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零時を過ぎたら返却拒否

零時を過ぎたら返却拒否

Por:  イカたまごCompletado
Idioma: Japanese
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私と藤崎友香(ふじさき ゆか)は10歳から、誕生日にあるゲームをするようになった。 毎年誕生日には、相手から何か借りて、24時間経ったら返すというゲームだ。 10歳の誕生日、彼女は私がもらったばかりの白いスカートを選んだ。 18歳の誕生日、父親がくれたカメラを。 25歳の誕生日、私の車を借りていって、零時前にやっと嬉しそうに笑いながら返しに来た。 この20年間、私は彼女が何を借りようと、一度も断わったことはなかった。 そして30歳の誕生日の日、彼女はシャンパンを一杯飲み干し、テーブルに山のように積み上げられたプレゼント越しに、私の隣にいる東一樹(あずま いつき)を指さした。 「今年は何もいらない」 そう言うと、彼女は顔を傾けて、酔って焦点が定まらない目つきで、またこう言った。 「ねえ、琴葉(ことは)、今年は旦那さんを一日貸してよ」

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Capítulo 1

第1話

テーブルを囲んでみんな大笑いした。

誰かがテーブルを叩きながら大きな声を出した。

「藤崎さん、今年、そこまでやるか?」

そしてスマホをあげて、カメラを私たちのほうへ向けてくる人もいた。

私は今回の誕生日で初めて顔を曇らせた。

一樹はこの時、大皿に盛られたおかずを私の取り皿に分けてくれているところで、その手を空中でピタリと止めた。彼はまさか友香から自分のほうにふられるとは思ってもいなかったようだ。

友香はテーブルに肘をつき、頬に手をあてて、私のほうへウインクした。

「ね、24時間だけ。前はカメラに車に、いろいろ借りてきたけど一度も嫌がったことないじゃない」

私は目の前の、一樹がおかずを盛ってくれた皿を彼のほうへ押しやり、友香のほうを見た。

「貸さない」

その瞬間、個室の笑い声は突然消えた。

友香は少し驚いて、次に口角を上げた。

「なによ、独占欲丸出しじゃないの」

「彼は人よ、遊びでそんなことできないわ」

私は厳しい口調で返した。

すると友香は私を通り越して一樹のほうへ視線を向けた。

「じゃ、一樹君がいいって言ったら?」

私は心が沈んだ。

一樹は友香に冗談を言うなと怒ることはなかった。

彼は箸を置くと、私を見た。

「一日、彼女に付き合うだけだろう」

私は聞き間違いかと思った。

「今なんて言ったの?」

一樹は眉をひそめた。

「琴葉、ただの誕生日でやってるゲームなんだろう。そんなこの場が白けるようなこと言うなよ」

その言葉に私は頭にきた。

「さっき貸さないってはっきり言ったわよね。場が白けようが私にはどうでもいいわ」

友香の顔から笑みが少し消えた。

「もういい、他のものにする」

彼女はそう言うと、テーブルの上に置いてある車の鍵を取ろうと手を伸ばした。

それよりも前に、一樹が鍵を手にとり、立ち上がってコートをとった。

「行こう」

私はその瞬間、勢いよく彼の手首をつかんだ。

勢いよく立ち上がったせいで、椅子がガタンッと音をたてて激しく倒れた。

「ちょっと一樹、それ、どういう意味?」

血の気が引くほど力を込めて握った私の手を彼は見下ろした。

「彼女が毎年の誕生日に借りる時は、君も喜んでオッケーしてたじゃないか。今日は彼女の誕生日のお祝いとして付き合うよ」

「私と彼女の誕生日は一緒よ」

私は声を震わせた。

「それなのに、あなたは彼女を祝ってやって、私はここに置き去り?」

すると一樹の表情が微かに曇った。

友香がそっと彼の服を引っ張った。

「琴葉、本気で怒ってるみたいだから、一樹君はここに残って」

彼を気遣うようなその言葉がナイフになって、私の心を抉るかのようだった。

しかし一樹は眉間に皺を寄せた。

「琴葉は甘やかされ過ぎて、わがままになってしまったんだよ」

彼は私の手を引き剥がしていった。

「明日には帰るから」

その言葉の後、私の手から彼が離れていった。

私は彼と友香が肩を並べて個室を出ていくのを見つめていた。ドアが閉まる直前、友香が振り向いて声を出さずに唇を動かした。

「にじゅうよじかん」

個室にいた人は誰も笑えずにいた。

私は鞄を手にとり急いで二人を追いかけたが、エレベーターがちょうど目の前で閉じた。

ドアが閉じる寸前のかすかな隙間から、一樹が友香の肩紐に絡まった長い髪をはずしているのが見えた。

彼の慣れた手つきに、私は気分が悪くなった。

家に帰ると、スマホをテーブルの上に放り投げ、30分耐えたが、やはり一樹に電話をかけることにした。

3回呼び出し音が鳴った。

すると友香が出た。

電話越しにさわがしい音楽が聞こえてきた。それに男女の笑い声が混じっている。

「琴葉?」

私はスマホをぎゅっと握りしめた。

「一樹にかわって」

友香は笑い声をあげた。

「借りたものは、約束の時間まで返せませーん」

「彼と電話をかわってってば」

電話の向こうから、うっすらと一樹の声が聞こえてきた。

しかし友香はスマホをさらに自分の耳元に近づけた。

「私たち、ルールを決めてたでしょ?」

その言葉に、私は声を詰まらせた。

「今のはルール違反よ」

そして電話は切られた。

私はソファで空が白むまで過ごした。

一樹は帰ってこなかったし、メッセージ一つ寄越さなかった。

私は二回顔を洗いに行った。鏡に映る自分の目は真っ赤に腫れていた。

結婚して5年、彼は出張に行っても到着したら、まずは私に連絡してくれていたというのに、今同じ街にいながら、私は彼の居場所すら分からない。

私はもう彼に電話をかけなかった。

彼自身が自分を貸し出したのだ。彼がどんな顔をして帰ってくるか、私は待つことにした。

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第1話
テーブルを囲んでみんな大笑いした。誰かがテーブルを叩きながら大きな声を出した。「藤崎さん、今年、そこまでやるか?」そしてスマホをあげて、カメラを私たちのほうへ向けてくる人もいた。私は今回の誕生日で初めて顔を曇らせた。一樹はこの時、大皿に盛られたおかずを私の取り皿に分けてくれているところで、その手を空中でピタリと止めた。彼はまさか友香から自分のほうにふられるとは思ってもいなかったようだ。友香はテーブルに肘をつき、頬に手をあてて、私のほうへウインクした。「ね、24時間だけ。前はカメラに車に、いろいろ借りてきたけど一度も嫌がったことないじゃない」私は目の前の、一樹がおかずを盛ってくれた皿を彼のほうへ押しやり、友香のほうを見た。「貸さない」その瞬間、個室の笑い声は突然消えた。友香は少し驚いて、次に口角を上げた。「なによ、独占欲丸出しじゃないの」「彼は人よ、遊びでそんなことできないわ」私は厳しい口調で返した。すると友香は私を通り越して一樹のほうへ視線を向けた。「じゃ、一樹君がいいって言ったら?」私は心が沈んだ。一樹は友香に冗談を言うなと怒ることはなかった。彼は箸を置くと、私を見た。「一日、彼女に付き合うだけだろう」私は聞き間違いかと思った。「今なんて言ったの?」一樹は眉をひそめた。「琴葉、ただの誕生日でやってるゲームなんだろう。そんなこの場が白けるようなこと言うなよ」その言葉に私は頭にきた。「さっき貸さないってはっきり言ったわよね。場が白けようが私にはどうでもいいわ」友香の顔から笑みが少し消えた。「もういい、他のものにする」彼女はそう言うと、テーブルの上に置いてある車の鍵を取ろうと手を伸ばした。それよりも前に、一樹が鍵を手にとり、立ち上がってコートをとった。「行こう」私はその瞬間、勢いよく彼の手首をつかんだ。勢いよく立ち上がったせいで、椅子がガタンッと音をたてて激しく倒れた。「ちょっと一樹、それ、どういう意味?」血の気が引くほど力を込めて握った私の手を彼は見下ろした。「彼女が毎年の誕生日に借りる時は、君も喜んでオッケーしてたじゃないか。今日は彼女の誕生日のお祝いとして付き合うよ」「私と彼女の誕生日は一緒よ」私は声を震わせた。
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第2話
空が暗くなってから、ようやく玄関のドアが開く音が聞こえてきた。一樹がドアを開けて入ってきた。シャツはきちんと整っているが、髪は湿っていた。そして彼から強い香水の匂いがする。私は彼を睨みつけた。彼は気まずそうに鼻に触れていた。「まだ怒ってるのか?」私が口を開く前に、友香が彼の後ろから顔を出した。「責任持って、ちゃんと彼を返しにきたよ~」そして彼女は笑顔で手のひらを広げた。するとそこから結婚指輪が現れた。「うっかりこれを返すのを忘れるところだったわ」その瞬間、私の頭の中で張り詰めていた何かが、ぷつんと切れた。私はその指輪を手に取った。内側には私と一樹の名前が刻まれている。横には去年ぶつけた時にできた細かい傷がある。「どうして外したの?」一樹はゴクリと唾を飲み込んだ。友香はドアの枠に寄りかかり、ゆったりと余裕たっぷりな様子でこう言った。「だって、つけてたら邪魔なんだもん」私は思い切り手を振り上げた。その直後、一樹の頬を叩く、バシンッという重たい音が響いた。それには友香もその場で呆然としていた。私は手のひらが熱くじんじんしたが、それによって滑稽な夢からようやく目が覚めた気がした。「あんた達、寝たの?」一樹は顔を背けた。頬はすでに赤く腫れあがっている。彼は私を見ようとしない。私は気持ちが悪くなり、玄関の枠をつかんで胃の中のものを吐き出した。その瞬間、一樹が私の体を支えようとした。でも、私は彼の手を力いっぱい振り払った。「触らないでよ」「琴葉」この時、彼の声はかなり緊張していた。「昨日の夜は酒飲んで、その後気持ちもすっきりしなくて、俺……」「服を脱ぐ時も、指輪を外す時も酔ってたって?」私は指輪を彼に向かって投げつけた。「帰ってくる前にシャワー浴びて、やっと酔いが醒めた?」指輪は床を跳ねて、友香の足元に転がっていった。彼女はそれをちらりと見て、微かに口角をにやりと上げた。一樹の表情は暗くなった。「やってしまったことだ。琴葉が俺を罵ろうが、殴ろうが、俺は受け入れる」彼は眉間を揉みほぐした。「だけど、俺たち結婚してもう5年なんだぞ。たった24時間の事でここまで騒ぐ気なのか?」私は胸を締め付けられるように、その言葉に苦しくな
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第3話
友香が胃を押さえると、一樹は顔色を変えて、無意識に彼女のほうへ向かった。彼のその反応に、私の心も沈んでいった。しかし次の瞬間、彼は足を止めた。友香は痛みに額から冷や汗を流し、ドアの枠に寄りかかったまま、ゆっくりとしゃがんだ。一樹はスマホを握りしめ、救急車を呼んだ。「じっとしてて、すぐに救急車が来るから」友香は顔をあげて、真っ青な顔で彼を見つめた。「あなたは?一緒に来てくれないの?」一樹は一瞬黙り、友香を見てから私のほうへ視線を移した。「医者が診てくれるから」救急隊員が友香を連れて行き、エレベーターのドアが閉じた。一樹は振り返り、私をじっと見ていた。私はテーブルの端を掴んだ。「さっき彼女が言っていたのはどういうこと?」一樹は緊張した顔で唾をゴクリと飲み込んだ。「琴葉」「名前を呼ばないで」そう言い放った時、私は喉の奥が締め付けられたように苦しくなった。「誕生日パーティーで、彼女があなたを貸してって言う前から、あなたは、ああなるって知ってたってこと?」彼はすぐには答えなかった。私は脳裏に、昨夜のシーンを思い返していた。友香が彼を指名した時、彼は少しも驚いていなかった。そして私が「貸さない」と言った時、彼もどうしてなのか尋ねることもなく、ただ私を見つめていた。あの時、彼は私が妥協するのを待っているのかと思っていた。今思えば、あの瞳の奥には期待が込められていたのか。そこまで考えると、急に胸が苦しくなってきた。そして私はぎゅっと手を握りしめた。「一樹、私を見なさい」すると彼は顔をあげた。「私が『貸さない』って言った瞬間、あなたは一体何を考えていたの?」彼は動揺したように瞳を震わせた。私は鼻の奥がツンとしながらも、気持ちを抑えて続けた。「あなた、彼女があなたを借りたいって言うのを前からすでに知っていたのね?」部屋は互いの呼吸が聞こえるほど静まり返った。一樹の顔から血の気がサーッと引いていった。そして彼はようやく頷いた。「そうだ」私は強く拳を握りしめた。彼は私を見つめながら、声を緊張させて話し始めた。「半年前に、俺は彼女が今年の誕生日パーティーでこうすることを知ったんだ」その言葉に胸が押しつぶされそうになりながら、彼を見つめ
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第4話
目の前が暗くなった。「それから俺たち、飲み過ぎて、彼女からずっと君の話題を出されると、どんどん気持ちが荒れていってさ、完全に理性を失ってしまったんだ」彼の声はどんどん小さくなっていった。「琴葉、酒を理由に言い訳できないことはわかってる」私の目から涙がポタリとこぼれ落ちた。「だから、今やっと気付いた?」その言葉に、一樹は固まった。私は激しく震える指先で涙を拭った。「嫌だった。彼女があんなことを言い出して、私はすぐに断わったわ。だって、あなたを借りたいなんて、そんなの絶対に嫌だったから」その瞬間、一樹の顔から完全に血の気が引いてしまった。彼はその場にじっと動けなくなり、目を少し赤くさせた。「君が『貸さない』って言った時に、俺はあの場に残るべきだったんだ」その言葉を聞くと、さらに胸が塞いだ。私は彼に背を向けて、引き出しの前まで行くと、そこから書類を取り出して机の上に置いた。私はその書類と一緒にペンも事前に挟んでおいた。一樹はそれを見た瞬間、呼吸が急に重たくなった。「離婚届?」私は頷いた。彼は即座にそれを押し戻してきた。紙がテーブルの上をかすって、私の手の甲にあたった。「琴葉はまだ怒ってるんだ」私はまた自分の元に戻ってきた離婚届を見つめ、虚しさを感じた。しかも、一樹の声は私をなだめるような、呆れた声だった。「琴葉、いくら怒りが収まらないからといって、俺たちの5年間を投げ出すようなことはないだろ?」白くなるほど握りしめられた彼の指を見つめ、私は皮肉を込めて言った。「私がどれだけあなたのことを想っているか知りたいと思っていたんでしょ」私はペンを彼のほうへずらした。「もう分かったじゃない。それなら今度は私が決める番よ」一樹は私をまじまじと見つめた。「琴葉、今君は感情が高ぶりすぎてるんだよ」彼は離婚届をテーブルの片側へ押しやった。「昨日のことは認める。君の気持ちが落ち着いてからまた話そう」すると離婚届がひらひらと床に落ちていった。その時、突然滑稽に思えた。誕生日パーティーでは彼の行いを止めようとしたし、私は悲しくて泣きもした。それに離婚したいという意思もはっきりと示した。しかし彼は、私がただ怒っているだけだと思っている。この時、スマホが
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第5話
列車が駅に到着した時には、すでに空が白み始めていた。おばさんが改札口の前に立っていて、一目で私に気付いた。彼女は多くを尋ねることはなく、スーツケースを受け取り、真っ赤に腫れた私の目を優しく撫でた。「とりあえず、帰ろうか」その言葉を聞いた瞬間、感極まって泣きそうになった。おばさんの家に到着すると、彼女は温かいおにぎりを作って持ってきてくれた。それを一口かじると、涙がポタリとこぼれ落ちた。私はふるふると肩を震わせてうつむいた。スマホの電源をつけてみると、通知を伝える振動が暫くやまなかった。40以上の未着信が来ている。全部一樹からだった。LINEは怒りのメッセージから始まり、だんだん変化していった。【どこにいるんだ?琴葉、電話に出るんだ】そして、最後のほうには「貸し出し記録」と書かれたあのノートの写真があった。【返却拒否ってどういう意味だよ?】そして暫く時間が経ってから、またメッセージが現れた。【琴葉、心配させるなよ】胸が引き裂かれるような痛みを感じ、私の指先は画面の上で固まっていた。昔、彼が出張で数時間返事が戻ってこないと、私は焦って眠れなかった。それが今、逆に彼のほうが必死に、私に連絡を寄越してくる。でも、彼に一文字さえ打つのも疲れる。すると今度は友達から電話がかかってきた。「ねえ、お宅の旦那が朝っぱらからうちに来て、琴葉がお邪魔してないかって尋ねてきたの。二人とも何かあったの?」「彼に私がどこにいるか伝えないで」電話の向こうは暫くしんと静かになった。「よく考えたんだよね?」するとまた涙が溢れてきた。「うん」友達からの電話を切った後、一樹が電話番号を変えて、またかけてきた。私はそれを三回続けて直接切った。四回目は、宅急便からの電話だと思い、電話に出た。電話越しに彼の呼吸の音が耳に飛び込んできた。「琴葉」彼の声はかなりかすれていた。その声に私は手が緊張した。「どこにいるんだ?」私は黙っていた。「君の貸し出しノートを見たよ」この時、彼の呼吸は荒くなった。「帰ってきて、ちゃんと話し合おう。離婚について話したいならちゃんと聞くから」私はすでに冷めてしまったおにぎりを見つめた。「昨日の夜、あなたにはチャンスをあげたは
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第6話
友香とのチャット記録も削除し、電話もブロックした。それに友香が家に置いていた物も全て箱につめて送ってしまったという。「二度と藤崎さんが来ることはないから」それでも胸はズキズキと痛んだ。5年という長い結婚生活を、そう簡単に割りきれるはずもない。そして胸の痛みと同時に、以前、私が玄関に座り、彼が毎回友香に会いに出ていく後ろ姿を見ていた、あの時のことを思い出した。「だから?」一樹は驚いた様子だった。「え?」「彼女と関係を切ったから、私に家に帰れというわけ?」私の言葉に彼の顔は青ざめていった。「琴葉、俺、もう自分を変えただろう」「変えたって、それはただ彼女との関係を、でしょ?」次第に赤くなる彼の目を私はじっと見つめた。「私はあなたなんて必要ないの」その言葉に彼はかなりのショックを受けたらしい。「そんなこと言わないでくれ」彼は手を伸ばして、私をつかもうとした。私はとっさに横を向いて避けた。「一樹、あなたまさか、この期に及んで私が友香とあなたを奪い合ってると勘違いしてるんじゃないでしょうね?」彼は唇を震わせた。「そんなこと思ってない」「だったらどうして口を開けばあんたは、あの女はもういらないみたいなことを言ってんのよ?」マンションの住人が何事かと、こちらを気にしながら通り過ぎていった。一樹は両側にだらりとさげた手に力を込め、拳を作った。「それは、だって君が藤崎さんのことを気にしてるから」突然私は疲労感に襲われた。「私が気にしてるのはそっちじゃなくて、私ははっきりと拒否したのに、それでもあなたが彼女と一緒に行ってしまったことよ。あなたに傍にいてほしいと伝えたのに、あなたは私のことをわがままを言って騒いでると思ったこと。それから、離婚したいってはっきり言ったわ。それなのに、あなたはただ私が怒ってるだけですぐに戻ってくると思い込んでいることよ」私の言葉を聞くたびに、彼の目はどんどん赤くなっていった。「琴葉、俺に一度だけチャンスをくれ」彼の声は、今までにないほどかすれていた。「どんな方法でも必ず償うから」私は感情が込み上げてきて、顔を横にそむけた。以前、私は彼のこのような姿に一番耐えられなかった。それで一樹が頭を下げれば、私はもうこだわらずに、彼を
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第7話
友香は涙を流していたが、口元は相変わらず笑っていた。「それが、どれだけウザいかって、あんたに分かる?」私は呆然とした。すると友香は私に近づいてきた。「あなたは恵まれているから、一つくらいなくなったところでどうでもいいのよね。私が持っていった物全部、まるであなたから施しを受けているみたいだったわ」その言葉を聞いた瞬間、心に怒りが湧いてきた。「だったら、私に貸してなんて言わなけりゃいいじゃないの」友香は声を詰まらせた。私は彼女を見つめた。「スカートはあなたが選んだものだし、カメラは借りていったよね。ブレスレットはずっとつけたまま外そうとしなかったじゃないの。私は一度たりとも、あなたに使ってほしいなんて言ったことはないわよ」友香の顔色はどんどん悪くなっていった。「だから、あなたは自分は一切間違ってないっていうの?」「昔、あなたが余計なことを、深く考えすぎるんじゃないかと思って、だから私は断わらなかったのよ」私はレジ袋をぎゅっと握りしめた。爪が薄い袋越しに手のひらに食い込んだ。「今思えば、私、ただあなたを甘やかしていただけみたいね」友香は息を詰まらせた。そして次の瞬間、突然また笑いだした。「だったら、一樹君は?彼も私がどうしても貸せって強制したっけ?」その言葉に私は指先まで冷え切った。友香は涙を拭った。「最初は彼と体の関係になるとは思ってなかったよ。私はただ、私が貸してって言ったもので、あなたが拒否するものはあるのか試してみようと思っただけ」友香は瞳の底に私への長年の恨みを露わにして睨んできた。「あなたが『貸さない』って言った時は、本当に悔しくって狂いそうだった。あなたにも奪われたくないものがあったのね。私とは20年の付き合いだっていうのに、彼たった一人に敵わないなんて」私は胸を締め付けられたかのように苦しくなったが、突然悟った。「だから、あなたはわざと彼をそそのかして連れて行ったのね」友香は否定しなかった。「私、彼に確認したよ。琴葉は『貸さない』って言ってるけど、それでも一緒に来るのかって」友香はにやりと口角を上げた。「そしたら、彼、来ちゃったの」その短い言葉がまるで鋭いナイフのように私の耳を突き刺した。レジ袋を握りしめる手に、さ
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第8話
私は口元に手をあてて押さえたが、嗚咽する声まで抑えることはできなかった。付箋が箱の下から出てきた。【全部取り返してきたから】付箋にはそう書かれてあった。その紙を握りしめた瞬間、涙がどっと溢れてきた。おばさんがため息をついて、私の傍にしゃがんだ。「泣きたいなら思いっきり泣けばいいのよ」私はうつむき、ぎゅっとブレスレットを握りしめた。「ただ、お母さんのことを思い出しただけです」それから私は箱の中に入っている物を一つずつ取り出していった。その多くが、もうすでに記憶から消えていたはずなのに……ここ数年、口では気にしないで、大丈夫だと言いながらも、やはり心の底では覚えていた。スマホがこの時振動した。一樹からのメッセージだ。【あといくつか見つけ出せてないんだ。また探しておくから】私はスマホの画面を見つめ、指を暫く止めていた。【ブレスレットは受け取ったわ。他のものは持って帰って】すると彼はすぐに電話をかけてきた。私は少しためらいながらも、電話に出た。彼の声はかすれていた。「なんで?」この時、私は床に広がる昔の物を見ていた。「ブレスレットだけでいいから」「でも、他のだって全部君の物だろう」「昔はね」電話の向こうから沈んだ息が聞こえてきた。「琴葉、君がなくしていたものを全部返してあげたいだけなんだよ」その言葉に私は鼻の奥がツンとした。もし、彼のこの言葉を数年前に聞いていれば、きっと彼に抱きついて大泣きしたことだろう。だが今の私は、ただただ疲れ切っていた。「一樹、私はね、なくしたものが手元にないことに慣れ切ってしまっているのよ」彼は黙ってしまった。私は白いスカートをもう一度折りたたんで箱に戻した。「明日誰かに取りに来てもらうわ」電話を切って、私はブレスレットを握ったまま窓辺まで来た。日の光が少し古くなったブレスレットにあたり、不自然な光を放った。ブレスレットに目を向けてじっくりと見つめた。真ん中についていた薄いブルーの石は周りに嵌められた他の石よりも新しく見えた。私は指でそっと石留めの部分を撫でた。そこには小さく細かいが、傷のようなものがあった。お母さんの形見の石は、戻ってこなかった。私はその石を写真に撮り、一樹に送った。
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第9話
私はブレスレットを箱に戻した。「だから、どうもありがとう」彼はこの時まだ箱を閉じていなかった。「それなら、なんでそんなふうに俺を見るんだよ?」涙が込み上げてきた。「だって、私のお母さんが使っていた頃のブレスレットの石はもう見つからないからよまたいくら同じような石を探したって、変わらないわ」一樹は拳を握りしめ、目を少し赤くさせた。「君はブレスレットのことを言ってるのか、それとも俺たちのこと?」私は答えなかった。すると彼は興奮した様子で呼吸を荒くさせた。「琴葉、俺と藤崎さんはもう関係をきっぱり切ってしまったって言っただろう。あれから一度も彼女に会ってないし、電話にも出ていない」「分かってるわ」「だったら、どうしてこれでもまだ駄目なんだ?」彼は緊張した声で言った。「俺は間違いを認めたし、自分を改めもした。取り戻せるものは全部取り戻してきた」私は彼を見ていると、胸を締め付けられたように苦しくなった。「一樹、あなた、今さら必死になって取り戻そうとしているけど、それは私に捨てられた事実を受け入れられないだけでしょ」彼は言葉に詰まった。「だけど、あんなことをされるたびに、私は十分苦しんだわ」私はブレスレットを箱から取り出して、握りしめた。「箱は持って帰って」彼はその場に立ち尽くしていた。私は彼に背を向けて、マンションのエントランスに入っていった。エレベーターのドアが閉まる前に、彼は依然として空の箱を握りしめ、指で箱の縁を強く押さえつけていた。一樹が去ってから3日目、大学の同級生グループが突然賑わった。誰かがある録音をグループ内に送った。録音にはグラスをぶつけ合う音などがうるさく、一樹の声はとても抑えられていた。「あの日、琴葉は『貸さない』って言った。彼女ははっきり拒否したけど、俺が自分で友香と一緒に行くことにしたんだ」グループ内は暫く静かで、すぐに誰かがその場を和ませようとメッセージを送った。【あの日はさ、みんなあなた達三人がふざけてるのかと思ってたんだよね】すると一樹が冷たくその言葉を切り捨てた。【琴葉はふざけてなんかなかった。最初から最後まで、間違っていたのは俺のほうだ】私は画面に釘付けになり、手をゆっくりと握りしめた。誕生日パーティ
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第10話
私は指輪の内側に刻印された二人のイニシャルを見つめ、胸が締め付けられた。「あなたが好きにしたらいい」彼は指輪をぎゅっと握りしめた。「昔の君は俺が外すとすぐに探していただろう」私はそこから視線を外した。「もう探す必要はないし。私はあなたを引き留めたし、結果どうなるかも伝えていたわ。いつだって、あなたの帰りを待ちつづけた」この時、一樹の目から涙がポタポタとこぼれ落ちた。彼は涙を適当に拭い、肩を落とした。すると後ろから突然彼の絞り出すような苦し気な声が聞こえてきた。「琴葉」私は立ち止まらなかった。あれから1年後の誕生日。私は人生で初めて友香のいない誕生日を過ごした。おばさんがケーキを予約してくれて、友人たちがリビングに集まり、ソファやテーブルの上はプレゼントで溢れた。友人の一人が私に薄いグレーのマフラーを巻いてくれて、鏡に向かってマフラーに触り、目を輝かせた。「このマフラー可愛いよね、ちょっと数日くらい貸してくれない?」私は無意識に手をあげてマフラーを外そうとした。指先がマフラーの端に触れた瞬間、私は手を止めた。友人はまだ私の返事を待っていた。からかうような笑みを浮かべている。私は柔らかなカシミヤのマフラーを触った。「貸さない」彼女は一瞬呆け、私の頬を軽くつまんだ。「ケチね、じゃ、いいわ、自分で買うから」その時、みんなが一斉に笑った。私もマフラーを隠すような動作をしてみせた。胸は不思議と熱くなった。お願いされて拒否をすることは、思っていたよりも怖いことではないらしい。誰かが急に態度を変えてくることもないし、過去の友情と言って追いつめてくることもない。この時、スマホが突然鳴り出した。一樹だ。【誕生日おめでとう】彼のアイコンは以前撮った浜辺の写真だ。ここ一年、彼は何かことあるごとに、私にメッセージを送ってきた。正月には一緒に初詣に行かないかと言ってきたり、雨の日には傘を忘れないように言ってきたりだ。ある時、私がよく好きで食べていたお菓子を送ってきたことがあるが、おばさんが開けずにそのまま送り返した。私は彼のアイコンをタップして、ブロックし、徹底的に削除した。おばさんが向こうで私を呼んでいる。「さ、ロウソクに火をつけたから、お願い事
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