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第336話

Author: ちょうもも
伶は悠良の手首を掴んだまま、彼女をその場から連れ出そうとした。

それを見た雪江は、もはや体裁を構っていられなかった。

「寒河江社長が人を渡す気がないなら......こちらも遠慮しないわよ!」

雪江が手を振ると、使用人たちが一斉に取り囲む。

だが伶は一歩も引かず、鷹のように鋭い眼差しで一同を見渡し、軽蔑を滲ませて吐き捨てた。

「小林家は、俺と敵対するつもりなのかな?」

その言葉に、莉子の胸に恐怖が走った。

今の雲城では、伶が率いるYKが圧倒的な存在だ。

この数年、彼が何に突き動かされているのかはわからないが、海外を飛び回り、事業はすべて国際規模に広がっている。

まるで狂ったような勢い。

だが、その成果は目に見えていた。

かつては敵対していた白川社も、今では到底太刀打ちできないほどの差がついている。

莉子は激情に駆られ理性を失った母を引き止め、小声で囁いた。

「お母さん、やめよう。もう行かせて。

遺言があるとしても、手続きを踏まなきゃいけないし、悠良は小林家の実子じゃない。

最悪、法廷で争えばいい。裁判官だって、小林家の財産を部外者に渡すはずないわ」

雪江はなおも迷いを見せる。

「でも孝之には、私たちが改ざんした遺言に署名させたことがバレてるのよ。私、心配で......」

「大丈夫よ。病室にはカメラなんてないし、証拠もない。

それに、お父さんは目覚めたばかりで意識も朦朧としてる。勘違いだって言えば済むわ。

でも今、ここで伶と正面からぶつかったら――」

雪江の瞳に宿っていた怒気が、次第に霧散していく。

そうだ。

今ここで伶を敵に回したところで、勝てるわけがない。

彼が悠良を守るつもりなら、無理に突っ張るだけ損をする。

雪江は長く息を吐き出し、苦々しく言い放った。

「今日は寒河江社長に免じて引いてあげるわ。もう行きなさい」

その言葉とともに、使用人たちは一斉に道を開けた。

悠良と伶が屋敷を出たあと。

雪江は地団駄を踏み、憎悪を宿した目で吐き捨てた。

「あの小娘......!行くつもりなら、そのまま消えればいいのに。なんで戻るのよ!」

莉子の瞳にも、悔しさと憎しみが滲む。

「財産を奪う気に決まってるわ。

父に会うためなんて、綺麗ごとばかり言って!」

雪江は拳を強く握りしめ、爪が食い込み痛みを感じた。

ふと見
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