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第395話

Author: ちょうもも
店員が近づいてきて、悠良を横に押しやろうとした。

「すみません、お嬢さん、どうぞこちらへ」

悠良は普段、人と細かく争うような性格ではなかったが、このレジ係の態度にはさすがに怒りが込み上げた。

彼女は、手を伸ばしてきそうな店員を睨みつけ、強い圧迫感を込めた声で警告した。

「触らないで」

ウェイターは悠良の視線にぶつかり、なぜか妙に怯んだ。

そして、手を出すのをやめた。

そのとき、悠良は視線の端で、先ほどの無礼なレジ係がまたもや自分を横目でにらみつけるのを見てしまった。

胸に溜まった怒りが、とうとう抑えきれなくなる。

彼女は、そのレジ係ときちんと話をつけるべく歩み寄った。

「これ以上するなら、警察を呼びますよ!」

店員が制止しようとしたが、悠良の迫力に押され、思わず横へ身を引いた。

悠良はまっすぐレジ係の前に立った。

「私が嘘をついているとおっしゃるなら、マネージャーを呼んでください。厨房のシェフと注文内容を照合すれば、その料理を頼んだかどうか、一目瞭然でしょう」

しかしレジ係は悠良の言葉を聞く耳も持たず、むしろ苛立った様子で目をそらした。

「何度も言ってますけど、うちがそんなミスをするわけない。ここで言い合いしてるのは、ただタダ食いしたいからじゃないんですか」

この店に来る客は、ほとんどが裕福か地位のある者ばかりだ。

悠良のようなタイプの客も珍しくなく、店員は大抵、相手にするのが面倒だった。

「こんなやつと話しても無駄だ。警察呼べ!」

「一人のせいで全員の時間を潰すつもりか?」

「タダ食いするなら、もっとマシな理由を考えなさいよ。あんたが頼んだ料理、どれも高級品じゃない。店だってそんなのタダで出すわけないでしょ」

悠良はもう一度レジ係を見据え、声に冷たさを滲ませた。

「言ったはずです。マネージャーを呼びなさい!」

レジ係は苛立ちを隠さず、またもや悠良を睨みつけた。

「うちのマネージャーは忙しいんです。金もないくせにタダ飯食おうなんて、命知らずにもほどがある」

悠良はその態度に、スマホを取り出して電話をかけ始めた。

レジ係は、それを誰かに金を持って来させる電話だと勘違いし、「ふん」と相手にしなかった。

その時、奥からスーツ姿の男性が現れた。

「緒方!」

悠良はそこで、初めてこのレジ係の名前を知った。

緒方凜(お
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