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第206話

Author: いくの夏花
そう言い放つと、電話は無情に切られた。

英樹はの鳴る携帯を手に、苦い表情で政司を見やった。

政司の顔色は瞬く間に青ざめ、携帯をひったくると自らかけ直した。

今度は、ほとんど間を置かずに電話が繋がった。

「修矢!」政司は怒りを抑え込んで言った。「俺の言葉が聞こえなかったのか?創立記念式典に、お前は必ず来い!」

「寝言は寝て言えと言ったはずだ」修矢の声は相変わらず冷ややかで揺るぎがなかった。

「この……!」政司は胸を上下させながら怒り、強硬では通じないと悟り、切り札を繰り出した。「修矢、忘れたのか。おばあ様の体調はようやく回復してきたばかりだ。もしお前が俺に協力せず、尾田グループを支持しないと知れば、焦ってまた……」

彼はわざと曖昧に言葉を濁したが、脅迫の意図は明白だった。

電話口は再び沈黙し、今度はさらに長い時間が流れた。

政司は抑え込まれた荒い呼吸音をはっきりと聞き取り、

自分が息子の弱点を握ったと確信した。

やがて、冷たく温度のない修矢の声がようやく返ってきた。「……わかった。行く」

政司の顔に勝ち誇った笑みが浮かんだ。

「だが……」修矢の声には鋭い警告がこもっていた。「次はない。さもなければ、俺が何をするか分からないと思え」

そう言い放ち、電話は再び切られた。

暗転した画面を見つめながら、政司の笑みはいっそう深まった。

どれほど優秀であろうと関係ない。結局は自分の手のひらの上で踊っているにすぎないのだ。

尾田家の真の勝者は、この尾田政司なのだから。

政司の脅しは、暗い影となってハレ・アンティークを覆った。

数日後の午後、黒いベントレーがハレ・アンティークの前に静かに停まった。ナンバープレートが示すとおり、その来訪者の身分は明白だった。

政司は高価なオーダーメイドのスーツに身を包み、大勢のボディガードを従えて、堂々とハレ・アンティークへと足を踏み入れた。

彼は作り笑いを浮かべながら、店内に並ぶ精緻な彫刻を見回し、まるで普通の客のように振る舞った。

「川崎社長、ご盛業のようで」政司が口を開いた。

のぞみはすぐに一歩前へ出て、さりげなく遥香の前に立ちふさがり、警戒の目を政司に向けた。「尾田さんにお越しいただけるとは。お迎えもできず失礼いたしました」

政司の視線はのぞみを越え、遥香に注がれた。「川崎社長、今日は招待状をお届
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