Share

第3話

Author: べつに
「慎吾、カメラのメモリがいっぱいみたい」

綾菜が困ったような顔で言った。

慎吾は私を一瞥してからカメラを受け取り、操作した。

「昔の無駄な写真ばかりだ。消せばいい」

私と慎吾が付き合い始めてから結婚するまでの、長い数月をを記録した写真が、あっけなく初期化された。

二人を見ないようにして、私はフェンスに掴まり、遠くの太陽を眺めた。

リストの完了まで、あと6つ。

山を下りて、慎吾はまず綾菜を家まで送った。

車のドアにもたれかかって綾菜が建物に入るのを見送る。風がタバコの匂いを運んできて、私は慎吾に言った。

「やめたんじゃないの?」

慎吾は話しかけられたことに気づかなかったのか、数秒してから答えた。

「悩み事があるときだけだ。これで頭がすっきりする」

白くたなびく煙の中で、慎吾は私を振り返った。

「美優、俺にはまだ分からない。どうしてリストなんてこだわるんだ?俺たちにもう可能性はないだろう」

いつも慎吾がこういう話をするときは、やけに真剣になる。

かつて私と結婚の誓いを交わした時と同じような表情で。

そんな情熱的だった過去が、今では見る影もないほど哀れだ。

私は目の奥が熱くなるのを堪えながら、言い返すよりも早く、慎吾は言葉を重ねた。

「いいさ、深く考えないことにした。

残りの内容にはもう、綾菜は連れて行かない。だからお前も約束を守って、期日がきたらサインをしてくれ」

慎吾はタバコの火を踏み消し、運転席のドアを開けた。

「タクシーはすぐ拾えるだろう。一人で帰ってくれ。

俺たちが二人きりで乗ったら、綾菜が拗ねるから」

拗ねる……

慎吾が一番よく使うようになった言葉だ。

結婚して6年。最初の3年、私は慎吾に事細かな報告と、常に甘やかすことを求めていた。

慎吾は最初こそ喜んでいたが、次第にそれが重荷になったようだ。

「美優、いつまで疑ったりして……そんなに執着しないでくれ。疲れるんだ」

そう言われ、私は慎吾が望むような妻になった。

夜中に何時に帰ろうと問い詰めず、慎吾が誰を助手席に座らせようと気にしない。

慎吾のために腕を磨いた料理も、もう振る舞うことはなかった。

しかし、そうして突き放すと、今度は「もう愛がない」と言う。

そして、慎吾は綾菜が好きになった。

「綾菜は俺への独占欲が強いんだ。出先では細かく連絡をしないといけない。

綾菜は焼きもち焼きでさ。お前にあげた昔の物は、全部捨ててくれよ」

かつて慎吾が「重荷」と切り捨てた言葉が、今や彼自身の幸福の源となっている。

……

翌日からも、慎吾は真面目にリストの消化につき合ってくれた。

ずっと行っていなかった小さな定食屋へも行った。

慎吾がまだ売れない頃、ここの定食が何よりものご馳走だった。

店はまだあるけれど、店主が変わったからか、味も少し変わってしまった。

慎吾は少しも気にせず、道中の景色をスマホで綾菜に報告し続けた。

卒業した大学のキャンパスにも立ち寄った。

図書館で20歳の慎吾が私に手紙を渡したあの場所。

【連絡先を交換してくれませんか?】

今の28歳の慎吾は本棚に隠れて、綾菜の機嫌をとるのに必死だった。

……

システムから「完了」の通知が立て続けに届いた。

これほどの速さで終わるということは、慎吾は私というしがらみを一日でも早く清算して離れたいのだ。

リストの100番目が完了した日。それはありふれた、平凡な一日だった。
Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App

Pinakabagong kabanata

  • 雪が降りしきる中での別れ   第8話

    その背中は、記憶の中の慎吾とあまりに似ていたから。慎吾が年老いた姿なんて想像もしたことがなかったけれど、もし二人で一緒に歳を重ねたら、どんな景色が見えるだろうと夢見たことは何度もあった。一緒に白髪になるまで、添い遂げたかった。老人が何も答えず黙っているのを見て、日和がもう数歩近づいた。「おじいちゃん?」しかしその老人は答えず、逃げるように足早に人混みへ消えていった。私はそこにしばらく立ち尽くしていた。日和がまた私の手を引くまで。「ママ、どうしたの?」「ううん、何でもないよ」私は日和の手を握り直し、家路についた。しばらく歩いてから、日和が角にふと姿を見せた老人を振り返り、私を見上げた。「ママ、あのおじいちゃん、知り合いなの?」私が尋ねる。「どうしてそう思うの?」「だって、ずっとママのこと見てたもん」足が一瞬止まった。振り返ることはできなかった。目頭が熱くなったのを気づかれないようにそっと拭うと、私は日和を抱き上げ、質問には答えなかった。「パパを迎えに行こう?」日和が素直に頷き、私たちはその老人とは逆の方向へ歩き出した。私と日和の背中が完全に見えなくなった頃。慎吾の老いた顔は、ようやく顔を上げた。「美優、本当によかった」慎吾番外編。美優への想いを諦めたことは一度もなかった。最初はただ、この激しすぎる愛に疲れていたんだ。息をつく自由が、ほしかっただけ。なのに、美優を突き放すと、途端に彼女の愛が感じられなくなってしまった。今なら分かる。愛というものを、あまりに単純に考えすぎていた。ただ嫉妬したり、争ったりすることが愛の全てだと思い込んでいたんだ。でも、それは違った。本当の愛とは、手放すこと。心からの願いであり、切っても切り離せない絆だったんだ。美優がいなくなってから、綾菜とも縁を切った。綾菜のお腹の子も流れた。別れるとき、綾菜は俺に「最低ね」と言って、頬を叩いた。でももう、そんなことはどうでもよかった。頭の中は美優のことで一杯だったから。綾菜が自分から完全に消えてしまったなんて、到底信じられなかった。一生一緒だと、誓い合ったのに。これまで迷信など信じたことがなかったが、あちこちの神にすがるようになった。ただ一つ、確かな答えを得るためだけ

  • 雪が降りしきる中での別れ   第7話

    高級なレストランにラベンダーの香りが漂っていて、朔也はスマホから保存していた古いフィルム映画の映像を探し出す。スクリーンの淡い光が、その優しい瞳を照らした。「昔の映画が好きだって聞きました。週末、空いてたら一緒に行きませんか?」日常の中で、朔也は私のどんな些細な癖も覚えていた。残業で徹夜をする時は温かい牛乳を差し入れ、カレンダーには体調を気遣って予定を書き込んでくれた。それだけじゃない。料理の練習まで始めて、私が何気なく話した故郷の懐かしい味をそっくりそのまま再現してくれたのだ。朔也からのアプローチは、まるで春の陽だまりのような優しさだった。気づけば、私はすっかり彼の存在に包まれていた。ある激しい雨の日、私は足をくじいて病院に入院した。ずぶ濡れになりながら駆けつけてくれた朔也の手には、熱々のお弁当があった。「里芋をじっくり煮込んだんだよ」朔也はゆっくりと病室のベッドを動かし、私の背中に優しく枕を当ててくれた。「君のお母さんから聞いたよ。これが一番好きなんだろう?」どうしてだろう。そんな朔也の気遣いを感じるたび、私は涙が止まらなくなってしまう。朔也は優しく微笑み、指先で私の頬から伝う涙を拭ってくれた。手のひらの温度が、皮膚を通してじわりと心に溶け込む。「もう泣かないで。泣き虫さん」その瞬間、朔也の姿がかつての慎吾と重なった。でも、私は分かっていた。朔也は、慎吾ではない。私も一度だって、朔也を慎吾と重ねて見たりはしなかった。そしてまた一つ、誕生日がやってきた。朔也は郊外の天文台に連れて行ってくれた。屋根がゆっくりと開くと、満天の星空がこぼれ落ちてくる。「君の中に広がる星空を、知っているよ」朔也はさそり座の星雲を指さした。その声はわずかに震えていた。「でも僕は、君が空を見上げた時に隣にいて、足元を照らし続ける灯火でありたいんだ」流れ星が夜空を駆け抜ける時、朔也は誰かに願うこともせず、ただじっと私の横顔を見つめていた。その瞳は、どんな誓いよりも情熱的だった。それから私は、朔也の連絡を待つようになった。彼の静かな雰囲気と、降り注ぐ日差しの温もりを感じる毎日が好きになった。ある眠れない夜、ふと朔也が贈ってくれた詩集を開いた。表紙の端に書かれた繊細な文字に、心臓が高鳴る。【君は僕の

  • 雪が降りしきる中での別れ   第6話

    慎吾が綾菜にデレデレのメッセージを送っていたあの日々の光景……それに、あの時バスを追いかけて、あんなに間抜けな様子の慎吾……私は荒い息をついてベッドから起き上がり、悪夢から解き放たれた。周囲の状況を把握するより先に、見慣れた2つの影が駆け寄ってきて、私を強く抱きしめた。「美優、やっと目が覚めたんだね。お父さんもお母さんも、どれだけ心配したことか」実際にはもう8年も会っていなかった両親の姿を見て、慎吾のことで溜め込んでいたやりきれない思いが溢れ出した。両親は私の突然の号泣に驚き、病気への恐怖でパニックになっていると勘違いしたらしい。「大丈夫だよ、美優。私たちはずっと美優の側にいるからね。何が何でも治してみせるよ。今度はもっと大きな病院へ連れて行って、再検査しよう」母も目に涙を浮かべていたが、苦労してきたその手で、私の涙をそっと拭ってくれた。普段は強気な父も、背を向けて密かに涙をぬぐっていた。私は母の胸で「お父さん、お母さん」と何度も呼び続けた。私がこれほどまでに崩れ落ちた理由なんて二人には分からないだろうに。それでも私を優しく抱きしめ、落ち着かせてくれた。「大丈夫、美優。何があっても私たちが守るから」気持ちを少し落ち着かせると、両親は医師ともう一度今後の治療について話をしに行った。私はベッドで、頭の中のシステムを呼び出した。「システム、これって攻略失敗なの?なんで私の癌は治ってないの?」システムは変わらず冷ややかな声で答えた。「あなたは実質的にあの世界から逃げ出しただけで、攻略を完了してはいません。約束通りの、報酬は渡せません」少し残念だったが、それでも最後にこうして両親と一緒に過ごせただけで十分だった。するとシステムが数分間沈黙した後、突然また言葉を紡いだ。「お待ちください。状況の変化を検知しました。主システムへ照会を行います」……3日後、両親に連れられて東都の病院で再検査を受けた。医師がカルテの結果を長時間確認したのち、固唾を呑んで待つ私たち家族三人の前に、心からの笑みを浮かべて言った。「おめでとうございます。癌は誤診です。非常に健康ですよ」その言葉に両親は嬉し泣きし、喜びを噛みしめるように抱き合っていた。私は喜びと共に、なぜ癌が消えたのか疑問を感じ

  • 雪が降りしきる中での別れ   第5話

    随分と長い夢を見ていた気がする。夢の中で私は23歳で、大学を卒業したばかりなのに癌だと宣告された。だから脳内に謎の声が聞こえ、慎吾を落とせと命じられた時、私は迷わず承諾した。攻略さえ成功すれば、健康な体が手に入るのだから。私はまだ若くて、死ぬわけにはいかない。全国の美しい景色も見ていないし、恋のときめきもまだ経験していなかった。何より、両親を残して逝くことなんてできない。初めて慎吾に会った時、私は少し内心でほくそ笑んだ。私は大学4年、一度も恋愛なんてしたことがなかったのに、この世界に来たおかげで、就活する運命からは逃れられた。おまけに、こんなイケメンと恋ができるなんて、どう考えても得だ。だから慎吾の側に来た瞬間から、猛烈に攻略を開始した。同じ学部の学生という立場を使い、システムから得た情報を武器にした。そして、慎吾を追う女の子たちの中で、誰よりも一歩先に出た。慎吾の帰り道でわざと転んで見せたり、同じ選択科目を取って優秀な彼より先に高難度の問題を解いてみせたり、彼の母親の店で働き始めたりした。店で彼の母親を懐柔して「お嫁さんになってほしい」と言わせた時、私は令嬢キャラを保ったまま、口元を隠して恥ずかしそうに笑った。そうやってひたむきに頑張ったおかげで、全学年に国文学科のミスキャンパスの私が、金融学科の秀才、慎吾を追っかけているという噂が広まった。直接慎吾と話したわけじゃないけれど、周りから慎吾にはずっと「あの子がお前を狙ってるぞ」と聞かされていたはずだ。そしてようやく、図書館で慎吾から一枚のメモを受け取った。【連絡先、交換してくれませんか?】そのメモを見た瞬間、静かな図書館で私は我慢できず泣き出してしまった。その時は、願いが叶って攻略の光が見えたことに喜んでいたのか、それとも攻略するうちに、本当に慎吾を愛してしまったのか分からなかった。慎吾は優しく周りに詫びてから、私を連れて図書館の外へ出た。隣のあずまやで足を止めて、いつまでも泣き止まない私を見て、慎吾は面白そうに指で涙を拭った。「いつもの生意気な顔が、今日は泣き虫になっちまったか?」顔を上げると、身長190センチの慎吾の巨大な影が私を覆っていた。ずっと追っかけをしていたけれど、ここまで近づいたのは初めてだ。圧倒的

  • 雪が降りしきる中での別れ   第4話

    慎吾と映画館から出てくると、彼は映画の台詞をぼやき始めた。「あの時、目の前に誠実な愛があったのに、それを大切にしなかった。失って初めて後悔した。生きていて、これ以上の苦しみはないだろう」慎吾は苦笑した。例のリストを作ったあの日も、二人で同じ映画を見ていたからだ。あの頃の慎吾は私を抱きしめて、「俺たちがすれ違うなんてことは絶対にない」と言った。でも、今私を見つめる慎吾は「あの時の俺たちは、随分と幼かったな」と笑う。「そういえば後輩が俺のラインを聞いてきたとき、お前が俺の腕にすがりついて……『すみません。この人、私の彼氏なので』って」「すみません、この人、私の夫なので」過去の思い出と現実の声が、頭の中で重なった。あの頃と同じように、連絡先を渡そうと寄ってきた二人の女性。私は慎吾に代わって、その誘いを断った。二人が慌てて「すみません」と謝り、足早に遠ざかっていく。慎吾は、ただじっと私を見つめたまま、言葉を発さなかった。リストの100項目を全て終えたのに、システムからのクリア通知は一向に届かない。私は呆然としている慎吾に、「どうしたの」と尋ねた。長い沈黙の後、慎吾はどこか懐かしむように、そして惜しむように笑った。「なんでもない」私はそれ以上聞くのをやめて、お互いに一言も交わさないまま歩き続けた。慎吾から離婚協議書の話も出ず、私も切り出さなかった。3月末、空が急に曇り始め、すぐに小さな雪が舞ってきた。慎吾は私をバス停まで見送った。見上げると、ほんの少しの時間の間に、お互いの頭が雪で真っ白になっていた。「二人で降る雪が、今の私たちを包み込んでいるね」なんて言葉がふとよぎった。かつては大切に胸に留めておくべきことだったのに、二人がもう離れようとしている今になって、こんな形で滑稽に果たされるなんて。バスが止まって、私は堪えきれずに涙を流して笑った。こんなにも別れ際なのに、私はまだ慎吾を愛していることに気づいたからだ。慎吾は今までと違って、背を向けて去ろうとはしなかった。雪の中、慎吾は私の名前を呼んだ。でも車の音に遮られ、なんて言ったのか聞き取れない。私がバスには乗らず立ち尽くしていると、慎吾は綾菜からの電話に出た。「慎吾、いい報告があるの。あなた父親になるのよ!」

  • 雪が降りしきる中での別れ   第3話

    「慎吾、カメラのメモリがいっぱいみたい」綾菜が困ったような顔で言った。慎吾は私を一瞥してからカメラを受け取り、操作した。「昔の無駄な写真ばかりだ。消せばいい」私と慎吾が付き合い始めてから結婚するまでの、長い数月をを記録した写真が、あっけなく初期化された。二人を見ないようにして、私はフェンスに掴まり、遠くの太陽を眺めた。リストの完了まで、あと6つ。山を下りて、慎吾はまず綾菜を家まで送った。車のドアにもたれかかって綾菜が建物に入るのを見送る。風がタバコの匂いを運んできて、私は慎吾に言った。「やめたんじゃないの?」慎吾は話しかけられたことに気づかなかったのか、数秒してから答えた。「悩み事があるときだけだ。これで頭がすっきりする」白くたなびく煙の中で、慎吾は私を振り返った。「美優、俺にはまだ分からない。どうしてリストなんてこだわるんだ?俺たちにもう可能性はないだろう」いつも慎吾がこういう話をするときは、やけに真剣になる。かつて私と結婚の誓いを交わした時と同じような表情で。そんな情熱的だった過去が、今では見る影もないほど哀れだ。私は目の奥が熱くなるのを堪えながら、言い返すよりも早く、慎吾は言葉を重ねた。「いいさ、深く考えないことにした。残りの内容にはもう、綾菜は連れて行かない。だからお前も約束を守って、期日がきたらサインをしてくれ」慎吾はタバコの火を踏み消し、運転席のドアを開けた。「タクシーはすぐ拾えるだろう。一人で帰ってくれ。俺たちが二人きりで乗ったら、綾菜が拗ねるから」拗ねる……慎吾が一番よく使うようになった言葉だ。結婚して6年。最初の3年、私は慎吾に事細かな報告と、常に甘やかすことを求めていた。慎吾は最初こそ喜んでいたが、次第にそれが重荷になったようだ。「美優、いつまで疑ったりして……そんなに執着しないでくれ。疲れるんだ」そう言われ、私は慎吾が望むような妻になった。夜中に何時に帰ろうと問い詰めず、慎吾が誰を助手席に座らせようと気にしない。慎吾のために腕を磨いた料理も、もう振る舞うことはなかった。しかし、そうして突き放すと、今度は「もう愛がない」と言う。そして、慎吾は綾菜が好きになった。「綾菜は俺への独占欲が強いんだ。出先では細かく連絡をしな

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status