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「これ、慶と碧の。何かあったらこの登録してあるボタンを押して電話するのよ」
小学校入学を目前にして、慶と碧にキッズスマホを持たせた。何かあったときに連絡できるようにGPSの見守り機能もあり、すぐに使えるように機能や登録する番号も少なくしてある。私が手渡すと、二人は目を輝かせた。
「お、慶くんと碧ちゃんスマホ持ったの?いいね。みーみとも番号交換してくれる?」
「うん、いいよー。みーみにお電話してもいい?」
「いいよ、待っているね」
護さんは、子どもたちと視線が合うように身体をかがめてから頭を撫でて、優しい笑顔で答えた。その姿は本物の父親のようで以前ならば微笑ましかった。
しかし、差出人Rからのメッセージを見て、瑛斗と電話をして以来、子どもたちや私に向ける優しい笑顔とは別の顔が彼にあるのではないかと、護さんのことがよく分からなくなっていた。
そして、瑛斗のことが話題に上がった時の彼の顔が本当の顔だったとしたら……。そう思うと、今こうして一緒にいる時の笑顔も作り笑顔に見えてしまい、私の心は複雑に揺れていた。
「あ、ママの番号しか登録されていないから、僕が二番目だ」
護さんは、アドレス帳を開
瑛斗side社長室の窓から見える街の明かりは、いつもと変わらず無機質に輝いている。しかし、俺の心境はそれとは対照的にドロドロとした不安と苛立ちに支配されていた。デスクに置いたスマホは、相変わらず華からの着信を告げることもなく、ただ黒い画面を晒している。そこへ空からの着信が入り、俺は導かれるようにすぐさまスマホを手に取り、通話ボタンを押した。「空か、どうだった。彩菜さんに会えたのか?」「……ああ。今、会場の外に出たところだ。瑛斗、今から言うことを冷静に聞いてくれ」受話器越しの空の声は、いつになく低く張り詰めていた。俺は背筋を正し、固唾を呑んで言葉を待った。空は、講演会での彩菜とのやり取りを、一言一句漏らさずに伝えてきた。「情報提供……警察や税関、それに『行方の分からない人物の目撃情報』だと?」「そうだ。彼女ははっきりと言ったよ。この記事を拡散させることで、普通に生活していても進展がない「探し物」をあぶり出すんだとね」「まさか……彼女の狙いは、俺との縁談そのものではなく……」「ああ、僕も同じ結論に達した。芦屋彩菜の真のターゲットは、瑛斗、君じゃない。玲さんだ。彼
空side「大変面白く大胆な発想ですね。ありがとうございます、心に留めておきます。ですが、一条グループとしては、まずは静観を貫く方針です。これ以上の余計な『話題』は、我々のブランドにとって必要ありませんから」僕は努めて穏やかに微笑みを浮かべて返した。内心の動揺を一切悟られないよう、表情筋を完璧にコントロールする。しかし、目の前の女性はその仮面を見透かしているかのようだった。「ふふ、そうですか。でも、一度動き出した流れは誰にも止められませんわ。相原専務も、せいぜい足元を掬われないようにお気をつけあそばせ。……ああ、王氏がこちらを見ているようなので、ここで失礼いたします」彩菜さんは優雅な笑みを残して、シャンパングラスを揺らしながら軽やかな足取りで別の来賓の方へと去っていった。彼女の背中を見送りながら、背筋に冷たい氷を押し当てられたような戦慄を覚えていた。彼女は単なる「お飾りの令嬢」などではない。自分の立場と、他人のゴシップという毒さえも戦略的な武器に変え、公然と人を弄ぶ覚悟のある極めて冷酷で危険なプレイヤーだ。(確かに、玲さんの情報を得るにはいいきっかけかもしれない。しかし、だからと言って、これ以上ゴシップ記事を煽るような真似はさせたくない。それに……彼女が言った『一度動き出した流れ』という言葉が気になるな。彼女はこのまま事態が揉み消されることを望んでいないようだった。もしかして、この記事の先にある『第2弾、第3弾』の策をすでに仕込んでいるのか?)
空side「情報提供ですか。たしかに最近のSNSを含めた拡散力は、既存のメディアを凌駕するほど凄まじいものがありますからね。ただ、その力は一度火がつくと制御不能になり、当事者が思ってもみなかった方向に動くこともある。非常に危うい刃だとは思いませんか?」僕が牽制を含めて問いかけると、彩菜さんは手に持っていたシャンパングラスを軽く揺らし、黄金に輝く液体を見つめながら答えた。「確かに、誤った見解で暴走する方も中にはいらっしゃるでしょう。ですが、確率で言えばそれは一部に過ぎません。そのリスクと、情報を享受することで得られる莫大なメリットを天秤にかける必要があります。……もっとも、その情報の内容や重大性によっては、警察や税関が動くような『大事』に発展する可能性もありますけれど」「……随分と物騒な話ですね。警察や税関だなんて、まるでサスペンスドラマの中の事件のようだ」「ええ、これは事件ですわ。そして、決してドラマなんかじゃありませんのよ、相原専務」彩菜さんの声のトーンが一段下がり、周囲の喧騒が遠のくような錯覚に陥った。彼女の瞳には一切の迷いがない。「リスクにも勝る情報提供とは、具体的にどのようなことをお考えなのですか?」「それは、聡明な相原専務の頭の中にも既に浮かんでいるのではありませんか?…&hell
空side都内の高級ホテルで開催された王氏の講演会の会場には政財界の重鎮たちが顔を揃え、独特の緊張感と華やかさが入り混じっていた。僕は瑛斗の代理として、一際目を引く華やかなドレスを纏った芦屋彩菜さんの元へ歩み寄った。「本日はお招きいただき、ありがとうございます。一条からも事前に連絡があったかと思いますが、本日、代理で参加させていただきます相原です。よろしくお願いいたします」僕が丁寧に挨拶をして名刺を渡すと、彩菜さんは一瞬だけ瑛斗が来なかったことに落胆したような表情を浮かべた。だろう。しかし、彼女はすぐに笑顔を作り、自分の名刺を差し出して名刺交換に応じた。「相原専務ですね、今日はよろしくお願いします。一条社長が来られなくて残念ですが、どうぞよろしくお伝えください」「ええ、一条もこちらの講演会に参加するのを非常に楽しみにしておりましたので、本人はとても残念がっておりました。急な用件が入りまして」「あら、そうですの。最近のあの騒動を気にして人目を避けていらっしゃるのかと思いましたわ。もしそうなら、そんなに気にせず参加すればいいのにと思っていましたが、それなら仕方ありませんね」扇子で口元を隠すように笑う彩菜さんは、瑛斗が懸念していた通り、事態の深刻さを全く感じていないようだった。それどころか、このスキャンダルを楽しんでいるようにさえ見えた。「仕事面以外で世間の注目を集
瑛斗sideコンッ、コンコンッ――――翌日の午前八時半。まだ出社している人間が少なく静寂としたフロアに社長室のドアをノックする音が鋭く響き渡った。返事をすると、空が落ち着いた表情で立っていた。「空、朝早くにすまない。頼みがあるんだが、来週の火曜日、彩菜さんに招待された王氏の講演会を俺の代わりに出席してくれないか。今、彼女と公の場で接触することは、火に油を注ぐようなものだ」空は少しだけ目元を緩めてからしっかりと頷いた。「……そうだね、分かったよ。今、瑛斗が彼女に会うのはリスクが大きすぎる。彩菜さんには僕から挨拶してくるね」空は笑っているが、その笑顔の裏には何か底知れない計算が渦巻いているようで、もし彼が味方でなかったら恐ろしく感じるほどの威圧感があった。俺は、その頼もしさに救われる思いで小さく口角を上げた。「今回のスキャンダルの件、空はどう思う? 偶然にしては出来すぎている」「瑛斗や彩菜さんは、経済メディアには顔を出しているけれど、本来は一般人だ。その二人が熱愛記事を取り上げられるのは、違和感とを感じるね」「そうだよな。今まで雑誌に載ることはあっても
華side「私が、もっと早く言って片づけを代われば良かった。華さんの綺麗な手を怪我させてしまい、すみません。消毒液をかけますので、少し沁みますよ」先生は丁寧に傷口を洗い流し、清潔なハンカチで私の指をギュッと握って止血してくれた。「いえ、私の不注意でご迷惑をおかけして、本当にすみません……」「それはいいんです。誰だって心が沈む日はある。……実は、今日、華さんが大丈夫かずっと気になっていたんです」「え……それは、どういう?」「ごめんなさい。実は、ここに来る途中でコンビニに寄ったら、週刊誌の気になる見出しを見つけてしまって読んでしまいまして。……だから、もし華さんの元気がなかったら、何か僕に出来ることはないか、ずっと考えていたんです」先生もあの記事を見たことに心臓が嫌な音を立てて跳ね上がった。「そうでしたか、ご心配おかけしてすみません。お心遣いありがとうございます」絆創膏を貼り終えて、私は小さくお礼を言ってから手をあげようとすると、先生は私の手を握ったまま離そうとはしなかった。指先に先生の温かい熱がじんわりと伝わってくる。







