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第396話

Author: 小春日和
高橋は一歩後ろに下がったが、真奈を止めようとはしなかった。間もなく、黒塗りの車が静かに敷地内へと入ってきた。

練習生食堂から出てきた練習生たちは、ちょうど真奈がその車に乗り込む場面を目撃した。

「ほら見たことか。やっぱり瀬川には後ろ盾がいるんだよ。こんな時間に車で迎えに来るなんて、パトロンがいるに決まってる」

「さっき高橋が必死でかばってたけど、私たち練習生はこの寮に入ったら、半月くらいに一度しか外出できないのに。瀬川だけ特別扱いって、おかしくない?」

一方そのころ、車内の真奈は院長に電話をかけていた。電話に出た院長は、すぐ言った。「瀬川社長、状況は少し深刻ではありますが、ご安心ください。顔にはまったく傷はありません」

「顔じゃなくて、本人の容体を聞いてるのよ!」

「本人のほうも……まあ、なんとか。すでに峠は越えました」

院長は明らかに何かを隠している口ぶりだった。真奈はすぐに通話を切ると、大塚に視線を向けた。「あなたからちゃんと説明して」

「はい。今朝、白石は佐藤プロに向かう途中で事故に遭いました。ブレーキの配線に不具合が見つかり、調査の結果、誰かが意図的に細工した可能性が高いです」

「で?犯人は?」

「確保されました。ただ……」

言いにくそうに大塚が続けた。「実行犯は精神的に不安定なヤラカシで、長い間白石に執着していた人物です。精神鑑定の結果、刑事責任を問うのは難しいかもしれません」

「相手はヤラカシで、しかも精神疾患持ちの人間が、こんなタイミングで偶然に?本気でそう思ってるの?」

真奈はすぐに察した。これは、自分がその場を離れている隙を狙って、誰かが白石を潰そうと仕掛けたものだった。

「ピンポーン」

携帯に見知らぬ番号から着信があった。真奈が通話に出ると、受話口からは浅井の嘲るような声が流れてきた。「真奈、私からのプレゼント、気に入った?」

真奈の瞳が鋭く細まる。

浅井!

「お高くとまった瀬川家のお嬢様も、もう何もかも失ったわよね。でも私は、それだけじゃ済まさない。もっと大事なものを失わせてあげる」

「あなたが白石に手をかけたの?」

真奈が問いかけた瞬間、相手は一方的に通話を切った。

今回は、録音を警戒したのだろう。浅井は明らかに用心深くなっていた。

真奈はしばらく携帯を見つめたまま、脳裏に浮かんだ夢の光景を思い返し
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Comments (2)
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良香
もうマジで本物夕夏ちゃん見つけてくれ! 浅井には母子共々退場して貰おう
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千恵
出雲、もうわかっているんじゃない? 浅井、おバカ過ぎてるもんねー
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