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第1044話

Author: 小春日和
真奈はうなずき、理解を示した。

しかし、リハビリはやはり良いことだ。歩ける人間が、一生車椅子の上で過ごしたいと思うはずがない。

「佐藤さんの意志力なら、毎日のリハビリなんて何でもないでしょう。以前彼を苦しめたのは、きっと自尊心のほうだと思います」

佐藤茂は天才だ。生まれながらに誇り高い人間で、そんな彼が凡庸な者たちに嘲られるのをどうして許せようか。

二階で、真奈は佐藤茂の閉ざされた部屋の扉を見つめた。中からは、誰かが床に倒れる音が絶え間なく響いている。

真奈はしばらく黙り込んだ。もし美桜が佐藤茂に渡した薬が、本当に彼を救うものなら――

佐藤茂は、なぜ飲まないのか?

真奈は階段を下りた。幸江は彼女が一階と二階を行ったり来たりしているのを見て、慌てて声をかけた。「こんな朝早くから、どこへ行くの?」

「ちょっと出かけるわ」

真奈は手早く車のキーを取ると、高級車を飛ばして冬城家の正門へ向かった。門に着くと、警備員たちは彼女の姿を認めた途端、一斉に警戒態勢に入った。

「なによ、どうして私を見ると疫病神でも見たみたいな顔をするの?」

真奈が車から降りて警備員に近づくたびに、彼らは一歩ずつ後ずさった。

真奈は自分自身を見下ろして尋ねた。「私、そんなに怖い?」

数人の警備員は顔を見合わせ、言葉を失ったままだった。

海城で、真奈が黒澤の婚約者だと知らない者はいない。

冬城家の警備員たちは、以前から黒澤に散々いじめられてきた。

前回、黒澤が強盗に扮して彼らを縛り上げ、冬城に刃を突き立てた事件は、今でも彼らの心に深い傷を残している。

「お宅の大奥様に伝えて。私は揉めに来たんじゃなくて、人を訪ねるに来ただけよ」

その言葉に、警備員たちは顔を見合わせて戸惑った。

人を訪ねるのと揉めに来るのと、いったいどこが違うのか……

もし冬城おばあさんが真奈の来訪を知ったら、その場で気絶しかねない。

「どうしたの?私、説明が足りなかった?」

真奈の声には、言葉にできないほどの圧があった。その迫力に押され、警備員は青ざめて慌てて奥へと走っていった。

冬城家の広間では、冬城おばあさんが美桜と並んで朝食を取っていた。そこへ警備員が息を切らせて駆け込んでくると、冬城おばあさんは眉をひそめて言った。「何をそんなに慌てているの?落ち着いて話しなさい」

「せ、瀬川さんが…
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