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第341話

Author: ちょうもも
悠良はそのメッセージを見て、胸の奥が一気に沈んだ。

さすがは伶、雲城で手の届かぬところなどない男。

ほんのわずかな時間で、もう彼女の番号を突き止めたのだ。

だが、認めるわけにはいかない。

悠良は無視を決め込み、そのまま返信もせずにスマホをしまおうとした。

ところが、画面に新たなメッセージが飛び込んできた。

【三秒以内に返信しろ。さもなきゃ、俺が直接行って捕まえる】

悠良の手がビクリと震えた。

この男、自分の脳内に監視カメラでも仕込んでいるのか?

そう思うほど、考えていることを見透かされている。

迷っている暇はない。

伶は一度口にしたことは必ず実行する男だ。

悠良は慌ててスマホを握り直し、返信しようとしたが、頭の中は真っ白になり、言葉が出てこない。

三秒なんて、一瞬だ。

焦りのあまり、彼女はとっさに句読点だけのメッセージを送ってしまった。

これでも返信は返信だ。

すぐに、またメッセージが飛んできた。

【それが、今どきの最新チャット法か?】

悠良は思わず目をひそめた。

【だって、三秒以内に返せって言ったのはそっちでしょ?】

その返事を見た伶は

怒り半分、呆れ半分で吹き出した。

【こういう時だけ素直だな】

悠良は、これ以上伶に振り回される気はなかった。

【寒河江さん、言いたいことがあるなら、はっきり言ってください】

孝之の命はもう長くない。

一刻も早く彼の望みを叶え、小林家の今後を整えねばならない。

それが、娘としてできる最後のこと。

伶の返信が届いた。

【今日の借りは、明日返してもらう。

それから忠告だ。その小賢しい考え、俺に使うな。賢さは時に命取りになるぞ】

悠良は口を尖らせ、そっぽを向いた。

聞き流すだけ聞き流して、返事はしない。

それでも、今夜来いという言葉は出なかった。

それだけで、悠良は胸を撫で下ろした。

目的は果たした。

今日のこの騒ぎも、無駄じゃなかった。

「水......水......」

孝之が、うわ言のように呟く。

悠良は慌ててスマホをしまい、立ち上がった。

「ちょっと待ってて。今、水汲んでくるから」

ボトルを手に、病室を出る。

ちょうどその頃、隣の診察室から玉巳と史弥が出てきた。

玉巳は診断書を握りしめ、蒼白な顔に落胆の色を浮かべていた。

「何年も経ったのに、まだ
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