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―――――週末の日曜日
花村の運転する車で、母が眠る神宮寺家の墓地へと向かった。道中、父は慶と蒼にせがまれてしりとりをやっており、車内は終始賑やかだった。父の優しい笑顔を見ると、私が抱く疑念は的外れなのではないかと思えてくる。
霊園の入口にある花屋で色鮮やかな花束を二つ購入し、静寂な敷地に入る。神宮寺家の墓は、広大で格式高い墓所の中にあった。
中央に建つ巨大な墓石とその隣に設けられた墓誌。慶と蒼は初めてみる墓石に目を丸くしながら黙っていたが、父や私の真似をして恐る恐る手を合わせている。
(お母さま、ずっと顔を出せずに申し訳ございません。私も出産をし、二人の子どもの母親になりました。お母さまに私も会ってみたかった、そして、お母さまに子どもたちと会わせたかったと思う時もあります。お母さまは何を思っていましたか、あの日、どんなことを思っていましたか―――)
心の中で母へ語り掛けていると、花村が水桶と柄杓を持って近づいてきた。
「お嬢様、水を持ってきました」
「花村、ありがとう」
私は、墓石にある花筒の水を綺麗なものに差し替えてから、先程購入した花を挿して、墓石と墓誌に丁寧に水をかけていった。墓誌にさしかかったところで母の名前が掘られている部分で目が留まった。
瑛斗side「ああ。このバーの件は私も当事者だから誤りだと分かる。しかし、真実かどうかよりも、大切なのは世間がどう見るかだ。いくら当事者が誤報だと分かっていても、周りが誤報だと思わなかったら、それは捻じ曲げられたものが『真実』として受け止められてしまう」「それは……」会長の言葉は、冷徹でありながらもビジネスの論理だった。「この先、世間がどんな反応をするか分からないが、周囲が納得する方法を選択しなくてはいけない場面もくるかもしれないことを肝に銘じておけ」「それでしたら、この記事は根も葉もない誤報だと言わせてください。何も言わなかったら肯定したことになる。それだけは絶対に嫌です」「では、これを否定したことによって世間からネガティブなイメージはつかないか?お前が一方的に関係を否定して逃げたなど、彩菜さんの立場を傷つけたと受け取られないか。彩菜さんは女性をターゲットとした事業を展開している。そのファンである女性たちがお前にいい印象を持たなければ、不買運動を起こす可能性だってあり得るんだぞ」華に、俺が彩菜との関係を認めたと思われることだけは何としても避けたかったが、会長は、想定出来るあらゆるリスクを指摘してきた。「世間の反応を見た上で今後の方針を考えろ。あと誰が仕掛けたものなのか、もし芦屋なら向こうの意図も深く探る必要がある」
瑛斗side「まったく……なんでこんな記事が載ったんだ!」朝一でコンビニに走り、彩菜に言われた週刊誌を買ってから社長室に籠もり、記事をもう一度隅から隅まで読み漁っていたが怒りは収まらなかった。スキャンダル風に書かれている記事には、ビジネスの思惑が合致したなど、恋愛以外にも利点があり、まるで俺たちが悪巧みを考えているかのように書かれている。記事の端々から、悪意と作為的な編集が感じられた。俺は冷静さを取り戻そうと、デスクの内線で秘書を呼び出し、この記事の編集者に抗議をする段取りと、連絡先を至急確認するように指示をすると、秘書は恐縮しながら部屋を後にした。そして、会社について一時間も経たないうちに、父である会長から至急、会長室へ来るようにと電話があった。不満気な声で言われなくても用件が分かり、重い足取りを鼓舞するように早めていった。コンコンッ――――「失礼します」ノックをしてから扉を開けて礼をすると、デスクの肘付きの椅子を回転させて、会長が俺にギロリと睨むような鋭い視線を向けてくる。その目には、失望と怒りが明確に宿っていた。「何の件で呼ばれているかもちろん分かっているだろうな?」
華side【一条グループ御曹司CEO♡芦屋グループ令嬢・A氏と親密愛、両会長公認で再婚秒読み】買ってきてもらった週刊誌の一面には、派手な見出しが踊っていた。私は、震える手でページをめくり、記事の内容を追った。週刊誌には、瑛斗と彩菜さんがホテルのバーから出てくる写真や、両会長を交えて食事をしたことなど、二人が特別な関係だと思わせる内容が書かれている。しかし、その記事や見出しよりも目を疑ったのは休日の日にお忍びデート後として紹介されている写真だった。「この服装って……私たちと水族館に行った日のものじゃない?」人目につかぬようにサングラスと帽子で変装しつつも束の間の休日を楽しみ、その後、瑛斗のマンションに入って行ったと写真の横に小さな文字で注記されている写真には、蒼が気に入っていたゴッホの向日葵のTシャツを着た瑛斗が映っている。撮影した月日も私たちが会った日と完全に一致しており、偶然とは思えなかった。(水族館に向かっている途中で瑛斗のスマホが光った時に、彩菜さんの名前が表示された気がしたけれど、あれは見間違いじゃなかったのね。二人で会う約束をしていて、その連絡だったの?)家まで送ってもらった後、まだ一緒にいて欲しいという子どもたちに対して、瑛斗は「このあとどうしても外せない用事があって明日も朝早い」という理由で子どもたちを宥めていた。(あ
華side水族館に行った十日後、学校に行く子どもたちを見送ってから部屋に戻り、スマホを確認すると瑛斗から着信が入っていた。「瑛斗から電話?しかも平日のこんな朝早くに何かあったのかしら?」電話は一回だけでなく時間をおいて五回も履歴が残っており、嫌な予感が駆け巡り、すぐさま折り返しの電話を掛けた。瑛斗も気にかけていたようで数回のコール音の後、すぐさま着信へと切り替わった。「もしもし、瑛斗?」「ああ。実はどうしても華に話をしたいことがあって……」「どうしたの?そんなに慌てて」歯切れが悪く気まずそうに話す瑛斗の声が気になりながらも尋ねると、小さく息を吐いてから瑛斗は言葉を続けた。「昨夜知ったんだが、芦屋グループの会長の娘・彩菜さんと俺のスクープ記事が今日、発売の週刊誌に載るそうなんだ。記事には、俺の離婚歴についても触れられている。週刊誌には、抗議と取り消すように電話を入れていて、華や子どもたちの名前は出ていないから大丈夫だと思うんだが、もし華たちが何か迷惑行為を受けたりしたらすぐに教えて欲しい」瑛斗の話に、冷たい水をかけられたような寒気が全身を襲ってきた。「週刊誌?……スクープ記事って。どんな内容なの?」「華には見て欲しくないんだが、俺と彩菜さんが熱愛関係にあるという内容だった。でも、それは誤解で、彩菜さんとは断じてそんな関係ではないんだ。俺は、華と子どもたちと一緒に……」「話は分かったわ。何か問題があれば連絡する。それじゃ」瑛斗の必死な釈明を遮るように、私の指は無意識のうちに通話終了のボタンを押していた。二人の熱愛、そして私や子どもたちのことが世間に知られてしまうかもしれないということに、私は酷く動揺していた。(誤解……?でも、熱愛関係だと書かれるほど親密な状況があったから記事になったんでしょう?)家族四人で楽しく休日を過ごした直後だっただけに、彩菜との熱愛記事は裏切られたような感覚に襲われた。執事に頼み、週刊誌を買ってきてもらいす
瑛斗side茶封筒を開けて中から出てきたのは、まだ発売されていない週刊誌のゲラ刷りのようなものだった。目立つように縁取りされた見出しと写真を見て、俺は紙を持つ手が怒りで震えていた。【一条グループの若き御曹司社長♡芦屋グループ令嬢と熱愛発覚!連日に渡るお泊り愛】そこにはホテルのバーから二人で出てくるときの写真や、セミナーのチケットを受け取った日の写真が使われていた。ホテルのバーにはお互いの父親である会長もいたが、角度なのか、悪質な加工なのかまるで二人きりで行ったような写真になっている。さらに、水族館に行った日の帰り、マンション前でチケットを受け取った時の写真も掲載されている。ラフな私服でサングラスの俺と女優帽子を被った彩菜が映っており、休日に二人でお忍びデートと記事には紹介されていて何もかもがでたらめだった。「なんだ、これは!嘘ばかりじゃないか。それに芸能人でもないのに、なんでこんな記事が出るんだ!!」「それは私にも……。ただ、記事には一条社長の結婚歴も書かれています。内容からすると、一条社長サイドの誰かが流したように見えますが」「どこの週刊誌だ!発売は?こんな想像だけで描いたような記事を流すなんてどうかしている!!」彩菜は動揺する俺をよそに、冷静沈着だった。
瑛斗side彩菜からチケットを受け取った一週間後。仕事が終わり、秘書にマンションのエントランスで送ってもらい家の中に入ろうとすると、目の前から黒塗りの高級セダンが音もなくエントランスに近付いてきて、わざとらしくハイビームでライトを点滅させてきた。あまりの眩しさに腕で顔を覆い目を細めると、後部座席から芦屋彩菜の整った顔がはっきりと見えた。(芦屋彩菜?何故、彼女がまたここにいるんだ?)エントランスに堂々と停車すると、運転席から体格のいいスーツを着た男が降りてきて俺に近づいてきた。「一条様、初めまして。私、彩菜様の運転手をしている西と申します。彩菜様が一条様にお話があるとのことです。」「話?こんな時間に一体どんな内容だ?」「私は、何も存じ上げていません。彩菜様には車までお連れするようにと言われたものでして。ここでは人目につくので、どうぞ車の中にお入りください」(この西という男と話をしても何も解決しないだろう。それに西の言う通り、これ以上エントランス前に目立つ車を停めていたら周囲の目につく。何より華に知られたくない)内心の苛立ちを抑えながら、警戒を最大限に高め、彩菜が乗っている車の後部座席の扉を開けて中に入った。