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第518話

Author: 小春日和
「しっ!黙れ!余計なことは聞くな!」

その言葉に、看守は慌てて口を押さえた。

そのとき、黒澤は背後の気配に気づいたのか、さりげなく真奈の腰に腕を回した。真奈は視線を落として、彼の手元を見つめ、眉をひそめて問いかけた。「何してるの?」

「何でもない、転ばないように」

そんな嘘、真奈が信じるはずもなかった。彼女はぴしゃりと黒澤の手を払いのけた。「いい加減にしなさい」

「はい、嫁さんの言う通りに」

黒澤はふっと笑い、目元がやわらいだ。

帰りの車中、真奈は手の中にある鍵をじっと見つめていた。その作りは古く、きっと百年以上前のものだろう。細工は精巧で、鍵穴の形も極めて珍しかった。

「瀬川家に戻ろう。持仏堂を見たいの」

黒澤は低い声で答えた。「瀬川賢治が言ってただろ。あの持仏堂には、目に見えるような値打ちのある物なんてなかったって。でももしかすると、本当に隠されてるのは財宝じゃない。あそこには、何か別の秘密があるんだ」

「生前、お父さんがこの持仏堂をあれほど大切にしていたんだから、きっと何か重要なものが隠されてるはず。おじさんが見つけられなかったのは、それが目立たないものだったからかもしれない」

真奈は、幼い頃に持仏堂へ行った時のことを思い返していた。あの頃はまだ小さく、初めて入ったときの強い好奇心だけが印象に残っていて、それ以外は特に思い出せるものはなかった。

彼女が真剣な表情で何かを考えているのを見て、黒澤はそっと手を伸ばし、真奈の額を軽くコツンと叩いた。「もうあんまり考えすぎるな。鍵は手に入ったんだ、中のものだって、いずれ見つかるさ」

「全部あなたのために考えてるのよ。それなのに、考えすぎだなんて言うわけ?」

「とんでもない。嫁さんのすることは全部正しい」

「そんな調子のいいこと言わないで!」

真奈の心はすでに、その古びた鍵にすっかり集中していた。やがて瀬川家に戻ると、真奈と黒澤は並んで持仏堂の前へと歩いていった。

真奈は鍵を取り出して錠前に差し込み、そっとひねった。カチリ、と軽い音とともに錠が外れる。その瞬間、真奈の胸にずっと張りつめていた緊張がふっと解けた。彼女は振り返って黒澤と目を合わせる。二人はゆっくりと持仏堂の中へと足を踏み入れた。

瀬川家の持仏堂は、長い間誰の足も踏み入れていなかった。そのせいで内部にはびっしりとほこりが積も
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