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第129話

Author: ちょうもも
伶の低く落ち着いた声が、突然悠良の耳元で響いた。

それと同時に、彼女の手にしていた写真立てがすっと奪い取られた。

「本人がいるだけじゃ足りない?」

悠良はさっきまで気まずさでいっぱいだったが、伶のその一言で、一気にその気まずさが吹き飛んだ。

「別にうっとりしてたわけじゃ......たまたま布団を抱えたときにぶつけちゃっただけです」

「自分の気持ちに嘘をつくのが君のモットーか?」

伶の声は相変わらず気だるく響く。

悠良は思わず目を白く剥きそうになり、布団を抱えて伶の横を通り過ぎざまに捨て台詞を吐いた。

「ナルシストが寒河江さんのモットーでしょう」

伶は口元をわずかに緩め、布団を抱えて部屋を出ていく彼女の姿を見送った。

彼はうつむき、視線を写真立ての中の若き日の自分に向ける。

その目元にあった鋭さが少し和らいだかと思えば、隣に映る年配の男を見た瞬間、眉が自然とひそめられた。

「目障りだな」

そう言い放つと、写真立てをベッドサイドの棚に裏返しに置いた。

悠良は布団を広げてソファに敷いた。

本当はさっき伶に、あの写真について聞こうと思っていたのだが、やめておくことにした。

他人のプライベートなことに踏み込むのは良くないし、もしかしたらたまたま撮っただけかもしれない。

彼女は布団にくるまり、寝る体勢に入る。

頬に当たる布団からは、うっすらと伶の香りがした。

実は彼女、普段は枕が変わると眠れないタイプだったが、今日はなぜかすぐに眠気が襲ってきた。

気づけば無意識のうちに眠りに落ちていた。

伶が階下に降りてきたとき、悠良がすでに寝息を立てているのに気づいた。

彼女の表情は穏やかで、まつげが時折ふるふると震え、透き通るような肌が寝顔をより一層静かに見せていた。

彼は温かな指先でそっと彼女の眉のあたりをなぞり、つぶやいた。

「薄情なやつ......よくもまあ、こんな早く俺のこと忘れられるな」

そう呟くと、彼は彼女の鼻先に軽く指先で触れた。

「おやすみ」

翌朝。

伶はランニングを終えて帰宅する途中、道端に止まった一台のバンを見つけた。

何かを察した彼は立ち止まり、その車の方へと歩いていき、窓をコンコンとノックした。

窓が開くと、中にはキャップを深く被った男がいて、不機嫌そうな声で言った。

「何の用だ」

「視野が悪そうだけど
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