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第560話

作者: ちょうもも
「後で後悔しても知らないぞ。このチャンス逃したら、二度と来ないからな」

伶の引き締まった身体を前に、悠良は思わず目を奪われる。

広い肩幅、細い腰、くっきり浮かぶマーメイドライン。

やばい、もう少し見てたらよだれ垂らしそう。

慌てて首を振り、無理やり視線を逸らした。

「やっぱり次にするよ」

今見続けたら、ほんとに危険だ。

「英雄色を好む」なんて言葉、今まで大げさだと思ってたのに......今なら分かる気がする。

部屋のドアを開けながら、彼女は声を掛けた。

「大久保さんが、ご飯だって呼んでたよ」

「ん」

階下へ降りると、大久保がソファでTikTokの動画を見て、声を立てて笑っていた。

物音に顔を上げると、降りてきたのは悠良一人。

「小林様、旦那様は?料理、冷めちゃいますよ」

悠良は椅子を引いて座り、伶を待ちもせずに箸を取り、口をもぐもぐさせながら答えた。

「お風呂、すぐに降りてくる」

大久保は不思議そうに近寄ってきて、彼女の顔をまじまじと見た。

「小林様、どうかしました?まさか、熱?」

「そんなに赤い?」

思わず自分の頬を叩いて確かめる。

大久保は正直にうなずいた。

「ええ」

「大丈夫、ちょっと暑かっただけ」

「熱だったら大変」と言いつつ、大久保は心配そうに額に手を当ててきた。

悠良は苦笑し、手を取りのける。

「大久保さん、本当に平気だから」

「ならいいですけど......」

そのとき、伶が階段を降りてきた。

青いチェックの部屋着を纏った姿は、普段の鋭さが和らぎ、気だるげでどこか余裕を感じさせる。

悠良は視線をそらし、小声でぼやいた。

「ほんと、この男は何着ても様になるんだから......部屋着までイケメンって反則でしょ」

「また俺の悪口?」

声に驚いて顔を上げると、もう目の前まで来ていた。

「違う!あなた、自意識過剰に被害妄想までついてたの?」

伶は反論もせず、当然のように席に着き、まずは悠々と水を一口。

「自分で気付いてないだろうけど、悠良ちゃんの表情って分かりやすいんだよね」

「え、そう?」

無意識に頬へ手を当てる。

「たとえば嘘をついてるとき、視線があちこち泳ぐし、まつげもいつもより頻繁に動く」

淡々と告げるが、その細やかな観察眼は、興味のない相手に向けるものじゃない。

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