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第722話

作者: ちょうもも
ちょうど伶に電話をかけようとしたとき、LINEに一件のメッセージが飛び込んできた。

【三ツ橋に行った】

それを見た瞬間、悠良はほっと息をついた。

やはり彼は時間の管理ができる人だ。

彼女は再びベッドの端に腰を下ろしたが、頭の中ではすぐに伶と若菜が個室で並んで座り、酒を酌み交わす光景が浮かんでしまう。

仕事の話をしながら飲むのは問題ない。

ただ、二人とも酒に酔ってしまったら......

若菜の思惑など、誰の目にも明らかだった。

今にも「伶が好き」と顔に刻みつけそうなほどだ。

伶の言う通り、男女問わず好きな相手を前にすると同じで、強い独占欲を持つ。

そこに性別の違いなどない。

悠良の頭に、ありありと嫌な場面がよぎった。

もし本当に伶と若菜が......

いや、そんなはずはない。

伶はそういう人じゃない。

仕事のために自分を犠牲にするなんて、絶対にあり得ない。

もしそういう人なら、とっくに周りには女が群がっていたはずで、今のような状況にはなっていない。

だが、伶が自分を律することができても、若菜はどうか。

もし彼女が酒に何か仕込んだら......

悠良は思わず身震いした。

やっぱり見に行こう。

彼が望んでいるのは、ほんの少し色仕掛けで若菜を丸め込み、契約を穏便に結ぶことだけ。肉体を差し出すことではない。

だが部屋のドアに手をかけたところで、悠良は立ち止まった。

このまま自分が行けば、若菜に怪しまれるに決まっている。

考え込んだ末、まずは光紀にLINEを送ることにした。

【村雨さん、今寒河江さんと一緒にいる?】

返事はすぐに来た。

【自分の部屋にいます。寒河江社長は今夜、鳥井社長と二人で酒場に行くって話でしたし。私は出て行く姿を見ただけです】

悠良の手がスマホをぎゅっと握りしめる。

それはつまり、伶は一人で行ったということ。

光紀は彼女の不安を察したのか、あえて核心を突かず、別の言い方をした。

【小林さん、やはり私たちでちょっと様子を見に行きましょう。もし寒河江社長が飲みすぎていたら、フォローできますし】

【そうね。中には入らず、外で待つだけにしましょう】

悠良はバッグを取り、光紀と共に部屋を出た。

三ツ橋酒房に着くと、二人は伶の隣の個室を取った。

車を運転する予定があるので酒は頼まず、飲み物と軽いおつま
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