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第423話

Author: ちょうもも
悠良の頭の中は一気にフル回転した。

自分に何か妙な癖でもあるのかと必死に考える。

例えば、寝てるときにいびきをかくとか。

無理やり笑みを浮かべてみせる。

「まさか夢遊病だった、とか......?」

子供の頃、一時期よく夢遊病を起こしていた。

春代は本気で「取り憑かれている」と思い、占い師を何人も呼んだものだ。

不思議と、そのうち自然に治まったが。

伶はポケットに手を突っ込み、じっと彼女を見据えた。

「夜になると、人に抱きつくのが好きなのか?」

「は?」

悠良は眉をひそめ、不審そうな目を向ける。

彼はスマホを取り出し、一枚の写真を開いて見せた。

遠目ではよく分からなかったが、嫌な予感しかしない。

慌てて近づいて覗き込むと、そこには、コアラのように伶にしがみついて眠る自分の姿。

しかも脚まで彼の腰に絡ませている。

一瞬で顔が真っ赤になり、穴があれば入りたいほどだった。

反射的に削除ボタンを押そうとすると、彼は素早くスマホを引っ込める。

「消してやってもいいが......QRコードで支払いな」

あきれ果て、鼻で笑うしかない。

「大企業の社長様でしょ?無職の私から金を取るんですか?」

「社長様だって商売人だ」

伶は平然とした顔で言い放つ。

「商人は、儲けがなきゃ動かない」

悠良は内心でうめいた。

この手の気まずい写真を彼のスマホに残しておけば、いずれろくでもない事態を招くに決まっている。

観念して値段を聞いた。

「いくらですか」

「100万」

「ひゃっ......百万!?」

目をむいて叫ぶ。

「それもう、完全に脅迫だからね!」

「嫌ならこのまま残しておくさ。次に君が逃げ出したら、ネットに流すだけだ」

深い眼差しと薄い笑みを浮かべながら、スマホを指先で弄ぶ。

「今どきはショート動画の時代だしな。わざわざ懸賞金なんか掛けなくても、誰かが勝手に俺のもとへ君を連れてくるだろう」

悠良は悔しさで奥歯を噛みしめる。

だが、結局どうすることもできず、ただ鋭い目つきで睨みつけた。

「ほんと、悪賢い男です!」

そう吐き捨てて階段を下りようとする。

伶も後をついてくる。

「本当にいいのか?」

振り返ると、にやついた顔。

どう見ても「本気で譲る気はない」という表情だ。

それでも、なぜか時々彼に淡い期待を抱いてし
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