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第4話

Author: イカたまご
目の前が暗くなった。

「それから俺たち、飲み過ぎて、彼女からずっと君の話題を出されると、どんどん気持ちが荒れていってさ、完全に理性を失ってしまったんだ」

彼の声はどんどん小さくなっていった。

「琴葉、酒を理由に言い訳できないことはわかってる」

私の目から涙がポタリとこぼれ落ちた。

「だから、今やっと気付いた?」

その言葉に、一樹は固まった。

私は激しく震える指先で涙を拭った。

「嫌だった。

彼女があんなことを言い出して、私はすぐに断わったわ。だって、あなたを借りたいなんて、そんなの絶対に嫌だったから」

その瞬間、一樹の顔から完全に血の気が引いてしまった。

彼はその場にじっと動けなくなり、目を少し赤くさせた。

「君が『貸さない』って言った時に、俺はあの場に残るべきだったんだ」

その言葉を聞くと、さらに胸が塞いだ。

私は彼に背を向けて、引き出しの前まで行くと、そこから書類を取り出して机の上に置いた。

私はその書類と一緒にペンも事前に挟んでおいた。

一樹はそれを見た瞬間、呼吸が急に重たくなった。

「離婚届?」

私は頷いた。

彼は即座にそれを押し戻してきた。

紙がテーブルの上をかすって、私の手の甲にあたった。

「琴葉はまだ怒ってるんだ」

私はまた自分の元に戻ってきた離婚届を見つめ、虚しさを感じた。

しかも、一樹の声は私をなだめるような、呆れた声だった。

「琴葉、いくら怒りが収まらないからといって、俺たちの5年間を投げ出すようなことはないだろ?」

白くなるほど握りしめられた彼の指を見つめ、私は皮肉を込めて言った。

「私がどれだけあなたのことを想っているか知りたいと思っていたんでしょ」

私はペンを彼のほうへずらした。

「もう分かったじゃない。それなら今度は私が決める番よ」

一樹は私をまじまじと見つめた。

「琴葉、今君は感情が高ぶりすぎてるんだよ」

彼は離婚届をテーブルの片側へ押しやった。

「昨日のことは認める。君の気持ちが落ち着いてからまた話そう」

すると離婚届がひらひらと床に落ちていった。

その時、突然滑稽に思えた。

誕生日パーティーでは彼の行いを止めようとしたし、私は悲しくて泣きもした。それに離婚したいという意思もはっきりと示した。

しかし彼は、私がただ怒っているだけだと思っている。

この時、スマホが突然鳴った。

画面に友香の名前が表示された。

一樹はそれを一瞥するだけで、出なかった。

電話は続けて二回かかってきて、三回目は知らない番号からだった。

すると彼はようやく電話に出た。

電話越しに慌てる人の声が響いた。

「友香さん、胃から出血したって、さっき救急に運ばれていったばかりなんだ。先生があまり状況は良くないって、早くこっちに来て」

スマホを握る一樹の手には一気に力が入った。

彼は車の鍵をつかむと、私に背を向けて玄関に急いだ。

私は彼を止めなかった。

彼が靴を履き替えている時、私は口を開いた。

「一樹」

彼は焦った表情でこちらを振り向いた。

「病院に今すぐ行かないと、帰ってきたらまた話そう」

私は離婚届を今度はシューズボックスの上に置いた。

「今、玄関を出た瞬間、私たちに話し合いの余地はないわ」

一樹は眉間にきつく皺を寄せた。

「琴葉、こんな時に追いつめるなよ」

私はピクリと指先を動かした。

「別に追いつめてなんかないわよ」

「友香は胃から出血があったって」

彼は不満そうな口調で、まるで物分かりの悪い人間に諭すようにそう言った。

「琴葉はうちでおとなしくしてて。離婚については焦る必要はないだろ。俺が帰ってくるまで、怒りをどうやって発散させるかだけ考えていればいいよ」

私は呆然と彼を見つめた。

そして心は完全に冷めきった。

私は頷いた。

「そう、分かった」

すると一樹は安心した様子で、私の髪に触れようとした。

私は後ろにさがってその手を避けた。

彼の手は空中で止まり、すぐに引っ込んだ。

「変な方向に考えるんじゃないぞ。俺はすぐに帰ってくるから」

彼はそう言うと、玄関のドアを開けて出て行き、バタンとドアが閉まった。

そして私は寝室に戻った。

身分証、銀行カード、何着かの服、全てスーツケースに押し込んだ。

数日前綺麗にアイロンをかけておいた彼のシャツは、クローゼットにぶら下がっている。

もう二度と触れることはない。

結婚指輪を外すと、手には指輪の形がくっきり白く残っていた。

私はそれをベッドサイドテーブルの上に置いた。

一番下の引き出しには「貸し出し記録」と書かれたノートが静かに置かれている。

その最後のページを開く。

貸し出し物、東一樹。

貸し出し状況、返却拒否。

ペン先がピタリと止まり、私はノートを閉じて結婚指輪の隣にドサッと置いた。

スーツケースを引いて家を出る時、私は一度も振り返らなかった。

発車を伝える駅アナウンスが響く。

列車に乗り込む手前で、スマホにメッセージが届いた。

一樹からだ。

【まずは落ち着いて、すぐに帰るからな】

私はその言葉を見て、すぐにスマホの電源を切った。

すると画面は暗くなった。

私はスーツケースを引っ張って、振り返ることもなく、人の流れに合わせて列車に乗り込んだ。

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