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第44話

Author: 風待 栞
警察の場慣れた対応は手早く、バーはすぐに秩序を取り戻した。

目撃者も多く、動画という決定的な証拠もあったため、水琴と鹿耶は簡単な事情聴取を受け、店側への損害賠償について話し合った後、すぐに解放された。

警察署から出ると、一台の高級車がすぐ目の前に静かに停まっているのが見えた。二人が出てきたのに気づくと、七緒が窓を開けて手を振る。「お二人さん、さあ早く乗ってくださいっス!」

開いた窓の向こう、後部座席に座る男の端正な横顔のシルエットがうっすらと見えた。水琴がわずかに躊躇した、その次の瞬間には、鹿耶がすでに彼女の手を掴み、車へと駆け寄っていた。

「やったー!こんな時間だし、タクシー捕まらなかったらどうしようって思ってたんだよね!」

鹿耶はひょいと助手席に乗り込み、水琴を後部座席へと追いやった。

水琴が後部座席のドアを開けると、すらりと伸びた長い脚が目に飛び込んでくる。上質な生地のスラックスは、一本のシワもなく美しくプレスされていた。訳もなく、心臓が小さく跳ねた。

車に乗り込むと、七緒の車からは、前回とは打って変わってアップテンポな曲が流れていた。鹿耶は助手席で、リズムに合わせ
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