もただ者ではありませんし、確たる証拠を掴んでからにしましょう」それに、彼が口にしなかったことがある。たとえ最終的に美月の仕業だと証明されたとしても、今の彼女の身分では、橘家は間違いなく全力で彼女を守るだろう。その上、橘家と新井家は先々代に交友があった。だから八割方、この件は示談で終わる。大輔は心の中でため息をついた。もし朝比奈が以前のように何の権力も後ろ盾もなければよかったのに、と。そうすれば、たとえ彼女が消えたとしても、誰にも気づかれはしないだろう。蓮司が止められている間に、執事が自ら透子の転院手続きにやって来て、新井のお爺さんからの言伝を伝えた。「若旦那様、どうか冷静になってください。如月さんのために正義を貫きたいお気持ちは分かりますが、衝動的な行動は慎まれたほうがよろしいかと」蓮司は両手を固く握りしめ、憎悪に燃えていた。「高橋さん、どうやって我慢しろって言うんだ？衝動的にならずにいられるわけがないだろ！犯人が目の前にいるのに、なんで捕まえに行っちゃいけないんだ？昨日の夕方、警察が朝比奈を取り調べたのに、終わる前に橘に連れて帰られたんだぞ！あいつはわざとだ、彼女を庇っているんだ、共犯者だ！」執事は激怒する蓮司を見つめ、心の中でため息をついた。彼はなだめた。「警察が斎藤剛を捕まえ、その背後にいる人物を突き止めれば、必ずや法の下に裁かれるでしょう。確たる証拠がない以上、雅人様と衝突なさることはお勧めできません。彼が透子様を助けるために手を貸してくださったことをお忘れですか？」蓮司は冷たく鼻を鳴らした。「あれが助けだと？どう考えても後ろめたさからの償いだろう。もし透子に万が一のことがあったら、俺が奴と命がけで戦うのを恐れただけだ」執事はその言葉にすぐには反論できなかった。確かに、雅人が美月の仕業だと知っていたかどうかは、彼にも分からなかったからだ。だが今は、捜査の結果を待つしかなかった。転院手続きはすぐに完了し、透子
離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた 第617話
「如月さんの容態はもう安定しています。昨夜、見回りに来た看護師の診察記録も、すべて正常でした」大輔の報告を聞き、蓮司は完全に安堵し、首を回して凝りをほぐした。一晩中着替えもせず、服はしわくちゃ、髪もぐしゃぐしゃで、まるで街をさまよう浮浪者のようだった。大輔から粥を受け取ると、彼は命じた。「後で透子を転院させろ。プライベートホスピタルに移して、療養させろ」大輔は言った。「お爺様もそのようにお考えで、先ほど執事からメッセージがございました」蓮司は粥を一口すすり、尋ねた。「昨夜の警察の捜査に、何か進展はあったか？」「はい。すでに犯人の顔を特定し、経歴も割り出しました」途端に、蓮司は身を乗り出し、背筋を伸ばした。大輔はタブレットを開き、名前から報告を始めた。蓮司は待ちきれずにそれをひったくって自分で確認する。そこに映っていたのは、笑顔の裏に何かを隠しているような、見るからに善人ではない中年男の顔だった。斎藤剛、四十三歳。以前、窃盗と強姦罪で懲役八年の実刑判決を受け……強姦罪……蓮司はその三文字を睨みつけ、脳裏に、制御不能な最悪の想像が駆け巡った。――この男が透子を拉致したのは、まさか……大輔は言った。「この斎藤剛という男、義理の娘への暴行で有罪判決を受けています。まさに人でなしの畜生です。今回『極楽散』というトリップ薬を使ったのも、おそらくは……」大輔はそこで言葉を止め、それ以上は続けなかった。その横で。「ぐしゃり」という音と共に、蓮司は左手に持っていた粥のカップを握り潰し、中身がすべて溢れ出した。大輔が慌ててティッシュで拭こうとするが、蓮司の手の甲には青筋が浮かび、全身が怒りに震えていた。――あの畜生、よくも……！もし奴が透子の髪一本でも触れていたら、必ず八つ裂きにして、奴の下半身を生きたまま切り刻んでやる！大輔はなだめるように言った。「社長、どうかお気持ちを落ち着けてください。如月さんはご無事です。最悪の事態には至っておりません。お爺様が派遣されたボディーガードが、間一髪で彼女を救い出しました」今の蓮司の表情はあまりに恐ろしく、今にも暴走しそうだったからだ。大輔はまた言った。「このような手口を考えつくとは、その心根の悪さは底知れません。よほど如月さんを憎んでいるに違いありませ
離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた 第616話
「また、防犯カメラの映像から体格を割り出し、透子様が普段通勤で通る道の防犯カメラも調べたところ、警察は一人の男を特定しました。何日も透子様を尾行していたようです」新井のお爺さんはその言葉に内心、驚きを隠せなかった。「何日も尾行されていたというのか？なぜつけたボディーガードが気づかなかったのだ？！」「犯人の偽装工作が巧妙で、配車アプリに登録された車を使っていたようです。これまでの尾行も、ぴったりと張り付くのではなく、距離を置いていました。ボディーガードは若旦那様が現れるのを防ぐことばかり警戒しており、その男には気づきませんでした」「それなら、すぐに犯人を特定できるではないか！」執事は首を横に振った。お爺さんはすぐに察した。「車は借り物か？」「はい、ですが、車を貸した人物も、相手が犯罪者だとは知らなかったようで、今は警察に呼ばれて事情聴取を受けています。その人物の証言と、以前に防犯カメラに映っていた素顔の映像から、犯人の身元はほぼ特定できています。斎藤剛（さいとう つよし）、前科のある犯罪者で、半年前、刑期を終えて出所したばかりです。以前の罪状は窃盗と強姦でした」お爺さんはそれを聞き、特に「強姦」という言葉に、今さらながら恐怖を覚えた。犯人の目的は金だけではないかもしれない。もしかしたら、彼は……透子を完全に破滅させること。お爺さんは厳しい表情で言った。「犯人が特定できたのなら、新井家からも人を出せ。必ず奴を法の下に裁きを受けさせるのだ。それから、その背後にいる首謀者もだ。一味残らず突き止め、法の下に裁かせろ」これほど陰湿な手口、八割方、美月に違いないと彼は感じていた。でなければ、普通の人間が、一人の女性の純潔を汚そうなどと考えるだろうか。前回、美月は透子を拉致しようとした。その目的を考え合わせれば、蓮司が真っ先に彼女を疑ったのも無理はない。犯人が使った『極楽散』もそうだ。あのような薬は、そういった行為に及ぶのに都合がいいではないか。彼は尋ねた。「警察の朝比奈への取り調べはどうなった？」「芳しくありません。雅人様がいらっしゃったため、昨日は聴取が終わらないうちに、彼女を連れて帰られたそうです」その言葉を聞き、お爺さんは深く眉をひそめた。雅人との関係がなければ、美月が無事でいられるはずがな
離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた 第615話
執事はため息をついた。「旦那様、若旦那様は本気で透子様を愛しておられるようです。昨夜はあれほどお急ぎで、大輔に航空券を手配させて自ら海外へ飛ぼうとなさいました。大輔が貴賓室でなんとかお引き止めしたほどです。病院近くのホテルも予約しておりましたが、若旦那様はお休みにならず、病床の前で一晩中過ごされたのです」その言葉を聞いても、お爺さんは心を動かされなかった。この世で最も価値のないものは、手遅れの愛情だ。ましてや、蓮司はこれまであれほど透子を傷つけてきたのだから。新井のお爺さんは呆れたように言った。「今さら愛したところで何になる。もう手遅れだ。蓮司が透子を取り戻せるというのなら、それは彼の手腕だ。透子が彼を許すなら、わしは彼女を本当の孫として迎え入れ、将来は家産の半分をくれてやる。だが、彼女が許さず、それでも蓮司がしつこくつきまとうようなら、わしが生きている限り、あのどうしようもない男に二度と彼女を煩わせはせん」執事はその言葉を聞き、心の中でため息をついた。お爺さんが半ば折れたのだと分かった。あとは蓮司次第、透子を取り戻せるかどうかだ。執事はまた言った。「そうでした、旦那様。透子様の特効薬は、雅人様がお手伝いくださり、持ち帰らせていただいたものでございます。あちらは、お祖父様に代わって心を尽くしただけで、報酬は一切ご不要だとおっしゃっておりました」新井のお爺さんはそれを聞くと頷き、言った。「雅人という若者は、大した心遣いだ。ちらと聞いただけで、手を貸してくれるとは。彼は報酬を求めずとも、我々がただ恩恵を受けるわけにはいかん。彼が帰国して物流拠点を設立するにあたり、事業提携が必要だろう。こちら側で援助してやらねば」昔の誼にせよ、今回透子を助けてくれたことにせよ、新井家は最後まで力を貸すつもりだった。執事は承知し、心に留めた。「ですが、若旦那様は一つご心配なさっていることがございます。雅人様がこれを盾に、朝比奈さんとのご結婚を強要してくるのではないかと」雅人はそんなことを一言も口にしていないが、執事はお爺さんに伝えておく必要があった。いざという時に、お爺さんが相手の側に立ち、蓮司に結婚を迫ることのないように。新井のお爺さんはその言葉を聞くと、粥を一口すすり、冷たく鼻を鳴らした。「あの蓮司め、自分がどれほ
離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた 第614話
闇に浮かぶ人影を見て、蓮司は手を伸ばそうとしたが、その手は空中で止まった。彼はポケットから清潔なハンカチを取り出した。指を丁寧に拭う。まるで透子を汚してしまうのを恐れるかのように、彼女の髪に触れることもできず、最終的に布団の上からそっと彼女の手を握った。蓮司は離れず、ただそこに長く立ち尽くしていた。夜の静寂は、まるで反省を促す審判のようだ。結婚してからの二年間、透子が彼に対してどれほど恭しく、従順であったかが、何度も脳裏をよぎる。透子の態度が良ければ良いほど、彼女の世話が細やかであればあるほど、自分がどれほど恩知らずで、人でなしであったかが浮き彫りになる。特に離婚前のあの1ヶ月間、彼は透子を傷つけることばかりした。彼女を失望させ、憎ませ、心も体もボロボロにした……たとえ美月が最大の加害者であったとしても、彼にも一部の責任がある。もし彼が原因でなければ、美月が透子に対して殺意を抱き、何度も彼女を死に追いやろうとすることなどなかっただろう……夜の審判は、じわじわと心を切り刻むような苦痛だった。深い自責と罪悪感が蓮司を包み込み、その長身はゆっくりと沈み、やがて彼はベッドのそばに片膝をついた。右手で薄い布団越しに透子の手を握ったまま、彼は身をかがめ、その手に額を押し当てた。自分が間違っていたと、彼は分かっていた。深く後悔し、苦しんでいた。すべては自分の力不足のせいだ。愛する人一人さえ、守ることができなかった。真っ暗な病室は静まり返り、ベッドの輪郭の前で、ひざまずく男の肩が震えていた。透子の命が危険に晒されている今、蓮司の頭の中は、ただ彼女に生きていてほしいという願いでいっぱいだった。彼は二人の過ごした美しい二年を思い出す。以前は透子が自分を利用したことを憎んでいたが、今では感謝と安堵の気持ちで満たされていた。もし利用でなかったら、透子は彼のそばに二年もの間いることはなかっただろう。もしかしたら、一生交わることのない二人だったかもしれない。そして彼も、生涯の愛を見つけることはなかっただろう。利用から始まった関係に、彼は深く溺れた。彼は感謝すべきなのだ。盗んだような二年間で、透子という存在を得られたことに。たとえ透子が一度も彼を愛したことがなかったとしても、それがどうしたというのだ。彼はただ、透子に元気
離婚まであと30日、なのに彼が情緒バグってきた 第613話
執事が再び口を開いた。「若旦那様、本日は一日お疲れ様でございました。佐藤に近くのホテルを予約させましたので、少しお休みになってはいかがでしょうか。病院のことはご心配には及びません。医師が夜間の見回りを手配し、常に如月様の容態に気を配ってくださるはずです」「わかった。高橋さんももう戻ってくれ。付き合わせて悪かったな」執事は微笑んで言った。「とんでもないことでございます。透子様がご無事であれば、それに越したことはございません」蓮司は大輔に執事を下まで送るよう指示し、自身はフロアに残った。眠れるはずがなかった。犯人がまだ捕まっていないのに、どうして眠れるというのか。警察に電話をかける。透子の身は安全になった。今は、犯人を見つけ出すことに全力を注がねばならない。もし、今回の件も美月の差し金だと判明すれば、たとえ雅人がいようとも、彼の殺意を止めることはできないだろう。それどころか、怒りに我を忘れ、雅人もグルなのではないかと疑い始めていた。だからこそ、あれほど甲斐甲斐しく特効薬を探して透子を救ったのだ。すべては、美月の刑を軽くするためなのだと。抑えきれずに悪い方へと考えてしまう思考を振り払い、蓮司は我に返ると、警察からの取り調べの報告に全神経を集中させた。報告によれば、美月は犯行を認めず、様々な言い訳と弁解を繰り返しているという。それは蓮司の想定内だった。しかし、警察が彼女のスマホを調べても不審な通話やメッセージは見つからず、最終的に取り調べは一時中断された。理由は、容疑者が感情的になりすぎ、これ以上の尋問は不適切と判断されたためだ。その理由を聞いて、蓮司は激昂した。「感情的になりすぎただと？あんなの、奴の演技に決まってるだろ！一度で最後まで徹底的に問い詰めるべきだった！このまま帰して、証拠を消されたらどうするんだ？！それとも、お前ら警察はどんな容疑者にもそんなに甘いのか？泣きわめけば解放してやるというのか？」電話の向こうで、警察の声が響いた。「新井さん、どうか落ち着いてください。調べるべきことはすべて調査済みです。また、今後も容疑者を内偵いたします。今回の聴取では、相手が泣き止まず、最終的にご家族の方が連れて帰られました」その言葉は、自分たちが無能なのではなく、容疑者の背後にはとてつもない権力者がいて
