LOGIN華side
玄関先では、久保山をはじめ、長年私たちを支えてくれた家政婦や使用人たちが列を作って、私たちを待っていてくれた。久保山が使用人たちを代表して深く頭を下げる。
「久保山、今まで本当にありがとう。みんなにも心から感謝しています。色々とお世話になりました。子どもたちがここまで元気で大きく育ったのも久保山たちがいてくれたおかげよ」
涙を堪える私に、久保山もつられて涙腺が潤んでいた。家政婦の中には、ハンカチで目元をおさえて泣いている者もいた。
「とんでもないことでございます。でもこれからは、華お嬢様や慶様、葵様に毎日会えないかと思うと寂しい限りです。皆様の
瑛斗side「……もう三十年以上も前の話だったから、華と君が結婚する時は敢えて話さなかったのだがね。実は、神宮寺家と三村家には深い確執があってね。かつて大きなビジネストラブルに見舞われ、なかなか和解ができず、当時には珍しく裁判までに至ったのだよ」「神宮寺家と三村家が裁判……ですか?」「ああ。新規取引先の参入を巡っての対立だった。結局、相手方の不当性が認められ、神宮寺家には一切の非がないとしてお咎めなしとなり、裁判を起こした三村側が裁判費用を全額負担することで決着した。一時は裏で悪質な嫌がらせも受けたが、しばらくするとそれも収まり、私はすべて終わった過去のことだと思っていたんだ……」神宮寺会長は、悔恨の念を滲ませながら静かに言葉を続けている。思ってもみなかった告白に俺は息を呑んだ。「それが、今になって……華と玲が成人してから、一条家と神宮寺家の間に気味の悪い出来事が不気味に続いている。三村君が一条グループの副社長の座に収まったのもそうだ。断ち切ったはずの三村家との関わりが、再び出来てしまった。そして、今の三村家は、神宮寺家ではなく一条家を直接のターゲットにしているように思える。……もしかして、神宮寺家が一条家と婚姻関係を結んだからこそ、奴らの狙いが一条家へとシフトしてしまったのではないかと……。瑛斗君、本当に申し訳ない。すべての根源は、我が家にあるのかもしれないんだ」そう言って、神宮寺会長は俺に対して深々と頭を下げた。今まで親父の口からも、神宮寺家と三村家の間のそんな凄絶なトラブルなど一度も聞いたことはなく、初めて知る歴史に戸惑いを隠せなかったが、同時に胸の中で疑問が芽生える。(いくら激しい損害を受けたとはいえ、三十年も前のビジネス上の遺恨だけで、ここまで執念深く家族全員を巻き込むような陰湿な復讐を仕組むだろうか……)「会長、どうか頭を上げてください……。実は、私の方からもお話ししなければならない重要な事実があります。……以前、電報社が主催したパーティーに招待された際、三村家の方々を順番に紹介されました。その中に……私の父と極めて深い繋がりを持つ人物がいたのです。その人の名は、三村雅(みむら みやび)。電報社会長の息子に嫁ぎましたが、ご主人が病死された後は本家を離れ、別邸で暮らしています。そして彼女は……その別邸で数年間、三村ジョニーと一緒に暮らして
瑛斗side三日後の夜、俺はある人物と会うために、都内にある高級割烹料理店の個室へと入って行った。接待でも利用する店で個人のプライバシーがしっかりと守れており、ここなら安心して話が出来る。約束の時間の二十分前に到着し、案内された静かな和室の畳の上で、背筋を伸ばし正座をして待ち続けた。今日、一体どのような口からどんな真実が語られるのか。落ち着かない胸騒ぎが止まらず、静まり返った部屋の中で何度も腕時計をチラリと見ては、針の進みに気を揉んでいた。待ち合わせの七分前になると廊下の床を踏みしめてこちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。 背筋を正しなおして膝の上で固く拳を握り締める。襖に大きな人影が映り込み、スッと静かに開く音が部屋中に響き渡った。「お待たせしたね。忙しいのに、わざわざ時間を作ってもらってすまない。今日は来てくれてありがとう」「いえ……お電話をいただき光栄です。ご無沙汰しております。……神宮寺会長」そこに立っていたのは、華の父親であり神宮寺グループのトップである神宮寺会長だった。 会長とこうして直接顔を合わせるのは、華が長野の別荘で暮らしていた頃以来で、実に三年ぶりになる。あの時は、三上のマンションに囚われていた華を救出することで互いに必死で、まともに言葉を交わす余裕などなかった。こうして落ち着いて面と向かって話をするのは、一体いつ以来だろうか……もう遠い昔のように思えるほどの年月が流れていた。
瑛斗side「彼女を守りたいのなら、なぜ潔く遠ざからないのですか。元夫としての未練ですか? それとも、ただの身勝手な執着ですか?」華が事故に遭った翌日、病棟で北條湊に突きつけられた問いが、二ヶ月が経過した今もなお、俺の胸に鋭い毒針のように刺さったまま抜けない。「身勝手な執着……か」社長室のデスクで、俺は自嘲気味に呟いた。 過去の愚かな自分を振り返るたび、強烈な吐き気と自己嫌悪が押し寄せてくる。離婚の直接的な引き金となった、華による多額の海外送金疑惑。そして、華が妹の玲を嫉妬から海外へ追いやったという話もすべては、玲によって巧妙に仕組まれた嘘であり、真実を知った時には何もかもが遅すぎた。「あの海外送金も、三村たちから貰った金だったのかもしれないな……あの時、もっと口座の画像を見ておけば……もっと詳細をしっかりと知っておけば……」玲は、華の代わりに俺の妻になるとすぐに親父に掛け合って一条ホールディングスの副社長となった。俺の両親の前ではいい顔をしていたが、社内では裏で横暴なパワハラをしており、社員が大量離職。好き勝手するために空は有能過ぎて邪魔だった。そう考えた玲は俺に内緒で子会社に左遷させ、実権を握ろうとしていた。会社を内部から腐らせた挙句、巨額の資金横領を繰り返して証拠が揃い捕まえようとしたところで逃走。後日、玲の実母の櫻子も姿を消し、事件は
華sideこの日の東京は、朝から冷たい雨が窓ガラスを強く叩きつけていた。子どもたちを学校へ送り出し、一人きりになって静まり返ったリビングで、私は冷めた紅茶のカップを手に外の暗い空をぼんやりと眺めていた。だが、意識の向かう先にあるのは、いつだって瑛斗のことばかりだ。あの事故があってからというもの、瑛斗とは一切の連絡を絶っている。本当ならあの日、私は瑛斗と会い、玲と三村ジョニーについて詳しく話を聞くはずだったのだ。 しかし、待ち合わせ場所に向かう途中でトラックと衝突し、そのまま病院へ搬送されてしまった。心配して病室へ駆けつけてくれた瑛斗。だけど、翌朝、彼は病室で湊さんが私の肩を優しく抱き寄せている光景を目撃してしまったのだった。 そのまま背を向けて走り去る瑛斗を追いかけた湊さんに対し、彼は『華たちとはもう会わない。あなたに頼みます。』と宣言し、一人病院から去っていった。(あの日……瑛斗は私に何と言おうとしたの? 何を打ち明けてくれるつもりだったの……?)瑛斗に会うことも、玲たちのことを聞く機会も失ってしまい、今となってはもう分からない。そして、今だけじゃなく、ふとした瞬間に、病室へ駆け込んできた時の瑛斗の顔が胸を締め付けるように蘇るのだ。私の無事を確認し、心底安堵して瞳に涙を浮かべていたあの顔。力強い腕で私を抱きしめ、『無事で……良かった…&hel
華side「神宮寺家と三村家でビジネストラブルがきっかけで恨まれていて、私が瑛斗と結婚したから一条家も標的になったということですか……?」「それは……」食い気味に質問する私に、お父様は口ごもって言葉に詰まっている。けれど、このことだけは確認せずにはいられなかった。私と瑛斗が結ばれたこと自体が、瑛斗を危険に巻き込んだそもそもの原因だったとしたら――。「一条家が三村家と元々関わりがあったのか、今となっては分からない……だが、三村家の誰かが何らかの目的をもって一条家に近づいたのは確かだ……ところで、長谷部さんのところは一体、どうして買収先として狙われたんだ?」お父様の問いかけに、私は胸の奥の重苦しい塊を押し殺しながら答えた。「それは……最初は、三村の方から真珠さんに『知人の会社を紹介したい』と商談の話を持ち掛けてきたそうなの。だけど、具体的な仕事の内容はまったくなくて、瑛斗や空くん、そして一条の情報について根掘り葉掘り聞いてきたそうで、不審に思った真珠さんが空くんに相談したみたいなんです。その時には、瑛斗も空くんもすでに玲と三村の繋がりを怪しんでいたそうで『絶対に関わらない方がいい』と空くんが助言したら、真珠さんが『利用しようと近づいたなら、逆に自分が三村から話を聞き出す』と言い出して……」「なんだって……あの子が……!? あの子自ら、そんな危険な真似を申し出たというのか!?」お父様は驚愕のあまりガタリと身を乗り出し、その後、深く大きなため息をついて額を手で覆った。守るために必死になって遠ざけたはずの実の娘が、自らその闇の懐へ飛び込んでいったという現実に衝撃で言葉を失っているようだった。「ええ……そうみたい。それで、三村と密に連絡を取っていたけれど、それが逆に三村側に怪しく感じられたみたいで……牽制と手中に収める目的で、縁談に見せかけた買収の話を持ち出してきたみたいなの。だから、三村たちが真珠さんと神宮寺家の関係を知って狙ったわけではないのかもしれないけれど……」「そうか。それにしても……玲も真珠も、なぜ三村家とそこまで深い繋がりを持っているんだ……」「瑛斗たちも調べているみたい……。もしかしたらの話だけれど、神宮寺家に届いた手紙は玲が入れたんじゃないかって……うちの玄関の防犯カメラは、目立つように設定してあるでしょう?消印や筆跡を残さないために住所
華side「あの子を……真珠を危険な目に遭わせないために長谷部さんたちに預けたというのに……まさか、すでにそんな被害に遭っていたなんて……長谷部さんご夫妻にも、本当に申し訳ないことをしてしまった……」父は深い後悔と痛恨の色を滲ませ、頭を抱えて低く呻いた。苦痛に歪むその顔を見つめながら、私はさらに一歩踏み込んで問いかける。「三村たちが神宮寺家と真珠さんの血縁関係に気づいていたのだとしたら、長谷部さんたちご夫婦も危険に晒されています。すぐさま対処しなければなりません。お父様、前に三村の名前を出した時、お父様は私に『これ以上近づくな』と強く仰いましたよね。あれはどうしてですか? お願いです、本当の理由を教えてください」今まで何度真実を知りたいと訴えても、固く口を閉ざしてきた。だが、手放した娘にまで魔の手が迫っているという現実を知り、ついに覚悟を決めたのだろう。 重苦しい沈黙の後、深く長い息を吐き出すと、意を決したように重い口を開いた。「……三村家とはな、昔ビジネス上で大きなトラブルがあったんだ。法的には神宮寺側に一切の落ち度はなかったのだが、三村側からすれば、神宮寺が三村の新規取引先を横取りしたような形になってしまってね」「ビジネストラブル……?」「ああ。そのことが直接的な引き金となり、三村家







