月宮のことを考えると、どうしても雅之というクズが頭に浮かんでしまう。あんな奴と友達でいられるんだから、月宮もロクなもんじゃないに決まってる。かおるは冷たく笑って、「訴えたいなら勝手にどうぞ。私はもうお世話なんかしないから!」と言い放ち、電話を切って月宮の番号を即ブロックした。カエデビルの中。月宮は突然電話を切られたまま、困惑した表情を浮かべていた。え、これって…八つ当たりされてんのか?元は雅之が原因なのに、なんで俺が巻き込まれなければいけないんだ?月宮は仕方なくため息をつき、すぐにかおるにメッセージを送ろうとしたが、彼女にブロックされていることに気づいた。この女、ちょっとやりすぎだろ…月宮は皮肉な笑みを浮かべ、別の電話番号を探し出してかけた。「ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ」と冷静に話した。…かおるはカエデビルで里香をずっと見守っていて、何かあったらどうしようと心配していた。そんな中、午後になって上司から電話がかかってきた。「かおる、聞いたけど、月宮さんを殴ったって?」上司の声は震えていた。かおるは顔を曇らせ、「どうしてそれを知ってるんですか?」と尋ねた。「こっちの質問を答えるんだ!月宮の部下が今日会社に来て、君に責任を取らせるって言ってたのよ。かおる、君は彼の世話をするために休暇を取ったんじゃなかった?今どこにいるの?30分以内に月宮のところに顔を出しなさい。それができないなら、もう会社に来なくていい!」そう言って、上司は電話を切った。かおるの顔には怒りが浮かんだ。やっぱりあいつ、ろくでもない奴だ。会社にまで言いつけるなんて!「何かあったの?」その時、里香の掠れた声が聞こえた。かおるは急いで振り返ると、里香がドアの枠にもたれて立っていた。彼女は一日中寝ていたおかげで、体調は随分良くなっていたようだ。「大丈夫、ただの迷惑電話だよ!」かおるはにっこりして里香に近づき、「今、体調はどう?」と尋ねた。里香は「お腹が空いた」と答えた。かおるは笑いながら、「じゃあ、何かおいしいもの頼もうね。ちょっと待ってて」と言った。里香は微笑みながら水を飲みに行った。かおるが出前を頼んだ後、「さっき月宮から電話あったの?」と里香が尋ねた。かおるは驚いて、「どうしてわかったの?」
かおるは月宮をちらりと見て、不思議そうに「あなた、そんなに優しいの?」と尋ねた。月宮は何も言わず、ただ微笑んでかおるを見つめ続けていた。かおるは少し考えた後、気持ちを落ち着けた。今は、里香の名誉を取り戻すことが一番大事だ。もし月宮が本気で協力してくれるなら、状況が好転するかもしれない。「手伝うわ」かおるは月宮の乱れたベルトが気になり、近づいてしゃがみ込み、細い指でそれを結び直し始めた。かおるが近づくと、彼女の淡い香りがふわりと鼻をくすぐった。月宮は彼女の顔をじっと見つめながら、ふと口を開いた。「君、芸能界に向いてると思うけど、どう?」かおるはベルトを結び終え、一歩後ろに下がりながら答えた。「私は芸能人になるつもりはないわ」かおるが離れると、その香りも消えてしまい、月宮の胸の奥にどこか寂しさがこみ上げてきた。月宮は一瞬目を光らせ、続けて言った。「俺はいつでも君を歓迎するから、考えが変わったら言ってくれ。半年以内に君を国内一流のスターにしてみせるよ」かおるは微笑んで、「気持ちだけ受け取っておくわ」と軽く答えた。一方その頃、里香は警察署に行き、食事の検査結果を確認しようとしていた。自分もあの食事を口にしたのに、どうして自分だけ中毒にならなかったのか、不思議でならなかった。しかし、警察署に到着すると、まだ検査結果は出ていないと言われた。里香はがっかりして外に出ると、すでに空は暗くなり、雲が重く空を覆いかぶさり、まるでその重みが心にのしかかるようだった。心がどんよりと沈んでいく中、里香はぼんやりと道端を歩いていた。その時、背後からバイクのエンジン音が迫ってきた。「危ない!」突然、誰かが里香の腕を引っ張り、横に引き寄せられた。バイクは彼女のすぐ横を猛スピードで通り過ぎた。もし間一髪で引き寄せられていなかったら、確実にぶつかっていただろう。「ありがとう…」驚きながら振り返ると、そこにいたのは祐介だった。「祐介さん?」祐介は少し眉をひそめていて、また髪色が変わっていた。今回は真っ白な髪で、その妖艶で精悍な顔立ちが際立って見えた。短くカットされた白髪は、まるで漫画から抜け出してきたかのように魅力的だった。「どうしたの?歩きながらぼんやりしてるなんて」祐介は疑問げな目で里香を見つめた。里香は
その言葉を聞いた瞬間、里香はこの件を思い出し、一瞬固まったが、首を振って「今は売るつもりはないわ」と答えた。祐介は頷きながら、何か言いたそうにじっと彼女を見つめていた。「じゃあ、私は先に行くね。じゃあね」里香がそう言うと、祐介は「うん」とだけ答え、振り返って、あの男たちの方へ歩いていった。里香は深くため息をつき、別の方向へ歩き始めた。今、頼りにできるのは検査結果だけ。それが出るまで、疑いが晴れることはない。今の自分にできることは、ただ待つことだけ。しばらく歩いていると、後ろから車のエンジン音が聞こえてきた。さっきのことがあったばかりなので、里香は横に避けてぶつからないようにした。「ピッ!」ところが、その車は里香の横でスピードを落とし、クラクションを軽く鳴らした。振り返ると、祐介が車の中から微笑んでいた。片手を窓枠に置いて、淡い笑みを浮かべながら「乗って、送ってあげるよ」と言った。里香は驚いた。祐介がそのまま行ってしまうと思っていたのに、車を取りに行っていたなんて。「祐介さん、本当に大丈夫だから。家はここからそんなに遠くないし、ちょっと歩けば着くから」里香は遠慮がちに断ったが、祐介は「ちょうど俺も帰るところだし、道も同じだから気にしないで。友達じゃないか」とさらりと言った。その一言に、里香が言おうとしていた言葉は消えてしまった。祐介は命の恩人。これ以上彼の申し出を断り続けるのも、さすがに失礼だ。そう思った里香は微笑んで「じゃあ、お言葉に甘えて」と言い、助手席のドアを開けて車に乗り込んだ。祐介は車を発進させ、カエデビルの方へ向かって走り出した。運転は無造作で、それでも精巧な顔立ちにはどこかいたずらっぽい笑みが浮かんでいた。「聞いたけど、雅之が中毒になったんだって?」里香は驚いて、「どうして知ってるの?」と尋ねた。祐介は「雅之くらいの立場なら、この冬木で何かあったらすぐにニュースになるよ」と言い、続けて「君、そのことで落ち込んでる?」と彼女を一瞥しながら尋ねた。里香は軽く頷いた。祐介は興味深そうに「実はさ、君たち二人がどうして一緒にいるのか、ちょっと興味あるんだ。別に変な意図はないけど、君たちの身分や地位が全然違うし、生活が交わるなんて想像もしてなかったからさ」と言った。里香は一瞬言葉に詰
「祐介兄ちゃん、どうして二宮家のことに興味を持ったの?」電話の向こうで、驚いた様子で相手が尋ねた。祐介はゆっくりと答えた。「おじいさんに、ちゃんとした成果を出せって言われてたからさ。ちょうどそのつもりだったんだよ」相手はさらに驚いて言った。「まさか、喜多野家に戻るつもり?前は喜多野家には興味ないって言ってたじゃない」祐介は淡々と答えた。「今は興味があるんだけど、ダメか?」「いいえ、もちろん歓迎するさ!待ってて、すぐに調べるから!」電話が切れると、祐介の目に一瞬、冷たい光が宿った。一体、何が起こっているのか?里香の青白い顔が頭に浮かび、祐介はハンドルを握る手に力が入った。里香は2日間待ったが、検査結果はまだ出ていなかった。その日の朝、いつも通りに出勤しようとドアを開けると、桜井が立っていた。里香は不思議そうに「何か用?」と尋ねると、桜井は職業的な笑顔を浮かべ、書類を差し出した。「これ、離婚協議書です。社長がすでにサインしましたので、あとは小松さんがサインすれば、婚姻関係は正式に解除されます」里香は一瞬固まり、ドアノブを握る手に力が入り、指の関節が白くなったのを感じた。ずっと待ち望んでいた離婚が、今このタイミングでやってきた。喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか?「本当に冷血な男ね」里香は冷笑して言った。冤罪を押し付け、責任をなすりつけて、今度は彼女を捨てようとしていた。こんな話が通るわけがない。「確認するから貸して」里香は手を伸ばすと、桜井は離婚協議書を彼女に渡した。里香がサインすれば、今日の任務は完了する。しかし、里香は書類をじっと見つめた後、突然それを引き裂いた。驚いた桜井は、「小松さん、これは一体…」と呟いた。ずっと離婚を望んでいたはずなのに、なぜ彼女は協議書を引き裂いたのか?里香の目には冷たい光が宿り、「離婚はしてもいいけど、今はダメ。毒を盛ったのは私じゃない。それを証明して、雅之に謝罪させるまで、絶対に離婚しない!」と強く言った。すべての責任を押し付けて、里香を捨てようなんて、そんなことは許さない!里香は引き裂いた紙くずをゴミ箱に投げ入れ、ドアを閉めてそのまま出勤した。桜井は呆然としていた。どうしてこんなことになったのか?病院で桜井の話を聞き、雅之の鋭
里香は会社で孤立していた。 彼女はマツモトとのプロジェクトチームから外されてしまった。プロジェクトはすでに終盤に差し掛かっていて、特に里香の手が必要とされていなかったからだ。 里香はその通知を受けたとき、やっぱりなと思い、冷静な気持ちで日常の仕事をこなしていた。 ただ、周りの同僚たちも、里香が孤立していることを感じ取っていた。以前は里香に近づいていた人たちも、次々と距離を置き始めた。 それが逆に彼女にとっては、静かな時間をもたらしていた。昼食の時、一人の配達員が大声で「小松里香さんの荷物です!」と叫んでやってきた。 何も買っていないのに、どこからこの荷物が来たのかと不思議に思いながらも、里香は手を伸ばして受け取った。それは小さな箱で、軽くて中で何かがガタガタと音を立てていた。 里香が差出人を確認すると、それは匿名だった。 少し躊躇したが、開けることはしなかった。 以前、誰かに尾行されて小道に引きずり込まれ、危うく命を落としかけたことがあった。それに加えて、その後血まみれの写真を送られてきた経験もあるため、彼女はこの不明な荷物を軽々しく開ける気にはなれなかった。 荷物を机の上に置き、里香は食堂に向かった。しかし、まだ食べ終わらないうちに、一人の同僚が慌てて駆け寄ってきて、顔色を青ざめさせながら「小松さん、大変!早く戻って確認して!」と叫んだ。 里香は眉をひそめて、「何があったの?」と尋ねた。 同僚はまるで恐ろしいものを見たかのように、何も言えずに「うまく説明できない。君が戻った方がいいよ、本当に怖いから!」とだけ言った。 里香は急いで箸を置き、オフィスに戻った。 すると、彼女のデスクの周りに人が集まっていて、何人かは顔色が青ざめ、他の人は嫌悪感を露わにしていた。「これは一体何だ?」 「こんなものが送られてくるなんて!」 「小松さんは一体何をしたんだ?どうしてこんな気持ち悪いものが送られてくるんだ?」 里香は周囲のざわめきを聞き、顔が真剣になった。 「どいて」 里香がそう言うと、みんなすぐに道を開け、彼女のデスクの上に置かれた開封された荷物の箱を見せた。 「小松さん、よく戻ってきてくれたね。誰が君に送ったものか確認して」 「本当に気持ち悪い
里香は冷たい目で大久保を見つめ、「無断で私のものに手を出して、それで済むと思ってるの?」と鋭く言い放った。 大久保は顔をさらに険しくし、「よくもそんなことが言えるわね?」と反撃しようとした。 「これ以上言い返すと、ただの罵り合いじゃ済まないわよ」と、里香は冷たく言い切った。 大久保は一瞬黙り込んだが、すぐにマネージャーを呼びに行った。マネージャーの山本がすぐにやってきて、荷物の中身を見て顔色を変え、里香に向かって「小松さん、これは君のものですか?」と尋ねた。 里香は冷たい表情を崩さず、「どういう意味ですか?」と逆に問い返した。 「こんな気持ち悪いものを会社に持ち込むなんて、何考えてるんだ?同僚たちが仕事に集中できなくなるじゃないか!」と山本は声を荒げた。 以前、山本はこんな態度を取る人ではなかった。 里香がマツモトグループのプロジェクトを担当していたからだけでなく、上司の雅之が彼女に対して曖昧な態度を取っていたからだ。 しかし今日、里香をプロジェクトチームから外すように桜井から指示を受けた時、山本は驚いた。 遠回しに理由を尋ねたが、桜井は何も言わずに電話を切った。 その時、山本は里香が失脚したのではないかと感じた。 雅之が彼女に興味を失ったのかもしれない。それで、山本の態度も変わったのだ。里香は眉をひそめ、「この荷物は他の人が私に送ったもので、こんなものが入っているとは知らなかった。それはさておき、大久保さんが私の許可なく勝手に手を出したことについては、どうお考えですか?」 山本は一瞬言葉に詰まり、大久保を見た。「なんで小松さんのものに勝手に手を出したんだ?気分が悪くならなかったのか?」 大久保は得意げに笑いながら、「そうね、これからは彼女のものには触れないことにするよ」と言った。 山本は里香を見て、顔を曇らせながら「早くこの気持ち悪いものを処理しなさい。次があれば、もう来なくていいから」と言い放った。里香は、明らかにターゲットにされていると感じ、拳を握りしめた。 机の上の荷物を見て再び顔色が青ざめると、近くにあった袋を手に取り、それを覆ってゴミ箱に捨てた。 再び自分の席に戻ると、手足がまだ冷たかった。 この荷物の差出人は、前回メッセージを送ってきた人物
里香は一瞬立ち止まったが、そのまま目をそらさずに歩き続けた。 桜井は深呼吸をして彼女に近づき、「小松さん」と声をかけた。 里香は足を止め、「何か用?」と冷たく尋ねた。 桜井は書類を取り出し、職業的な笑顔を浮かべながら「サインをお願いします。社長にも、小松さんにもいいことになるので」と言った。 里香の顔色が一変し、桜井が持っている書類に視線を向けた。「どういうこと?私がサインをしない限り、毎日これを持ってくるつもり?あんな嫌がらせをしながら?」 桜井は少し焦りながら「それなら毎日持ってきますけど、嫌がらせなんてしていませんよ」と答えた。 ただ、誤解されたくないという気持ちが強かった。里香は冷淡に「あなたじゃないなら、雅之の仕業でしょ。大して違わないわ」と言い放った。 桜井は言葉を失った。里香が何かを誤解していることに気づいたが、あえて説明はしないことにした。 勝手なことをすれば、社長が不機嫌になるだろうから、まずは雅之に報告しておこうと考えた。 「小松さん、サインをお願いします」と桜井は書類を里香に差し出したが、また破られるのではないかと心配だった。 結果的に、里香は書類を受け取り、振り返ってその場を去った。 「え、小松さん?」 桜井は驚いて、すぐに追いかけ「どこに行くんですか?」と尋ねた。 里香は冷たく「離婚の話をしに、直接彼に会わなきゃ」と答えた。 桜井は戸惑いながらも「でも、社長は…」と口を開きかけたが、里香はすでに道端のタクシーに乗り込んでいた。 しばらく呆然としていた桜井は、スマホを取り出して雅之に電話をかけた。 「社長、小松さんが離婚の話をしにそちらに向かっています」 返事がないまま、電話はすぐに切られた。病院に着いた里香は、雅之の病室の前でボディーガードに止められた。 「離婚の話をしに来ました。雅之に伝えてください」と、里香は冷たい目で二人のボディーガードを見つめた。 二人は視線を交わし、一人が病室に入っていった。しばらくして戻ってくると、「どうぞ」と里香に手で合図した。 里香は離婚協議書をしっかり握りしめ、病室に入った。 看護師が横を通り過ぎ、里香が部屋に入ると、病床の傍に座る夏実の姿が目に入った。 彼女は優しく雅
里香の目が冷たくなり、「証拠はあるの?」と問いかけた。 夏実は「雅之があなたの作った料理を食べて中毒になったんだから、証拠なんていらないでしょ」と言った。 里香は「その料理、彼が自分で買ったものよ。あなたの理屈で言えば、彼が自分で毒を盛って私に罪を着せたってことになるんじゃない?」と返した。 「あなた!」夏実の顔が険しくなり、「それは無理があるわ!」と怒った。 里香は「あなたの言い分よりは筋が通ってるわよ」と冷ややかに言った。 二人の間に緊迫した空気が流れた。 「もうやめて!」 そのとき、雅之が口を開いた。彼の美しい顔は険しく、冷たい目で里香を見つめながら、「僕がどうして君と離婚しなきゃいけないか、分かってるだろう?里香、悪いことは言わないから、早くサインして…」と続けた。 「嫌だって言ったら?」 里香は雅之をじっと見つめ、かつて愛していた男を目の前にして、心の中で嘲笑していた。 「私を殺すつもり?」 里香の軽やかな声は、まるで羽のように雅之の心に届いたが、彼はなぜか苛立ちを覚えた。 離婚したいと言ったのは里香なのに、今さら何を言っているのか? 雅之は少し低い声で、「離婚の条件に不満があるなら言ってくれればいい」と言った。 指がわずかに震えたが、里香は冷静を装いながら、「この事件が解決するまでは、私はあなたと離婚しない」と言い放った。 雅之の眉が険しくなった。 横から夏実が「小松さんがどうしても離婚しないというのなら、法的手段を取るしかないわね」と言った。 「すでに警察に通報しているわ。検査結果が出たら、後悔するがいい」と里香は冷たく返した。 その言葉に夏実は一瞬驚き、目が揺らいだ。 雅之は夏実に「先に帰ってくれ」と静かに言った。 夏実は心配そうに「でも…」と迷った。 「大丈夫だ」 雅之は夏実を安心させるように見つめた。 夏実は立ち上がり、病室を出て行った。 雅之は彼女が去るまで目をそらさなかった。 里香は彼をビンタしたい衝動を抑えきれなかった。 そんなに名残惜しいのか? そんなに彼女が好きなのか? じゃあ、私は一体何なの? 里香は椅子を引いて座り、澄んだ目で雅之を見つめた。 雅之は眉をひ
月宮の目を見つめながら、かおるはしばらく黙っていた。――月宮と縁を切る?無理に決まってる。月宮家は冬木じゃいろんな人脈が絡んでて、普通の集まりでも顔を合わせることなんてざらにある。だから、唯一の方法は距離を取ること。あとは冷たくするしかない。それに、こんなことで月宮と揉めたくもなかった。「じゃあ、それで決まりね。あの人からまた連絡きたら、すぐ教えて」かおるは、本気でこれ以上この話を引きずる気はなかった。月宮は口元に微かに笑みを浮かべ、「もちろん」と答えた。そして、かおるのそばに腰を下ろし、じっと見つめながら聞いた。「一緒に帰るか?」明日は大晦日。結婚してから初めての年越しで、年が明けたらすぐに式も控えている。かおるは「うん」と頷き、立ち上がりながら言った。「ちょっと、里香に声かけてくるね」月宮も頷いた。「一緒に降りようか」玄関に向かって歩きながら、かおるはふと思い出したように聞いた。「そういえばさ、雅之って今何してるか知ってる?全然連絡ないし、音沙汰なしじゃん」月宮はどこか意味ありげな目でかおるを一瞥し、「さっき里香と話したけど、彼女、雅之には全然興味なさそうだったよ」と言った。かおるはその言葉に少し違和感を覚えた。でも、里香の最近の様子を思えば、あながち間違いとも言えず、それ以上は何も言わなかった。「じゃ、その話は置いとこっか」階段を降りたかおるは、里香に冬木へ帰ることを伝えた。「ほんと、あんたって根性ないんだから」里香は笑ってからかうと、それを聞いた月宮は眉をひそめた。「かおる、やっと機嫌取れたばっかなんだから、邪魔しないでくれる?小松さん」里香はそれを無視して、かおるに持たせる荷物を用意させた。かおるは遠慮なく、それらを全部受け取った。玄関まで来て、かおるは里香をぎゅっと抱きしめた。「じゃ、数日後に戻ってくるから。外寒いし、見送りはいいよ」「うん」里香は頷き、二人の背を見送った。ふと振り返ると、賢司が階段から降りてきた。黒のタートルネックニットがよく似合っていて、姿勢もしゃんとしていた。「お兄ちゃん」里香が声をかけると、賢司はそれに応えて尋ねた。「もう帰ったのか?」「うん」里香が頷いた。「誰が?」ちょうどそのとき、景司
かおるは思わず目を見開いた。賢司は立ち上がり、彼女のほうへ歩いてきながら尋ねた。「離婚するのか?」かおるは首を横に振った。「別にケンカしたわけでもないのに、なんで離婚しなきゃいけないのよ」賢司はすでにかおるの目の前に立っていて、その言葉を聞くなり、ふいに手を伸ばした。かおるはとっさに身構えて二歩後ろに下がり、背中がドアにぶつかった。そのまま彼を警戒するように睨みつけた。「なにするつもり?」賢司はじっとかおるの目を見つめ、その緊張感を察すると、さらに冷たい表情になってドアノブに手をかけ、そのままドアを開けて彼女を外へ押し出した。「人妻が俺の部屋にいるとか、どう考えてもアウトだろ」そう言い残して、さっさとドアを閉めた。「ちょ、ちょっと、あんた……!」かおるはその場で呆然と立ち尽くした。閉まったドアを見つめながら、何も言い返せなかった。こ、こんな人……どうしてこうなのよ。でも、まぁ、言ってることは正しい、かも。「かおる」そんなことを考える間もなく、月宮の声が聞こえてきた。振り返ると、彼が階下のリビングに立ち、上を見上げてかおるを見ていた。今さら隠れても無意味だし、逃げるタイミングも失っていた。かおるはそのまま階段を下りて、「なによ」と声をかけた。月宮は、どこか冷めた表情をしたかおるを見つめながら近づいてきて、手を取り、真剣な眼差しで言った。「話をしよう」かおるは手を振り払おうとしたが、月宮の力は強くて引き抜けなかった。「手を放して」にらみつけながらそう言うと、月宮はきっぱり言った。「無理だ。一生、放さない」その言葉は強引で、少し傲慢だった。そして、その瞳には、はっきりとした独占欲がにじんでいた。ずるい。こんなふうにされるの、なんか……嫌いじゃないかも。「何を話すのよ?」「どの部屋に泊まってる?」月宮が尋ねた。その言葉を聞いたかおるは、一気に目を見開いて彼をにらんだ。「はぁ!?どういう意味よ?まだ話す前から、もうそういうこと考えてんの?つまり、あたしに会いに来た理由って、それ!?」月宮はすかさず、かおるの口を手でふさいだ。目を閉じると、リビングにいた里香を見て「彼女の部屋はどこだ?」と尋ねた。里香はぽかんとしながらも、指で部屋の
一言で、その場に火薬の匂いが立ち込めたような緊張が走った。月宮はほんの少し眉を上げ、凛とした表情の里香を見つめながら、ぽつりと聞いた。「……俺、巻き込まれてる感じ?」「えっ?」里香は一瞬、その意味がつかめず、きょとんとした。けれど、月宮の笑みはすぐに消え、声にも冷えた色が混じりはじめる。「おかしいと思わなかったか?なんで雅之が急に錦山を離れて、しかもずっと連絡してこないのかって」その言葉に、里香の表情もさらに冷たくなった。「それは彼の問題よ。私には関係ないわ」「はっ」月宮は小さく冷笑した。「関係ない、ねぇ……よく言うよ。俺はずっと、あんたら二人が揉めたり、傷つけあったりしてるのを黙って見てきた。口出しは一切しなかった。でも、雅之には何度も言ってきたんだ。本心から目をそらすなって。後悔するようなことはするなって。アイツもちゃんと変わろうとしてた。それくらい、あんたもわかってたろ?でも……お前、もう雅之のこと、愛してないんだろ?」月宮の視線が鋭く突き刺さった。その言葉に、リビングは一瞬、重い沈黙に包まれた。里香は何も答えなかった。「……そうか。もう本当に気持ちはないんだな」それ以上は追及せず、月宮は話を続けた。「だったら、雅之のこれからがどうなろうと、お前には関係ない。俺もこれからは、雅之のことでお前を巻き込むようなことはしない。今日ここに来たのは、かおるを連れて帰るためだ。戻るかどうかは、本人とちゃんと話して決めたいと思ってる」「彼女、会いたくないって言ってたわ」「それでも構わない。ここで待たせてもらうさ。恋愛ってやつはな、結局、腹割って話さなきゃ始まらない。誰も何も言わなかったら、口なんてあっても意味ねぇからな」その言葉に、里香の胸がわずかに揺れた。腹を割って話す――……そうだ、自分も雅之に、ちゃんと聞くべきなのかもしれない。少なくとも、彼に説明の機会くらいは与えるべきだ。その頃、二階の部屋では、かおるは、浴室から出てきた大柄な男を目にして、思わず目を見開いた。広い肩幅に引き締まった腰、はっきりと浮き出た筋肉のライン。短髪をタオルで拭うたびに、その腕の筋肉がぐっと浮かび上がり、ただ立っているだけでも圧を感じる。濡れて乱れた髪。額の下からのぞくその瞳は、どこか冷たく、じっとこち
かおるは彼をじっと見つめながら言った。「お兄ちゃん、それってどういう意味?私みたいに元気で可愛くて綺麗な妹が増えるのが嫌なの?」そう言いながら両手で頬を押さえて、ぱちぱちと瞬きをした。景司は淡々と笑いながら答えた。「俺は別に構わないけど、ある人はそう思わないかもしれないな」「え?」かおるはきょとんとした顔をしてから、すぐに里香の方を見た。すると、里香は両手を広げて「私は何も言ってないよ」と無言でアピール。となれば、「ある人」っていうのは……賢司しかいない。かおるは少し不満げに唇を尖らせた。だめだ、やっぱりちゃんと賢司に直接聞かなきゃ。どうしてそんなに私のことが嫌なの?その頃、秀樹と賢司の話し合いは、もう2時間近く続いていた。ふたりがリビングから出てきた時、階段の下で腕を組んで立っていたかおるの姿が目に入った。「おじさん、もう遅いですから、お休みになってください」かおるが声をかけると、秀樹は軽くうなずいて、「うむ、お前たちも早く休め」と言い、自室へと戻っていった。かおるはすぐに賢司の方へ向き直った。「賢司さん、ちょっとお話いいですか?」賢司は片手で袖を整えながら、ゆっくりと階段を降りてきた。すらりとした長身に整った顔立ち。気品と冷たさを醸し出しながら、無表情のままかおるを見下ろした。「用件は?」かおるはずばり聞いた。「私のこと、何か不満でもあるの?」「別にない」賢司はそう言って、かおるの横をすっと通り過ぎ、バーカウンターで水を汲んだ。かおるはその後を追いかけ、身を乗り出すようにして尋ねた。「じゃあ、私のことどう思ってるの?」「特に何も思っていない」かおるは内心、答えに戸惑いながらも、真正面からは聞けなくて、自分の指を軽く噛んだ。「それって……」「言いたいことがあるなら、はっきり言え」賢司の言葉にかおるは真剣な眼差しを向けた。「おじさんが私を養女にしたいって話してるのに、なんであなたは反対するの?」賢司は水を一口飲み、喉仏を上下させてから静かに答えた。「瀬名家には、娘はひとりで充分だ」はっきりそう言われてしまうと、さすがに言い返せなかった。かおるは悔しそうに賢司を睨みつけた。「……やっぱり、私のこと嫌いなんでしょ?」そう言い捨てて、そのまま踵を返し行っ
「えっ!?」かおるは彼女の話を聞いて、目を見開いた。聡が雅之の手下だったなんて……「ちょっと待って」手を上げて考え込みながらつぶやく。「東雲凛、東雲新、東雲徹、東雲聡……なるほど、全部繋がってたのね!」里香:「……」かおるはじっと里香を見つめ、「こんなに共通点があったのに、全然疑わなかったの?本当に?」里香は素直に首を横に振った。「うん」「はあ……」かおるは深いため息をついた。何て言ったらいいんだろう。雅之は答えを目の前に差し出していたのに、彼女は気づかなかった。聡を信じてたから?それとも、そもそも雅之のことを意識してなかったのかな?たぶん、両方なんだろう。かおるはそっと彼女を見つめ、「じゃあ今、雅之に怒ってるの?」里香は答えた。「怒っちゃダメなの?」かおるは顎に手を当てて考え込んだ。「もちろん怒っていいと思うよ。でもね、聡がそばにいたから、万が一のときすぐに見つけてもらえたんだし、前の一件も、結局は雅之が聡を通して助けてくれたんでしょ?ちゃんと考えてみたら、正しいとも間違ってるとも言いきれない気がするんだよね」里香は無言になった。かおるはそんな彼女の様子をうかがいながら、静かに言った。「里香ちゃん、一番つらいのは、彼が何も言わずにいなくなったことなんじゃない?何の説明もなく」里香は唇をぎゅっと噛んだ。「別に気にしてない」そう言って、立ち上がり、階段を上がっていった。「あっ!」かおるは慌てて後を追い、里香の顔を覗き込みながら言った。「ねえ、月宮に話してみよう?」「やめて!」里香はかおるを睨みつけ、「聞かないで。月宮にも言わないで。今は彼に会いたくないし、何も聞きたくないの」「わかった、わかった、話さないし聞かない。他のこと話そう!」かおるは彼女の感情が不安定な様子に気づいて、急いでそう言った。妊娠中の里香は気分の起伏が激しく、さっきまで笑っていたかと思えば、次の瞬間には泣き出すこともあった。だから、まわりの誰もが彼女の気持ちを気遣っていた。夜。秀樹、賢司、そして景司が帰ってきて、かおるの姿を見つけると嬉しそうに声をかけた。かおるの明るく飾らない性格はみんなに好かれていて、家族も彼女のことを気に入っていた。賢司は彼女の薬指に光る指輪をちらりと見て、表情を
彼らの様子を見つめていると、自然と里香の胸があたたかくなる。これが「家族」というものなのかもしれない――そう思える、その感覚がとても心地よかった。でも、夜中にふと目を覚ますたび、どうしても雅之のことを思い出してしまう。前触れもなく姿を消し、嘘をつき、それきりずっと何の音沙汰もない……一体、どういうつもりなんだろう?こっそりいなくなっておきながら、今は消息すら分からない。あのとき交わした約束って、全部嘘だったの?年末も近づいたある日、かおるがスーツケースを引っ張って突然やって来た。ドアを開けるなり、ソファにドカッと腰を下ろし、腕を組んで不機嫌そうな顔をしている。使用人からの知らせを受けて里香が階下に降りていくと、そんなかおるの姿が目に入った。「どうしたの? 何かあった?」すると開口一番――「月宮と離婚する!」と、かおるが声を荒げた。「え?」里香は驚いて彼女を見つめた。「どうしてそんなことに?」かおるは使用人が運んできたジュースを受け取って一気に飲み干すと、怒りを込めた口調で言った。「あいつ、初恋の相手がいたなんて一度も言わなかったのよ!その子が帰国してきてるっていうのに、まだ黙ってたの。たまたま食事してるところを見かけなかったら、完全に騙されてたわ!」「えっ?」里香はしばらく考えてから、「でも、それって本当に初恋の相手だったの?」と慎重に尋ねた。かおるは力強くうなずいた。「間違いないわ!」「じゃあ、その子とどういう経緯で食事することになったのか聞いた?ただの友達同士の集まりとか、そういうのじゃなくて?」「そういうパターン、もう知ってるって!」かおるはむっとして言った。「初恋の子がいきなり帰国して、元カレを取り返そうとするって話。私と月宮の周囲にちょくちょく顔を出して、あきらかに月宮のことまだ好きなんだと思う。月宮はただの友達だって思ってるかもしれないけど、男ってさ、そういうのに簡単に引っかかるんだから。それで、向こうはあの手この手で仕掛けてきて、私は我慢するしかなくて、結局月宮はその子をかばってばかり……まるでラブコメのドロドロ展開みたいになるのよ。で、最後にはバッドエンド!」かおるは両手を広げて、すべてお見通し、と言わんばかりの表情を浮かべた。それを見て、里香は思わず苦笑して
里香はそのまま退職のメールを聡に送った。すると、すぐに聡から直接電話がかかってきた。「里香、親のこと見つけたんでしょ?これからは錦山に残るつもりなの?」聡の口調は相変わらず軽く、まるで友達同士のようだった。里香は淡々と答えた。「うん、もう離れるつもりはない」家族がここにいる限り、離れるわけにはいかない。聡は少し残念そうに言った。「はぁ……あなたって本当に優秀だし、私もあなたのこと好きだった。ずっと私のところに残ってくれてたらよかったのに」里香は冷静に尋ねた。「それ、本心?それとも雅之からの任務?」「な、何……?」聡は一瞬言葉を失ったが、すぐに気づいたようで、慎重な口調になった。「もう知ってたの?」里香は声もなく、少し笑みを浮かべた。「それで、いつまで私に黙ってるつもりだったの?」聡は少し気まずそうに、「ごめん、本当に全部、あの人の指示だった。でもね、出発点は悪くないの。あの人、あなたを守りたかったんだ……」と言った。里香の声は冷たかった。「目的は監視であって、保護じゃない。そのことはもう全部分かってる。騒ぐつもりはないけど、お願いだから友達のふりして話しかけないで。まるでピエロみたいな気分になるから」聡はしばらく黙っていたが、やがて「分かった、もう連絡しない」と言った。電話を切った後、里香の心は非常に複雑だった。信頼していた友達が、実は自分を監視していたなんて。こんなこと、どうやって受け入れればいいのか。里香はバルコニーに座り、外の景色を見ながら、言い表せない寂しさを感じていた。大晦日まであと一週間。かおるの帰還により、瀬名家の家の中は華やかに飾られ、今年の正月はとても盛大に行う予定だった。さらに、いくつかの分家の親戚も呼んで、みんなで集まることになっていた。里香はすでに妊娠して二ヶ月近い。お腹はまだ平らだが、体調はあまりよくなかった。顔色は青白く、吐き気も強く、よく眠り、精神的にも元気がなかった。その様子はすぐに瀬名家の人たちに気づかれてしまった。秀樹は心配そうに彼女を見つめ、「里香ちゃん、体調悪いのか?」と尋ねた。彼女はクッションを抱えて一人用のソファに縮こまるように座っていた。虚ろな目でその言葉に返事をした。少ししてからようやく、「ああ……悪いんじゃなくて、妊娠して
「わかんない……」里香は戸惑いを隠せなかった。どうして祐介がそんなことをしたのか、自分にもさっぱりわからなかった。かおるが彼女を見つめて問いかける。「もう知っちゃった以上、これからどうするつもり?」里香はそっと目を閉じた。「私に何ができるの?祐介兄ちゃんには、今まで何度も助けられてきたのに。こんなことされて、気持ちまで知らされちゃって……でも、どうにもできないよ」かおるは静かに手を伸ばし、彼女の肩に触れる。ため息をついて、優しく語りかけた。「じゃあ、何もしないでいようよ。まるで最初から祐介のことなんて知らなかったみたいにさ」里香は何も言わなかった。ただ、その顔には深い苦しさがにじみ出ていて、顔色もひどく青ざめていた。そんな彼女の姿に、かおるの胸もぎゅっと締めつけられる。でも、何と言えばいいのか、わからなかった。「ていうかさ、本当に里香のことが好きだったんなら、ちゃんと告白して、正々堂々勝負すればよかったんだよ。それなのに、なんで蘭と結婚なんかしたの? 意味がわかんない」かおるは困ったような顔で首をかしげた。そのとき、里香の脳裏にふと月宮の言葉がよみがえった。祐介は喜多野家を完全に掌握するために、蘭と結婚した。「もういいよ、考えたって無駄だし。あなたの言う通り、最初から知らなかったことにしよう」かおるは黙ってうなずいた。冬木。雅之は長時間に及ぶ手術を終え、ようやく手術室から出てきた。だが、弾丸は心臓のすぐそばまで達しており、手術が無事に済んでも予断を許さない状況だった。しばらくはICUでの経過観察が必要だという。桜井が深刻な面持ちで月宮を見つめながら言った。「月宮さん、奥様にご連絡を?」月宮は病室の扉をじっと見据えたまま、硬い表情で答えた。「知らせてくれ。雅之が怪我をしたことは、彼女にも知ってもらわないといけない」桜井はうなずいてスマホを取り出し、里香へ電話をかけた。ちょうどその頃、里香のもとに一通のメッセージが届いていた。それは匿名のメールで、雅之の配下の名前と勢力範囲がずらりと記されていた。里香は戸惑った。誰が、何の目的でこんな情報を自分に送ってきたのか、見当もつかなかった。けれど、すぐに見覚えのある名前を見つけた。東雲聡。その下には、東雲凛、東雲新、東
「違うよ!里香ちゃん、それは君の考えすぎだって。俺は君を責めたりなんかしてないよ。それに、君は知らないかもしれないけど、前に何度か会ったとき、なんだか妙な気持ちになったんだ。理由もなく、無性に君に近づきたくなるような……そのときは不思議だなって思ってたけど、今になってよく考えてみると、それってきっと、血の繋がりからくる家族の絆だったんだと思う。ただ、当時はそこまで考えが至らなかっただけなんだよ」景司は真剣な口調でそう言いながら、まっすぐに里香を見つめた。その瞳はとても誠実で、嘘のないものだった。「君が妹だって分かったとき、本当に嬉しかったんだ。だから、そんなこと言わないでよ。これ以上は……聞いたら本当に悲しくなる」里香は彼を見て、ふっと微笑んだ。「だから、ちゃんと話しておきたかったの。そうすれば、無駄な誤解もなくなるでしょ?」「うん、君の言うとおりだね」景司は満足そうにうなずいてから、小さな綺麗な箱に目をやりながら言った。「さあ、開けてみて」「うん」里香は頷いて、箱を開けた。中には翡翠のブレスレットが入っていた。透き通るような美しい翡翠で、思わず目を奪われるほどだった。彼女の目が輝く。「このブレスレット……すっごく素敵。すごく気に入った!」景司は嬉しそうに微笑んだ。「気に入ってもらえてよかったよ」すると、少し表情を引き締めて、静かに言った。「実は……ずっと君に話してなかったことがあるんだ」景司は少し複雑な顔をして、じっと里香を見つめた。「ん?」ブレスレットを手の中で転がしながら、里香は不思議そうに彼の顔を見つめて聞いた。「なに?」「前に君が誘拐されたこと、あったよね。あの件……誰がやったか、知ってる?」景司の視線は真剣そのものだった。里香はゆっくり首を横に振った。「知らない」景司は小さくため息をつきながら、言った。「祐介だったんだ」「えっ? そんな、まさか!?」その言葉を聞いた瞬間、里香の顔色が一変した。反射的に否定の言葉が口をついて出た。まさか祐介が……?どうして、そんなことを……?でも、ふと思い出す。あの時、監禁されてから目が見えなかった。だから相手の顔はわからなかった。でも、もし知ってる相手だったなら、その時の違和感も説明がつく。今、景司