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第8話

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里奈は勝ち誇ったような顔で美咲を見下ろした。

「あんた、昨日の夜聞いてた?翔太は私だけを愛してる。今の私が好きなの。全部知ってて、あんたが本物の美咲だって気づいてても、私があんたをいじめるのを止めようともしなかった。

翔太はもう、あんたのことなんて少しも愛してない!後悔してる?三年前に死んでいればよかったのに、なんでまた現れたの?」

里奈は憎しみをあらわにして言い捨てる。「さっさと消えなさい。二度と現れないで!」

美咲は皮肉な笑みを浮かべる。「里奈、本当に翔太が一途にあんたを愛してるなら、何でわざわざ警告しに来るの?どんな手を使って翔太のそばにいられるようになったのか、あんた自身が一番分かってるでしょ。翔太があんたを手元に置いてるのは――」

「黙りなさい!」里奈は顔を歪めて叫ぶ。「翔太は私だけを愛してるの!このクソ女、あんたなんか、ここに現れる資格もない!」

里奈は、いきなり美咲を突き飛ばした。

美咲は冷たい表情のまま、里奈の手をがっちり掴み返す。そのまま、二人は一緒に海へと落ちていった。

「きゃあ――!」里奈が甲高い声で叫ぶ。

「奥さまが落ちた!」誰かが叫ぶ声が、デッキに響き渡った。

翔太がすぐに飛び出してきて、コートを脱ぎ捨て、そのまま海に飛び込んだ。

二人のほうへ向かって必死に泳いでいく。

「サメがいる!」

デッキの上で誰かが叫ぶ声が響く。美咲が振り返ると、遠くにサメの背びれが見える。

翔太は必死に泳いで二人のもとにたどり着く。

右には里奈、左には美咲。

「翔太、助けて!」

里奈が泣きながら叫ぶ。美咲は静かに翔太を見つめて、何も言わなかった。

サメがどんどん近づいてくる。

翔太の心が真っ二つに引き裂かれる。

やがて、翔太は歯を食いしばりながら美咲に視線を向け、名前を呼ぶ。「美咲、もう少しだけ耐えててくれ。彼女を船に戻してから、すぐお前を助ける!」

そう叫ぶと、翔太はすぐさま里奈を抱えて船へと向かった。

美咲は二人の背中を見つめて、もう涙も出てこない。

心はとうに死んで、痛みすら感じない。

ただ、必死に前へ泳ぎ続けるしかなかった。それでも、サメとの距離はどんどん縮まる。

「美咲、しっかりしろ――!」

翔太の絶叫と、海に飛び込む音が聞こえる。

サメはもう目の前まで迫っている。美咲は力尽き、絶望に沈みながら、遠くで翔太が必死で泳いでくる姿を見た。

その瞬間、三年前、高速道路で翔太に抱きしめられていた記憶が、ふっと脳裏によみがえる。

でも、今回はただおかしくて、静かに目を閉じた。

サメが近づいてくる。

「美咲――!」

翔太の叫びが、突然のヘリコプターの轟音にかき消される。

連続した銃声、サメに命中する音。

何隻もの救命ボートが海に投げ込まれ、十人以上の黒服のボディーガードたちが次々に水中へ飛び込んでくる。

ヘリコプターの中から、少しかすれた年配の男の声が響く。

「お嬢さま、お迎えにあがりました」
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